うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

『a natural sweetener U 』




「ん?」

鍵を差し込んで、違和感に手を止める。
思った方向へ鍵がまわらないのだ。
つまりは鍵が開いている。


店は定休日。
ボードも出ていないし、店内の明かりも落ちている。

考えられる可能性は、ここの鍵を持つもう一人の人間が訪れているということ。

「土方?」

元より、銀時は自分の城はのんびり経営するつもりだった。
ガツガツと働くのは性分ではない。
働いたら負けだなんてことまでは思わないが、ゆったりと過ごしたいタイプだ。

しかし、事前の調査でわかってはいたことだが、
生憎と土方はそういうタイプではなかったらしい。

オープンに合わせ、いつの間にスケジュールを組まれ、尻を叩かれ続けている。
生真面目というべきか、肩の力を抜けばいいのにとも思う。

それでも渋々、茶化して、からかってしまいながらでも、心の底から嫌だと思えないのは、惚れてしまった相手だからこそ。



予想通りというべきか、電気がついているのは厨房だった。
しかし、肝心のパティシエの姿は見当たらない。

奥の事務室兼スタッフの休憩室を覗くとソファーのひじ掛けあたりに黒髪が見えた。

「ありゃ」

ローテーブルには走り書きいっぱいのレポート用紙と、新作のイメージだろうスケッチが散乱していた。
どうやら、一日、休日返上で詰めていたらしい。
長く、黒いまつ毛が臥せられ、そこには少しの疲労が見受けられる。

マグカップのコーヒーは冷めてしまっていた。

土方十四郎という男の困ったところだ。

辛うじて指先に引っ掛かっといた鉛筆をそろりと取ってやると、ソファーにくたりとしていた身体が身動いだ。

「坂…田…?」
「起こしちまった…っうぉっ?!」
いきなり、引っ張られた為にソファーへ倒れ込んでしまった。

「ひじ…」
言葉は相手の唇に塞がれる。
男二人が寝そべるには狭すぎる二人掛けの革張りのソファー。
体重をかけすぎないように腕を突っ張れば、きしりとスプリングが軋む音がした。

土方の舌が銀時の中を探るように掻き回してくる。
舐め尽くすように、貪るように。

これも、土方十四郎という男の困ったところだ。

初日に銀時のキスを拒絶せずに、寧ろ自ら返してきたから、その先も期待する。
それなのに。

「上善水如か」
「当たり…」

先程まで飲んでいた酒の銘柄を当ててニヤリと笑われる。

「新作?」
「あと一歩何かが足りねぇ…それが何かがわかんねぇ。
 また、テメーから何かヒント得られるかなと思ったんだがな」

どうやら天然に仕事馬鹿な性格なのか、恋の都パリなんてところで修行してきたせいか
これくらいのことは挨拶代わりにしか思っていないのか。

頭の中はいつでも仕事のことばかり。
今のようなキスはしかけてくる。
しかし、そこまでだ。

唾液の交換。
銀時の中の甘さを確認するためだけだと、はっきりきっぱりと言い放ち、
その態度に甘さの片鱗も見つけることが出来ない。


「う〜ん」
「あんだよ?」

何も二人の関係は進んでいないのだ。
結局のところ。
でも…

「も一回」
今度は銀時の方から仕掛けていく。
翻弄されっぱなしというのは性に合わない。
大人しく様子見をするには十分の期間を置いたつもりだ。

土方が銀時から『甘さ』を感じてくれているということは、
そう言ったニュアンスの想いを感じていないわけではない…はずだ。


下唇を甘噛みし、舌を滑らせ口内全体を探っていく。

土方自身の甘味を味わうのではなく、気持ちよいポイントを探るように。
口蓋を、歯裏を、舌自体を。
官能を引き出すために。

土方自身を探るように。


「お…い?どういうつもりだ?」

いつもより深く湿度の違うキスを不審に思ったのか、
やや強引に口を離した土方が戸惑ったような声を発する。

「どういうつもりも何も…」
唇を耳元へ移動させ、ぺちゃりと音をワザとたてて耳腔へ言葉と舌を差し入れる。

「いい加減、土方もらいてぇんだけど?」
歯で耳朶を今度は食するように少々強く噛り付く。
痛みを感じたのか、土方の身体に緊張が走った。

「テメーが『貰い受けた』って自分で言ってたんじゃねぇのか?」

言葉の意味を考える。

そして、肝心なことを言っていないことを思いだした。


「あ〜そっちはあれだ。『パティシエ』の土方十四郎をって意味の方だ。
 俺が欲しいのは『個人』の土方十四郎の方なんですけど?」

再び、正面に顔を向ければ、青灰色の瞳は可笑しそうに笑っていた。

「へぇ…」
意外そうな顔。

「何?」
「やっと、その顔見せやがったな」
「は?顔?」
そう、顔だと笑う土方の瞳孔は普段より開いていた。
何が彼のアドレナリン分泌させているのか。

「いっつも、やる気のねぇ面ばっかしやがって…。そんな風にちっとは煌めいてみせろや。甘さが半減すんだろうが!クソ天パ」
「いやいや、そんないっつも煌めいてたら希少価値なくなんでしょうが?」
「ただでさえテメーは考えてる読みづらいんだよ」
顔はまた仏頂面に戻ってはいるが、その目元は朱に染まっていた。
そこにキス落とし、ソファーから体を起こした。

また、深く今度は柔らかく濡れた唇を重ねる。

「知らねぇぞ?」
「なにが?」
荒くなってきた息の隙間で吐かれた土方の問いに首を傾げる。
自分で仕掛けてきたくせに、今更何を問うのか。


「経営者としてどうなんだよ?パーが」
「パー言うな!ちゃんと考えてますぅ」

既に走り始めた『じゃすたうぇい』
そのシェフであり、看板でもある土方とそういう付き合いをして…
万が一、別れることになった時の可能性を指示してくる。

確かに、破局となれば『経営者』としては大打撃に繋がりかねない。
そんなことを気にして、先に進まなかったのかと思われるのは心外だと笑う。

「銀さんは、別に土方を手放すつもりも、愛想尽かす気もねぇから」
「テメーは俺から愛想尽かされる方の心配はしねーのかよ?」

その言葉に腹の底が満たされていく。
それはつまり『今』土方の気持ちが自分のところにあるといったも同然で。
もっと根源的な欲求で相手を求めて、確認したい。

「上行くぞ」
「あ゛?」
土方の腕を掴んで立ち上がらせる。

銀時の経営するカフェバー『じゃすたうぇい』は実は1階部分店舗、2階部分は自宅としている。
プライベートスペースへと続く階段室は落ち着いたウッド調の店内とは、一転した打ちっぱなしのコンクリート造りだ。


「浮気したら切腹な」
土方はクツクツと笑いながら、空いた手で途中、出しっぱなしにしていたウィスキーの瓶を掴んだ。

「どこの副長さんだよ。そりゃ」

いざないながら、銀時もくつりと笑う。
引き寄せ、手の内の酒瓶をみて、また笑う。

「そいつで朝でアイリッシュコーヒー作ってくれや」
アイリッシュウィスキー。
ストレートで飲んでも美味い酒だが、甘ったるいコーヒー仕立ての方が好みだ。

「クソ天パ。明日は店あんだろうが!朝からアルコール取る気かよ」
「明日は臨時休業」
「は?」

だって、きっと土方は仕込みの時間に起きる事なんて出来ない。

そう含めた笑いをまた浮かべるとそれを察したのか、
一気に土方の眼に情欲の影がチラついた。

「上等だ。休ませられるもんなら、やってみろや」



次の日の朝。
通常営業で開店したのか、
臨時休業になったのか。


その勝負の行方はさておき、
次のシーズンに追加された『じゃすたうぇい』の新メニューは、
これまでよりも、更なる滑らかな甘さと、意外性と、ほろ苦さをも加えた看板商品になったことは疑いようがないお話。






『a natural sweetener』 了

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