うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




「オメーが女だったら、惚れてたかもしれねぇなぁ」

ずっと、その言葉が頭から離れない。





特別武装警察真選組の副長・土方十四郎は、久々にふらりと一人飲みに出掛けた。
明日は非番。
しかも、大きな捕物が成功した後ということもあり、気分も良かった。

しかし、いざ何処の店にしようと考えて特段思い浮かばない。
前回は、角の焼鳥屋、その前は三丁目の居酒屋だったなと思いおこしながら、そのどれもが、かぶき町、もしくは周辺である事実に苦笑する。

「樣ぁねぇ」

江戸を代表する繁華街、かぶき町。
江戸の粋を残しながら、新しい天人文化をも飲み込み、吸収し、強かに生きる町。
その一角で何でも屋を営む男のことを想い、土方は今度は溜め息をつく。
坂田銀時。
銀髪に天然パーマ。
洋装に片袖を抜いた流水紋柄物の入った着流し。普段は死んだ魚のような目をして、ふらふらとしているが、根底に一本、折れないものを持っている不思議な男だ。

いざという時には腰には『洞爺湖』と銘打たれた木刀を唸らせ、圧倒的な戦いをしてみせる。

そんな男に土方はいつしか惹かれていた。

近藤に対するような『男気』に惚れるという感情ではなく、いつか、剣技で追い付きたいという目標としてではなく、真選組にスカウトしたいということでもなく、かといって、友人になりたいというわけではない。

最初がいけなかったこともあるだろうが、
坂田と対すると心臓が必要以上に血液を循環させ、動揺を誤魔化すために憎まれ口を、意地を張る言葉が思考するより先に口から滑り出す。
眉間の皺をデフォルトに不機嫌を装って、煙草で隙間を埋めるしかない。
沖田ミツバに対した時のような、はんなりと温かくなって、護りたいと、幸せになってもらいたいという気持ちとは程遠い。

だが、それが『恋情』と呼ばれる類のものに一番近いと気がついた時、土方は戸惑い、同時に絶望した。

今さら気がついたところで、既に二人の仲は犬猿の仲だと評されるに相応しいものになっていたからだ。

嫌われている人間に、しかも同性に好かれていると知っても、相手は気を悪くするだけだ。

町中を歩けば、跳ね回った銀髪を探し、
こうして飲みに出れば坂田が現れそうな店を選び、ケンカすることになろうと、偶然会うことが出来たならば、小さな幸せとするのが、土方に出来る精一杯だった。



カラリと今日は小さな小料理屋を選んでその戸を開ける。
ふっくらとした女将が作る気のきいた料理とうまい酒を常備しており、夕食を兼ねようとする土方には使いやすい店だった。

「あら、いらっしゃい」
「げ」
カウンターに座る銀髪を見た途端、条件反射のように濁点が付いた音を漏らしてしまった。
あれほど、焦がれていたというのに。
その声に、坂田がこちらに顔を向けた。
既に、かなりの量を摂取しているらしく、土方を見ても緩やかな表情を保っている。

「あ〜、フクチョーさんじゃねぇの。まあ、ここ座りなよ」
「は?」
耳を疑った。
坂田の方から自分を隣の席に誘う等ありえないと思っていたからだ。

しかし、聞き違いという訳ではないらしい。
女将にマヨネーズと新しいビールを頼んでいたからだ。
「銀さん。今日物凄く良いことがあったんですって」
話を聞いてあげて下さいなと、女将が苦笑いしながら、お通しとおしぼりをカウンターに置いてくれた。
酔っぱらいのようであるから、同じ話を何回も聞かされていたのかと容易に想像がついた。

土方に向かって、険のない態度を取ることは皆無に近い。

「仕方ねぇな」
緩みそうになる頬を、渋々に見えるよう抑えつけ腰を降ろした。




その事を土方は数分後、後悔することになる。


まま、一杯とビールを土方のグラスに注ぎながら、ヘラヘラと笑いながら、坂田は話はじめた。
「土方くんはさぁ…まぁ、モテるよな?」
「まぁ…テメーよりは多少な」
チビリと酒を舐めるように飲みながら話の方向を訝しむ。

「良いよな〜さらっさらだもんなぁ髪」
「髪、関係ねぇと思うけどな」
「いや、考えてみ?銀さんがさらさらだったら、即行モテキ到来だよ?コレ」
「いや…なんか気持ち悪い…」
この頑固な天然パーマが真っ直ぐになる薬でも発売されたか、
手に入れることが出来たそんなところかといつも通り憎まれ口をたたいた。

「失礼な奴だな!友達いねーだろ?オメー」
「ほっとけ」
「んでだなぁ…さらっさらストレートでぇ、女にモテてぇ、フォローの上手な土方くんにぃ」
「一回一回、語尾伸ばすな」
坂田が自分をほめるような言葉を言われるとなんだか、むず痒い、落ち着かない気分になる。自分は今赤面していないだろうか。

「女の口説き方、伝授してもらえねぇかなぁ?」
「あ゛?」
「だからさぁ…銀さん!理想の女に出会ったわけですよっ」
固まった。
目の前が真っ暗になるとはこういうことかと妙に納得した。

「言っちまったよ!オイ!何言わせんだっ」
バシバシと土方の背を叩きながら、坂田はまくし立てる。

やくざ者に絡まれているところを助けた女なのだという。
診療所を兄と二人で切り盛りする診療所の看護師なのだそうだ。

最近、不審な人間が界隈をうろうろしていて、恐ろしいが、兄を心配させまいと気丈に対応していること。
清楚に見えて、坂田好みの巨乳らしいとのこと。
「銀さん、積極的な娘もなよなよきゃぴきゃぴしたのも苦手だしさ、あんなくーるりびゆーならどんとこいだな」
「クールビューティな…」
ぼんやりとしながらも、口だけは無意識に突っ込みをいれているのが自分でも不思議だった。

「俺もさぁ、爛れた付き合いばっかりしてきたから、そんな真面目っぽい女にどう絡んでいいのかわからなくってさぁ…女将さんに、どうアタックしたらいいか全っ然わからないっ相談してたところに!」
「ふぉろ方とーしフォロー君が!天恵だと思ったね」

「……」
話の流れ的にまずいと思った。

「で!どうしたら良いと思う?」

最悪だ。
何を好き好んで、自分の好きな相手の恋愛を手伝ってやらねばならないのか。

「まずはやっぱりこの天パか?いや、それともお義兄さんにご挨拶か?」
バシバシと引っ付いてきて、土方の肩を抱く。
ふわふわとした綿菓子のような髪が目のはしで揺れ、心臓が痛い。


胸が痛い。
でも、銀時が土方にこのような個人的な相談を持ちかけるという思わぬ出来事に嬉しさも感じる。

甘くて苦しい誘惑だった。

「そ、そのまま…で…」
「ん?」

だから、土方は抗えなかった。

ただ、坂田が幸せになれば、それに越したことはないのかもしれないと。
ミツバから離れ、一般的な幸せを掴んで欲しいと願った時と同じように。

「テメーは…別にしゃんとしてりゃ…良い男なんだからよ。天パなんざ関係ねぇよ」
「へ?」
まさか、土方の口からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。
坂田の顔が呆けたモノになっている。

「どっちかっつうと、テメーの見栄は悪くねぇ。
 悪いのは、その口の悪さだ」
「口の悪さを土方くんに言われたくないけどね」
「下ネタにすぐ走るのが悪いっつうんだ。メガネにもよく突っ込まれてるだろうが」
「あ、まぁそこは何だ、つい…」
首の後ろに手をあてて、コキコキを鳴らして言葉を濁す。

「テメーが言うように、その女が楚々とした普通の町娘ならよ、ぜってーにムラムラするだとか原始人的な話は避けて通れ」
「ちょ!待って!メモメモ!!女将!なんか書くもの貸して!」
「そんくらい覚えられるだろうが!あと、アレな!奇抜な恰好すんじゃんじゃねぇぞ?
 テメーは妙なところで、チンドンヤみてーな恰好しようとするからな!
 いつもの恰好が一番だ。着飾るな!」
「ふむふむ」
本当にメモ用紙を鉛筆を借りて、普段の恰好だとか、下ネタNGだとか書きこみ始める。
その様子が坂田の本気さを如実に表しているようで、息がつまる。

「他には?」
「女を誘う時にゃ、見栄張るなよ?自分で払ってやれるぐれぇの店とか買い物に誘え!
 ツケはダメだぞ?ちったぁ、仕事真面目にしてその軍資金ぐらいは稼いどけ!
 あ、ついでに、メガネたちにもちゃんと給料払っとけ。
 いい上司ってのもポイント高ぇだろうからな」

「折角、腕っぷしがいいんだ。特に飾らなきゃ、テメーはテメーでモテるさ」
「ふうん」
急に思い立ったように、坂田は顔を紙からあげて、土方の方に向き直った。

「土方くんてさぁ…」
「あ?」
「意外に銀さんのことよく見てるよね」
「そ、そそうか?」
まつ毛まで銀色なのだなと、今更のように思っていた最中だから余計に間が悪い。

「実は銀さんのこと、好きだろ?」
「…………な?!………んな馬鹿な!」

反応が遅れた。
言葉の意味を取り損ねた。

「だってさぁ…」
「ば!違ぇ!こここここれはだな!そのいっつも喧嘩してる延長…つうか!
 突っ込むために見ちまってるつうか!」
「…ま、それもそっか!想像したら、気持ち悪ぃよな。オメーが俺にホの字だとかさ。
 自分で言っといてなんだけど、ないない!男に突っ込まれる趣味も!つっこむのもごめんだな。まして、相手がオメーとかありえない!悪ぃ!変な事言ったわ」
気を取り直すつもりか、グラスに残っていたビールを坂田は煽る。
土方もそれに習った。
少々、生ぬるくなった炭酸が喉を通り抜けていく。
さっぱりと口をさせるはずのそれも、引きつれた土方の胸の内までもは流してくれなかった。

『ありえない』。
分かっていたが、ハッキリと言われるのもキツイ。

「よし!じゃあ!これ参考に銀さん明日から頑張るわ!」
また、バシバシと背を叩かれ、土方は気が付かれないようにそっと胃を擦ったのだ。




『ひとりよがりの空 壱』 了





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