弐時は数ヶ月遡る。 「退け!」 声を張り上げる。 一方的な力の差がそこにある。 力の差。 個の実力差、というレベルではない。 武力の差。 武器の性能。 兵の数。 一人が倒れようと、戦況に変わりない。 攘夷戦争。 天人という夷敵。 宇宙という広い、広大な海を渡ってくるだけの文明と駆け引きのノウハウをもった存在。 ただ、護りたい。 友を、生活を、 そして、師の教えを。 その為に剣を振るう。 「退け!」 もう一度、銀時が叫ぶ。 退路は自分が作る。 桂が皆を今晩の夜営地に先導する。 一人でも、多く生かすために。 「白夜叉の首、獲れるもんなら、獲ってみやがれっ」 いつの間にかついた字名(あざな)。 ありがた迷惑なことに、知名度は上がり続けている。 でも、今はそれを利用して、少しずつ本隊から敵兵を引き離す。 刺されれば、引き抜く時に倍のダメージをもたらす矛をかわし、 斬ることよりも相手を叩き潰すことに秀でるような大剣を踏み越えて、 鋭利な日本刀で切り結んでいく。 「来い!」 敵意はないが観察するような視線を意識の隅で感知しながら、まずは目の前のことだと、追手を引き付けながら、走ったのだ。 「へ?」 追っ手を撒き、桂たちに合流することが出来た銀時は思わず、気の抜けた声をあげた。 仲間たちは受け入れてくれるという約束の出来ていた村の入り口で足踏みをしていたためだ。 桂が渋い顔をしながら、付近の地図を拡げ、見慣れぬ男と代りとなる夜営地について相談しているようだった。 「今日は布団に足伸ばして眠れるんじゃなかったのかよ?」 「仕方あるまい。今我々が事を荒立てて、村に迷惑をかけるわけにはいかん」 ちらりと申し訳なさそうに小さくなっている使いの男に桂の視線は動いた。 劣勢に立たされ続けている攘夷軍だったが、天人の支配を快く思わない人々が、秘密利に支援をしてくれることがある。 この村の村長もその1人だった。 隠れ里のように山あいにひっそりと存在する小さな村であるから、天人達とかち合うこともないと、高を括っていたにも関わらず、昨晩、急に天人軍がこの地を訪れ、陣を張ってしまったという。 幸いなことに、銀時たちとの繋がりが発覚したわけではなかった。 偶々、村長の孫娘の美しさが耳に入った、そんな下世話な理由。 「放っておいていいのかよ?」 いつもなら、手込めにされようとする娘の話を聞いたならば、義憤に駆られ真っ先に突っ込んでいきそうな旧友が落ち着いていることに違和感を感じる。 「村娘は大丈夫です」 その説明をする少し鼻にかかった声が割り入ってきた。 先程、桂と地図を指さしていた男で、『地味』としか特徴を言い表しようがない。 「あ〜、どちら様?」 「通りすがりの薬売りで山崎と申します」 「薬屋?」 確かに薬売りの行商の衣装を身に付けてはいた。 「はい。石田散薬という万能薬を売り歩いてるんです」 「へぇ…その『薬屋』さんが、なんで大丈夫だって知ってんのかな?」 「実は、この薬、売り込みにあの村入ったんですけど、 なんかお偉いさんにその村娘さんよりうちの連れの方が見初められちゃいまして…」 「はぁぁぁ?」 へらへらと地味な男は参りましたよぉ頭を掻きながら笑う。 「アンタ!それでいいのかよ?」 「いいも何も、本人が嬉々としてついていきましたから。 だから、勝算あるはずなんで」 「ヅラ」 「ヅラじゃない桂だ。 それよりも、銀時、また今日も勝手に単独行…」 話が読めず、桂に説明を求めるが、腕組みをしているだけで教える気がないらしい。 全体の戦略は兵法が得意な人間に任せ、銀時は護ることを専念させてもらっているが、完全に蚊帳の外とされるのも正直面白くはない。 「ハイハイ。で?今晩は?」 「あぁ、この山崎殿が近くに夜営に良い場所を教えてくれた。 そちらに一先ず移動する」 「村の事は?」 「偵察は入れる。何と言っても明日以降の戦術が変わってくるからな」 「そ?じゃあ、俺その『偵察』に行く係するわ」 半分は意地のようなもの。 半分は胸騒ぎのようなもののための申し出だった。 「いや、他のものをやる。貴様では目立ちすぎる」 「でも、今はみんな休ませた方がいいだろ?」 「じゃあ、俺も一緒に行きましょうか? 一度入った村なわけですし、道案内くらいはできますけど」 意外なことにまた名乗り出たのは薬屋だった。 「しかし、山崎殿…」 「旦那には、ああ言いましたが、今無茶してもらっても困りますからね。