壱「ん…くぅ…」 歯を食いし縛って、快楽に流されて零れ落ちそうな声を抑える。 「ほら、声出せよ?鬼の副長さん?」 苦しい。 耳元に囁きかけられる声にぎゅっと力を込めて目を閉じれば、端から生理的な涙が零れ落ちたのが自分でもわかった。 苦しい。 男に、 自分とほぼ同じ体格の男に組み敷かれ、あらぬ場所を男の象徴で串刺しにされ、 それだけでなく、その行為に自分が感じ入ってしまっていることがではない。 今、自分を抱いている男が、 同じ武装警察真選組の副長職である坂田銀時が、 抱きながら囁く言葉が、仕草が、香りが土方十四郎を苦しめる。 「乳首、痛いくらいが好きなんだろ?」 前立腺とよばれる場所を己の分身で徹底的に擦りあげながら坂田は言う。 「女みてぇに柔らかい躰じゃねぇのにな。感じ方は女以上」 坂田からは女の香水と酒の匂いがした。 いつからだろうか。 最初に土方のことを抱きたいと、 逃げ回っていた副長職を引き受ける代わりに、恋人として付き合えと条件を出してきたころはこんな抱き方をする男ではなかった。 いつからだろう。 接待にいけば、 非番になれば、 出かけた先で女の化粧の匂いを付けて帰ってくるようになったのは。 いつからだろう。 そんな夜に限って、どんなに土方が疲れていようと女の身体と比べるような仕草と言葉を吐き出しながら、乱暴に土方を抱くようになったのは。 苦しい。 けれど、土方に選択肢はなかった。 坂田の本意は分らない。 けれど、副長職と自分を交換条件に出してきた時に嬉しいと思ってしまったから。 風のように、気まぐれで、 鋼のような、強さを持つ男が一時の興味本位だったとしても、 自分を『恋人』と位置付けたいと言ってくれたから。 一種の契約のようなものだとしても、 女を外で抱きながらも、こうやって土方をやはり抱き続ける坂田のことを 手離したくないと思ってしまっているから。 「あ!」 後ろから貫かれていた身体を、強引に持ち上げられ坂田の膝にのせられる。 足を抱えられ左右に思いっきり開かれた。 下から突き上げられる力と、自らの重さで深く深く埋められた。 「もう後ろだけでもイケるんじゃね?」 手で擦りあげられなくとも、土方の中心は限界を迎えようとしていたことを首元をかじりながら指摘してくる。 坂田のいうように、 固い、けして小柄でも、若いともいえない、男の身体。 そのうえ、茨の道を歩んでいく可愛げのない意地っ張りな男を 好き好んで求めるというのもおかしな話だとも思う。 苦しくとも、 浅ましく、一度求めることを、 与えられることを己に許してしまった為に、土方はこの関係に終止符を打つことが出来ずに過ごしてきていたのだ。 特別武装警察真選組には副局長が二人いる。 設立当初は局長・近藤勳と同郷である土方十四郎が一人でその職を担ってきていたが、多様化する攘夷浪士のテロに対応すべく、席が追加された。 それが、坂田銀時だ。 坂田は死んだ魚のような目をした普段はやる気のない男であるが、根にしっかりと形成された真っ直ぐな武士道と人柄で人々を惹き付ける不思議な人物だ。 仕事も一番隊隊長並みにフラフラと姿をくらまし、サボりぎみの傾向にはあるが、 刀を持たせれば比類なき腕前をもっているのも事実だった。 真選組の誰もが二人目の副長職には坂田が適任だと思い、同時にその気質から引き受けることはないだろうと諦めていた。 しかし、坂田は着任する。 皆は驚き、しかし歓迎した。 水面下で土方との交換条件があったことは当人たちしか知らない。 「人の上に立つ柄じゃねぇんだけど、特典がつくなら考える」 坂田は深夜の副長室に現れ、土方にそう言った。 「特典?」 聞き返す土方の口許から坂田は煙草を抜き取り、唇をなぞる。 「そう、土方が俺のモンに、恋人になってくれるんなら」 「ふざけんな。そんな条件、出さなくても断りたいならそう言ったらいいだろうが?」 土方は俄には信じられなかった。 坂田と土方は犬猿の仲だ。 土方は目の前の銀色を好ましく思っていたが、手綱を絞める役を担う副長土方と、 のらりくらりといた坂田ではぶつかることが多く、疎まれているのだと感じていたからだ。 からかわれているだけ。 ノッた途端に種明かしをされるのだと心の中で苦笑いする。 「ふざけてねぇよ」 唇に触れていた指は口内に差し込まれ歯の裏をなぶる。 「その手には乗らねぇ」 「オメーを担ごうなんざ思っちゃいねぇ。ぶっちゃけた話、抱きたい」 「あ゛?」 思わず濁点がついた音を発していた。 「抱かせろ」 しばしの沈黙が二人の間に落ちた。 余りに直接的な言葉にどう応えるべきか迷った。 もともと下ネタ的な発言を普段からする坂田であるが、赤暗い色彩の瞳にふざけたものを見つけることが出来なかったからだ。 「…万が一、テメーに衆道の気があったとして、だ。 そんな条件で要である副長職を引き受けて厭きたり、 別れたくなったらどうするんだ?」 「衆道じゃねぇよ。 野郎相手にムラムラすんのは土方だけだし、別れるとか銀さんの中に発想なかったから考えてなかったわ」 夜回りに出ていた隊が戻ってきた音が玄関の方で聞こえた。 既に就寝している隊士たちに少しは気を使っているようだが、やはり賑やかになるのは止めようがない。 彼らを、真選組という組織を護っていくために、坂田の出した条件はあまりに個人的なものすぎる気がした。 「ふざけてんだろ?やっぱり」 「ふざけてねぇって。 じゃあ、もしも個人的な仲を違えることになっても、副長は辞めねぇって約束すれば満足か?」 もともと、弁の立つ男だ。 土方の答えなど予測済みだったのか、すらすらと淀みなく条件を増やしてくる。 それは、逆に言えば、坂田が今晩思いつきで申し出たというわけではないことを示してもいた。 「……本気…なのか?」 「それを聞くってことは契約成立?」 「契約…」 成る程。 土方は腹を括った。 坂田が副長になる。 真選組にとってはプラスだ。 土方にとっても一時のことになるとはいえ、憎からず想う相手に近づける。 契約だというならば、坂田は言葉を違えないだろう。 そういう男だ。 「わかっ…っ!」 返事を仕掛けた時には土方の口は坂田のものに塞がれていた。 「ん…くふ…」 貪られるように口内を荒らされ、息が上がってしまう。 膝を立てた状態になった坂田の方が視線が高い。 流し込まれるかのように、唾液が土方の口を溢れ、顎を伝い落ちた。 「さ…か…待て」 押しても動かぬ相手の身体に苛立ち、拳で鎖骨を打った。 「なんだよ?」 「明日、近藤さんに報告してからだ」 「前払いじゃ駄目か?」 べろりと喉元に流れた唾液を舐めあげられ、身を捩る。 「斬るぞ」 「ハイハイ」 漸く身体をはなし、坂田は立ち上がった。 「じゃあ、明日からよろしくね。十四郎?」 「…よろしく頼む、坂田副長」 坂田は奇妙な顔をしていた。 嬉しそうな、 悔しそうな、 苦しそうで、 それでいて、泣きそうな顔。 普段はあまり本心を読ませない目が、あまりにも様々な感情を一挙に映し出して土方は眉を寄せる。 混乱している間に静かに副長室の障子は閉じられた。 それから二年の年月。 奇妙な関係は続いているのだった。 『愛を乞う・愛に恋う 壱 』 了 (56/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |