伍「はーい、注目。この度、私坂田銀時とここにいる土方十四郎君は結婚を前提にお付きあいすることになりました!」 別れることが一時保留となったその次の日、朝礼で坂田がとった行動はそんな宣言だった。 「何勝手なこと言ってやがんだっ!ゴラァ」 予想外の行動に、近藤を挟んで反対側で座っていた土方は立ち上がり、大将の頭越しに坂田に怒鳴りつけた。 「まぁまぁ、そういう訳で!」 「どういう訳だっ?!」 ちょっと静かにしてね?と、夕べの殊勝さは何処にやってしまったのか、 へらりと笑うと、また隊士たちの方へと向き直る。 「この土方くんに銀さんの許可なく触ったものは士道不覚悟で切腹を隊規に足したいと思いまーす」 「はぁ?」 土方を含め一斉に聞き返す声が合唱される。 唯一異なっているのは笑いをかみ殺しながら畳の上をローリングしている一番隊の沖田と、がっくりと額を畳に擦り付けている山崎だけだ。 「え?何お前らそんな関係だったの?水くさい! トシ!教えてくれてたらよかったのに!」 懐が大きいというべきなのか、素直と捉えるべきなのか坂田と土方の間の近藤はめでたいめでたいと土方の背を叩き、 「えぇぇぇ横暴なっ」 「すっごく個人的な理由じゃないですかっ」 隊士達は何処かずれた反応を見せ、 「旦那ぁ…とうとう頭沸いちまいましたかい?」 沖田が堪らないと目じりに涙をためたまま、ひぃひぃと息を必死で整えながら尋ねる。 「あーウルセェ!」 一斉に巻くしたてられる声に坂田がまた一際通る声で叫んだ。 「オメーらがどんだけ土方いやらしい目で見てんのか俺が知らねぇと思ってんのか?」 途端に、ぴたりと室内が静まり返った。 普段は死んだ魚と表現されるその瞳が敵地で刀を振るう時のような色を帯び、 大げさに言えば、闘気のようなものを発していることに土方は唖然とする。 「おお、怖い怖い白夜叉降臨でさ…」 ぼそりと零した沖田の声だけが大広間にやけに響き渡ったのだ。 さらにひと月が経過した。 四月からの京都支部立ち上げのために、土方は江戸を離れている。 現地で採用をする隊士の数もおおよそ目処がつき始めていた。 京都は古い都だ。 天人の姿が珍しくなくなった現代でも、この地に住まう人たちは強い。 江戸のように、柔軟に文化を享受し、取り込んで糧にする強かさとはまた違った強さだと土方はこの一ヶ月で感じていた。 しなやかに受け入れているようで、自分達の誇りを文化を譲ることはしない。 交わるのではなく、並走させる。 この街は難しいと思う。 簡単に新しい真選組が馴染めるとは思えなかった。 時間をかけるしかない。 「やはり…」 組織図の草案をペンの後ろで叩きながら深く思案する。 だから、すこしばかり気配に気がつくのが遅れた。 「無理だね」 換気の為に開け放っていた入口に銀髪が立っていた。 「坂田…?テメーなん…で、ここに…」 「非番もぎ取った」 障子を後ろ手に閉じながら、するりと男は室内に忍び込んできた。 京都と江戸、二人の活動拠点が別れてから男は休みのたびに赴いてくる。 ただ、今回の休みは土方の知らないものだった。 「おい」 「ちょっと、待って。あ〜土方の匂いがする」 向かいに膝立ちすると、坂田は土方を抱き寄せた。 胡座をかいたまま、体が傾いだ不安定な体勢と不審な発言に不機嫌な声で抗議する。 「変態」 「仕方ねぇだろうが、こっちは土方不足で色々限界なんですぅ」 「……まだ…6日しかたってねぇ…」 本来のシフトでは明々後日まで休みではなかったはずだ。 あと、3日は会えないものだと思っていた。 「ふぅん」 「な、なんだ?」 やけにニヤけた声が頭上でして、思わず胸に埋めていた顔を上げた。 「1週間、じゃなくて6日って…指折り数えてくれてたんだな」 「んな訳あるかっ」 「顔、真っ赤。かわいい土方」 「うるせっ」 手持ちのバインダーで殴りつけようとして、思い出す。 「そういや、さっき言ってた『無理』って何の話だ?」 げ…顔がフクチョーに戻っちまったと銀髪をかき混ぜながら顰めっ面をするが、大人しく問いには答えてきた。 「土方が残るぐらいじゃ意味ねぇってことだ。長期戦だろ」 「まぁ、そりゃ俺も東の出身だからな。 馴染みにくい点では他の隊長格と変わらねぇかもしれねぇが…」 「だからさ、いっそ俺もこっちに来たらいいんじゃね?」 確かに、坂田が来れば渉外面でも、実働訓練という意味でも随分と事がスムーズに運ぶ。 けれど、基本的に土方は江戸が、大将がいる場所を本丸として揺るがせたくなかった。 「んなわけにいくかよ。近藤さん、誰が護るんだよ」 「ハイ、キマシタ、ゴリラゴリラゴリラ」 「近藤さんはゴリラじゃねぇし、大将一番なのは仕方ねぇだろうが」 「知ってるけど!銀さんの一番は土方なんだもん」 「…だもんとかいうな」 あれ以来、坂田は土方に関してストレートに、いやストレートすぎるほど感情を束縛を主張する。 言葉でもそうだが、スキンシップも激しくなった気がする。 (恥ずかしい奴…) 「でもまぁ…あっちにはもう一人、ゴリラ命、いるしね」 「総悟か…そういや、テメーも総悟も俺がいない方が真面目に仕事してるらしいじゃねぇか」 恥ずかしいまでの表現に弱りつつも、だからこそ安心して軽口も叩けるようになっていた。 「いやいやいやいや!違ぇから!土方の側にいたらもっと煌めいてきゅんってさせてやっから」 なんだその擬音はと呆れて言葉を失い、我に返る。 「そういえば、そろそろ報告書持ってくる時間…」 「あぁ、さっき人払いしといた」 「は?」 「ついでに、斎藤に、明日は土方も休みって言っておいた」 「何勝手な…んっ」 抗議の声は相手の口に飲み込まれた。 やわやわと唇を食まれる。 少し緩ませた隙に舌が忍び込み、何かを確認するかのように丁寧に口内をなめられる。 徐々に溜まってくる唾液をじゅっと舌の付け根から音をたてて吸い上げられた。 耳殻を撫でる坂田の手のひらが心地よかった。 ぼんやりと薄目を開ければ、緩んだ顔の坂田が見えて、急に恥ずかしさで居たたまれなくなる。 「まぁまぁ…んな色っぽい土方、他の奴に見せたくないし、明日、どうせ使い物になんなくする予定だし?」 「ウザい」 手のひらが首をなぞり、スカーフの結び目に移動していく。 「うっわ!ガラスのハートが粉々だわ、それ」 「防弾ガラスのくせに」 そんなことを言いながらも、白い布を畳の上に放り落とす。 「そんなことはありません〜。土方に触れる奴は全部殺しちゃえるくらいには繊細な心の持ち主です」 いや、洒落んなんねぇからと心の中でツッコミをいれる。 新採用した隊士が酔って土方の私室に転がりこんだことを聞き付けて締め上げた(らしい)。 「それは…心が狭いっつうんだ」 「狭くないですぅ。ほら証拠に君菊さんからの手紙、ちゃんと持ってきましたぁ」 「花からだろ?」 ヒラヒラと懐から出した手紙を奪い取れば、やはり表書きからして、子どもの字だ。 「書かせてんのは君菊さんだろ?」 「違うさ。花の三味線の稽古のことばっかりだからな」 「まさか、オメー、あんな小さい子まで誑かして…」 「馬鹿だな…馬鹿」 「そ、十四郎馬鹿。だから、そろそろ、補給させて」 顔が再び寄せられ、距離がゼロになる。 坂田が浮気を繰り返していた頃が幻だったかのようだ。 今は、ストーカー1歩手前にも思える行動で土方を独占したい気持ちを隠さない。 それは、真選組をもっとも優先度の高い位置に据える土方にとって、 有り難くもあり、怖い好意でもある。 本当は誰も選ばなければ、これほど楽なことはない。 それでも、添うことを乞われれば嬉しいと思う。 まして、それが己が添いたいと恋う人物なら。 (前途多難だけどな…) 土方は銀色のふわふわした髪を掻き抱きながら、 ほぅと一つ幸せの重さに、息を吐いた。 『愛を乞う・愛に恋う』 了 (60/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #栞を挟む |