うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

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「橋本〜」
「へーい」
気だるい点呼の声とそれにつられるような返事のキャッチボールが繰り返される。

「多串ぃ」
「多串じゃねぇ!土方だって言ってんだろうが!」

銀魂高校3年Z組のホームルームは毎朝こんな会話で始まる。

「はーい、多串くん欠席、次、藤島ぁ」

クラス名簿を読み上げる担任・坂田銀八はけして、土方十四郎の名前を呼ばない。
2年から持ち上がりのクラスであるから、まだ覚えていないということはありえないことであるし、五十音順に並んだ名簿をみれば、『藤島』のふの前に『オオグシ』が入ることが不自然なのは火を見るより明らかだ。
つまりは、坂田は意図的に土方の名前を呼ぼうとしないのだ。

「多串…じゃねぇ」

完全にスルーされて、名簿は最後まで読み終わって、トンっと教壇が叩かれた。

「うーい、じゃあ今日も1日、先生に迷惑かけない程度に元気に過ごしてくれや」

相変わらず、死んだ魚のような目をした担任はそれだけ言うと一度職員室に戻って行ってしまった。

「なんで俺だけ…」

国語科の教員には似つかわしくない白衣の背を見送りながら、土方は重く息を吐いて、一限目の準備を始めたのだった。






土方十四郎は銀魂高校の三年生だ。
夏に剣道部も引退し、受験生として本格的に追い込みのシーズンに入っている。

今まで、それなりの成績を修めてきたとはいえ受験は定期テストとは別物。
だから、勉強に集中しなければならない。

しかし、どうしても気になることがあって集中できないのだ。

気になるというべきか、もやもやと胃の奥辺りがする。
苛立ちと焦りと、寂しさ。

土方がそんな気持ちになるのは担任の坂田銀八のことを考える時に限られる。
朝のホームルームに始まり、銀八の態度は不可解だ。

一年の時から担任ではなかったが現代国語は銀八が担当していた。
銀八が二回目か三回目かの授業で土方を「多串」と適当に呼び、全力で否定したのが最初だった気がする。
ツッコミ方が気にいったのか、ネタのように土方のことを度々多串と呼ぶようになったが、毎回ではなかった。
基本的には「土方」と呼ばれていたし、別段他の生徒と区別されることはなかった。

『多串』としか呼ばなくなったのは担任に三年になってからだ。

三年Z組は個性的な人間が多い。
土方の幼馴染の近藤は同級生の志村妙を追い掛け回すストーカーがすっかり板についてしまったし、沖田は掛け値なしのドSだ。
時折下僕となった下級生を『散歩』させていたりいなかったりする。

近藤に追い掛け回されている志村妙も一見良識があって大人しそうに見えるが、実は自分を強すぎるほど持った豪傑。
留学生の神楽は年中腹を空かせて、早弁の常習であるし、沖田と格闘して器物を破損している。
留年を繰り返している長谷川だとか、萌えどころの解らない猫耳もいる。
その他も個性的、といえば聞こえもいいが、簡単に言うならば問題児ばかり集められたクラスだった。

ハチャメチャなクラスと、教室でジャンプを読み、ぺろぺろキャンディだと称して煙草を咥えるやる気のない顔の担任。

土方は別段、地味ではないにしても問題を起こしたことはないつもりだ。
成績も上の下あたりをキープしているし、隠れて煙草を吸ってはいるが見つかるようなヘマはしていない。

最初は気のせいだと思っていた。
名前を正確に呼ばないのも、仕事を押し付けられるのも。



今だってそうだと恨めしく思いながら、よれよれの白衣の背を見上げる。

今日は近藤たちと寄り道をして帰るつもりだった。
それを帰る間際になって、銀八が巣にしている国語科準備室に放送で呼び出されていた。

「多串くん、これ製本して」

何事かと戸をたたけば、資料作りの手伝いをしろという。
わざわざ、全校放送してまで自分を呼び出すのかという疑問は煙にまかれると知っているから尋ねるつもりもない。
とにかく、この男は土方に『嫌がらせ』をすることに熱心なのだ。

「ほらほら、手が止まってるよ?先生見てないで作業したら?
近藤たちが待ってんじゃねぇの?」
「やっぱり寄り道をすんの知っていて呼び出しやがったのか…」
視線に気が付いたのか、肩越しに振り返って口に煙草を咥えたままにやにやと笑われる。

「え?いや仲のいいオメーらのことだから、待ってもらってんのかと思ってだけですぅ」
「ワザとらしいんだよ」
自分のものとは違う匂いだが、ヤニの匂いを嗅げば自分も自然と吸いたくなり、また苛立ちは積もっていく。

「ま、いいんじゃねぇよ?オメーらが集まったって勉強するわけでもねぇんだろうし。
 受験生は真っ直ぐ帰ればいいんだよ」
「受験生がマダオな担任の尻拭いをさせられてっけどな」
「多串君は大丈夫だろ?江戸女、覗きに行かなくても」
「やっぱ知ってんじゃねぇか!」
「そりゃ、あれだけゴリラとハゲが騒いでりゃ」
「ったく…」

確かに教室でそれなりの音量でしゃべってはいた。
隣町に江戸女子高校にかわいい子がいるのだと原田が見つけて話題にし、そんなにかわいいなら見に行くかとそんな流れだったのだ。
もともとどうしても行きたいわけでもない。
惰性というか、いつも一緒につるんでいるメンバーと遊びにいく、それくらいの心積りであったから惜しむわけではないが、知っていてまた「自分だけ」引き留められるというのも面白くはない。

「で、多串君もカノジョ欲しいの?」
「別に俺は…」

告白はされる。
手紙ももらわないことはない。
「女子」に興味がないことはないし、好みの顔もあるにはある。
だが、「好きな子」ではない相手と付き合いたいとも思わない。
とりあえず、だなんてそんな不誠実な付き合い方をしても互いに疲れるだけだし、今のところ、そんな気を使うより近藤達と馬鹿をやっている時間の方が貴重だ。

「まぁ。オメー見てくれは良いけど、目つき悪いしな、瞳孔も開いちゃってるし、口も悪ぃし。鈍いし。何よりあのマヨネーズがいただけねぇよ」
「ウルセ…」
「え?あ?もしかして気にしてた?ごめんごめん。彼女とかいなくてもな?
 うん。先生も募集はいつもかけてるけど、妥協はしてないから!
 先生好みの黒髪のさらさらストレートの気の強めな美人さんが落ちてくるのを
 じっと待ってるから。うん」

銀八の好みを聞いたところでと眉を顰め、つきりと痛んだ喉を抑えた。
季節の変わり目。
受験生であるから体調には気をつけているつもりだが、風邪を引いただろうかと心配になるが、いがらっぽさはない。

「先生」
「ん?」
「出来ました」

ドンっと作業机の上に冊子の束を置き、立ち上がる。

「20部づつ山にしてます。端数出た分はそっち」
「あぁ」
「じゃ、もういいですよね!」
「多串くん、何怒ってんの?」

怒ってはない。
銀八の好みの女の話だか、今アプローチをかけている相手だかの話を聞きたくなかっただけだ。
それを説明するのは面倒に感じて、原因を転嫁する。

「アンタがちゃんと名前よばねぇからだろうが!」
「小せぇこと気にすんな。つまんねぇ奴」
「小さくねぇだろうが!一文字も合ってねぇし!」

掛け合いのようでありながら、すっかりテンプレートと化した返事は今日はあっさりと打ち切られてしまった。

「まぁどうでもいいだろ?」
「っ!」

『ドウデモイイ』
『ツマラナイヤツ』

何気ない一言。
その言葉に酷く毎回傷ついている自分。
苛立ちをぶつける様に、国語科準備室の扉を勢いよく閉めて廊下を走りかえった。






昼休み、何度か目の溜息を鬱陶しそうに、本当に鬱陶しそうに沖田が突っ込んできた。

「なんです?ブルーデーですかぃ?」
「え?トシって、え?女の子だったの?」
「近藤さん!本気にすんな!総悟もつまんねぇこといってんじゃねぇ」

自分で自覚しているため息もあれば、そうでないものもあるから、恐らく相当な数の溜息を今日は漏らしていると思う。

「でも、最近溜息多いよね。トシ」
「そうですね。増えてますね…ストレス、ですか?」
「あー苛々するっ!胃も調子悪ぃし!」
なんで俺が殴られなきゃなんないんですか!と山崎が喚くが、全くと言ってイライラは解消されない。
まぁまぁと近藤の大きな掌が胃の真後ろあたりを摩ってくれるが、おさまってはくれない。
病院に行く、というほどの痛みでもないところが半端すぎて更に性質が悪いのだ。

「うーい!オメーら暇そうだな。オイ、ゴリラ!
ちょっと服部んとこ行って体育祭の進行表貰ってこいや」
「え〜?俺ですか?」
胃痛の元凶の声に顔を上げるが、銀八の視線は土方に向けられていなかった。

「ガキの使いだ、オメーでも何とかなんだろ?ついでに自分の追試の件も聞いてこい」
「追試にしてくれるって?服部先生?」
「感謝しろよ?ゴリラにレポートだとか無理だから、簡単なテストにしろって
 来週のジャンプで買収したから」
こんな時、普段が普段なことと、フランクすぎる物言いに流されてしまうが、
口で言う程いい加減ではないのだと知る。
自分に発揮されることはないことのだが。

