うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

梅三本




それから、どうやって土方たちと別れて万事屋に戻ったのか、不確かだ。

だが、何か適当な言い訳のようなものを紡いで、神楽や新八と戻り、
報酬のお蔭で1品、品数の多い夕食を食べて、風呂にも入り、布団に潜り込んではいたらしい。

いつものように。
何も変わらない行動パターンをなぞって。

けれども、確かに銀時の中で変化があった。

変化というべきなのか、意識が違ってしまったというべきなのか。


朝日が万事屋を照らしはじめて、うっすらと目を覚ます。

春の眠りは心地よい。
外気を遮断してくれる布団は繭のように身を包み、揺蕩わせる。

ぼんやりと思う。

武装警察真選組の副長。
彼とは腐れ縁で、犬猿の仲。
マヨラーで、チェーンスモーカーで、喧嘩っぱやい、チンピラ警官。
上にも下にも問題児を抱え、それでも肩で風切って歩もうと、強くなろうともがき続ける石頭。

武骨者かと思えば、さらさらと恋文の添削をしてみせたり、
ワーカホリックかと思えば、煙草を求め、休暇を取って宇宙にいったとも聞く。

鳥の囀りが聞こえ、瓦の上をこつこつと跳ねる音が聞こえる。

微かに雨の臭いが届いた。
上昇した気温に一斉に咲き始めた梅の花も散ってしまうのだろうか。

(そうすれば、あの男は今度はどんな顔をするんだろうか)

一輪の梅に何を思っていたのか。
沖田がいうように、想い人を思っていたのか。

判断材料が足りない。

あまりに銀時は土方という男を知らなかったのだと知った。

何度となく街中で出会い、
切れない見えない糸で絡め取られて、
トラブルの中で出くわし、
『土方』という男を知ったつもりでいた。

けれども、知らない彼がいる。
それも知っていると思っていた。

『知らない土方十四郎』がいることを知っていると思っていた。

近藤や沖田、真選組の仲間内に見せる『顔』など銀時は知らない。
知ってはいても、己に向けられるものではないことを知っていた。

時折みかける一般市民や、神楽、新八に見せる無愛想な風で、どこか照れくさそうに対応する『顔』を『人柄』を知ってはいたが、
それも己に向けられるものではないことを知っていた。

ぬるま湯のように、春の眠りに意識を委ねながら思考は取り留めなく。

知っている。
そう思っていたことが、するりするりと滑り落ちていく。


あの無防備な様を知る者はどれほどいるのだろうか。

真選組という組織を背負い込もうとしてることは傍から見ていても痛いほどわかる土方があんな風に気を緩める瞬間を。

あの穏やかな顔をさせるのはなんだったのだろうか。

沖田が言うようにそういう女がいるのか。
もしもそうなのであれば、沖田が暗に認めているほどの相手だということ。


そうして、沸き起こる心臓の痛み。
その意味に気が付いてしまった。

『知らない土方十四郎』を赦せないと思ってしまった自分。

その意味に。

けれども、もう少しだけ春の心地よい眠りに身を委ねて曖昧にしておきたいと思う。

惰眠を貪ろうと試み、銀時は今一度布団へと鼻先を擦りつけた。



そうはいっても日がな眠っているわけにも行かず、やってきた新八に叩き起こされ、
布団を上げられ、顔を洗いに追いやられる。

今日もいつもと変わらない一日が始まったのだ。




いつもと同じ。
依頼は入っていないことも同じであったから、パチンコ屋で時間を潰し、
長谷川の新しいバイト先を冷やかして、コンビニに寄って立ち読みをする。

そして、気が付けば公園へと足を向けていた。




数日前、土方がうたたねしていたベンチ。
まだ、葉のつかない寒々とした木々がぐるりと囲んでいたその場所は、随分と花の数を増していた。

一輪から一枝、
一枝から数本へと。

梅一輪ほどの暖かさなどという言葉があるほどだ。

風は時折まだ冷たいが、確かに暖かくなっている証拠なのだ。

しかし、その場所には誰もいない。
誰もいない。


そこに思い描いていた黒を纏った男がいないことに、安堵し、そして残念に思う。

そこにいたとして、銀時は何と声をかけていいのかわからない。

喧嘩、軽口、そんな話しかしたことがない。
たまたま居合わせた飲み屋でさえ、お互いの仲間の愚痴だか自慢だか判別できない会話を繰り返し、結局飲み比べだなんだと酔いつぶれるのがオチだった。

だから、こんな場所で、
もしもまたあんな風に穏やかな土方を見かけたとしても声のかけ方がわからない。

ほっとし、それでいて、あの顔をもう一度見たかったを肩を落とす自分を銀時は薄く笑う。


一番さきに花をつけていた木の下に立ち、土方が見ていた辺りを同じように見つめる。
増えた花一つ一つが春の陽を背に纏い、紅色の花を透かし花脈の紋様を明らかにしていた。

土方が見ていたモノとは違うかもしれない。

それでも、銀時はその木の幹元に座り込み、霞んだような青空と紅の花。
紅の木の周りにも植えられている桃色かかった白梅の群れ。

目を閉じれば、瞼に陽光が当たり、ぽかぽかとしている。


「こりゃ…」

眠たくなる。
寒くもなく、暑くもない季節。
辺りには、梅の香りと土の香りが充満してる。

大きく一つ欠伸をする。

地面に置いた指先が土でも落ち葉でも芝でもない感触を拾い上げた。

「?」

重たくなっていた目蓋を押し上げれば、藍色の手帳が落ちていた。

どくりと心臓が脈打つ。
見たことがあると思った。

手に取り、土を払う。

土方が持っていたものに酷似した変哲もない小さな手帳。

裏表紙には小さく『豊玉』と書かれたそれに迷う。

てっきり土方のものだと思っていたが、『豊玉』というのが名であれば別人のものである。

中を開いてみれば、持ち主のことがわかるかもしれない。
届ければ謝礼の一つ、茶菓子の一箱なり弾んでくれるかもしれない。

しかし、もしも、名ではなく、土方の手帳であったなら。

中に彼の秘めた想いが綴られていたならば、耐えられない気がした。
自分には縁がないと思っていた心をもう少し、微睡ませていて欲しかったのだ。

『豊玉』の名をもう一度なぞり、懐にしまいこむ。
手帳はひんやりとしていたが、濡れてはいなかった。

それは夕べの雨が上がった後で持ち主はここで落としていったということだ。


銀時は腕組みをして、また頭上を見上げる。



そうして、目蓋を降ろしたのだ。




『春暁 梅三本』了





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