うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




それは、張り込み中の監察隊士の所へ様子を見に行った帰りだった。


道端に少女が転がるように飛び出してきた。
年のころは十に届くかどうかというところだろう。
大切そうに藤色の包みを抱えて、何かから逃げるように。
土方の予測通り次のタイミングで職人風の男が追って出てきた。

「助けて!」

通りがかりの人間は面倒事に巻き込まれまいと遠目に静観していた。

少女と目が合う。

追ってきた男の手が長い少女の髪を鷲掴む。
引き倒される勢いであったが、それでも包みから手を放す様子はない。

「おい」

土方は刀を腰に差してはいなかった。
帯刀を許された人間はほんの一握り。
張り込み先へ行くのには目立ちすぎるからの配慮だった。
相手からはただの素浪人かチンピラに見えているだろう。

「こんな道端で何事だ?」
目立つことは極力避けたいところだが、目が合ってしまった以上無言で通り過ぎるのも気が引けて、男の手を掴んでしまっていた。

「関係ねぇ奴はすっこんでろぃ!俺はコイツの父親だし、コレは俺の作品だ!」
「あぁ、言っているが?」
包みと少女を指さす男を顎で差し示し、少女に問う。

「違う!コレは母さんのもんよ!大切な!質屋になんか入れさせない!」
「何をぅ!またどっかの狒狒爺ぃに貢がせればいいだろうが!」
「母さんは芸妓だ!春は売らない!芸を売ってるの!
 それにアンタとは縁を切ったんだ!」
「なるほど」
土方は掴んでいた男の手を捻り上げ、少女から引き離す。

そして男にそっと囁いた。

「奉行所呼ぶか?」
瞬く間に青くなった男はまた来るとお決まりの悪態をつきながら立ち去っていった。

「おい…」
「あ…」
力が抜けたのか少女はへたりと座り込んでいた。

「大丈夫か?」
「…腰…抜けちゃった…」
「家、この近くか?」
負ぶされと背を向けてしゃがみこんでやる。

「でも…」
「こんな道の真ん中でみんな迷惑してんだよ。さっさとしろ」
きつく睨みつければ恐る恐ると背に体重がかかった。

そして、少女の家へと向かったのだ。






少女・花の家は花街に近い長屋の一角にあった。

「花!」
直ぐに、母親らしい女が走りよってきた。
息を切らしているところを見ると、娘を探し回っていたようだった。

「母さん」
家の前につくころには落ち着いてきたようでぴょんと背から飛び降りると女の元に走って行く。

「今、お隣の沢さんにアイツがきたって聞いて」
「この人が助けてくれたの」

土方は女に見覚えがあった。

「え?あ、土方さま?」
「君菊?」

数度、座敷にあげたことのある芸者・君菊。
三味線が得意で、唄もうまい。
何より、土方のマヨネーズに苦笑はするものの、失礼に当たらない程度の対応も出来る。
だから、接待の席で呼ぶ芸者たちの中では土方も贔屓にしている、そんな女だった。



「…土方さまにはお恥ずかしいところを」
茶を入れながら、君菊は娘と紫の包みを見比べながら困ったように笑った。

「アンタ、子持ちだったんだな」
「お陰さまで、それなりの年ですから」
はんなりと笑う様からは、花ぐらいの子供がいることなど窺えなかった。
少し年の離れた姉妹でも通らないことはないだろう。

「騒ぎの元は…」
「京女が一人、江戸に上ってきてんです。訳ありに決まってますでしょ?」

わるいひとではないのだと君菊言う。
三味線職人と元芸妓。

半ば駆け落ちのように江戸に出てきて、少しばかり商売がうまくいかなくなって、酒に溺れた亭主。
芸者に復帰して、家計を支えれば、嫉妬で暴れ、己の不甲斐なさに荒れた。
幼い花にあたりはじめたのを機に別れたのだと。
よくある話、なんでもないことのように君菊はやはり笑う。

「強いな…」

「『母』は強いんです。でも困りました…」
「そうだな」

察するに、亭主は金の無心を、あわよくばよりを戻そうと元妻子を探し当てた。
まだ、実害が出ていないから奉行所は動かないだろう。

「あの人も花にね…手さえあげなければ…」

花はおとなしく紫の包みから一竿の三味線を出して爪弾いていた。
亭主が君菊のために作った一棹なのかもしれない。
一度張り損ねた弦が、そのまま爪弾かれ続け、弦を痛めつけた。
そして、収拾がつかないほど、本体にも軋みを伝え、巧く音を奏でなくなる。

この親子は亭主を憎んでいるわけではない。
けれど、後戻りも、最早できない。

「江戸を出るか?」
ゆっくりと縦に首をふる。

「でも、花の寺子屋とか今の勤め先のこともありますし…すぐには」
「しかし、ここは不味いな…」
土方は花にジェスチャーで貸してみろと合図する。

抱えて走ったせいだろう。
音階がずれているようだった。
調弦し、短い旋律を奏でてみる。
土方は兄の影響で簡単なものなら弾けた。

乗り掛かった船だ。

「使っていない家に一軒心当たりがある」

そういって、懐から携帯電話を取り出した。





「土方さん」
夜は近藤の名代として会合に出掛けることとなっていたから、直前まで書類の山を片づけていると、沖田に声をかけられた。

「アンタ、最近休息所にオンナ囲ってるんですって?」
「……囲ってねぇ」

君菊母子に休息所を提供してから二週間が過ぎようとしていた。
今のところ、元亭主に動きはない。
時折、不便はないか電話はするが、会ってはいなかった。
あと数日もすれば、芸者仲間の伝を頼って江戸を出ることになっている。

「旦那とのことはどうするんですかい?」
「何のことだ?」
「夕べもお楽しみだったのに、外に愛人作るたぁ見直しやした。ゲス方さん」
勘のいい沖田は、『契約』の内容までは知らずとも、二人の仲に気が付いてた。
だから、その点に関してとぼけるつもりもない。
夕べは特に坂田は荒れていた。
女の匂いはしなかったが、それでも手拭いで拘束された上に、締まるからと首も軽くではあるが絞められた。

「だから、囲ってねぇ」
「まぁ、どっちでもいいんですがね。旦那は何も言わないんで?」
「それこそ、坂田には関係ねぇよ」
君菊のことは話していないが、疚しい事をしているつもりもない。

沖田の眉が珍しく寄った。
訝しげに。

「アンタら…大丈夫なんですかい?」
「さぁな、坂田に聞いてみろ」

夕べの情交もそのことが坂田の耳に入った結果だとも思っていなかった。
もしも、そんなネタを手にしていたならば、それを嬲るような言葉攻めで行為を愉しんでいただろう。


「土方さん?」
「用はそれだけなら出掛けるぞ。とっつあん待たせると面倒だからな」

そういって、筆を土方は置いて、出かける準備を始めたのだ。






『愛を乞う・愛に恋う 弐 』 了





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