壱「最期まで」 そういって、背を預ける旧友に笑ってみせる。 四方を敵に囲まれ、退路はすでにない。 あれほど、たくさんいたはずの仲間たちは散っていった。 四面楚歌。 まさにその言葉がぴたりとあう状況だった。 「銀時」 「俺には女神との約束があるからな。こんなところでくたばるわけにはいかねぇよ」 手についた血糊をトレードマークとも言える白の衣装で拭い、刀を握り直す。 「女神だと?貴様が神仏を崇める心根を持っていたとはな」 「ウッセェ。俺だけの女神さま的なアレなんだよ!やんねぇよ」 いつものように、軽口を叩きながら、戦闘の渦に飛び込む。 「この戦を勝ち抜いたら紹介しろ」 「馬鹿か!やんねぇって!」 怒号と鉄のぶつかる音のなか、いつも通りの軽口を交わしながら。 「ぐっ」 肩を銃弾が掠め、足が止まりかける。 「銀時?!」 「構うな」 (…と、ヤバイか?) そんなことを考えた瞬間、声が聞こえた気がした。 口汚く、罵る声が。 「多串…くん?」 流れたる雲を見上げる。 漆黒の彼の人。 高い位置で一つに結われた黒い髪。 嬉々とした表情で瞳孔を開き、長い刀身を舞うように振るう姿。 目に焼き付くのは白拍子の衣裳であるのに、何故か漆黒色しかイメージに残っていない。 この時代の攘夷戦争を代表する二匹の鬼がいた。 西の白夜叉。 東の黒阿修羅。 同じ攘夷を目的として戦いながら、戦う地が離れているために逢ったのはたった一度。 それでも、瞳孔の開いた黒曜石のような瞳は銀時を捕らえて、離さない。 そして、約束を違えることを赦さないだろう。 「この腐れ天パ!なにボサッとしてやがる!」 そう言って。 東は数日前、落ちたという噂を聞いた。 けれど、銀時はあの剣鬼が容易く首を獲られるはずがないと信じている。 銀時の中の夜叉がまだ、縁は繋がっていると笑っている。 『最期まであきらめるなよ。近いうちにまた会える』 紅を履いたような口元が持ち上げられ、彼は艶を振りまいたから。 「仕方ねぇ。もう一頑張りしますか!」 もはや、自分の血なのか、敵の血なのか、判別できないもので汚れた掌を服でもう一度拭い、刀を持ち直す。 明けない夜はない。 そう信じたい。 唸り声をあげながら、戦場の中心へと走り出した。 『暁降ち 壱』 了 (36/212) 栞を挟む |