参【坂田銀時と寺田綾乃】 「ババァ」 すき焼きであるから、本来牛肉なのだろうが、 万事屋風だと、豚肉もふんだんに鉄鍋に突っ込んだ夕食を4人と1匹でつつき賑やかな夕食が済んだらしい。 どたどたと派手な足音が響いたかと思えば、 新八が店の戸が開き、神楽を背負った銀時が遠慮なしに入ってくる。 キャサリンが相手をしている常連客に軽くあいさつしながら奥の間を指さした。 「なんだい。随分とはしゃいでると思ったら、もう潰れちまったのかい」 「そうなんです。奥に寝かせますね」 呆れた声色のお登勢が低く嗤ったのに少年が苦笑いで応え、勝手知ったるなんたらで、部屋に上がって行き、布団を敷いて、銀髪がその上に少女を転がした。 「また重くなったんじゃねぇのかコイツ。 あれ?でも、あんだけの食材食ってることは実は軽い方なのか? 一升分の米の重さ…どこに消えちまったんだ?ブラックホールかっつうの…」 ぶつぶつと跳ね返った天然パーマをかき混ぜつつ、戻ればカウンター席にやはり当たり前のように腰を降ろす。 かと、お登勢は思っていたのだが、今晩の銀時はそうしなかった。 「明日は十四郎さん、休みかい?」 煙草の煙を長く、細く吐き出しながら女主人が尋ねれば、銀時は困ったような、拗ねた様な、とても見ている方も表現しずらい横顔をしていた。 どうやら、相方と選んだ男をお登勢がそう呼ぶことになれないらしい。 そして、本当は一刻も早くねぐらに帰りたいのだが、あまりそそくさと帰るのもどうなのだと考えあぐねている風だと顔には出さずに笑った。 「十四郎さんが休みになるとガキどものはしゃぎ方が違うね」 「そうですね。もうテンション高くって銀さんと神楽ちゃん、土方さんの取り合いですよ」 手持無沙汰なのか、手を今度は首の後ろに当てコキコキと大して痛むようでもないのに回しているだけで銀時に腰を降ろす様子はない。 仕方なしに新八がそれに答えた。 「そりゃ結構なことじゃないのか」 「ただ毎回これっていうのも…」 お登勢が坂田銀時という男を拾ってから、それなりの時間が経ってはいたが、 まさか、男を伴侶と選び連れてくるとは予想はしていなかった。 だが、それもこの男ならば有りなのかもしれないともお登勢は思いもする。 緩い顔と態度をして、気さくに人の中に滑り込んでいくかと思えば、 本質的なところで最後の一歩を踏み込ませない。 女好きだと口では言ってはいるが、それほど女に執着があるわけでもない。 面倒臭がりのようで、存外面倒見がよい。 口さがないが、それでいて本当に相手を傷つける言葉は発しない。 一度でも『縁』を『真』を見止めてしまえば簡単に相手を捨て置くことのできない誠実さを持つ男。 なにかに固執することをに避けている節を早い段階から見つけていた。 その生き方は強い銀時だから、出来る事でもあり、 優しく、誠実な男だからこそ、出来ないことでもあり、 そして、淋しい生き方でもあると。 しばらくすれば、一人でやっていた万事屋稼業に、新八が加わり、神楽が住み着き、そして大きな犬まで共に暮らすようになった。 この『スナックお登勢』にもたまを呼び寄せ、様々な人と出会い、 墓石の裏に座り込んでいた小汚い男は人の輪の中心にいる。 中心にいる。 慕われている。 けれど、銀時が固執し、執着し、求めている人間の『像』が長い時間浮かんではこなかった。 「アンタにゃ、もったいない。なかなか帰ってこられないって拗ねるんじゃないよ」 「ウルセェよ」 視線は客に向けつつ、そう言ってやれば、ムッとした顔を作りながら、どこか嬉しそうな表情で鼻を掻いてみせられる。 横に並ぶ少年も苦笑している。 テレビにもよく出ている武装警察真選組の副長・土方十四郎を銀時が伴侶だと挨拶に引っ張ってきたのは3か月前の事。 本人たちは隠していたようだが、万事屋の階下を拠点をするお登勢は早くから二人の逢瀬を知っていた。 遠慮がちに夜中に訪ねてくる革靴の音。 明け方、靴音をたてないように、それでいて急ぎ去っていく音。 それを数拍開けて見送るためなのか、引きあけられる万事屋の玄関戸の音。 時折、巡察中らしい男が、万事屋の看板を見上げる様も暖簾を出しにでてみたこともある。 小難し顔で明け方近くに一人戻ってくる銀時の姿をみたこともある。 普段からは考えられない顔だった。 『白夜叉』と呼ばれていたのはどこのどいつだ。 『鬼の副長』とやらは一体どこのどいつだ。 そう問いたくなるような、ただの恋しいものを思うだけの甘く苦い顔だった。 お登勢はなにも言わずにただ見守っていた。 二人の仲を認めることはたやすい。 背を押してやることもたやすい。 けれど、その先に二人が何をみるかは、二人にしか見えないものだから、静観していた。 岡っ引きの旦那を、任侠の世界に住む昔馴染みをもつ『寺田綾乃』だからこそわかる。 土方の仕事は、危険と隣り合わせのものだ。 公に『テロを防ぎ市民を守る』という建前上も、人情だけではかわすことの出来ない裏も、含めて血生臭さからは逃れられない。 一方、銀時も色んなところに首を突っ込んだり、巻き込まれたりで、ぼろぼろになって帰って来る。 そんな互いを表面では何も知らない振りをし、己の矜持を軸に違う方向を見据え続ける。 思いあっても添うことは難しい。 両人ともにわかっているだろうと思っていたから、何も語らずにいた。 お登勢が何か言いたいことがあると分ったのか、銀時は漸く腰を降ろす。 「じゃあ、ボクはこれで」 それを合図にしたかのように、新八はお疲れ様でしたと丁寧に礼をして出ていった。 育ちが良い子どもだと笑い、 お登勢は短くなった煙草を灰皿に押し込んで敢えて酒ではなく茶を銀時の前に置いてやる。 「しかし、意外だったねぇ」 手を取るとは思わなかった、そういう意味を込めてお登勢は言う。 酔客はキャサリンとたまを交えて騒いでいるが、こちらに気を留めている様子はない。 「俺も別に…どっちでもいいと思っていたんだけれどよ」 一口、茶を口に含み、番茶特有の渋みに眉を顰め、その顔のまま続けた。 「…明日の話をしてぇって思ったから」 そんだけだとまた、茶を口に運び、今度は熱ぃと悪態をつく。 「そぅかい」 『明日』ときたか、と銀時のいったいどれがつむじなのかわからない頭を眺める。 きっと、これまでは別れ際に『次』を口にすることなかったのだろう。 しかし、今は違う。 土方が真選組の仲間と走ろうと、戦場に身を投じようと、 銀時が事件に巻き込まれようと、 過去の遺恨を絶ちきるために心をさ迷わせようと、 互いを『居』と定めたから。 だから、『明日』の話が出来る。 辰五郎が、次郎長が戦争に向かい、帰る場所に自分がなろうと決めた時の気持ちを少し思い出す。 ごとんと重たい焼き物の湯呑がカウンターに置かれる。 中はすでに空になっていた。 「ごっそうさん」 銀時はカウンターの椅子を引き、変わらず馬鹿騒ぎする客にちらりと、それから出入り口を見、僅かに口角を上げた。 「鼻の下、伸びてるよ。みっともない」 「ほっとけっつうの」 自覚が合ったらしく、ごしごしと鼻の下を擦ると足を踏み出す。 がらりと、先ほどよりは静かに戸が引かれた。 少し猫背気味な背を見送りながらお登勢はまた笑う。 「まったく良く似た野郎どもだよ」 「バカップルネ、気持チ悪イヨ、オ登勢サァン」 聞き耳を立てていたのか、キャサリンの声が聞こえ、客たちも違いねぇときっと外階段を登る銀時の耳に届くであろうほどの大笑いをする。 「銀時さまと土方さまは『バカップル』記録しておきます」 たまが特有の機械音を作動させてまた何かメモリにいれたようだ。 何やら、二階の玄関戸が開かれたと同時に大きな物音がしたような気がしたが、もう誰も気にしなかった。 どうせ、土方が下から漏れてきた大きな笑い声に、銀時が余計な事を言ったのではないかと怒鳴るだか、殴るだかしているだけに違いない。 ぴしゃりと締まればまた静寂が戻る。 お登勢は煙草を灰皿に押し込み、銀時の使った湯呑をカウンターの内側に引き寄せ、流しの洗い桶の水の中に放つ。 湯呑は気泡を少し纏わせ、やがて水に馴染んで静かに止まったのだ。 『明日の天気 参』 了 (78/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |