うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




「か〜つ〜らぁぁぁぁぁ!」
叫び声と共に盛大な爆発音が江戸の町に響き渡った。


「おーおー、今日も元気だねぇ」
真選組の一番隊隊長がバズーカー片手に自ら屋根の上を走り、長髪の男を追っている。
指名手配犯は高らかに笑いながら、奇妙な白い生き物と共に駆け抜けた。

紙袋の中で荷崩れを起こしかけたパチンコの景品を、よいっしょと抱え直しながら、坂田銀時はその様子を呆れながら見送り、自宅兼仕事場へと足を向けたのだった。




攘夷戦争はとうの昔に終わった。
『サムライの国』そう呼ばれていた国はもうない。


西の白夜叉と呼ばれ、戦場を駆けまわっていた坂田銀時も、数年の放浪を経て、
今では、広い江戸の町の一角で何でも屋を営みながらのんびりと自由気ままに生活している。

共に走ってきた幼馴染たちとも仲間とも一線を画したスタンスを取り続けていた。



「ただいま〜」
「あ、おかえりなさい。銀さん。早かったですね」
ひょこりとメガネの従業員が顔をのぞかせ、ニコニコと笑う。

「ぱっつぁん?」
戦利品があるとはいえ、明らかにパチンコ屋からの帰りであることを責められないことを不審に思いつつ、ブーツから足を抜く。
そして、三和土に揃えられ、見覚えのある草履に目を見張った。

「ちょ!待て待て待て!来るって聞いてねぇ」
こんな事なら早く帰るんだったと、勢いよく、部屋に飛び込めば、和室に設置された炬燵周りの光景に更に愕然とした。

「何やってんの!オメーらぁ!」

万事屋の一員である神楽がそこにいて、蜜柑を食べていることには不自然さはない。
神楽に皮を剥いてやっている人物についても銀時には予定外の訪問ではあるが、特段ケチをつけるつもりはない。
むしろ、大歓迎だ。
ただ、その人物の反対隣りで茶を啜る男とその連れに思いっきり眉を顰めたのだ。

「神楽!なに多串君に甘えてんの!
 蜜柑、まさかあ〜んとかしてもらったんじゃねぇだろうな?!
 俺もやってもらったことねぇんだから!
 それに!ヅラ!テメー何、ちゃっかり反対の席押さえてんだ!
 大っ体!ここで打ち合わせすんな!」

一気に捲し立て、肩で息をする。

「ヅラではない!かつ…」
「オイ!多串じゃねぇって何回言わせんだ!この腐れトリ頭!」
桂が名前を訂正を入れようとしたが、重ねるように中央の男が睨みつけてきた。
睨みながら、蜜柑を一つ、神楽の口に放り込んでやる。



東の黒阿修羅は終戦を境に姿を完全に消した。

銀時は戦禍の後を放浪しながら消息を辿ったが見つけることが出来ないまま数年がたち、ようやく先日再会を果たしたのだ。

ただ、彼の予告通り、名も立場も大きく変わっていた。

長かった髪は短くなっていたが、記憶の通り黒く艶やかであったし、瞳孔を開かせた青灰色の瞳は美しい。
もう女に見間違われることはない体躯が出来上がっていたが、溢れ落ちる色気は増した気が銀時にはした。

『多串』から『土方十四郎』に。
東の攘夷軍のシンボルから、攘夷志士を狩る側のナンバー2に。

そんな転身を誰がしていると思っただろう。

「お…土方も!今のは完全にワザとやっただろう?!それ!俺の口にいれて!」
再会して、改めてお互いを知って、そして、彼は非番の日には万事屋を訪れて二人で過ごす仲になった。
若気のいたり、だとか、生死の差し迫るような状況ではないし、いくらでも、周りに女がいる時代になったけれども、やはり、お互いを選んだ。

「誰がやるか!で、桂続きなんだが…」
「あぁ、そうだな。時が移る。では、次に動きそうなのは白巳星か」
「派手に物資や武器を買い込んでるって噂だ。この国に都合の悪い条約を利用してな。
 一種のマネーロンダリング的なこともやってんじゃねぇかと俺は読むが…」
「ふむ…可能性はあるな。よし裏をこちらでも取ってみよう」
「頼む」
「オイこらっ無視すんな!無視!」

けれど、可愛くて、やはり可愛くない相方は、『薬屋』の、世直しの仕事のことで頭がいっぱいだ。
桂や坂本と連携を取り、幕府内を調整しつつ、天人達を天導衆を牽制する。
『苦いのも薬』と憎まれ役を担いながら。

「仕方なかろう!ここが落ちあうには一番都合が良いのだから。
 我らは共に表立って顔を突き合せるわけにはいかぬ身。
 沖田殿に今日は土方殿が非番と聞いて、もしやここに来られるのではなかろうと
 先回りしたまで。別段、取ったりはせん。玉袋の小さい奴だ」
「小さくねぇつーの!土方が一番知って…んが!」
空の湯飲みが銀時の額にヒットする。

「あ〜、神楽。この阿呆はいうことは聞き流せな」
「土方!」
「そうですよ?銀さん。銀さんこそ大人げないなぁ」
神楽の桃色の髪を撫でながら、少女に聞かせるには生々しい事を口走りそうになった銀時をまた睨んでくる。
オマケに、新八まで完全に土方の味方なのだ。

「新八っ!オメーまで!メガネのくせにっ!」
「銀さんには、勿体ない人ですよ?大事にしないと!」
「そうアル!銀ちゃんみたいなマダオのとこにこんな別嬪なマミーはもう二度とこないネ!逃がしたマヨはデカちん…」
「マヨじゃなくて、魚な。チャイナが間違った言葉覚えてんのはテメーの所為か?今度俺が勉強みてやるから、少し寺子屋の真似事でもしてみるか?」
「キャッホーイ!先生アルカ?トシちゃん先生アルカ?」
「あ、じゃあ土方さん、僕にも剣の手ほどきの方…」
家族だと思っている神楽や新八が土方に懐いてくれることは素直に嬉しい。
嬉しいが、皆があまりに自分を蔑ろにしている気がするのは気のせいだろうか。

「土方殿!碁の決着…」
『土方さん。今度お茶…』
桂やエリザベスまでもがプラカードで参戦してくる。

「ダ〜〜〜〜!いい加減に!」
真選組という組織は、かつての東の攘夷軍の残党集団ではあるが、基本的な警察組織としての機能はもちろん果たしているし、一般の人々の生活を脅かすような集団は取り締まる。
ハードなスケジュールの土方の非番は貴重なのだ。

「わかってますわかってます!これから神楽ちゃん連れて帰りますから!」
「よし!新八、オメーはやれば出来る子だ」
「では、土方殿、近藤殿にもよろしくと」
「あぁ、また連絡する」
「は〜や〜く〜!出ていけぇぇぇぇえぇ!」

平和な万事屋の午後に銀時の怒鳴り声が響いたのだった。




あれだけ賑やかだった万事屋が急に静かになる。
それはそれで落ち着かないと言えば落ち着かないのだが、銀時はちらりと土方をジャンプの上辺から覗き見た。
「で、何をテメーは、いい歳して、いじけてやがる?」
こちらはこちらで、我が物顔で新聞を広げたまま、そう問いかけてきた。

「いや…」
「あんだよ?」
「この間晴太の家庭教師の真似事した時に歴史の手本みたんだけどよ」
後頭部をガシガシと掻きむしりながら、大したことではないが、先日思ったことを話題にすることにした。
「吉原の坊主か?」
「そうそう、それ。考えてみたら詐欺だよなぁって」
「あ?」
ようやく、紙面から土方の顔が銀時に向けられた。

「だってさ、いずれさ、手本に死んだことになってる『黒阿修羅』と『真選組副長・土方十四郎』、2つとも載ることになるかもしれねぇんだぜ?同じ奴なのに」
「…どうだかな」
少しの間の後に零された土方の言葉の意味を追う。

青灰色の瞳が小さく揺れたのを銀時は見逃さない。
ただの相槌でも冗談でもないと眉を寄せた。

「どうだか…って…まさか…ねぇ?」

ずっと、探していたのだ。
もう見失いたくはなかった。

「そのまさかが起こるかもしれねぇさ。二度あることは三度ある。
 多串こと黒阿修羅が消えて、土方十四郎が現れたように、
 土方十四郎が消えて、また別の誰かが現れるかもしれねぇ」
ずっと北の方でなと、やけに確信じみた顔で土方は静かな笑みを浮かべる。

「まぁ…出来たら避けて通りたい方法だが。近藤さんを頭にってのは変えたくねぇからな」
「本当に近藤馬鹿だよな」
東の戦場での噂が常に『多串』の名だったのは意図されたものだと土方に聞いた。
いずれ、彼が唯一無二の大将だとする『近藤勲』を表舞台に連れ出すために。
だから、その近藤を据えたからには、真選組を解体することも、名を変えることもないと思っていたのだが。

「でも次に名前代わる時は『坂田十四郎』にしてくんね?」
「アホか」
「いいじゃねぇの?それくらいの工作は出来んだろ?どうせ」
「さて…どうだろうな」
新聞をその手から抜き取って、自分の方へ引き寄せる。
かしりと耳朶に歯をたて、土方が僅かに怯んだ隙にその体を押し倒した。

「まぁ、なんでもいいんだけど。道行がオメーなら何処だって」

失ったものはたくさんある。

掴めなかったもの。
零れ落ちてしまったもの。
違えてしまったもの。

それでも、人は
新しい絆を。
更なる縁を。
深いしがらみを。

手にしたものもたくさんある。

「まぁ…そういうことだ」

土方の腕が下から延びて、銀時の後頭部に指を差し入れてきたことを合図に、
そのまま、重力に逆らわず身を土方へと沈める。


どんな夜も盛りを過ぎて明け方はやって来る。
そのうちの何度をこうして暁を迎えられるのか。

いつか、年を重ねた時に『ずっと』になっていたら良い。



くすくすと笑いながら、西と東の鬼は互いを貪り、
一つになっていった。






『暁降ち』 了



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