うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




警察庁からは松平片栗虎と土方、そして坂田が出席した会合という名の座敷遊び。

元々一人静かに飲むか、
飲みながら芸事を『鑑賞』する方が性格上あっている土方は早々に場を抜けるつもりではいた。
キャバクラ遊びも芸者遊びも松平は同じテンションではしゃぐので少々疲れるのだ。

最初からそれは分かっていたことだから、宴も酣な時刻を見計らって、
携帯を鳴らすように山崎にも指示していた。

だが、予定よりも幾分早く着信音が鳴り響いた。

『今、店の前に来ています』

ディスプレイには思いもかけない人物。
君菊に渡している携帯電話からのメールが示されていた。

「失礼します」
芸者たちと戯れる幕僚たちは土方一人席を立とうと気に留めた様子もない。
坂田もグラマラスな女と機嫌よく盃を交わしていた。





「なにかあったか?」
君菊は芸者の『顔』を活かしてか、料亭の玄関先で待っていた。
いつもの着物でも、仕事用の着物でもなく、化粧も薄い。
仕事中に何かあったというわけではないようだ。

「支度が整いましたので予定よりも早いですが…」
「そうか、今晩中に?」
何事もなければ、それが一番良いに越したことはないと笑い、宴会会場に比べ底冷えのする玄関先にふるりと少し身を震わせた。

「はい。土方さまにはお世話になりっぱなしで」
「いや、アンタが自分で身の振り方決めて動いたんだ。
 俺は仮宿の提供しかしてねぇよ」
移転先までは世話はしてない。
あくまで、土方個人の家を提供しただけで、組の力もそれ以上の配慮はあえてしていない。
求められる以上の手出しは一人で立っている君菊に対して失礼であると感じたのだ。

「それでも…どれほど心強かったか。ありがとうございました」




「なーんだ、土方くーん。こんなところにいたんだ?」

深々と礼をする君菊とその面を上げさせようと手を伸ばしかけた土方に声がかかり、
ぎくりと先程の寒さとはまた違う悪寒を感じて身をこわばらせた。

「坂田…」
「あ、こちらが噂のおねぇさん?はじめまして」
へらへらと笑いながら、坂田が近づいてくる。
酒精の為か、目元が赤い。
面倒な奴にみつかった、それが土方の素直な感想だった。

「酔ってんのか…君菊、もう行け」
「そんなこといわないでさ。俺とも遊んでよ」
坂田の腕が延び、土方が後ろにかばった女を掴もうとする。

「坂田!この人はそういうんじゃない」
いつもの死んだ魚のような眼が昏い色合いを含んでいることに気が付き、思わず強い口調で言うと、銀髪は更に性質の悪い笑みをその口もとに浮かべた。

「『この人』ねぇ。滅多にテリトリーに人をいれない土方が囲ってるっていうから、かなりご執心って思ってはいたんだけど、さすが!美人さんだね」
「坂田!」
「ねぇ、三人でいいことしよう?ね?それがいい!」
油断していた。
君菊へと強引に伸ばされると予測していた坂田の腕は、土方の腰を引き寄せ耳元で話す。

「てめっ!なに言って…」
「だからね、土方がお姉さんに入って俺が土方に突っ込むの」

自分だけならいい。
けれど、外部の人間の前でする発言としては明らかに度を越している。

「この人を侮辱するような発言は慎め!」
「土方こそ、覚えてんの?契約」
「それとこれとは…とにかく、君菊、外へ」
坂田の腕を強引に払い、押しやる。
玄関に置かれた店の下駄を取りあえず履いて、女を外に連れ出そうとした。


