壱かぶき町の往来で、万事屋坂田銀時と武装警察真選組の土方十四郎が悪態をつき合っていた。 仲がいいのか悪いのか。 往来を通る人たちの苦笑交じりで眺め誰も止める気配はない。 ちょっとした名物とさえ化していたからだ。 顔を合わせれば、必ずと言っていいほど口げんかをする。 場合によっては、木刀と真剣を持ち出して往来で切り結ぶほど激しい喧嘩もする。 犬猿の仲なのであるから寄らず、触らずいれば何事も起こらないはずだ。 それを二人は避けることなく、真っ直ぐにぶつかっていた。 万事屋従業員である志村新八もため息をつく。 今日も、いつも通り、万事屋一行はそろって生活必需品のタイムセールに並ぶべく出かけていたのだが、丁度巡察中だった土方と出合いお互いの悪食を罵るところから事始まっていたのである。 そろそろ店が開店してしまう。 神楽と自分だけ一足先に行く方がいいかもしれないと思い始めた時だった。 「だ・か・ら!惚れてるって言ってんだろうが!コノヤロー!」 「うるせぇ!わかってるってんだ!このクソ天パ!!」 聞くともなしに聞いていた会話に予想もしなかった言葉が含まれ始めたことに新八は目を見開いた。 「わかってねぇ!好きだから、いっつも、ムラムラしてるって意味解ってんのか!コンチクショウ!」 「馬鹿か?!そうだ、馬鹿だった!馬鹿な上に恥知らず!」 往来でホームとも言える町の真ん中で銀時は自棄になったような叫びをあげ、それを真っ赤な顔をしながらも、怒鳴り返す土方の姿に、新八の顔も赤くなっていく。 「馬鹿言った奴が馬鹿なんですぅ!ムラムラすっから結婚しろっつってんだ!」 「メガトン級の大馬鹿だな!結婚とかするか!出来るか!」 「いいじゃん!事実婚で!万事屋に住め!」 「誰がテメーのようなマダオんとこ行くかよ!んなことは経営者としての責務果たせるようになってから出直してきやがれ!」 「責務ってなんだよ?」 そこまで、一気に上がっていた銀時の勢いが急に落ち着き、低く問い返した。 「まずはそこにいるメガネどもにキチンと給料払いやがれ!テメーまともに支払ったことねぇって聞いたぞ!それに家賃滞納常習犯だと?んな奴のとこに、苦労するってわかってて誰が行くか!」 「お?言ったな?言ったよな?武士に二言はねぇな?俺がキチンとすりゃ、嫁に来るんだよな?」 「な?!」 思いもよらない返しだったのか、固まる土方にかまわず、銀時は見物していた町の人々に呼びかけ始める。 「みなさ〜ん!ギャラリーのみなさ〜ん、お聞きになりましたよねぇ?」 ノリの良いかぶき町の住民から、やんややんやと拍手が起こった。 「テメっ!んな問題じゃ…」 「あら〜真選組の副長ともあろう土方十四郎君が、言葉を違えたりしちゃうの?ふ〜ん。そっかぁ。銀さん弄ばれたってわけ?それとも大嘘つきなのかな〜?」 「?!」 ニヤニヤと笑う男に土方は息を呑む。 「あ〜あ、面白くねぇ…。本人たちはバレてねぇと思って、もうちっとコソコソしてくれると思ってやしたがねぃ。このヘタレ中二病カップル…」 ピンク色のチュウインガムを大きく膨らませ、沖田もニヤニヤ笑う。 「え?えぇぇぇぇぇえ?!あの人たちそういう?え?え?」 「これだからメガネは…告白一つできないまんま爛れた関係になだれ込んだ典型的なダメな大人の見本ネあれは」 訳知り顔の神楽が知らないのは新八だけだとばかりに首を横に振る。 往来を行くかぶき町の人々も「おお、ようやく」とばかりに見守り、拍手をするものもいる。 思わず言質を取られてしまい言葉を失っていた土方はしばらく銀時の胸ぐらをつかんだまま固まっていたが、我に返り大声で宣言した。 「6か月だ!テメーがさっき言った条件クリアして、証明できたら考えてやらぁ!」 坂田銀時と土方十四郎は、町中、否江戸中公認の賭けを始めたのである。 【万事屋主と子ども達】 9か月後のことである。 珍しく、坂田銀時は朝早くおき、布団を干したり、部屋の掃除をしていた。 「神楽ちゃん、銀さんどうしたの?」 出勤してきた志村新八がずれ下がってしまった眼鏡を元の位置に戻しながら、神楽に尋ねる。 少女は首を横に振り、心底あきれたというため息をついた。 「夕べからずっとあの調子アル」 「ってことは、土方さんがらみか…」 9か月前、万事屋の主は身体だけのオツキアイという爛れた関係という形を取っていた相手に、途中経過を全てすっ飛ばして『結婚』を申し込んだ。 正直な所、その一件まで新八は銀時にそんな相手がいることすら気が付いていなかったのだ。 神楽に言わせると、飲みに行くと神楽を新八の家に泊まらせる前日はいつものやる気のない態度の中にほんのわずかなソワソワふわふわした空気を纏わせ、 翌日なると年中眠たげな眼の中に落ち込んだような、思いつめたような空気を籠らせていたらしい。 どうやら、酔った勢いで身体を結んでしまった為に、本当の想いを伝えられずそのままズルズルと続けていたとは呆れもするが、妙に納得もする。 (まぁ、相手が土方さんだったのならわからないでもないのだけど…) 閑古鳥の鳴く万事屋と異なり、相手は幕臣。 しかも、武装警察真選組の副局長。 真っ黒は隊服をきっちり着こなし、肩で風をきって江戸の町を歩く姿に見惚れる人間は少なくない。 瞳孔が開き、煙草を口端の常駐させ、多量のマヨネーズを摂取はするが引く手あまたなことは間違いない。 そんな土方十四郎という男前と、自分の雇用主、 どこか似たところのある二人は寄れば咬みつき、怒鳴り合う、そして意地を張り合っていた。 素直とは到底言えない性格の銀時のことだ。 気が付くと肝心な言葉を伝えないまま…と考えることはたやすい。 (一言、が足りないんだよな二人とも) 余計なことには口も策も頭が十二分に回るくせに己のこととなるとてんで駄目な銀時。 やはり、土方もそんな風にあるから、余計に拗れて長引いていたのだと思う。 9か月前に皆の前で宣言した賭けは土方が負けていた。 普段は死んだ魚のような眼をしたダラダラとしていたマダオのくせに、 この6か月坂田銀時は土方の出した条件をクリアしてしまった。 本当は能力があるにも関わらず、どれだけサボっていたかどうかの証明でもあるのではあるが、その部分は高い高い棚の上に押し上げて、ニヤニヤと銀時は志村たちへの給与明細の控え、家賃の領収証とそして、少し貯まった通帳を土方の前に突き付けてきたのだ。 あの時の銀時のドヤ顔を、 苦虫を噛んだように口元をへの字に結び、目元を赤くした土方の顔を 新八は忘れないと思う。 だから、ツッコミ所は満載であるが、基本的に周囲も祝福している。 土方が万事屋から真選組に通うように決まって早2ヶ月。 神楽は夜、お登勢のところに眠りに行くようになっているのだが、実際に土方が万事屋に戻ってきたのは3分の1ほどだ。 暇そうに見える時期もあるが、真選組は事件事故行事1つ入れば即座に忙しくなる。 まして、『真選組の頭脳』ともなれば尚更らしかった。 かれこれ2週間ほど帰ってきていない。 大きな各星からの使者を迎えての祭典を警護をするために、事前からの調査、そして配置。 当日の采配。 そして、見廻組との連携。 万事屋に置かれた大量の業務用マヨネーズと今まで無かった灰皿がなければ土方が住んでいる実感は薄い。 銀時も何も言わない。 これまでとあまり変わらない。 逆に外で見かけても照れ隠しもあるのか、あまり絡まなくなった。 祭りも五日前に無事大きなテロ騒ぎもないまま、過ごし来賓も無事帰国したという報道を食い入るように観ていたのが3日前。 奉行所の応援と検問に駆り出されていた姿を見たのが昨日の夕方。 しかし、遠目で銀時は見ていただけで話しかけはしない。 気になるなら、いつ帰れるか聞けば良いのに聞かないのも、電話1つしないのも、銀時らしく、それでいてもどかしく新八には感じられた。 「おーい、ぱっつぁん」 朝食を配膳していると洗濯物を干し上げた銀時に呼ばれた。 「今日、オメーと神楽は橋田さんちのばぁさんとこの犬の散歩行くだろ?」 「えぇ、昼過ぎには終わりますよ。銀さんは集英建設さんとこ一日ですよね?」 追加だろうかと尋ねかえす。 賭けは終わったものの万事屋には、それなりではあるがコンスタントに仕事が入るようになってきていた。 土方サマサマだと思う。 「終わったら屯所に迎えに行ってくんねぇか?」 「土方さんをですか?帰れるって連絡が?」 「他に誰がいるよ?連絡はねぇよ」 当たり前のように首を横に振る銀時を不審に思いながら、箸置きを置く手は止めない。 「じゃあ、まだお仕事中かもしれないんじゃないですか。それなのに押し掛けろっていうんです?」 「大丈夫だって。夕べニュースで言っていたから」 「ニュースで土方さんの個人的な情報流すわけないでしょうが!」 「いや、ものっそ『もうすぐ帰るからダーリンはぁと』的な流し目受信したから」 「んなわけあるかっ!」 思わず、突っ込みながら、銀時の箸を叩き付けるように机に置く。 「可愛そうな電波マダオに付き合ってやろう。ぱっつぁん」 ふるふると左右に顔を振り神楽が新八の肩を叩く。 「神楽ちゃん?」 「ケダモノの鼻は確かに利くアル」 「そうそう!今晩銀さんはケダモノに…」 「新婚早々使う機会の無かった銀ちゃんの銀ちゃんが火を噴くアルネ!」 茶を入れながら銀時は相変わらずの口調でいうものであるから、神楽まで調子にのってきた。 「ちょっと!神楽ちゃんんん!そんなこと女の子がいっちゃ…」 「無かったわけじゃないですぅ!回数じゃないしぃ?がっつり、ねっとり、ずるずるのぬるぬるでハメ…いてっ」 銀時の言葉は新八の投げた茶碗で止められた。 「アンタ!朝っぱらから何爛れたこと言ってんですか?!」 「だってよぉ。俺偉くね? 嫁さんじっと会えるの待ってたんだぜ? 偉いよなぁ?それこそ、前は巡察途中に路地裏引き釣り込んで… アレはアノシチュで美味しかったけど、銀さんもう旦那だし?」 「そんなことしてたんですか?アンタ!」 卵かけごはんにしようと出していた生卵を思わず投げつけそうになりながら、 やはり勿体ないとエコ精神で新八は踏みとどまった。 「ほら、まぁ十四郎もあんな顔して艶事に全く興味ありません〜って顔してっけど、ノリノリ…」 「銀ちゃん!時間ネ!いい加減そろそろ行くアルヨ」 聞きあきたのか、炊飯ジャーを抱え込んでいた神楽がしゃもじで時計を指す。 「神楽!オメー一人でまた空にすんなって!」 「ケチケチすんな。トシちゃん帰ってきたらすき焼きネ! ほらキリキリ働かないと愛想尽かされるアルヨ?」 「あ!そうだな!ちょっと行ってくるわ!」 流し込む様に飯粒を掻きこむと、万事屋の主は従業員とは別の現場に行くために一足先に立ち上がり、出発する。 「世話が焼けるネ」 「神楽ちゃん…」 何気に地球での保護者よりも大人な発言をする少女と、銀髪の後姿を見比べながら、新八は肩をがっくりと落とした。 『明日の天気 壱』 了 (76/212) 栞を挟む |