うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




笛の音が聞こえた。


篝火が煌々と辺りを照らしていたが、その分影となる闇の部分も同時に作り出している。
そこを縫って銀時は見張りと避けながら、敵陣の中心に侵入することが出来た。

いささか、簡単すぎると首を傾げたが、すぐに納得もした。
恐らく、普段は村の寄合もそこでするのであろう屋敷の広い部屋に主だった者は集められていたからだ。

上座に犬型や鬼のような顔をした天人が座し、両脇に幹部らしき天人や人間が並んでいた。
数名の村娘らしいものが配膳や酌の為に動いていたが、皆が注目するは中央で舞う女一人だった。

立烏帽子を被り、白小袖・紅の単・紅の長袴・白水干。
白鞘巻の刀を佩刀し、扇を持ち、その女は謡いながら舞っていた。

下ろした髪は黒々と夜の色をし、舞うたびにサラサラと動く。
白い面に髪同様、黒く長いまつ毛が切れ長の目を軽く覆い、
紅を引いた口元からは、低く、高く歌が朗々と紡がれていた。

ひらひらと翻る扇と動き共に翻る長袴。


銀時も息を呑んだ。

白拍子というのだろうか。
話には聞いたことがあるが、見るのは初めてだった。

「?!」

視線が銀時と捕らえた。
見えるはずのない、庭の隅、しかも暗がりにいる銀時を。

こちらからは先方は見えるが、明るい場所からこちらは暗すぎて認識することは難しいであろうが、間違いなく、目が合い、そして笑いかけられたと銀時は感じた。

真っ直ぐに。
真っ直ぐに。
睨むように、挑む様に。

(な、なんだ?アレは?)

美しいと思った。
顔の美醜という意味だけでなく、一瞥だけで感じた強い魂を。
なるほど。
『見ればわかる』といった言葉の意味は良くわかる。

存在そのものが目立つ。

凛とした何者にも侵されない空気がこの場を満たしていた。


「旦那」
小声で山崎が銀時の裾を引く。
今度はジェスチャーで自分は中に入ってくると示し、小さな機械を握らせてくる。
それと、舞っていた女を交互に指差してみせる。

(渡すの?)
口の形で尋ねると、へらりと男は頷き、暗がりに消えた。

(渡せと言われてもな…)
相手は敵幹部のど真ん中だ。
機械を懐に入れ、しばし様子を窺うことにする。



気が付けば数曲終わり、
妖艶に口もとに笑みを僅かに浮かべながら、上座に向かって礼の姿勢をとって見せていた。

手招きされ、指揮官の傍に歩み寄り、銚子で盃に酒を酌をする。
下卑た笑みがその顔に浮かぶのを見て、銀時は苛立つ。

もともと、この場に召喚された目的が閨まで共にすることを含めたことは明白だ。

女の正体はわからなかった。
山崎がただの薬屋でないように、その連れもただの商人ということはないだろう。
本職の白拍子なのか、
間者のような役割を担うものなのか。

もっと、違う『何か』なのか。

何にしても銀時の腸が煮えくり回っていることには違いなかった。
まだ、視線を一瞬交わしただけであるだけであるというのに。
それに触るなと。
それは俺のだと主張したかった。

女の耳元に獣の形の口が何事かを囁けば、女は口元を袂で押さえて嗤っている。
お返しにとばかりに、女の朱い唇が獣の耳に何かを囁きかえす。

すると、他の男たちの酌をしていた村娘たちが一礼をして部屋を後にしていく。
更に、音楽を演奏していた村の男衆もいそいそと退出する。

完全に、広間は天人軍の人間と、女一人になってしまった。


女は空になった盃に酒を満たしやり、手酌で自分のものも満たす。
そうして、
朱塗りの器から透明な液体を一気に飲み干し、笑った。

そこに媚びたものはない。

女だとか、男だとか、『性』を超えた、中性的な、
艶やかで、楽しげな、恍惚とした笑みだった。




ごとり

大きな音をたてて、先ほど女が踊っていた辺りに何かが転がった。

「ぎゃああああああ」

宴会特有のざわめきが止み、一拍遅れて、途端に断末魔の叫びが一体に響き渡る。


転がったのは指揮官の頭部だった。



「え?ちょ!いきなりかよ!」
白拍子の衣装でもある白鞘巻の刀がその手には握られていた。

「何奴っ!?」
状況を把握した時には、上座の人間で息をしている者はいなかった。

左右の膳に並んでいた男たちが一斉に武器を取るが、女は踊りの続きを舞うかのように動く。
ステップを踏む様に、足は止まらない。
まるで露払いをするかのように、草が倒されるように、呆気なく。
板張りは紅い液体で濡れていった。

それを踏む朱の長袴のすそがより暗い色に染まった。

「!?」
庭からも兵士たちが異変に気が付き、ゆるゆると動き始める。

闘うというには、あまりに優美な動き。
確かに、これは『足手まとい』どころではない。
銀時の軍にもこれほどの剣技を見せるものはいないかもしれない。

だが、金属の一際高い音が耳に届く。

細い白鞘巻の刀が折れた音だった。


「あぁ!もう!」
彼女に迫った白刃を止めるべく飛び出す。

「白夜叉!」
呼ばれ、口元に自然と笑みが浮かぶ。
やはり、さきほど視線があったのは気のせいではなかったようだ。
しかし、次の瞬間固まった。

「余計なことしてんじゃねぇよ!このクソ天パ!」
「は?」
先程まで、華麗に舞い、謡っていた姿と今のチンピラ紛いなドスの効いた声色に本当に同一人物かどうかと目を疑う。

「あ?俺の獲物取んじゃねぇって言ってんだ!ふざけんのは髪だけにしろ!
 頭ん中まで壊れてんのか?」
「頭ん中と髪は関係ねぇ!って…」
今は手拭いで髪を隠している。

(『白夜叉』と呼ぶからには、どこかで会ったことが、
 もしくは見られたことがあるということなのか。それよりも…)

折れた刀は放り投げ、斬り倒した相手の刀をさっさと拾い、次々と襲い来る白刃を打ち返す。

「あぁ?あんだよ?」
「野郎なのかよっ?!」
流石に走りにくいのか長袴の裾を通常の長さ程に切り裂いて、女だと思っていた相手はにやりと嗤った。

「ほら!呆けている間ぁねぇぞ!」

話している間にも、屋敷の外掘りを警護していたらしい敵兵が増え始めていた。

「オメ!それ反則だろうが!俺のときめき返せぇぇぇ!」
「何が反則だ!ゴラぁ!テメー阿呆なのか!阿呆なんだな!」
「勝手に確定させないでくれない?つうか!連呼すんな!」
「じゃあ、馬〜鹿!」
初対面で、罵声を浴びせあいながらだというのに、銀時には相手の動きが良くわかった。
まるで、呼吸するかのように相手が右の敵を屠れる最中に左斜め前から敵が来ればそれを倒す。
銀時の背後から鉾が振りかぶられれば、銀時の脇を擦り抜けて相手がその懐に刃を打ちたてた。

長年共に過ごしてきた桂や高杉との呼吸とも違う。
タイミングも違う。
助け合うという感覚ではなく、護るという感覚でもない。

(そうだな…手足がもう一対増えた様な…)

倒れ込んできた天人の巨体を足場に天井の梁を掴んで、蹴りを次の的にお見舞いすると庭に踊りでる。

やはり、村内にいた天人軍は司令官他、部隊の中心となる一部のものだけだったらしく、一気に全軍が押し寄せてくる気配はない。

「おい!」
昼のうちから村に入っていた白拍子には村の地図が頭に入っているらしく、迷う様子もなく走る。
銀時はとりあえず、それを追う形をとっていた。




『暁降ち 参』 了







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