『from a beginning to a beginning T』坂田銀八。 28歳、男性。 銀魂高校1年Z組担任。 国語科(現代文)教諭。 趣味はパチンコ。 好きなもの・糖分 特記事項・前世らしき記憶、一回り年下の恋人有り。 ……のつもり。 「はーい。じゃあ今日はここまで!」 6限目の授業が終わりを告げるチャイムが鳴り、担任が教科書を教壇に置いた。 標準装備にしている銀髪天然パーマがチョークの粉がついた指を白衣に擦り付けながら、黒板の端の日付を確認する。 「今日は全生徒一斉下校っつうことになってっから、さっさと帰れよー。 …部活も中止だ。耐震性の調査だとかで、業者があちこち入るからな。 特に土方、隠れて自主練とかすんじゃねぇぞ」 「残りませんよ」 一番後ろの席で、名を指された男子生徒が憮然とした表情で小さく反論したのをちらりとだけ見て、話しを続ける。 「ついでに今日はSHR省略な!ハナ金だから!」 「せんせー、ハナ金てなにアルカ?鼻くそを金属バットで銀ちゃんに打ち込む日カ?」 「なんで撃ち込まれる標的俺決定?いや、ウンコ投げられ器じゃないからね!」 留学生の神楽の言葉に思わず、思い出したエピソードを口にすれば、ノリと元気だけは相変わらずのキャラクターはすかさず喰いついてきた。 「それ面白そうアル!銀ちゃんにみんなでウンコ投げつけ大会!」 「じゃなくて、あっただろうがそんな事が…びち…ぐ」 「先生。終わるなら終わるでさっさと締めて下さい」 土方が神楽との会話に無理やり入り込み、テキストを鞄に仕舞い始める。 小さく頷いた口元が『馬鹿が』と形作ったのを銀八は見逃さなかった。 坂田銀八は生まれる前の時代、万事屋・坂田銀時であった頃の記憶を持っている。 一度死した人間の記憶を引き継ぐなど、ゲームやマンガの世界だけの話だと思っていたが、違っていた。 転生だとか、輪廻だとか、色々な神さまの混濁、混在した世の中では、何がどういうシステムでそうなったか分かるはずもないのではあるが、とにかく『覚えて』いるのだ。 ただ、記憶には曖昧な部分もたくさんある。 ひとつひとつの記憶が時系列にならんで整理されているわけでもなく、 映像だけの虚ろなものもあれば、強い感情を伴う出来事に関しては詳細はおろか色や匂いまで鮮明に思い出せるものもある。 どちらにせよ稀な現象であることには違いない。 今受持ちの生徒たちの多くに『坂田銀時』であった頃、見慣れていた顔ぶれ、魂がまた集まってきているが、彼らは記憶をもっていない。 だから、九兵衛がかつて将軍家から預かった猿とのエピソードをここで持ち出しても分かる者などいないのだ。 銀八自身、つい最近まで片鱗もそんな記憶を持っていないかった。 ただ一人、先程暗に銀八を見咎めた少年に、 約束を律儀に護り『忘れなかった』恋人に再会するまでは。 「じゃ、また月曜日に」 背後で、再び恋仲になった『土方十四郎』の舌打ちを聞きながら、教科の類を纏め、教室を出た。 一斉下校したことを確認し、銀八も早めに校内をでる。 すでに頭に入れている地図を拡げ、一件の古ぼけたアパートへ愛車に走らせる。 カンカンと二階へと続く鉄筋の階段を登り、一番奥の部屋へと向かった。 住人はすでに帰宅したらしくゴソゴソと気配が伝わってくる。 昭和を思わせる古い建物に付けられた呼び鈴を人差し指で力を込めて押せば、プラスチックのボタンがゆっくりと沈んで、それから同じ速度で浮上してきた。 古めかしいチャイム音の後に応える声が聞こえ、内鍵がまわる音がする。 内心、そんなに簡単に開けちまって不用心だなと思わなくもないが、 今日の所はそれが幸いした結果を銀八にもたらしたのだから、何ともいえない。 がちゃんと扉が開いた。 「よぉ」 ドアの隙間から酷く驚いた少年の顔を見つけて、にんまりと笑ってやる。 「な、なんでっ!」 そう言いながらも咄嗟に閉められそうになった扉を手を足を使って妨害する。 まるで押し売り紛いではあるし、やはりこれが銀八以外の男だったら一大事だ。 あとで説教はしておこうと心に決めた。 高校生になり、随分を体格も良くはなってきてはいるが、所詮子どもの力だ。 容易に室内に身体を滑り込ませることに成功を果たした。 遥か昔、歴史の教科書にも載っている真選組の副局長などという役職についていた男の魂を宿した少年であろうとかつてほどの力はない。 そう、少年なのだ。 「話がある」 半間ほどの土間に二人が立てば、距離はかなり近くなる。 後手で鍵を閉めると、銀八は土方の手首を掴んだ。 土方十四郎は銀八と違い、物心ついた頃から『真選組副長』であった頃の記憶を持つという。 再会し、半年ほどしてようやく銀八が『銀時』の記憶を取り戻し、これから全てうまくいくと思っていた。 過去のことも勿論根底にはあるだろうが、現代を生きる今の自分たちは変わらずお互いに魅かれている。 どうせ生まれ変わるなら、土方が女性に生まれてきてくれていれば、なお良かったのだろうが、そんな贅沢はこの際言わない。 日々、血生臭さなど今の生活にはなく、命を狙われることも剣を振るうこともない。 ゲイだとしてもそれはそれで、まぁ多少の偏見はあるものの、認められていないわけでもない。あの頃よりもお互いを束縛するものが少ないことを素直に喜んでいたのだ。 だというのに… 「特に話はねぇ。用があんなら学校でいえばよかっただろうが」 伸ばせば手が届くところに来たというのに土方は銀八との距離を保とうとするのだ。 まともに触れ合ったのは記憶を取り戻して直後の道場でだけ。 次の日から何事もなかったのかのように土方は振る舞うのだ。 困ったことに、あれだけ切なそうに見つめられていた視線さえ今では感じることが少なくなった。 まるで思い出しさえすれば、興味がないと言わんばかりに。 あくまで『担任と生徒』を崩さない。 だから、今日は敢えて自宅へと押し掛けた。 なんの因果かこの生でも家族に縁遠いのは二人とも変わらず、らしい。 土方は交通事故で両親を早くに失い、その賠償金の類を切り詰めて一人暮らししていることは調書で把握済みだ。 「十四郎、オメーどういうつもりだ?」 「…そんな風に呼ぶな」 土方の視線が途端に剣呑な色を帯びてくる。 青灰色の瞳が瞳孔を開き、真っ直ぐに銀八を見つめた。 『土方十四郎』だ。 この視線だと、銀八の口角が自然に上がる。 「あ?なに?呼び方がどうしたって?つうか、そこじゃなくてよ」 「テメーは『坂田銀八』だ」 「そうだな。でも『銀時』でもある」 「そうかもしれねぇ。けど…」 「けど?」 臓腑がじわじわと熱を帯びてくる。 紛れもなく怒りという感情で焼き焦がされそうだった。 「無理に合せなくていい」 「は?」 「だから!銀時の記憶が戻ったからって無理やり俺を付き合う必要はねぇっていってんだよ!」 思わず、土方の胸座を掴んでいた。 銀八も『銀時』であった頃ほどの力はない。 それでも記憶よりも小さな体は宙に浮き上がる。 「オメーは、ヒトの話聞いてたのかよ?俺、言ったよな? 『そんなの抜きで、教師のくせに1年Z組の土方十四郎君が気になってた』って! 言ったよな?」 「んなの!『気になってただけ』で実際問題としては別の話だろうが!」 「同じ話だろうが!銀時の記憶が無くったって、オメー手にいれ…んぐ!」 なんとか身体を引き剥がそうと、拘束する腕を掴んでいた土方の手が、銀八の口を押さえる動作に変わる。 「馬鹿が!立場分かってんのか?」 「…んぅ?こ…恋人?」 指の隙間からもごもごと答えたが聞き取れたらしい。 「ちげーだろうが!相変わらずテメーはまるでダメな大人だけど!俺は学生で! でもって、テメーは『教師』だろうが!」 「…?それが何か?」 「だから!テメーが、『銀八』として生まれて過ごしてきた記憶ってのを重視しろって 言ってんだ!昔の記憶に引き摺られて早まんなって!」 土方の目に迷いはなかった。 恐らくは、銀時を待つ長すぎる時間の中で何度も何度もシュミレーションして弾き出された答えなのだと察する。 それでも、重ねて尋ねる。だから?と。 「だから?」 