「あの…坂田さま」
それまで静観していた君菊が土方ではなく、坂田に話しかけ土方は足を止めた。

「ん?」
「土方さまのアレは坂田さまが?」
君菊が己の襟足を指差し静かに問う。

なんのことやらわからず、土方はうなじに手をあてるが、特段思い当たらなかった。
一方の坂田はニヤリとあまり質の良くない笑いをしたから、何か知っているのだろう。

「こんな方法では周りは牽制出来ましても土方さまには伝わりませんよ」
「いいんだよ」

君菊と坂田を見比べる。

女の瞳はまるで哀しい出来事を思い出すかのように遠くを見、
男の瞳は女を睨みながら、懺悔するかのような殊勝な顔をしてるように見えた。

「土方さま…参ります。駕籠を表に待たせてますから」
沈黙を破ったのは、女の方だった。

「あ、あぁ」
「なぁんだ?いっちゃうの?じゃあ、銀さん、他のお姉さん探してくるわ」
坂田は特徴的なその天然パーマをかき混ぜながら座敷の方へと戻っていく。



せめて店の前までと土方も外に出た。
君菊の言葉通り、駕籠が一台待機しており、おとなしく花が座席に座っている。
待ちくたびれたのか、半分夢の中に入り込んでいた。

「また、落ち着きましたら」
「何かあれば電話してくれ」

深々と礼をし、女が駕籠に乗り込む。


「坂田さまは、昔のあの人みたいに独占欲が強い方なんですね…」


女は眠る娘をそっと自分の方に凭れかけさせながら呟いた。

今の出来事だけで土方と坂田の間にあるものを見抜いているのかと息をつめる。
けれど、君菊と元亭主のように、一度は心を通じ合わせた、
そんな事実も、甘さの片鱗もないのだ。
少なくとも坂田のなかにはない筈なのだ。

「アイツは…そんな…」
「一度…、お話された方が良いですよ。
 弦が切れるだけではなくて…本体に軋みが生じる前に」

それだけ言い残し、君菊母子は旅立っていったのだ。



そして、その晩、坂田は屯所には、土方の所には戻ってはこなかった。







一週間のちのことである。


執務室兼自室で山崎の報告書をチェックしていた土方は慌ただしい足音に眉を顰めた。
まだ、遠いその足音は徐々にこちらに近づいてくる。

「副長…」
体面に座っていた監察がやはり困ったような顔をした。

「まぁ、頃合い…だろうな…」

煙草に火をつけて、大きく煙を吸い込むと口端だけあげて見せる。

「勘弁してください。こんな浮気調査みたいな仕事…職権乱用じゃないですか…
 俺、巻き込まれるの嫌ですよ」
「職権乱用じゃねぇ…」
「だって…副長と…旦那はその…」
真選組内の人間のほとんどは、土方と坂田は犬猿の仲だと思っている。
ただ、ほんの一握りの身近にいるものたちの中には気が付いている者もいるにはいた。
山崎はその一人だった。

「本当に隊務だ。それから、これからは坂田の事は副長とキチンと呼べ」
「まさか…あの話…」
「近藤さんにも話した」
「俺も…」
山崎が思わずと言った風に膝を前に進める。

「いや、お前は残れ」
「俺!元々あっちの出ですし、お役に…」
有難い申し出だが、まずは片づけなければならない問題が山積みだ。
土方の指示がいちいちなくとも、独断で判断できる手駒は貴重であるから有効に使わなければならない。
山崎は優秀な部下だ。
本人には言わないけれど。

「いや…しばらくは新編成について、こっちもバタバタ…」

そこまで話したところで、障子が左右に割れた。
勢い余って右の方だけ、外れ吹っ飛んで行く。

両利きだとは思っていたが、やはり右の方が強いのかと妙な感想が頭をよぎった。


「これ!どういうことだ!」

投げつけれた紙挾みが土方と山崎の間に落ち、数度バウンドする。

仁王立ちで坂田が立っていた。
普段は緩い死んだような眼をしているくせに、今日は違っていた。

地味な部下がひっと小さく悲鳴を上げるのが耳に届いた。
無理もない。

戦闘中の強い眼でもなく、何かを護ろうという必死な眼でもなく、
ただ、黒い炎が上がるような『怒り』がそこにあったからだ。

「山崎、さがれ」
「あ…でも…はい」
不穏すぎる空気が横たわる中、席を立つことに迷いがあったのだろうが、
立ち上がると土方と坂田を一度見比べて退室していった。

出ていくときにそっと倒れた障子を取り付けて、きちんと閉めていくところが彼らしいと笑いが零れる。

「なにが楽しい?」
「いや…で、なんだ?」
「これ、どういうことだよ?」

どすんと山崎の座っていた場所に胡坐をかいて腰を降ろすと、自分で投げつけた紙ばさみを拾い上げて土方に突き付ける。

「あぁ。稟議書だな」

起案は土方十四郎。
件名はこの春、開設される真選組京都支部の立ち上げについて。

多様化するテロに対して、細やかな対応を迫られる昨今、真選組も組織の拡大を求められ続けてきた。
今回の京都支部新設については、その先駆けとして以前から議題として挙げられていた話だった。 

「んなことはわかってる!このメンバー!どうなってんだ?!」

今までの話では、斉藤や丘といった隊長格が数名異動し、現地で採用した隊士を指導しながら、組織を作っていくという話だった。

直近、立ち上げの為の派遣されるメンバーに土方の名が連なっている点を坂田は指摘したのだ。




『愛を乞う・愛に恋う 参 』 了




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