うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




その日、武装警察真選組の屯所内に隊士が揃い、低い読経が響いていた。

先の討ち入りで命を落とした隊士小高朔太郎の葬儀である。
しめやかに進行するなか、身よりのない小高のために喪主として近藤が座っていた。

「聞いたか?」
「聞いた聞いた、副長…だろ?」
大広間で執り行われる式に参列した隊士達が囁き声で話をしていた。

「それそれ、小高を副長が、って話」
「深追いした小高を副長が追って、そこで遺体見つけたって。
 でも、現場の人間は誰も居合わせていなかったらしいぞ」
「今回、かなり乱戦だったらしいし。小高斬ったって攘夷浪士も副長が斬ったんだろ?」
最初に話し始めた隊士が更に顔を寄せて声を顰める。

「だからさ…」
「だから?」
「だから、死人にクチナシって奴じゃないかって噂がさ」
「でも小高を斬る理由がみつかんねぇぞ?」
流石にまさかとおもったのか、聞いていた隊士たちが苦笑いをする。
普段、自分たちが『鬼』と呼び、二言目には『切腹』を振りかざす副局長であるが、
普段の言動程、大事に到るほどの理不尽な扱いまではしたことはないのだ。

「あれあれ、見廻組?」
「小高の周りを見廻組がうろうろしてたらしいしさ。
 アイツ、元々没落したとはいえいい所のボンボンだったし、北辰一刀流の免許も…」
「引き抜き?それが理由で?まさか!」
「いくらなんでもそこまでしないだろ?副長と見廻組に因縁あってもでも…」
「俺、小高が最近局長に可愛がられてたからって聞いた」
「え?嫉妬?居場所がなくなるって?」
見廻組との確執も、近藤に心酔する土方の姿も皆が知るところではある。


「どちらにしても、なんで今日の葬儀に、最期を看取った副長がいないんだ?」
「まさか…な?」
「いくら、あの『鬼』でもなぁ…」

全員参列するはずの殉職隊士の告別式。
その場にいないことが不自然だと。
そう指摘する。

じわりじわりと
黒い波紋が隊士の中にゆっくりとゆっくりと拡がって行った。






いかにも泣き出しそうだった空がまた暗くなり、北風が通りを吹き抜けた。

「お…」

風に乗って、冷たい雨粒が銀時の頬にぶつかる。
今日はアパートの片付けの報酬を受け取り、少し潤った財布を片手に飲みにでてきていた。

結局、スカーフの処分に迷ったままだ。

土方に、もしくは真選組の誰かに渡すべきなのはわかっている。
だが、素直にそれをしたくなかった。

(だってなぁ…)

土方本人があの部屋の借り主だとは思えなかった。
前に沖田が幹部や家族持ちになれば別宅を持っている人間もいると言っているのを聞いたことがある。
休息所呼ばれるような、それではないと思った。
(まるで、いつ戻れなくなっても大丈夫なような…)

そんな覚悟が見え隠れする部屋だった。

大家が聞いていた電話番号はすでに使えず、どちらにしてもスカーフの返し先は土方という選択肢しか残っていない。

あと、ひとつはこのまま見なかったことにして処分すること。

しかし、土方のものを一つ、銀時の手元に置いておくていることはとても蠱惑的な誘いに感じてしまうのだ。

(あ〜やっぱヤメヤメ!)

雨粒がそろそろ痛い。
外気が下がり、みぞれに変わりつつある。
店に着くまで我慢しようかともおもっていたが、諦めて傘を開いた。

途端にバラバラと水でもなく、雪でもない、細かな氷が傘を叩く音が響いた。



「では失礼します」
一軒の民家から、家の主らしい女に見送られて出てきた。
視界に頭を下げる黒い背が深く深く折りたたまれ、頭を垂れる。

「あの…」
「はい?」
起こした面は直前まで銀時が考えていた人間・土方十四郎のものだった。

「あの人の荷物に…スカーフ…ありませんでした?」
それなりの年月を重ねたであろう女が迷いながら声を出す。

「スカーフ…ですか?いえ、気がつきませんでしたが。どんなものでしょう?」
「貴方にいただいたと…お守り代わりだと…」
「…アイツ…そうですか…もしも見つかりましたら、墓前に」
「申し訳ありません」
婦人は泣きはらしたであろう目元を歪めて、笑う努力をしている。

「では、私は…」
「アンタが『フクチョウ』さん?」
寺子屋から帰ってきたらしい少年が仁王立ちで立っていた。
拳をぎゅっと握り、口をへの字にして土方をにらんでいる。

「コレ!藤太郎!」
婦人の声に土方の眉が動いたのが、銀時の位置からも読み取れた。
どうやら、尋ねてきた家の子どもらしい。

「アンタが!父上を護ってくれるんじゃなかったのかよ!」
「!」
土方から表情が一瞬にして消えた。

「アンタが!アンタがくれたスカーフが!護ってくれるんだって!
 『フクチョウ』さんを信じてるって父上は言っていたのに!」
「藤太郎!」
母親が金切り声を上げる。

どこで手に入れたのか、子どもの手にはバタフライナイフが握られていた。

土方はそれを静かに見ていた。
いつものように、瞳孔を開かせた目をしてはいるが、凪いでいた。

静かに。

銀時は、真選組の仕事に手を出そう等と思っていない。
まして、偶然だとか、腐れ縁を通じて絡むことはあっても、積極的に土方を助けるために関わるなんて、烏滸がましいことは望んでいないし、望まれてもいない。

干渉すべきではない。

そう銀時の脳は判断しがらも、目の前の状況にどう対応すべきなのか迷いをぬぐえていなかった。

「父上を返せっ」
子どもの叫び声が聞こえた。
振りかざされる小さな腕。

「!」

一瞬土方は避けないのではないかと思った。
『鬼』と呼ばれようと、女子どもに手を上げることを恥るような言動をする真っ直ぐな男だ。
誰よりも、侍たらんと、強くなろうと足掻き続けている男だ。

小さなナイフだ。
急所を外すならば、大事に到らず済ませる方法もある。
彼はわざと刺されるのではないかと思った。

けれど、傷ついて欲しくはなかった。

だから、理性は変わらず、『干渉するな』と告げていたが、本能のままに銀時は足を踏み切ろうとした。

けれども、踏み出せなかった。



「藤太郎!」
三度、母親の声が響く。
ただ、今度のそれは、子を心配する親の悲鳴でしかなかった。

通りを往く人々が振り返った。

盛大な音をたてて、子どもが吹き飛んでいく。
土方は、差していた傘でナイフの刃を払い、右手で藤太郎を殴り飛ばしていた。

「おい」

母親に抱き起され、藤太郎は唖然と土方を見上げていた。

「痛かったか?」

痛いに決まっている。
まだ数分も経っていないのに、子どもの左の頬は赤く腫れ始めていた。

「刺されればもっと痛い」

ナイフを拾い上げ、見せつけるように鼻先に突きつける。

「刀を持つということはそういうことだ。お前の父はすごい男だった」

バタフライナイフを閉じると、ポケットから出したハンカチでそれを包み、再び仕舞い込んだ。

「お内儀」
「お引き取り下さい」
土方の呼びかけに『母親』が強い視線を土方に向ける。

「後程…山崎が参ります。それまでどうぞ…」
「わかりました」

藤太郎は母に連れられて自宅へと戻って行った。


それを見送り、土方はゆっくりと地面に転がった傘を手に取り、切り裂かれた布地にため息をついてから、諦めたように閉じてしまった。

降り続けるみぞれは土方の黒い着流しを重たい色に変えていく。

そして、携帯を取り出し通話を始める。
どうやら、地味な監察方に連絡しているようだった。

ぱたんとフリップを閉じると土方が銀時の方を向いた。



驚いた風はない。
気がついていたのだ。

沈黙と冷たい氷が二人の間に舞い落ち続けた。

「……っ」

手を差し伸べたいとやはり思った。

土方の今の状況など、
真選組の内情など知らないし、わからない。

ただ、傘を差してやりたいと、なんでも抱え込んでしまっているらしい『土方十四郎』をほんの一時でもいいからと。

護りたいという感情でも、手助けしたいという希望でもなく、ただそこにいたいと思った。

けれど、それは叶わなかった。

どこからともなく現れた地味な男に手招きされて、路地裏へと滑り込んでいってしまったからだ。

バラバラと水でもなく、雪でもない、細かな氷が傘を叩く音が、再び銀時の耳を打つ。

ようやく、銀時は金縛りから解放されたかのような脱力感と覚え、同時に己のうちの感情が土方に対する恋情であることを認めたのだ。




『氷雨と 弐』 了





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