「そう、だから、『オツキアイ』できませんって?」 「……そうだ…」 「ふぅん」 「な…んだ…よ?」 急に胸ぐらを離され、身体の自由を取り戻したというのに、どこか不安げに土方は銀八を見つめ返す。 それこそ、『真選組の土方』の記憶を持つならば、こう言った態度を『銀時』が取る時というのは得てして碌なことがないと予想がついているのだろう。 「そりゃな…オメーは記憶を持ったまま成長してきたんだから…それだけ記憶の混乱ってのもねぇよな…」 「あぁ…」 「じゃあ、逆にオメーこそ…記憶通り俺を探し当てて向かい合ったものの、 やっぱ同世代のオンナノコの方がいいって後悔してるから、俺を拒むのか?」 違うことは分っている。 分かっていながら、敢えてそういう解釈を持ち出して、さも銀八に選択権があるのだという退路を断つ。 「な…ちが…」 「違わねぇ。記憶に引き摺れる云々を持ち出すんならそういうことになんだろうが?」 「違う…俺は…」 土方の口もとが動き、幾つかの形を作ったが声に出されることはなかった。 「俺の方が、記憶が混在するようになる前からオメーに魅かれてたんだ。 今更、男同士だとかそんな理由で引くわけねぇだろうが?」 「馬鹿か…引けよ…」 恐らく、これが『ただの高校生』土方十四郎であれば、こんな風に拒絶しようなどと考えなかったかもしれない。 けれど、『真選組』土方十四郎の記憶を併せ持つからこそ、思春期特有の無鉄砲さをどこかに置いてきたかのように、妙に冷静な判断を下している。 そのことが、銀八は、銀時は悲しく、そして寂しくなっていた。 こんな広大な世界と、 こんな膨大な生き物がいる世界で、 共に『人』として、共に同じ時代に生まれ落ち、 なおかつ記憶を残すという奇跡的な出来事を引き起こしてもらっておいて、 名前さえ知らない祈るべき神さま恨むのはお門違いなことは分っている。 けれども、 何故、自分の方が思い出すことが遅れたのか。 何故、同世代に、 何故、もっと早く彼に会うことが出来なかったのか。 「…自由に生きろって…身を引いてやるって…言ってんだ…解れよ…クソ天パ 折角…胡散臭くねぇ、ちゃんとした職に就いてる『社会人』じゃねぇか…」 「十四郎」 横を向いてしまった小さな顔を両手に包んで、銀八の方へと向けさせた。 「変な遠慮つうか、オメーこそいつまで真選組の副長のつもりだ? もう、真選組はねぇよ?近藤もあの通りただのゴリラだし、攘夷浪士も幕府もねぇ。 ここにいるのは、ただの16歳の土方十四郎だろ?」 ぎりりと奥歯を噛みしめた為に眉間の筋肉が緊張したのが掌に伝わってくる。 なまじ、早い段階から記憶を持つとは年相応の知識と経験の差異を持ち続けていたということだ。 精神状態を平常に見える程度に保っていることが出来たのも、一重に土方自身の精神力と周囲の理解であったのだと容易に想像できる。 それが、『銀時をいつか見つける』ということを目標が達成したことで、一気に均衡を崩した。 想いは確かに『ここ』にある。 だからこそ、迷っただろう。 新しい言葉 新しい想い、それを紡いでいくにはまだ日が浅い。 十四郎と再会するまでの坂田銀八として人生を十四郎は知らない。 その『坂田銀八』としての人生を優先させる為に。 今なら間に合うと、 『坂田銀時』と『土方十四郎』の想いを一人で閉じ込めて蓋をすることで、距離を置くことで。 相変わらず自分の事には無頓着な男なのだと苦笑するしかない。 『銀時』の記憶よりは小さくなってしまった。 それでも『銀八』の記憶ではこれが正解で。 「土方くん」 親指の腹で頬を撫でながら、呼び直す。 額をくっつけ、教師の顔をして幼さの残る顔を見つめた。 「初めからやり直しって言いたいところだけどよ」 「あ?」 「スタート地点『オトモダチ』からとかないからね?その辺はスキップさせて下さい」 「っ」 坂田銀八として自由にさせてくれんだろ?と笑って見せた。 『from a beginning to a beginning T』 了 (13/212) 栞を挟む |