12月31日12月31日午前9時 (甘ぇ…) ふわふわとゆっくり浮上する意識の中で、布団に鼻先を懐かせようとして知覚したのはやたらと甘い匂いだった。 次に、自分が枕にしているものが妙に温かいことに気がつく。 「あ゛?」 しぱしぱと重たい瞼を引き上げれば、それは人の肩だった。 「えぇぇぇえ?!よ、万事屋?!」 一気に目が覚め、跳ね起きようとするも、力強い腕で引き留めされて、抱き込まれてしまった。 「うるせぇ…」 低く掠れた声が額にかかる。 「おい…放せ」 夕べの記憶を探れば、確かに武州に帰ると屯所を出たものの本当に帰る気はなく、ふらりと立ち寄った飲み屋で銀時と出くわした。 それから、いつも通り張り合って飲み比べをした筈だが、その後が曖昧だ。 恐らく、酔い潰れた土方を見かねた銀時が万事屋に連れてきてくれたのだろう。 「もう…ちょっと…寝かせろよ…」 「テメーは寝ててもいいから、この腕を…」 「土方…」 「あ゛?」 呼ばれたからには、今抱き締めている人間が自分だと分ってはいると思う。 「土方」 「だから、何だ?さっさと…」 「…好きだ…」 「は?何寝ぼけ…て?」 突拍子もない言葉の次に聞こえてきたのは、規則的な呼吸と、軽い鼾だった。 (本当に寝ぼけてたのか) 少し緩んだ腕をすり抜け起き上がり、口を開けて眠る男を見下ろした。 銀髪はいつもより更に取り返しのつかない奔放さを発揮している。 こんなだらしのないマダオだが、いざという時は煌めき、圧倒的な強さを見せつけるのだから、質が悪い。 いつも、出会えば反発ばかりしている土方だが、銀時の筋の通った信念を、強さを、優しさを認めてはいる。 先程の夢うつつの言葉が土方のことも銀時が認めてくれての『好き』であれば良い。 そう思いながら、別の可能性に、色恋の『好き』である可能性に行き当たる。 「いや、ないから!ないないない。これは万事屋!死んだ魚みたいな目をしたニート!マダオ!糖尿!」 落ち着こうと煙草を探し、自分の格好に漸く気がついた。 「…なんで…襦袢一枚?」 下着は履いていることを確認し、過ちがあったわけではないと胸を撫で下ろす。 「いや、ないから!ないないない。これは万事屋!死んだ魚みたいな目をしたニート!マダオ!糖尿!大体男相手に過ちってなんだよ!」 自分の発想に突っ込みをいれながら、着物を探しかけ、再び固まった。 「なんだ!この部屋はぁぁぁぁぁ?!起きやがれっ!クソ天パぁぁぁぁ!」 「だから…うるさいって…」 今度は、グーでフワフワした銀髪頭を殴りつけて起こした。 「何だ!このゴミ屋敷はっ?俺の着物は?荷物は?メガネとチャイナは?」 「あ〜捲し立てんな…銀さん、低血圧なんですぅ頭もガンガンするし」 「そりゃ二日酔いだ。んなことより!」 殴られたこともあるかもしれないが、そこはスルーだ。 「ん〜、土方君の着流しはいちご牛乳吹いちまって汚したから、脱がせたんだけど…あ、ほらあそこ落ちてる」 「いちご牛乳ってこたぁ、テメーがぶっかけやがったな!」 ごちゃごちゃとした炬燵の天板に倒れた1リットルの紙パックの中身をかけられたのだろう。 「…なんか、土方の口からぶっかけるとか…なんかエロいな」 「エロくねぇ!どんな耳してんだ!」 耳に指を突っ込んで五月蠅いと主張しながらも、先ほどの問いの返答をマイペースに続けた。 「荷物は玄関。 新八と神楽はお妙がこの家んなか見て、せめて正月三日だけでもって連れていった。 ひでぇよなぁ。全部炬燵から手が届くってだけじゃねぇの」 「酷くねぇよ!うわ…俺、夕べこのゴミの中で寝てたのか?ありえねぇ」 志村妙が連れて帰ったというのも即座に納得するほど、部屋は荒れていた。 色々な物が散乱している様は恐らく昨日今日で出来上がったものではないと思われる。 「ありえねぇのはオメーだ。潰れちまったオメーが『帰りたくない』とかいうから、親切な銀さんはここにワザワザ運んだの」 「あ…」 「おわかり?じゃあ、銀さん、もう一眠りすっから…」 動物が巣に潜り込む様に、炬燵に銀髪が沈み込んで行ってしまった。 それを見て湧いてくるなんとも言えない感情に困惑し、自分の前髪をくしゃりと掻き混ぜた。 気を紛らわすように、改めて周囲を確認し、今度はため息をつく。 炬燵の天板の上に放置された蜜柑の皮やプリンのカップ、酢昆布の空箱。 布団の周りには足の踏み場無く、散乱するジャンプや紙屑。 終いには、歯ブラシとカップまで転がっていた。 着流しにかけられたいちご牛乳はもう半分以上乾いてごわごわとしてしまっている。 咥えた煙草を一気に吸い込み、短くしてしまうと、もう一度溜息をついて土方は立ち上がった。 12月31日正午 「オイ!起きろ!」 炬燵の天板を外し、布団をバサリと抜き取ってしまうと、漸く銀時が目を擦りながら身体を起こした。 「あ…ひじかた?」 寝起きの顔はいつもの覇気のなさに拍車がかかったものになっていたが、いつものふてぶてしさは幾分和らいで見える。 「テメー、邪魔だ。あっち行ってろ」 「なんで…オメーまだいんの?」 「一宿の恩ってやつだな。いいから、応接室の方にでも行ってろ」 「あ?」 立ち上がった銀髪が徐々に目が覚めて、自分の家を見渡し、驚愕に変わる様を気分よく見ていた。 「これウチか?!」 「そこまでかよ!」 思わず突っ込んでしまうが、確かに変わっていたはずだ。 銀時が、応接室、厠、風呂場、台所と家じゅうを確認に走っている気配を感じながら、こたつ布団を外に干しにかかった。 布団周り同様、どの空間もゴミだらけだった。 食べ散らかし、読み散らかし、散らかし放題だった部屋を見るに見かねて片づけてみたのだ。 余計な事をしたと怒られるかもしれないが、元々銀時と土方の仲。 これ以上悪くなることもあるまいし、お妙が子どもたちを連れて出たということは内輪から見てもどうしようもない状態だということだと判断した上での行動だった。 (そう、これ以上悪くなんざ…) 自分の理屈におかしな所があるとは思えないのに、なぜか胸の奥が軋む。 ぎゅっと着流しの襟を一度握り、痛みをやり過ごすと、掃除機にうつる。 「土方ぁぁぁ!」 「あ?苦情なら、受付ねぇぞ?」 スパーンと襖が開け放たれ、戻ってきた家主が仁王立ちで立っていた。 「嫁に来てくださいぃぃぃ」 「ド阿呆!!」 腕を広げて、あたかも抱きしめるかのような仕草で近づいてくる男に、タオルを投げつける。 「おら!部屋片づけることに文句ねぇなら、顔洗って、しめ縄と鏡餅ぐらい買ってこいや!」 「あ、鏡餅は下のババアがくれてる」 「じゃあ!出しとけ!輪飾りも忘れんな!」 「あ?輪飾り?」 「玄関用の玉飾りじゃなくて、水回り用の輪っかになったやつ」 「え〜面倒くせぇ…」 文句を垂れながら、厠の方にダラダラと歩いていく。 「本当は今日31日に飾るのもよくねぇんだろうけど、テメーんとこも商売人なんだからそこらへんぐらいきっちりしてろよ」 その背に更に言葉を重ねた。 「……」 「あんだ?」 顔だけ振り返り、じぃっと紅い瞳が土方と見ているので、作業の手を止め顔を上げる。 「いや、うん…今色々銀さん的に整理してたこと」 「テメーの頭でどんなに小難しい事考えても、天パは治らねぇよ」 「知ってっよ!つうか、悩むことで治るならとっくの昔にサラッサラだわ!」 「四の五の言ってねぇで行ってこい!」 話は終わりだと、掃除の続きに戻る。 「あ、でも財布の中身空だわ」 「このマダオが!日が暮れちまう前に行ってこい!」 土方自身の財布を投げてよこしてやると、 やはり何とも言えない顔をして銀時は頭を掻き毟り、 渋々の態で出かけて行ったのだ。 『迷悟 12月31日』了 (33/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |