12月31日 夜12月31日午後5時 「よし!」 銀時の買ってきたしめ縄を玄関先に飾り、土方は満足げに万事屋を眺めた。 「おーい!茶淹れたぞ」 カラリと玄関戸が開いて、やる気のない顔が声を掛けてくる。 「あぁ…でも、俺そろそろ帰らねぇと」 携帯で時間を確認すれば、もう五時を過ぎていた。 結局、キリが付いたら万事屋を出ようと思っていたにもかかわらず、ごみを仕訳し、掃除をしていたら、こんな時間になってしまったのだ。 「まぁ、そう言わずにさ…」 銀時は室内に戻りながら、少し性質の悪い笑みが口端にのぼっていることに眉を顰める。 「屯所には帰れないんじゃなかったっけ?」 「う…そ、それは…」 土方の返事を待たず、見違えるほど歩きやすく、すっきりとした和室に入っていってしまうから、仕方なしにそれを追った。 茶を土方の前に置き、自分は買い出しの時に仕入れてきたらしい団子を広げる。 「聞いたぞ?武州に帰ってるはずなんだって?」 「……誰に聞いた?」 自分が酔って話したわけではないようだと内心焦る。 「ゴリラ。でも気が利く銀さんは何もいってないから。で?」 「で…って?」 「これからどうすんの?」 「元々、あそこで飲んでから適当に宿に入ろうと思ってた」 「このシーズンに?」 「それこそ、野郎一人ならどうとでもなるだろうからな」 「甘いね!糖蜜にさらに練乳かけてホイップのせるくらい甘いね。このシーズン宿取れると思ってんの?」 如何にも世間知らずといった風に言われて多少なりと腹が立たないわけではない。 だが、纏まった休みらしい休みを取ったことのない土方にはその真偽を測ることが難しい。 郷里に帰る人々で公共交通機関は大抵混雑するものだから、逆に江戸中心部については何とかなると思っていたのだが、甘かったということだろうか。 「ここに泊めてやろうか?」 「は?」 銀時の思わぬ申し出に土方は放り投げられていた羽織から取り出した煙草に火をつけていた手を止める。 「今から宿取るのは絶対無理だし?オメーは屯所にも帰るの嫌だし?部屋もきれいにしてもらったし?鍋の材料買っちまったし?」 「だから?」 「泊まっていけば?」 「部屋、綺麗になったんだから、チャイナ達呼びの戻せばいいだろうが?」 「あ…」 どうやら、そういった発想は目の前の男にはなかったらしい。 きょとんとした表情で、口に運びかけた団子を入れかけて止まった。 「テメー、今日何日かわかってんだろ?大晦日だぞ?」 「馬鹿にしてんのか?だから親切に泊めてやろうと」 「だから、俺が泊まるってことは、年明け早々、嫌いな俺の面一番に見ちまうってことだろうが?」 そういった意味で、掃除をしたわけではないし、二日連続は流石に嫌われているのが分っていて泊まれるほど厚顔ではない。 「あぁ、そこ気にするのか?別にいいんじゃね?」 「いいのかよ」 「あぁ。構わねぇよ。オメーがいいなら」 「そりゃ、俺はこんな季節だし、野宿なんぞ無理だから泊めてもらえれば、それにこしたこたぁないが」 「じゃあ、決まりね」 話はお終いと団子で口をいっぱいに満たし、テレビのスイッチを付けて黙り込んでしまった。 テレビは年末恒例のこの一年を振り返る番組が流れていた。 手持無沙汰な土方は、材料があるならと台所に向かったのだ。 12月31日午後11時30分 早めの夕食を取ってしまうと、銀時はこたつでゴロゴロともう何回目になるのだろうかと思われる草臥れたジャンプを読んでいる。 土方は、ちびりちびりと銀時が虎の子だといって出してきた大吟醸を飲みながら、テレビを文字通り眺めていた。 夕べから、こたつの向かい側にいる男とほぼ二人きりで過ごしているんだなとぼんやりと思う。 結局、年まで越そうとしている縁とは一体とも。 第一印象は最悪だった。 けれど、特段自分は『坂田銀時』という男を嫌っているわけではない。 普段の言動は色々と人柄を疑うようなところの方が多い男だ。 それでも、一本筋が通った信念は持っている。 剣の腕についても確かだ。 人柄だとて、金の亡者を気取ってはいるが、困っている人間を見捨てられない人の良さを持っている。 いい男なのだと思う。 天然パーマのせいでモテないモテないと口癖のように言っているが、男の周りで彼を慕う女たちを見たことがある。 皆、一癖も二癖もある女が多いとは思うが、いい女がやはり集まっている。 望めばきっと、靡く女は山ほどいるだろう。 「ん?」 そこまで考えて、土方はまた胃がきしりと痛んだ。 「あ?どうした?」 小さな声だったが、銀時は反応して身体を起こす。 「いや…なんでも…」 (意外に整った顔してやがる…女が放っておかないと…?あれ?) また軋み、着流しの襟元辺りを掴む。 今年の健康診断は特段何もなかった。 周囲がマヨネーズの多量摂取で心配するが、コレステロール値も平均以下だ。 結核も心電図も問題ない。 「どっか悪い?」 いつの間にか、銀時がハイハイの体勢で隣に移動してきていた。 「ちょっと、胸が…ってなんでそんなに近づいてきてんだよ!」 万事屋のこたつはそれなりの大きさがあるが、やはり大の男が並んで座るには狭いと思うのに、無理やり隣に並んできたのだ。 「胸ねぇ…気が合うな。実は俺も昨日から調子悪くってさ」 「え?糖尿悪化か?」 「悪化じゃねぇよ!まだ糖尿じゃねぇから悪化しようがねぇんだよ!数値は若干ヤバいかもしれないけど」 「ヤバいんじゃねぇか」 思わずぷっと吹き出してしまった。 いつも通りのやり取りであるはずなのに、今日は本当に棘がお互いにあるわけではないからだろうか。 空気が軽い。 「あ…?」 「なんだ?」 今度は銀時が小さくつぶやく。 「うん。やっぱりな…うん。そうだよなぁコレ。アレだよなぁ」 「なんだよ?胸が痛いって話の続きなのか?」 一人で顎を擦り、ふむふむと分ったような顔をしているのに多少むっとする。 「まぁ、関連してるんだろうなぁ…あ、」 「今度はなんだよ?」 「除夜の鐘、今何回目?」 「さぁ…数えてなんざいねぇから…時間的にはもう終わりに近いんだと思うんだけどな」 言われて、初めて先程から聞こえてきていた鐘の音に耳を澄ませる。 時計は11時55分を既に回っている。 「煩悩108祓ってくれるんだよな?」 「そういうが、そんなことで祓えるんなら犯罪はなくなるさ」 「そりゃそうか」 くつくつと押し殺したように笑う顔は俯いて見えなかったが、感じの悪い物ではない。 「まぁ、年末の禊っていうか、年越しっていうのはあれだよな。 一つの区切りだよなぁ。 今年一年何をやってもダメだった奴も、 年を明けたら心機一転頑張ろうと仕切り直し、 今年いい年だった奴は、これを土台に一発更に飛躍してやろうと踏み切る。 一斉にスタートラインでよーいどんだな」 「なんか、どっかで聞いたことのあるような言い回しだが、概ね同意だな」 「お!」 テレビで、人気タレントがカウントダウンを始める。 『10、9、8、7、6、5、4…』 「3、2、1」 残り3カウントは銀時の一緒になって口にしていた。 「0」 派手な花火と共に画面の人間が一斉に、年が明けたことを高らかに叫んだのだ。 『迷悟 12月31日 夜』 了 (34/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |