肆ふいに男が振り返った。 その動きに一拍遅れて、髪が踊る。 夜の帳に溶け込みそうで、溶け込み切れない艶に見とれた。 「あ?」 「山崎一緒だったろ?」 「やまざき?あ?」 「地味な薬売りだ。どこ行きやがった?」 髪を高い位置に結びあげながら、少し苛立った風に尋ねてくる。 意外に気が短い方なのかもしれない。 「そういや…これ?」 預かっていた小さな機械を懐から取り出した。 「あ?テメ!さっさと出せや!」 「人の親切を頭ごなしにそういうのってどうなの?」 「いいから早く渡せ!」 ひったくるように奪おうとするが、わざとそれをさせず質問を返す。 伸ばされた、手は血に汚れていたが、白く細い。 年のころは銀時と変わらないように見えたが、成長過程の手首は幾分細い。 「オメーはこの後、どうするんだ?」 「武器一式、手土産にする」 「んな…」 手渡された機械と今抜け出てきたばかりの村を見比べながら、あっさりと答えた。 銃火器の分野において、天人は一歩も二歩も先を進んでいることは否定できない。 奪えば、確かに戦力の補強になるだろうが、一個隊の武器一式など運び出すことは一人や二人では無理であろうし、何より、攘夷軍の中には天人の道具自体と使うことに反発する者もいる。 「この天人の機械使えば運ベねぇことはねぇ」 山崎に預けられた機械はどうやら運搬に使うものだったようだ。 「盗賊かよ!?」 「違うな。薬屋だ。この国を治す手伝いをするな」 石田散薬は万能なんだぜ、と喉で笑う。 「オメー…」 「西の。テメーは仲間のところに戻れ。 山崎が村の人間、避難させてるはずだから、動いてんのは斬って構わねえし」 強気な作戦の裏に、巧妙に仕組まれた糸。 この村に先に入った時から、準備していたのか。 それとも、山崎とある程度事前に下調べした上での行動なのか。 そこまでは分らなかったが、目の前の男の中には明確なビジョンが見えているようだ。 「シンプルな計画は嫌いじゃないが、いやだね」 「いやだ…だぁ?ガキか!テメーは!噂の白夜叉殿は名ばかりなのか?」 「俺が武器の方いく」 「テメーじゃ段取りも機械の扱いもわからねぇだろうが!」 言葉が足りず、思わず引き寄せていた。 会って、まだ一刻も経っていない相手を。 ましてや、か弱い女でも仲間でもない男相手に、何をやっているのだと銀時の中の理性が尋ねる。 作戦は完璧なつもりなのだろうし、強さも目の当たりにした。 けれど、今、見失えば、次の機会が分らない。 そして、何より、死なせたくないし、 欲しいのだと本能が応える。 「なら、ついていく。オメーが強いのはわかってっけど、一緒に…」 「必要ねぇ」 「敵地、真っ只中だぞ?」 「知ってる」 男の応えは短く、キッパリとしている。 「なら…」 「知ってるからこそ、俺は死なねぇ」 揺るぎが一筋も見当たらなかった。 「馬鹿だろ?」 「役割分担を知っているだけだ」 「役割?」 「時代はよくも悪くも移ろうもんだ。 今、この『サムライの国』はもう終わりを迎える。 でもな、この国で生きていく人間が丸っと入れ替わるわけじゃねぇ」 「あぁ…だから俺は理想とか、思想とかそんなものの為じゃなくて、 護りたいもののために…」 多串の言わんとすることは解る。 そっと押し返され離された身体が銀時を無性に心もとなくさせた。 「そうだ。その上での今のテメーは斥候だよな?」 「……」 今せねばならないことは、情報を一刻も早く持ち帰ること。 そして司令塔を失った天人軍を、村外に駐留する兵士を戦力を一気に叩くチャンスを逃さないこと。 「なぁ、白夜叉?」 「あ?」 「俺はずっと考えてた。西の地の白い鬼のことを」 「俺?」 この攘夷戦争の時代、西の白夜叉の名は、攘夷軍のシンボルとして通っていた。 生まれつきの銀色の髪と、好んで着ている白基調の衣装の為で そんな字名が付いていた。 「白い衣装を赤く染めて、原野を走る死神とはどんな奴なのだろうと。 何を糧に刀を振るうのだろうと」 「そんな大層なもんじゃない。幻滅しただろ?」 よく言われるのだ。 元々戦いが好きなわけでも積極的なほうでもない。 普段のやる気のない様子に『イメージが違う』と勝手な理想を噂を押し付けられてきた。 「そうだな。死んだ魚みてぇな目してやがる…だが、思いのほか、悪くない」 「あ?」 「桂と手を結ぶか、はたまた予定通りの路線で行くか迷ってたんだが、テメーが昼戦ってるのを見て、腹決めた」 多串はまた口もとに悪だくみをするような笑みを履きながら、銀時の手から機械を取り上げた。 「オメー…一体」 「今は多串とか名乗っている」 「いや、そういう意味じゃなく」 「本当の名はまだない。だから、みな、好き勝手な字名で呼ぶ」 「あ…」 先程の戦いぶりで思いあたった名が一つだけ銀時の中に見つかった。 東の黒阿修羅。 西の白夜叉と共に戦場をかける名。 面識はない。 江戸から東を中心に活動する攘夷志士の集まりの中心にそんな通り名の人間がいるいう噂だけは、遠く離れた西の血にも聞こえてきていた。 ただ、あまりに抽象的な噂であり、実在さえ疑われていたのだ。 黒い鬼が走り抜けたあとは血しぶきしか残らないだとか。 黒く艶やかな髪をなびかせながら、踊るように戦う様はまるで腕が何本もあるかのように見える俊足の剣なのだとか。 華奢な体つきつきから、女かもしれないという話もあった。 目の前にいるその人物が『噂のそれ』なのか? しなやかな腕が銀時の首に巻き付く。 確かに鬼神のように、敵をなぎ倒しながら、どこか涼やかな面持ちは人間離れしている。 そして、噂違わぬ美しさがそこにあった。 「次に逢うときにはまた名が変わっているかもしれねぇが」 掠めるように多串が唇を触れさせる。 「その時…」 「その時まだその気があるなら相手になってやるよ」 「褥で啼かせてやるからな」 「テメーが、その時まで『テメーの武士道』を貫いていやがったら考えてやるよ。 だから…」 この手を離したくない。 でも離さねば、お互いに後悔することになるのも解っていた。 「最後まであきらめるなよ。近いうちにまた会える」 紅を履いたような口元が持ち上げられ、艶を振りまき、身体を翻した。 白い衣裳が軽やかに踊り、闇の中にあっという間に消え去ってしまった。 「…俺の『武士道』…」 呟き、拳を握る。 「ったく…勝手なことばっか言いやがって…」 「ますます、死ねねぇだろうが。コノヤロー」 上空でにやにやと笑っているような形をした月を仰ぎ、そうして、銀時も『役割』を果たすべく、その場を離れたのだった。 『暁降ち 肆』 了 (39/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |