壱Side 銀時 万事屋の主、坂田銀時は機嫌よく歩いていた。 今日はパチンコで久々に勝てたからだ。 勝てたとは言っても、元手に少し色がついて、子どもたちに菓子の土産がついた程度ではあるが、勝ったことには違いない。 マイナスではない。 そのことは大きな成果だ。 はたはたと、9月の風がファミレスの幟をはためかせているのが見えてきた。 そろそろかき氷もメニューから外れたであろうから、パフェもしくはプリンアラモードという選択肢もありだなと、客席をガラス越しに見るともなしに見る。 昼時を過ぎた店内に人はまばらだった。 その中に銀時はこのところ会えていなかった男の姿を見つけた。 多忙極まりない武装警察真選組の副長にして、銀時の恋人でもある・土方十四郎。 それまで男に興味など持ったことはなかった銀時であったが、彼だけは例外だ。 喧嘩好きという物騒な性格も、瞳孔のひらいた勝気な眼差しも、羨ましいばかりの黒々とした黒髪も、魅了する要素にしかなりえない。 不満があるとすれば、土方自身よりも、恋人でもある銀時よりも、大将と定める近藤勲を何より優先するという部分ぐらいだろうか。 せめて土方自身の身ぐらいは大切にしてもらいたいと思わなくはないが、それさえも彼の凛と張りつめた姿勢を際立たせる要素であるといえば要素であり、生き方に口を出すつもりはこれっぽっちもない。 その放っておけばワーカホリックと分類される働き魔の彼が、ようやく己の食事の必要性を思い出しての遅めの昼食なのかと思いきや、そのテーブルにはマヨまみれの犬の餌はなく、似つかわしくない飲み物が置かれている。 しかも、一人で腕組みをしながら何やら難しそうな顔をして。 何にしても、久々にパフェ一杯分ぐらいの時間は一緒にいることができるかと、銀時は勢いよくファミレスの扉を押し開いたのだった。 「よう」 眉間に皺は標準装備ではあるが、今日は更に深いなとは思いつつ、戦闘前の特有のピリピリした気配、という様子でもないから大丈夫だろうと、真向いの席に腰を降ろした。 「何、勝手に座ってやがる」 「ダイエット…ってわけじゃねぇよな?」 「人の話を…ダイエット?あ?あぁ…」 銀時の視線が示す先を理解したらしく、ストローでくるくると氷の入った薄い黄色の液体を掻き混ぜた。 「グレープフルーツ?」 「あぁ…」 氷が解けて薄まった黄色が撹拌されることで均一な色合いになっていく。 けれど、土方の口がストローを咥えることはない。 「あ、お姉さん、抹茶パフェ1つ、小豆大盛りにしてくれると嬉しいです」 「何、ちゃっかり注文してんだコラ。奢らねぇぞ」 「今日は懐が潤ってるんで、自分で払いますぅ」 「相変わらずのニート具合だな」 脇に置いた紙袋でどこで稼いできたかなどバレてしまったようだが、今更のことだ。 「ニートじゃありません。と、いうことで土方君。今日は銀さんがちゃんとワリカンするのでこの後、ピンク色の建も…」 「ワリカンかよ!じゃねぇ!何真昼間から…」 「バッカ!オメーの方が声でけぇ」 ハッとして土方は荒げかけた声をおさえた。 「まぁ今晩のことは置いておいて」 「冗談じゃなかったのかよ」 「そりゃ、冗談にしなくていいならその方が銀さんの銀さんも銀さんも有難いですし? それより、飲まねぇの?ジュース」 手で左から右に置く仕草をして、改めて土方の行動の意味を尋ねた。 「…がて…なんだよ」 「は?」 「グレープフルーツ苦手なんだよ!」 忌々しげに、親の仇のことを語るような口調でいうことではない。 まるで拗ねた子どものような所作を可愛いと感じる自分は末期だなと首を掻いた。 「は?何子どもみてぇなこと言ってんだ?じゃあ飲まなきゃいいじゃねぇの? 何?その年になって嫌いなもの克服?」 「………」 鬼の副長が黙り込んでしまった。 甘いものが特別好きではないことは知っているが、目の前にあるのはそれほど甘くない。 むしろあれだけ酸っぱいマヨネーズをてんこ盛りにする人間だから酸っぱいものは得意なようにも思える。 「あ?図星?え?」 ぐいっと勢いよくガラスのグラスを土方が掴み、ストローに口を当てる。 液体が揺れて、向かい側の銀時から見てほんの少しだけ吸い上げられたのがわかった。 「う…」 なんとも言い難い複雑な顔をして、グラスが机の上に置かれた。 口に含んだままらしい少し膨らんだ頬。 目じりに涙まで浮かべた土方の苦しげな顔を見ながら、うずうずと嗜虐心が刺激される。 「なに?副長さんはそんなにこれ嫌いなわけ?」 「グレープフルーツとかレモンとか柑橘系の酸味がな」 「酸味…ねぇ」 横取りして、一口も飲んでみた。 甘いもの好きの銀時ではあるが、柑橘系は嫌いではない。 爽やかな酸味と特有の苦みが口の中に広がるが、それを別段苦手だと思ったことはない。 「で?なんでいきなり克服しようなんて思ったわけ? まぁどうせ仕事絡んでんだろうけどよ」 「…まぁな」 冷たいお冷を口直しにというには些か大げさに飲みほし、差しさわりのない程度に話を始めた。 近々、友好を深めるために将軍をとある星の要人が江戸にやってくるらしい。 別段、問題視するほど敵対した星でもないうえに、本人たちもいたって温厚な種族であるため、警護自体にそれほど困難はない。 大事があるとすれば、訪問してくる星人が星の王族であるという点のみ。 仮にも王族であるから粗相をするわけにもいかないうえに、松平が、終始真選組に案内するよう指示してきた。 そのような御守りはこれまでも前例がなかったわけではないのではあるが、土方個人的な問題が別に生じてしまったのだ。 「その柑蜜星って星の人間の主食がだな」 「なるほどね」 全く同じというわけではないようだが、地球のグレープフルーツやレモンといった酸味のきつい柑橘系の植物を主食とする星人。 食事で席を共にする、ということはないにしても、傍に付く必要はある。 実際にあったことはないが、見た目はほとんど地球人と変わらない容姿ながら、体臭もシトラスに近い匂いがするという。 そんな人間の警護を三日間も同じ空間で行う自信が土方にはない。 かといって、案内までを仰せつかるとなると、近藤一人では心もとなく、それを補佐できる人材が今真選組にはない。 鼻栓をすればいいでさぁと沖田はせせら笑うが、それではあまりに失礼だろう。 風邪か花粉症を理由にマスクも考えたが、匂い自体までは避けられなかった。 「それで悪足掻きしてるってわけ?」 「あと一週間しかねぇ」 非番がしばらくないと言っていたのはこの警護の仕事が大きく関わっていたのだろうと、顎をさすり思案する。 「オメー、うちで過ごすこと出来るか?」 「あ?何言って…?」 グレープフルーツと真選組。 1週間先の仕事とその間のお預け状況の延長。 目の端に涙を浮かべる土方の顔と自分の職業。 「24時間居ろってわけじゃねぇ。 寝起きと食事を出来るだけうちでって意味なんだけどよ」 「何する気だ?」 猫が毛を逆立てるかのような警戒具合に、仮にもコイビト同士なのだからもう少しどうにかならないだろうかと眉を寄せつつ、ここでそれを口に出しはしない。 土方のことだ。臍を曲げるに違いないから。 「いや、万事屋さんが苦手克服のために手を貸そうか?って話」 「…出来んのか?」 「報酬と、オメーの踏ん張り次第だけどな、あくまでもよ」 恩着せがましくない距離と土方の大事な大事なお仕事を嫌味に取られない言い回しを探りながら誘導していく。 「絶対か?」 「短期間で、しかもサディスティック星の王子の邪魔入れられねぇ方法は限られる。 オメー一人じゃこんな店で一人で悶々睨めっこが関の山だろう?」 「確かに…」 土方の顔が思案顔になってグラスを見つめる。まつ毛がふるりと揺れた。 もうひと押しかと言葉を重ねる。 「実費にちっと色つけてくれりゃいい。なかなかにお買い得な話じゃねぇか?」 「…何企んでやがる?」 「企んでるとか、んな穿った見方すんなよ。 万事屋さんはお仕事入るし、銀さんは心配性の恋人にニートだなんだと罵られずにすむし一石二鳥の話ってだけだろ」 「だれがっ!?」 大声を出しかけて、店内の視線に気が付き、どすんと腰を再び落としてくれる。 「な?」 「チャイナはどうするんだよ」 迷っているようだが、ここまでくれば落ちたも同然だと銀時は心の中でほくそ笑んだ。 「あくまで仕事なんだから、昼はいつも通りうちに居させるし、食事までは一緒にする。 夜は新八と一緒に恒道館に行かせりゃ問題ねぇだろ?」 「…仕事、終わったらそっちに行くってことで間に合うのか?」 「よし!交渉成立!」 そこで銀時は丁度食べ終わったスプーンを置き、腰を上げた。 「ちょ!まだ決めたとは?!」 「じゃ、俺の準備とかいろいろあっから、仕事終わったら電話一本いれろよ」 鬼なんて呼ばれているくせに何だかんだと人の良い男が撤回する前にと、銀時は軽くナプキンで口元を拭うと早々にファミレスを出て、万事屋に戻ったのだった。 『お味はいかが? 壱 』 了 (103/212) 栞を挟む |