変なところで抜けてますから」 「ふむ…」 桂は顎に手をあて、山崎と銀時、そして地図を見比べる。 「已むを得まい。ただし銀時、あくまで偵察ということを忘れるなよ」 「ヘイヘイ」 確かに万が一見つかったの時には、珍しい銀髪は誤魔化しようがない。 「まぁ、俺はただの商人なんで何かあれば直ぐ逃げますから」 「アンタ、地味だからあっさり見逃してもらえそうだよね」 「それ、褒めてないですよね?」 「褒めてるよ?ある意味。じゃ、え〜と山下くん?」 「山崎です!」 正体のわからない男を連れていくことへのリスクを考えないわけではないが、 桂が良しとするのならば敵でないと一先ず判断する。 「わり、俺男の名前覚えられないんだよね。別にオメーが地味だからとかじゃなくて」 「地味地味五月蠅いですよ!アンタ!」 「じゃあ、ジミー、亥の刻になったら行こっか」 「…覚える気自体がないですね…」 諦めてように項垂れる山崎に少しだけ溜飲をおろし、すぐに出発した。 山崎は村の正面からではなく、川沿いから、村人が日常使う様な道をたどって侵入した。 (しっかし、ジミー…胡散臭ぇなぁ) それが、銀時の感想だった。 通常、薬の行商は周期的に得意先を回る。 この村が以前から石田散薬とやらを贔屓にしていたにしても、このような裏道を知っているということ自体に違和感がある。 また、ツレが『そういった目的』で悪代官ならぬ、異形の天人に連れて行かれたにしてはあまりに平静だ。 仮にその女が腕が立つとしても、村とその周辺に一個隊が野営しているのだ。 逃げ切れると、考える方が通常おかしい。 だが、桂も何か自分に明かさないだけで、事情は分かっているらしい。 (気に喰わねぇ…) 闇に少しでも紛れるように、黒っぽい服に着替え、頭にも手拭いを撒いて髪を隠して道なき道を進んでいく。 「旦那、あの屋敷、村長のところに指揮官たちが泊まっているらしいです」 声を潜めて山崎が情報を銀時に伝える。 村の一番奥まった位置に配された大きな屋敷には夜襲に備え、煌々と松明が灯されていた。 こんな山の中の村の亥の刻など、辺りは静まりかえるものだが、人が動く気配で満ちている。 一個中隊が入っている筈だ。 本来の村民数よりも多いであろうから、幹部や主軸となる部隊のみ村内に入り、あとは周辺で野営している可能性が多い。 (これ、実は夜襲して指揮官の首取れたら美味しいんじゃ…) 戦況は圧倒的に攘夷軍に不利な状況が続いている。 ここで指揮官の首が取れたならば大きく明日以降の戦いは明るいものになるだろう。 だが、村内にはまったく関係ない、むしろ銀時たちを支援してくれようとする思ってくれている人々がいる。 彼らに迷惑をかけることを恐らく桂は懸念して行動に移すことが出来ない。 闇にまぎれて、銀時だけが暗殺めいた行動すればと考え、単独行動に怒りまくる幼馴染の顔がありありと浮かんだ。 ちらりと横に隠れる山崎を見る。 「そういや、ジミー。オメーのツレってどんな奴?」 「まぁ…見ればわかります」 「なにそれ?」 「俺にも説明難しいんですよ。でも…今どんな格好してるにせよ、目立つ人なんで」 山崎のように地味すぎても表現に困るだろうが、『目立つ』という言葉もまた言われたこちらは困る。 「じゃあ、名前は?」 「名前…ですか?」 これまで、淀みなく答えを返してきた山崎が初めて押し黙る。 「おい?」 戦いの戦略は桂や高杉に任せてきたから、この薬屋がどう戦況に絡んでいるのかまではわからない。 山崎の気配、物腰からすれと隠密的な存在なのかも知れない。 そうであれば、誠の名を教えることを迷うのも道理だろう。 「『多串』」 「あ?」 「それが、その人の名です」 「おおぐし…聞いたことがあるような、ないような…」 記憶のどこかにひっかかりを感じないでもないが、引出の奥すぎてすぐには出てこない。 「聞いたことないです?」 「俺、男の名前覚えんの苦手だって言っただろ?」 眉をハの字に下げて、なんとも情けない顔をされれば、こちらの無知さを責められているようで何とも言い難い気分になってきた。 「…でしたね…まぁアレです」 「アレってなんだよ?」 「旦那の足を引っ張るってことだけはないと保障しておきますよ」 「そ?」 やはり食えないやつだと思いながら、腰をかがめたまま移動を始め、村の中へと侵入した。 『暁降ち 弐』 了 (37/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |