『聖夜の贈り物 中篇 』「と、いうことでぇ、今日から居候することになりましたおーぐしくんでぇす」 食卓に四人並んで座り、幼稚園児を紹介するような紹介を改めて新八と神楽にする。 「おーぐしじゃねぇ!くしゃ、腐れ天パ!」 「おぉ!小さいけど、まさにその返しはニコマヨアルナ」 やはり『さ』が気を付けていないと、『しゃ』になるらしいと微笑ましくなるが、言っていることは、成人した土方と大差ない。 神楽も同様に思ったらしく、小さな頭をぐりぐりと撫で回している。 「なに?その『ニコマヨ』って?」 「ニコチンとマヨネーズ… そっか、まだ江戸に出てくる前だからどっちもしらないんだね」 机にどんっと急遽用意した業務用マヨネーズを見つめながら、しみじみと新八が言う。 「まぁ、犬のエサ見なくてすむなら、その方がありがたいじゃねぇの」 銀時が、いただきますと手を合わせて箸をとると、 それを合図に神楽がバキュームのような勢いで食料を胃袋に納め始めた。 「ほら、え…と、トシくんも。無くなっちゃうよ」 「あ…うん…」 呆気にとられている土方も新八に気遣われながら食事を始めた。 少し、たどたどしい手つきで箸を握り、おそるおそると口に食事を運ぶ様子を見ながら、銀時は三人に気がつかれないようにため息をつく。 目の前の小さな子ども。 間違いなく、銀時が欲して、求めて、そして、手に入ることのない男の過去。 銀時と出会う前の、 それどころか、近藤にも、 沖田にも、 ミツバにも出会う前の姿。 考えたことがないわけではない。 もしも、二人の出会い方が違った形であれば。 もしも、土方が近藤に出会っていなければ。 もしも、を想定しても意味のないことだと思っていた。 願いながら、出会いがどうであれ、銀時は銀時であろうし、土方は土方だろうとも解っている。 目の前にいるミニ土方が、初めてのマヨネーズ体験をして、きらきらとその瞳を輝かせている様子を見て、改めて思う。 それほど、人の嗜好や根底が変わるわけはない。 (しっかし…) もきゅもきゅと、口をマヨネーズいっぱいにしながら、顔を見ているとやはり微笑ましいといべきか…これが、あのチンピラ紛いの鬼の副長になるとは誰も信じないだろう。 「新八…悪ぃけど、明日のビラ配りは二人で行ってくれ」 「銀さんが残るんですか?」 マヨネーズを味噌汁にまで入れようとしてた少年を制止しようとしていた新八は手を止めた。 「ちょっと、気になることがあるんでな。外にださねぇ方がいいと思う」 「俺もいく」 「「「はい?」」」 マヨネーズに夢中で聞いていないと思っていた土方の言葉に3人は声を合わせて聞き返す。 「俺も働く」 「馬鹿か!オメーを護んのも俺たちの仕事なの!オメーはお客なんだから、どんと構えてゲームでもなんでも大人しくしてればいいんだよ!」 「神楽も行くんだろ?女の人が働いてんのに俺だけここにじっとしてられねぇ」 母上が、女の子は大切にしないといけないと言っていた。 俺がしっかりしてれば、大丈夫だ」 「いや、そういう問題じゃなくてだな」 生意気盛りと言われたら、それまでだが、必死で喰いついてくる様子がまた可愛いと思ってしまうところが終わっているのかもしれないと頭を抱える。 小さくても、これは『土方十四郎』なのだと。 「まぁ…でも銀さん、明日も昼のクリスマスケーキのチラシ配りだけですから」 新八の言い分も解らなくもない。 万事屋という家業は仕事がない時には全くなのだが、ある時はある時で、ブッキングしてしまうものなのだ。 『師走』という時期は、その稼ぎ時の季節にあたっていた。 