壱Side 土方 「次は?」 吐き出した欲がもたらした開放感と気だるさに神経を揺蕩わせていれば、背後から腕が巻き付いてきて、そう尋ねてきた。 「花火大会の警護…までは予定詰まってる。早くて三週間後だな…」 「長いな」 武骨な指が土方の髪を一房巻き取ってはするりと抜ける感触。 指の主は坂田銀時。 かぶき町で何でも屋を営む男であり、真選組副長土方十四郎の恋人でもあった。 「長いか?まぁ…でも、その間に面ぐらいなら合わせることもあんだろ?」 銀時と土方は付き合っていることを周囲には隠している。 それは、お互いこういう関係になるまでの間に散々喧嘩や意地の張り合いを繰り返していたから今更、という気持ちも勿論あるのだが、土方の仕事柄を気遣った銀時の心遣いという部分が大きかった。 互いの親しいものたちにも知らせてはいない。 外であっても、今まで通りの態度を貫き、悟られないよう細心の注意を払ってきた。 「あのね…そういう意味じゃなくて…」 指を土方の耳に移動させながら、苦笑された。 耳腔から耳朶へ。 先ほどまで、全身を侵していた熱が触れられたその部分から再び伝播しはじめる。 「そりゃ顔見れたら、それだけでもみっけもんだけど」 こういう事出来ないだろ?といつの間にか降りてきていた反対の手が土方の臀部を割り開き滑り込んでくる。 性急に交わった名残がぐちゅりと音をたて、羞恥心を煽った。 二本の指がVの字に拓かれ、既に猛ったものでその淵をゆるりとなぞられる。 銀時に馴らされた体は浅ましく期待に揺れた。 焦らすつもりなのか、緩慢すぎる速度で数ミリ押し込まれては動きを停める銀時自身。 堪らず、上体を捩って睨めば、目元に軽く唇が落とされ、一気に最奥へと押し込まれた。 「…っ!」 横向きからうつ伏せに体勢を変えられ、一度砲身はぎりぎりまで引き抜かれ、嵩のある部分だけで入口付近をかき回された。 「三週間分、土方を補給させといて」 宣言のあと、土方のクレーム等全く聞く耳もたずという風に、腰に力が入らなくなるまで土方は銀時を受け入れることになったのだ。 「痛ぇ…」 ホテルを一足先に出て、屯所への帰路に土方は着く。 普段あれだけ怠惰な生活をしていて、鍛えている様子などありはしないのに銀時の躯は理想的な筋肉のつきかたをしている。 その肢体で余すところなく攻められれば、節々は痛み、倦怠感に襲われ今だ秘所はまだ何かを含んだように熱を持っていた。 腰が怠いが出来るだけ、しゃんと歩いて見えるように腹に力を入れた時だ。 ビールケースが盛大に倒れ、ガラスの割れる音が路地裏から聞こえてきた。 酔客の喧嘩ならば、捨て置こうかとも思ったが、微かに鼻腔を気になる匂いが掠める。 飲食店が何かを焦がす、というにはこの明け方近くの時間は不自然だ。 多少、自分の体調に不安がなくもないが、路地へと入る。 ぱちりぱちり 匂いが強くなるにつれて、熱と炎がはぜる特有の音まで聞こえてきた。 歩調を早め、更にもう一筋曲がれば、そこは嫌な予想を裏切らない光景が拡がっていた。 繁華街の奥、古い木造二階建て家が燃え盛っていたのだ。 火消しが出動してくる気配はまだない。 土方は携帯を取りだし、要請の電話をかけ、左右の家屋の戸を叩く。 まったく気がついていなかったのか、寝間着姿の女が出てきて、隣家の惨状に腰を抜かした。 それを叱咤して、火元の家に人が住んでいるのかを尋ねれば、耳の悪い年寄りが住んでいると教えられた。 女に周囲を起こしてまわるよう頼んで、火元の玄関に走った。 留守であれば良いが、耳が不自由となれば気がつかない可能性が高い。 玄関戸を蹴破り、中に侵入する。 途端に煙が土方の喉を襲い、袂で口許を押さえた。 火種らしい一階の台所に立ち入ることは既に到底不可能な程の室温で覆われていた。 家の構造を鑑みて、寝室は2階だと判断し、階段を登り叫ぶ。 「誰かいるか?火事だ!」 一番奥まった部屋の襖からか細い声が聞え、腰を庇いながら走った。 襖を開けば、老人が一人部屋の隅で丸くなって念仏を唱えていた。 「じぃさん!逃げるぞ!」 手を掴み、無理矢理立たせて廊下に戻るが、既に階下から火は上がってきつつあった。 今の土方に老人といえどそれなりの体格をした男を背負って階段を降りることは骨が折れる作業だ。 他の方法はと、手近な窓を開け放てば、外には野次馬と火消しが消火活動に取りかかったのが見えた。 一度寝室に戻り、布団からシーツを剥ぎ取ってまた窓際へと戻った。 「オイ」 声を張り上げれば、火消しの一人が土方に気がつく。 「じいさん、一人降ろす!受け止めろ!」 先にシーツを投げおとせば、察し良く四人かき集めて受け止める体勢を作ってくれた。 「じぃさん、乱暴で悪ぃが勘弁しろ」 白い長方形に向かって、投げ飛ばす。 歓声が響き、首尾良く老人は地面に叩きつけられることなく着地出来た。 「さて…」 今度は自分もと見渡せば、古い木材は予想以上に燃えやすかったらしく、階段まで火は登りつめてきている。 あちらこちらの窓ガラスが熱で割れる音が響き、土方は老人を投げ出した窓から自分もそこから飛び下りようとしたが、熱風に阻まれた。 ならば、比較的まだ無事な通り側の格子窓を叩き壊しすべきかと移動した時だった。 思い定めた窓が外側から破壊された。 「土方っ!」 「万事屋?」 飛び込んできたのは、先ほどまでホテルで別れたばかりの銀髪。 目を丸くしている間に、隣家の屋根沿いにやって来た男は土方の手を引く。 「なんでテメーが…」 「オメーこそ、ライター忘れたくせに何こんなところで火遊びしてんの?」 「あ?」 言われて、ホテルを出る前に煙草に火をつけ、そのままテーブルにライターを置いてきたことを思い出す。 また、何かに引火して爆音が響いた。 「長居は無用だな」 「違いねぇ…土方!」 銀時が入ってきた入口から出ようとした土方の上に材木が崩れ落ちてきた。 激しい痛みと熱が左腕に走り、体は暖かいものに包まれる。 そこまでで、土方の意識は途切れたのだった。 目を覚ませば、見慣れた屯所の木目ではなく、一面白い天井とカーテンが目の前に拡がっていた。 「…ぁ…」 乾いた喉が張り付き、声が掠れた。 「トシ!目が覚めたか?」 「近…藤さ…ん?」 聞きなれた暖かい声に顔を向ければ、涙でぐちゃぐちゃになった近藤の顔とギブスに包まれた自分の左腕が視界に入る。 「近藤さん、大袈裟なんでさぁ。ただの骨折と火傷、しかも年寄り助けに入って火に自分がまかれたとんだマヌケですぜ?」 近藤の横に立つ一番隊隊長の言葉に昨夜の記憶が蘇った。 「すまねぇ」 「いやいや!無事でよかった。万事屋には悪いがトシまであんな状態になってたらと思うと…」 「万事屋?」 途端に近藤の顔に陰りが浮かぶ。小さな変化だが、付き合いの長い土方が見落とすはずもない。 「近藤さん!」 「何故か、アンタが下手打った現場とそう離れていない場所で旦那も倒れてやしてね。 頭をちっと打ったらしいですが生きてはいますぜ」 「…それで?」 「万事屋はトシより先に目を覚ましたんだが、頭を打った拍子に記憶を失っているらしい」 自分の名前も万事屋の面々のことも失っている。 まさに前回の記憶喪失の再現だと近藤は痛ましげに口にする。 恐らく、あの時土方を庇い、頭を打ったのだろう。 それでも朦朧とする意識の中、土方を担ぎ、隣家伝いに逃げ延びた。 自分たちが共に在ったということを悟らせないためなのか、土方の世間体を気にしてくれたのか、銀時は土方を見つけやすい場所に置き、自分は自宅へ戻ろうとしたというところだろう。 容易に想像がつく行動に土方は下唇を噛む。 「万事屋も同じ病院なのか?」 「あぁ、火傷も多少しているし、同じ火事の被害者だろうってことでな。 さっき、お妙さんも見舞いに来ていたようなんで、様子を覗いてきた」 「頼むから、ここまで来てストーカーしないでくれよ」 呆れた風をしてみせながら、心は痛い。 過信せず、人を使えば他に方法があったはずだ。 自分の失態で銀時を巻き込んだ。 前回、銀時は己を見失った挙げ句に、万事屋を解散、子どもたちを傷つけてしまったと笑い話として、聞いてはいた。 二の舞に、したくない。 銀時とその家族の役に立ちたいとは思う。 けれど、銀時と土方の関係は誰も知らないのだ。 間際の銀時の行動を汲むならばなおの事。 表だって彼らの為に土方が出来ることなければ、様子を見に行くことさえ出来はしない。 病室の扉がノックされ、看護師と医師が顔を見せる。 気が付いたなら、診察と検査をと言われ、近藤と沖田は屯所へと戻って行った。 土方はチューブに繋がれた腕を眺め、ぶつけようのない、さざ波のような苛立ちに大きく息を吐き出したのだ。 『星はそこにある 壱 』 了 (93/212) 栞を挟む |