「うわ!助かるっ!レポート、トシ頼ろうと思ってたんだけど
流石に悪いかなって思ってたんっすよ」
「近藤さん、アンタ端っから自分でする気なかったな?」
日本史の成績があまりに酷いため、代替でレポートを出されていたのも知っていたから、どうせ自分が半分以上請け負うことになると覚悟はしていたのだ。
だから負担しなくてよくなったことに多少の安堵しながら、豪快に笑う親友に文句をつける。

「ほら、行った行った。もう先生に迷惑かけんなよ」
「さんきゅ!銀八!」
近藤は大きく手を振り、教室を出ていった。

「旦那旦那」
「あ?」

一緒に出ていこうとした銀八を沖田が呼び止めた。
成績は良いとは言えないが、基本的に聡い幼馴染は気が付いてるのかと唇を噛みしめる。
なんといっても土方を弄る労力を惜しまない男なのだ。

「土方さんがご機嫌斜めなんですけど、何とかしてもらえませんかね?」
「多串くん?ブルーデーなら保健室行って痛み止めでも」
「このドSコンビが!違ぇ!」
「この通りでさぁ」

ドS属性を公言してはばからない二人は打ち合わせたかのように話を進め、土方は置いて行かれたような気持になっていく。

「いやだね。男のヒステリーは」
「全くでさぁ。しかも原因を言いやがらねぇんでさ」
「どうせマヨネーズが高騰したとか、未成年が煙草買える店が少ないだとかそんなことだろ。俺には関係ねぇし?」
「関係ねぇんですかい?」
聞き返す沖田に、沖田は土方が銀八に持っている蟠りのような感情を察しているのだと確信した。

「関係ねぇだろ?教師の範疇じゃねぇ」

ポンポンとプリントの束で肩を叩きながら、さっぱりわからないと顔で土方を見下ろしてきた。
構っていられないという態度を示す為に、机の中から午後からの授業教科書を引っ張り出す。

「土方さん?」
「なんだ?」
「アンタ、なんて顔してるんですかぃ?」

なんて顔、と言われても、ここに鏡はない。
わかるはずもない。

「え?何?先生に突き放されたとか思ってる?面倒臭ぇ奴だな。高校生だろ?
 悩み相談あんなら聞いてやらねぇこともねぇけど、あくまで聞くだけだからね?」
「別に…」
「多串くん?」
「別に何でもねぇっつってんだろうが!」

こんな小さなことが痛い。
徐々にイライラするというよりも痛みを伴うようになってきたなんて。
痛い。
胃だけじゃなく、喉も、胸も頭も痛い。

「せんせぇ」
「げ!猿飛!」
「さっちゃんも、悩み相談んんんんん」

怒鳴って立ち上がりかけたところにクラスメートが銀八に向かって飛びかかってきた。
それを普段の緩い動きからは想像できないほどの俊敏さでひょいと避け、さらに便所サンダルで後頭部に蹴りをいれていた。

「オメーは別に悩みとかねぇだろうがっ!」
「ええええええ!酷い!さっちゃんだって悩みとか不安とかあるんだぞ?
 放置プレイもいいけれど!興奮するけれど!出来たらさっちゃんはぁ…」
「寝言は寝て言え!」
「いいわ!それでこそ先生!放置されつつ絡めとってくれる愛!分かってるんだゾ!」
「勝手にそこで一人絡まってろ!」
「ええ!先生の愛情に絡まってるわ!それより土方くん!」
「え?俺?」

猿飛が銀八に一般とはかけ離れた求愛行動をとるのはいつものことであるが、まさか自分に矛先が向けられるとは思っていなかったために、少し上ずった声で聴き返してしまった。

「そうよ!あなた!勘違いしないでよね!先生のアンタに対する言葉の数々は
 私に対する愛あるソレじゃないんだから!ただ、一生徒としてなんだから!」
「は?別に勘違いとか…」
「いい?先生は…」

土方の目の前に指が突きつけられ、思わず顎を引く。
しかし、言葉の先を聞くことはなかった。

「ぎゃあぎゃあ五月蠅ぇ!銀八先生はみんなの先生です!」


「…の…くせに…」

無法地帯となった教室で土方の呟きを拾ったのは地味に傍にいた山崎だけだったようだが、それでも完全には耳に届かなかったらしく首を傾げるのみだ。

(みんなの先生じゃねぇくせに…きれいごとばっかり言いやがって…
俺のことは嫌いなくせに)

そのうち、近藤が教室に戻り、間を置かず売店から戻ってきた志村姉に絡みに行く。
再び銀八に蹴倒されて吹き飛ぶ猿飛と妙に殴り飛ばされて机と共に倒れる二人のストーカー。

いつもの3年Z組。
いつもの馬鹿騒ぎ。
そんなクラスにいる時には、銀八の目が土方に向けられることはほとんどない。

土方はそれを騒ぎの中に加わることもできず、ただ取り残されたような気持になってじっと佇んだ。




『a cross word T』 了




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