うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

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1月も後半に入り、高校生活もカウントダウンを始める。
あと銀魂高校に通うのもそれほど日数を残していない。

今思えば、慌ただしい3年間をもっと有意義に過ごせたのではないかとも思わなくはない。

土方は黒いプラスチックフレームの眼鏡を外して、満ちた月を眺めた。
いつも、ガラス一枚隔てた世界が土方の世界だ。
すっきりと切れ長に上がった眼。
黒曜石でありながら、光線の具合では青灰色に見える瞳。
レンズを介さなければ、月の輪郭も曖昧な眼。

土方は極度の近眼だ。
だから、眼鏡をかけていてさえ何かを集中して見ようとすると、目つきが悪くなる。
そのうえ、ずれ落ちた様な眼鏡のかけ方を常にしているために整った鼻筋も微妙に印象を変えてみせていた。
更には制服の上からだぼだぼの黒いセーター、スカート丈もひざ下と長くで野暮ったい。

そんな恰好をいつもして、必要以上の事は話さない土方を大概のものはダサく昏いガリ勉だと思っているようだった。



小学校時代から分厚いレンズをかけていた土方は格好の揶揄いの対象だった。
子どもの世界はある種大人の世界を縮小し、それでいて、子ども特有の残酷さと楽天的な発想を増長した世界だと土方は思っている。

女子一同からは一線を介される存在に忽ち祭り上げられた。
男子陣も遠巻きにして、女子の陰湿な批評に口を挟むこともない。


間の悪いことに、トシの母が亡くなり、天涯孤独の身となった土方は年の離れた兄の家に引き取られることになる。
兄にとってトシは父の内縁の妻の子、腹違いの妹だったが、とても出来た人でトシをわが子のように慈しんでくれた。
だが、大きな会社を経営する『土方家』のほとんど人間にとって、トシは『妾の子』であり、隠すべき存在には違いなかった。

その後、見えないながらも兄の勧めで始めた剣道が、道場主の子どもであった近藤と沖田たちとの出会いが土方を強くしてくれた。
校区こそは異なるが、初めて出来た同世代の味方。
彼らは、土方と女子と識別するでもなく、ただ、平等に扱ってくれた。
沖田は時として辛辣な言葉を与えることもあったが、それは女子の湿度の高い言葉とは全く異なっていたから気にすることもなかったのだ。



自分の学校では居心地が悪く、
住まう家では肩身が狭い、そんな環境で育ってきた土方トシは、
早く独り立ちしたいと願う思春期を迎えていた。





高校に入って三つ、変化があった。

一人暮らしを始めたこと。
まだ、生活費は兄・為五郎を頼らざるを得ないが、一刻も早く独り立ちするために。
近くの本屋で学業の妨げにならない程度だが、バイトを始めている。
今もその帰りだ。

当初奨学金をもらって大学進学をと考えていたが、体裁が悪いという親族の反対を受けて、断念。
専門学校へ進むよう3年になって進路を変更している。



二つ目は近藤や沖田達、幼馴染みが同じ銀魂高校へ進学し、馴染むことの難しい学校でも心の支えとなり続けてくれていること。



三つ目は坂田銀八に出会ったことだ。

普段はやる気のない、死んだ魚のような、教師なのか疑わしい面をもっている男ではあるが、よく生徒をみている教師だった。
担任となったのは、進路変更を進学クラスから就職・専門学校ごちゃまぜのZ組に変わってからだが、1年から銀八を知る沖田や近藤が彼を慕うのも直ぐに納得できた。
のらりくらりと、問題児クラスを程よく野放しにしつつも、
本当に危ない時は助けてくれる。
無理強いはしない。
助言といえるようなものもしない。
その代わりに、本人が決めたならば、表立っては何も言わずともバックアップをする。
そんな不思議な教師だった。

担任になって、最初の三者面談でも、多忙すぎて時間の取れない兄のことにも、家庭環境のことにも、急な進路変更のことにも淡々と対応された。
いっそ、清々しいほどに土方自身の将来ビジョンだけにしか興味ないとばかりに。

同情がないことが有り難く、素直に進路を相談した。
後で知ったことだが、銀八自身が天涯孤独であり、施設に長くいたこともあったのかもしれない。

それまで、目立たないように、人に興味を持たれないように、持たないようにしてきた土方が初めて幼馴染たち意外に興味をもったのだ。
初めて、クラスメイトのように服装のことを気にして、銀八の目を意識した。

憧れなのか、恋なのか。
確認しようにも、優等生で通ってきた土方は他の生徒のように、授業以外で担任を頼るふりをして、近づく術も他の方法も思い付かず、ただ見ているだけだった。


事態が一変したのは夏休みのことだ。

「そんなに見てくれに自信がないならゲームをしやしょう」
気心の知れた数少ない人間の一人でもある沖田が提案をした。

沖田が持ってきた姉の服を来て、眼鏡を外して駅前のゲームセンターの前に立つ。
一時間立って、誰も声をかけなければ土方の勝ち。
一人でも声をかけてくれば沖田の勝ち。

沖田がゲームセンター内から見ているから何かあれば出ていくというシンプルな賭けだった。

「アンタが勝てば、マヨネーズ10本進呈。負ければ、夏の課題全部見せてもらいまさぁ」
どうせ、奪い取ってでも見ていく癖にと思いながらも、節約生活を己れに強いている土方にとってマヨネーズ10本はかなり魅力的だった。

(どうせ、俺が勝つんだし)

そう高をくくってゲームに応じたのである。

結果的に土方は負けた。
開始、10分で二人連れの大学生が声をかけてきたからだ。
しかし、何かあれば出てくると言った沖田は現れず、ナンパなどされたことのない土方は焦った。
「つ!連れがいるんで!」
「彼氏?こんな可愛いこ待たせるとかないよね。お兄さん達と一緒に…」
「行かね…」
左右から覗き込まれるような形で、話しかけてくる年上の男たちの隙間を何とか擦り抜けようとした時だ。

「土方?」
正面に見慣れたシルエットがこちらを向いていた。

「え?」
「ななな…」
なぜか担任が立っていた。
眼鏡をかけていないから、表情までは読み取れない。
けれど、いつものよれよれした白衣ではないが、銀色の跳ね返った髪の毛はどう見ても坂田銀八だった。
そして、良くわからない音なのか、言葉の出だしなのかわからないものを口から紡いでいる。

「な?」
「何してんだっ!オメーはっ!」
大学生は完全に無視され、つかつかと真っ直ぐに向かってくると漸く意味ある言葉が聞きとれた。

「な、何って…人待ち?」
「え?何?デートなのか?そんな格好して?ちょっと待て?彼氏いたの?オメー」
存在を綺麗に無視され、気を悪くしたらしい男たちが銀八の肩を掴み、話に加わってこようとする。
「おっさん、だれ?」
「な?土方?正直に言ってみ?彼氏いたのか?」
「え?あ?いない…じゃなくて、先生、この人たち、スルー?」
また、スルーする銀八に流石に土方の方が居た堪れない気持ちになって尋ねるが、
口をへの字にしたままだ。

「なんだ、ガッコの先生?別に何も悪いことしてないっすよ?彼女、ヒマしてるみたいだったか…」
「いないんだな?」
「は、はい」
徹底無視して、銀八の紅い眼が土方を覗きこんでくる。

「じゃあ、こんな格好して出歩いたらダメだろうが!来なさい」
「先生?ちょっと待って!総悟が店のなかに!」
「ドエス王子の仕業かコレ!覚えてろコノヤロー」
「うわっ」
こんな格好と言われても、それほど派手な服でも、際どいデザインでもないのだけどという抗議の言葉は飲み込む。
銀八の腕に掛かっていたジャケットが頭からかけられ、無理矢理その場から離脱させられた。





「暑い…」
なぜかそのまま、学校まで引っ張っていかれ、保健室に引き釣りこまれた。

「あ、悪い。エアコンもすぐきくようになるから」
ようやく被せられたジャケットが外され、エアコンの風気口から出る生暖かい風が頬に当たる。
なぜ保健室と思わなくもなかったが、もしかすると、このエコを叫ぶ時代、だだっ広い職員室には当直一人だけの場合、エアコンを入れられないことになっているのかもしれない。

「何なんだ…一体…」
「焦った焦った。
 当番で学校出てたら、土方が絡まれてるっつー匿名の電話入るわ、
 行ってみりゃ、オメー眼鏡をかけてないわ、で焦った焦った」
余程、焦っていたのか、『焦った』の重ね遣いが激しい。

「電話?…総悟?」
タイミング的に考えられるのは一人しかいない。

「たぶんな。文武両道なの知ってるけど、無防備すぎ」
「心配することは何も。こんなの誘う物好きそうそういないから」
「っと!自覚ねぇつうか。俺も油断してたっつうか」
「あぁ、目つき悪いから喧嘩売ってるように見えるってことか?」
「じゃなくて!」
今現在進行形で、銀八の細かい顔の表情までは読み取れず、凶悪な顔をしていることだろう。
だから、そんな理由ならば、納得できる気がしたのに強く否定されて、また首を傾げる。

「そういや、先生。よくわかったな。眼鏡かけてないのに」
「当たり前だろうが」
当たり前ではない気がする。
店の前に立っていた10分の間に、数名のクラスメイトがゲームセンターに入っていったが、誰もちらりと見るものの、土方だと気がついた風はなかったのだ。
銀八は判別出来た。
その事が素直に嬉しかった。

「せんせ?」
「いや…綺麗に笑うから…」
無意識に笑みが浮かんでいたらしい。
急に恥ずかしくなって、ゴシゴシと手の甲で顔を擦る。

「なぁ、先生」
お世辞でも綺麗だと言ってくれた。
夏休みで、いつも銀八を取り巻いているクラスメイトはいなくて、面談だとか堅苦しい雰囲気ではなくて。
今しかない気がした。

「先生のこと…好き…かもしれない」

実際に口に出してから、自分の言葉に動揺した。
そうして、口にしたことで一気に己れの中に理解した言葉が浸透していく。
同時に、生まれたばかりの恋心をこのまま『みんなの銀八先生』がスルーしてくれることを期待した。

銀八も土方のことを『ダサメガネ』な『堅物』な生徒だと思っていると思ってもいたから。
銀八はしばし、驚き、固まったようだった。
冷え始めた保健室の空気の中、温かい親指が、ぎゅっと瞑った土方の瞼を緩やかに撫でていく。

「じゃ、付き合おうか」
「え?」
「あれ?そういう意味じゃなかった?
 もしかして自分が告白したら振られてすっきりってのを狙ってたりした?」
「そういうわけじゃないけど…」
「いい逃げは許さないよ」
「せんせい?」
唇が土方のものに近づき、はむりと下唇を甘く噛む。

「土方が綺麗なのは俺だけが知っていればいいから。そのまま、隠してて。他の奴に必要以上に触らせないって約束しろ」

銀八だけに素顔を見てもらって、銀八だけのものにしてもらう。

それは土方にとってとても魅惑的な誘いだった。
言葉以上に、土方の予想以上に銀八の独占欲が強かったという誤算を除けば。






付き合い始めた夏の日を思い出しながら歩く。
今や、自分のアパートに帰るより通いなれた道のりを。

「土方」

マンションというにはいささか小さく、アパートと呼ぶには大きな四階建ての建物のベランダから 声がかかる。

煙草を指先に持ったまま、銀八がひらひらと手を振っていた。




『Dear my teachers U』 了
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