うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




基本的に二人一組で行動する真選組の隊服が一つだけ。
みぞれと雪が入り交じる夜道を歩いていた。
深夜と呼ぶには些か早い時間帯。

隊服には幹部の証でもあるスカーフが昏い夜道にも白く目につく。

大きな道沿いから、やや細い長屋通りに入ったところで、複数の足音が静寂を掻き乱して、その進行を妨げた。

「真選組の土方だな」
男たちは帯刀し、顔には頭巾を被っていた。

「顔、隠していたって無駄だぜ。荻浄党の…いや小高の仲間だな」
ピッと土方は口から煙草を吐出し、口端をきゅうと引きあげる。

「?!」

傍から見れば、徒っぽく、妖艶に。
正面から見つめられれば、粟立つ恐怖と共に齎す笑みだった。

「どうした?ウチの監察、葬って安心してたか?
 それとも、小高が本当に討ち入り中、乱戦で攘夷浪士に討たれたか心配に?」
目出度ぇ頭だなと喉を震わせて笑う。

「そして、小高が仲間のことを吐いてないとでも?」

その言葉に触発されたのか、一気に白刃が土方に降下ろされる。


初太刀を凪ぎ、横胴でひとり、切り返し様にもうひとりの喉元を一閃させる。
煙幕を張るかのように盛大に血しぶきが舞い散った。

土方はバックステップを踏んで更に細い路地に入り込んだ。

「回り込め!袋の鼠にしろ!」
多勢の利を生かそうと、リーダーらしい男が叫ぶ。

「知らねぇのか?道が狭いということは、一気に来れねぇってことだぜ?」

追い詰めたのは鼠ではなく、獰猛な肉食獣だったのだと、浪士たちは足をすくませた。
けれども、時はすでに遅く、太刀が繰り出され雪の上にどうっと一人が倒れた。

それを踏み越え、白い閃光が路地に煌めく。

白く積もり始めていた一間幅ほどの道は瞬く間に踏みしめられ、泥と鉄臭のする液体に汚されていったのだ。






一杯、馴染みに店で飲んだものの酒は全く味がせず、早々に銀時は帰路についていた。
往路をそのまま復路とすれば、見慣れた背を見つけてしまった。

「おい」
「だ、旦那?」
銀時の方から話しかけてくることが意外だったのか、真選組の地味な男は目を見開く。

男は宵の口に、土方が訪問していた母子の家から出てきたところだった。
声を掛けたものの、軽口をたたく気にもならず、懐から件の物を取り出して見せる。

「これ…旦那、どこで…」
差し出したスカーフを見て、更に顔を強張らせた。

「あるアパートの片付け雇われてな」
「……」
今、この場所で山崎に渡す意味を即座に理解したらしく、暖かいお茶でも酔い覚ましに奢りますよと、銀時を先導して歩き出した。





「旦那はどこまで知ってるんです?」

「なにも。なんかさっきの家の奥さんが土方にスカーフがどうのって
 聞いてたことと夕方の騒ぎぐらいだな」
 夕食時分を過ぎてはいたがファミレスはそれなりの客数と喧騒が存在していた。
「あぁ…成る程…」
机に置いたスカーフの刺繍を山崎の指がなぞる。
その仕草に銀時の呼吸はざわめいた。

「まぁ、公の話…とも言いづらいですし、
 かといって機密事項ってわけでもないんですけれど」
そう前置きしてから、淡々と山崎は話始めた。

「俺ら監察方は各隊みたいに派手な仕事はしません。
 旦那も知っての通り隠密行動も潜入捜査がメインでして。
 けど、決定的に違うのは局長直属ではなくて『副長』直属な点なんです」
「土方の…」
金魚のふんのように土方の周りで見かけていたし、土方もパシリのように使いながら
それでいて小姓というわけでもないという違和感は少し解消される。

「最終的には局長に従いますが、基本的に裁量は土方さんに委ねられています。
 採用も配置も内容も」
「採用も?」
聞き返した。
最終的な判断は近藤にあるのは当たり前のことだ。
それを敢えて『採用も配置も内容も』というならば、近藤の判断は最後の最後、それまでは土方の独断と捉えるのが正しいだろう。

「えぇ、中には真選組に名を敢えて連ねない監察職もいるわけでして」
「そいつがしくじったら…」
「殉職扱いにはなりますが、やはり表には出ません」

土方はきっとそれを己の『罪』だと溜め込むのだろう。
采配ミスだと、危険な仕事に引き込んだのは自分と。
ましてや、スカーフを持っていた監察のように家族持ちであればなおさら。

「俺は…俺たちはあの人に付いていくと決めてますから、
 気に病むことはないんですけどね」
銀時の内側を読み取ったかのように地味な男が吐き出す。

「今回みたいに内側が癌だと…」
そこで言葉を止めた。
それ以上は銀時に零すには許容範囲を大きく超えることになる。

「で?俺にどうして欲しいわけ?」
わざわざ、パフェを奢ってまでの話だ。
愚痴を聞いてほしいというわけではないだろう。

「これを」
「スカーフ?」
先程まで触れていた白い布を磨かれたテーブルの上を滑らせて銀時の前に押しやった。

「旦那に持っていてもらいたいなぁと」
「なんで俺?」
「旦那の手にこれがあったのも、土方さんと奥方とのやり取りを見られたのも遺志めいたもの感じますし、俺たちじゃダメなんですよ…」

土方は抱え込み続ける闇をけして近藤や真選組の内部に晒すことはない。
強く、そして優しい男だからこそ。

本当は山崎に言われるまでもない。
内情には干渉せず、土方の懐に入り込んで根っこの部分を支えてやりたいとは思う。
容易いことではないけれども。

「パフェ一杯の仕事じゃねぇぞ?ソレ」

「まぁ、そう言わず…あ、噂をすれば…」
山崎はマナーモードにしていた携帯電話を少し俯きながらとる。

「はい…はい…早かったですね。
 え?あぁ、やはり小高を副長が斬ったって噂を流したの土方さん自身だったんすね。
 無茶せんでくだ…っ!」
土方が悪態を大声で出したのが向かいの席にいる銀時にまで聞こえてきた。

「地味なの関係ないでしょっ!えぇ、はい。わかってます。抜かりありませんて!
 じゃあ、鼠含めて九人…三番隊が回収ずみ…
 了解、出歩かずに今日は帰って…下さ…切られた」
また怒鳴り声が聞こえたから無事なのだろう。


「と、いうわけで」
「あ?俺は厄介な真選組のゴタゴタなんぞ知らねぇぞ」
「勿論です。俺の休憩時間終わったんで先にいきますってだけです」

伝票だけを持ち、山崎は立ち上がった。



「あ、旦那」

さも今思い付いたかのように振り返りへらりとした笑みが銀時に向けられた。

「やっぱり旦那と土方さんて似てると俺は思いますけど、
 あの人、かなり鈍いんでがんばって下さい」
含まれた意味を察し、手元にあった灰皿を投げつけようとしたが、時すでに遅くレジまで走っていったあとだった。

「んとに…愛されてるこった…」

机に残されたスカーフを引き寄せると、それはどれほど土方の手を離れていたかわからなかったが、やはり何処が煙草の匂いが染み込んでいる気がしたのだ。


『氷雨と 参』 了





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