うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

梅二枝




「梅…」



そう呟いたまま、しばらく目を細めて一輪だけ咲いた梅の花を見つめていたが、
静寂を打ち破る携帯電話によって、慌ただしくその場を去って行ってしまった。


一連の出来事、とも言えないほんの数分の短い時間だった。


それが数日銀時の頭を占めている。


「あ…」

民家の庭に梅の木が植えられていた。
花はぎゅっとまだ青緑色をして目覚める気配のないものもあるが、
一番日が当たるのだろうと思われる一部分だけが白い花びらを綻ばせ始めている。

この間土方が見ていた紅梅ではない。
淡く白い花びらが八重に重なり、節くれだった枝を飾りたてていた。

あの時、土方は梅を見ながら何を思っていたのだろうか。


うたたねから目覚め、愛おしげに花を見上げていた様を思い起こす。




「いました?銀さん」
新八の声で現実に引き戻された。

銀時は今迷いネコの捜索の仕事を請け負っている最中だったのだ。
どうやら、新八は庭を覗き込んだまま、動きを止めている銀時が何か見つけたのかと思ったらしい。
息を切らせて走り寄ってくる。

「いや…真っ黒だったから違う」

探してるのは黒猫。
足先だけ靴下を履いたように白いらしい。

咄嗟に、頭の中で描いていた真っ黒な衣を着た男の事を考えていたからか、そんな風に答えてしまった。

さわさわと少しだけ暖かくなった風が梅の香りを運んできて銀時は眉を顰めた。

『梅は香りに桜は花』

そんな言葉を聞くほどに、梅の香りは強い。
そこかしこで嗅ぐようになった春を訪れを告げる花。


「梅…」

呟いた土方の想いはどこにあったのか。

視覚だけでなく、嗅覚までをも刺激されるから、つい考えてしまうのかと分析してはみても、なぜそれほど気になるのかが銀時にもわからない。


「フギャァァァァァ」

まさに断末魔の叫びと呼ぶにふさわしい声だった。

「神楽!!」

一旦思考を再び現実に戻し、声の方へと走り出す。
依頼人の猫を神楽が握りつぶしていないことを祈りながら。


幸いなことに、猫は無事だった。
尻当たりの毛が取り押さえようと躍起になった神楽の手で毟られたようになってはいるが、その辺りは見つけた時にはもうこの状態でしたとごり押しして乗り切る。

飼い主は多少納得の行かない顔をしていないこともなかったが、報酬は約束通り支払ってくれたから万事屋としては万々歳だと神楽の頭を撫でてやった。

髪が乱れると年頃の少女のようなことを言いながらも、はしゃぎながら、定春と一歩先を万事屋へ帰路を先導していく。


その足が止まった。

「あ!」

少女が叫んだ。
良い物を見つけたというよりも、見つけたくないものを見つけてしまったという苦々しい声色がそこにある。
視線を追えば、その先に真選組の隊服があった。

神楽をことあれば張り合っている一番隊の隊長もいるから、なおさら難しい顔をしているのだと直ぐに想像がついた。

何だかなんだと、土方と銀時同様、街中で顔を合わせれば喧嘩ばかりしている二人だ。
沖田の方が若干神楽よりも年が上であろうに、同じレベルに下がってきている。

ところが、今日に限って沖田は神楽をスルーして銀時に真っ直ぐ向かってきた。

「旦那旦那!聞いて下せぇ」
「総悟!」
「厄介事はゴメンなんですけど〜」

表情の読みにくい沖田だが、声に楽しげな響きと、慌てて止めに入った土方の様子から彼を揶揄うネタなのだろうと予測はつくが、いつものようにのらりくらりと興味のないフリをする。

「そうネ!相談事なら依頼料払えば聞いてやらねぇこともないアルけどな!」
「ガキは黙ってろぃ。実はマヨ馬鹿土方にですねぃ…」
「ガキはお互い様アル!」
「総悟!行くぞ!」
「まぁまぁ、神楽ちゃん。聞くだけはただなんだし?」
沖田を止めようとする土方の顔が本当に嫌そうなものであったから、Sっ気を煽られ宥めてみる。

「実はこの朴念仁に好きな人間が出来たみたいなんでさ!」
「は?」
「だから!違うっていってんだろうが!んな相手はいねぇ!」

心持ち、頬が朱い気がした。

そして、違和感が一気に銀時を襲う。

「好きな…人間?」

わざわざ沖田が言ってくる、しかも土方の慌てようからして、ストーカーゴリラを敬愛しているというオチではないだろう。

「半紙に何か書き出そうとしては、ため息をついちゃあ、庭を眺めてまたため息、夜も眠れずとなりゃあ、もう恋煩いの他にないじゃねぇですかぃ?」
「違ぇ!夜眠れねぇのはテメーが増やす始末書のせいだろうが!ため息もそれが殆どだ!」
本当なのか嘘なのか。
今まで読めていた気がするものが、総て白紙に帰ったかのようにわからなくなった。

「アンタのため息はそんなんじゃねぇでしょ?さっきだって、花見ながら、手帳に何か書いてたじゃねぇですか。イイ人への文に書くいい文句でも浮かびましたかい?」
「あれはそんなんじゃ…」
戸惑う顔。
困っていることは分る。

「じゃあ、見せてくだせぇよ」
「それは…駄目だ!」
「ほら、ご覧なせぇ。ね?旦那…旦那?」

沖田と土方のやり取りを聞きながら銀時は放心していた。

「銀さん?」
大人しく外撒きに様子を見ていた新八も覗き込んでくる。

それでも、やはり銀時は考え込んでいた。

沖田の姉と土方とのことは、巻き込まれたとも言えるが、その最期の時に近くにいたから知っている。

病院の屋上で肩を震わせていた男の背を知っている。

沖田の姉に対する拘りも知っている。

だから、銀時は思い込んでいた。

土方十四郎という男が易々と女に惑わされる男ではないのだと。
沖田が、それをからかうネタに出来るほど情は薄くないのだと。

心臓が痛む。
鼓動が早まっているという感覚ではなく、血液を循環させるための運動がやけに緩慢になったかのように遅い。

「おい、万事屋?」

土方の少し掠れぎみな声に身体が跳ねた。


梅の薫りがまた香る。

あの梅一輪の下でうたた寝していた無防備な顔。
愛しげに見上げた穏やかな顔。

大切そうに懐にいれた手帳。

そして、今不思議そうに自分を見る視線。



何かが己の中で崩れ落ちていくのを銀時は感じたのだった。




『春暁 梅二枝』 了




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