この1週間、小さいながらも仕事らしい仕事が連なっている。 そして、その一つ一つが次の顔つなぎにもなっていくから疎かにするわけにもいかない。 だから、銀時一人一日丸々抜ける穴は決して小さいとは言えなかった。 「仕方ねぇか。ただ俺らの指示には従えよ」 「…わかってるよ」 既に興味は次にマヨネーズに戻ってしまったらしく、白米の上を黄色いもので満たすことに熱心になり、返事はやや、おざなりに返される。 「なんだかなぁ…」 複雑な心境で、銀時も茶碗に残った米を口に運んだのだった。 「大丈夫ですか?銀さん」 街頭に立ちチラシを配りながら、大きな口を開けて欠伸をする銀時に新八が眉を潜める。 「おー、大丈夫だ。ちっとネムタイだけ」 「なんです?眠れなかったんですか?」 「銀ちゃん、しょーたろーネ」 「は?」 神楽の説明に銀時も少女の顔をみる。 「半ズボンはいた男の子が好きな人間のこと、そういうネ」 「え?それってショタコンってこと?」 「そうそう!そうともいうアル。 トシちゃんとお風呂入って、仲良くお布団一緒に眠って! 独り占めした挙句、寝不足だとか文句言うネ! きっとフラチなこと考えて眠れなかったアル」 店の用意したサンタの衣装のサイズが合わないのか裾をしきりに引っ張りながら神楽は補足した。 「へぇ……、そうなんだ」 「ち、ちげーよ!あのガキが神楽とは一緒に風呂入れないだとか言ったからだし! 布団は!アレが勝手に潜りこんできてだな!」 そこは断じて違うと強く否定させてほしい。 食事も終わり、うつらうつらとしてきた土方を一人で風呂に入らせるには少し恐ろしく、かといって、神楽=女性だと認識しているらしい土方は共に入ることを拒否するので、仕方なく銀時が狭い万事屋の風呂に共に入っただけだ。 まだ、幼い躰は当たり前のことながら、刀傷一つなく、なだらかで白い。 銭湯で見かけた、土方の色気とはまた別の魅力がそこにはあった。 一人で洗えない髪を洗ってやりながら、サラサラと絡むことのない髪を堪能させてもらい、小さな手が銀時の背を流してくれる。 元に戻れば、ありえない体験だった。 ほこほこになった土方は、またしても、神楽と押し入れで眠ることを拒否、一人で客用の布団にもぐりこんだ。 それなのに、夜中、厠に一度起きた彼は、自分の布団に戻らず、あろうことか銀時の布団に入ってきたのだ。 寒いのか、すりすりと身を寄せてくるその様はまるで猫の子のようで。 銀時の鼻先にある、黒く艶やかな髪を、小さな寝息に。 性的な興奮をしたわけではない。 ない…はずだが、ある意味、色々な意味で興奮してしまって寝つけなかったのだ。 「その割に朝、デレデレして、キショイ顔して寝てたアル」 ままごとの延長なのか、やたらと構いたがる神楽はむっと口を尖らせていた。 「そんなことないですぅ」 断じてそんなことはない。 沖田ではないが、万が一戻らなければ、引き取ってもいいと思うぐらいには心魅かれるものがあるのだけれど。 「うるせぇ!アンタら一番小さい子が一番仕事してんじゃないか?」 「「「すいません」」」 事情を話すと、ケーキ屋の主人が子どもが昔使ったものだけれどと、 土方少年にもサンタの衣装を貸してくれていた。 『サンタ』『クリスマス』という行事、単語さえ知らなかった土方は眼を丸くしていたが、子どもらしい順応力で、衣装を着るとはしゃいで店主に礼を言ってみせていた。 「おねがいしまーす」 可愛いサンタ服の子どもがケーキのチラシを配る。 その様子だけで、チラシの掃け具合が全く違った。 「なぁ、さかた」 「あぁ?目上の人を呼び捨てっつぅのもなぁ…」 「江戸じゃあ、みんなあんなに皆仲良いのか?」 チラシを配る大通りにはたくさんの人間が確かに溢れている。 師走の賑わいということもあるが、今日がクリスマスイブということもあり、仲睦まじいカップルや夫婦の姿が目立っていた。 そのことをいっているのだろう。 「あ〜、まぁ、そんな祭…みてぇなもんだからな」 「ふぅん。テレビに出てた、くりしゅましゅって祭か…アンタにはいないの?その…」 「万事屋ファミリーで過ごすからいいんですぅ。 それに彼女はいないんじゃなくて、作らないだけで」 「その…ごめんなさい」 急にしょんぼりとするから何事かと思えば、視線の先はどう見ても、銀時の髪に視線が向かっている。 「なんなの?オメーはっ!んな可哀想なモン見る見てぇな目は? しかも、天パか?天パを否定してんですか?コノヤロー」 殴る真似をして見せると、きゃあと避けながら、また話を変えてきた。 「土方の家にいた筈なのに目が覚めたらに全然しらないところにいただろ?」 「あ?オメー自分で話振っておいて、スルーかよ」 「周りに、恐いお侍さんとか、たくさんいて、睨まれて…逃げたけど、今度は黒い服の人に捕まって…」 「あぁ」 「『フクチョフクチョ』って取り囲まれて、ワケわかんなくて…」 「それで屯所抜け出した?」 コクりと頷く。 「アンタにぶつかって、名前、呼ばれたらすっごく…すっごく嬉しくなって…」 「うん?」 「だから…だから、えーと…」 言葉を探しているのか、配布するチラシの誌面を睨み付け、少し押し黙る。 銀時はじっと待つ。 この年齢としては、言葉は達者な方だと思うが、語彙は限られる。 「くりすましゅ?…の祭、一緒に行ってやる」 「へ?」 「コイビトになってやる」 「ハイ?」 「アンタのこと、キライじゃねぇから」 言いたいことだけいうと、厠っと店の中に走っていってしまった。 「銀ちゃん、あとそれだけアルカ?」 神楽に声をかけられて、放心状態から我に返った。 「あ…?あぁ?あ、それだけ?ってチラシか。店長に聞いてみるか」 今日は幼い土方が一緒だったためか、警戒心を持たれず、興味があろうと、なかろうと、差し出された大人たちは二コリと大人しくチラシを手に取ってくれていた。 お蔭でサクサクを本日のノルマは完遂されようとしていたことに気がつく。 「トシくん様様ネ」 「それ、本人に言うなよ」 「アレ?そのトシくんは?」 厠から戻ってきた新八の問いに銀時と神楽は見回す。 「厠のはずだけど、ぱっつぁん、一緒にならなかったのか…?」 「え?店の厠では会わなかったですけど?」 「探すぞ!」 「銀ちゃん?」 「あいつ、多分追われてる」 本人も気がついていた筈だ。 チラシを配りながら彼は言っていたではないか。 『恐いお侍さん』に『睨まれて』『逃げた』と。 恐らく、真選組で事情を話してはいないだろう。 『懐いた』銀時にも先程漸く断片を漏らしたぐらいだ。 土方副長は、黒幕を追い、途中身体の異変に気が付いて、咄嗟に物陰に隠れた。 少年になった土方は、黒幕を恐らく見てしまった。 しかも、それに気がつかれ逃げたのだと推測するならば、密売人たちは少年を真選組副長・土方十四郎、と同一人物だと思わずとも口封じに躍起になっているだろう。 「土方…!」 最初にぶつかった時に感じた違和感。 追っ手が複数いるような気配を、自分の勘を信じるべきだったと拳を握る。 「土方!」 名を呼び、慌ただしいクリスマスの街を走ったのだ。 『聖夜の贈り物 弐 』 了 (30/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |