『Startline―roomshare U―』「はい?」 土方の声があまりに小さくて、聞き取ることのできなかった銀時は自分でも間抜けだなと思う声で聞き返していた。 「だから!こんの口先だけのヘタレ野郎がっ!」 今度は忌々しげに、絞り出すように零される。 「はいぃぃぃ?!誰がヘタレだ!?コンチクシヨー!!」 何故、今いきなりヘタレ呼ばわり?と頭が更に混乱していく。 「わけわかんねぇンだよ!何がしてぇんだっ!テメーは」 「はぁ?何処がだ?つうか何がわかんねぇってんだ? これ以上もなく銀さんは表現してんだろうが!」 今更何を言わせたいのだろうかと服の裾を握ったままの土方の手を見つめる。 「それがわかんねぇっていってんだろうが! 大体、人にイキナリ『付き合え』だとか人前で『売約済み』だとか言ってくるわ! こうやって押しかけてくるわ!一体何がしてぇんだ!テメーは!」 「あぁ?何言ってくれちゃってんの!この子は! 好きだから付き合えって言って!好きだから傍に少しでもいたくて押しかけて! んでも、オメーがそういう風に俺の事みてねぇの知ってっから! この上もなく紳士に行動してんだろうが!どこがわかんねぇってんだ!?」 この半年は、男に告るなどという一世一代の、清水の舞台から飛び降りるような行為をしたというのに、鈍くて愛しい目の前の男にはまったく通じていなかったということなのかと泣きたくなる。 「『好き』だぁ?初めてその単語さえ、今吐きやがっただろうが!テメーは!」 「んな言質取ったみたいにいわないでくれる? そんな直接的ない言葉なくても、この上なくわかりやすい態度で接してただろうが!」 『好き』ぐらいは言ったつもりだったが、言ってなかっただろうか。 それにしても、普通わかるだろうと徐々に腹も立ってきた。 「そこが!ヘタレだって言うんだ!」 「ちげーだろうが!だったら」 オメーこそどうなんだ、と。 告白の返事らしい返事を返さない土方こそと問いかけて、最後通告と突きつけられるのも、恐ろしくなって止めた。 そして、わからないなら、いっそ行動で示してやろうかと半ば本気で考える。 しかし、それでは意味がない。 別にムラムラするけれども、それだけではないのだから。 頭を冷やす必要を感じる。 「…離して…」 土方の指を一本一本引き剥がす。 触れることを拒絶しないから、少しは期待できるかもとは甘過ぎだったらしい。 どんなにポジティブに思考を持って行こうとしても、所詮男同士だ。 銀時だとて、もともと男の方が良いという嗜好を持っていたわけではない。 土方だけを、土方だから、きっと気になって、欲しくなって、突っ走ってしまった。 けれど、女に困ることのない、ノーマルな土方が銀時を同じように想ってくれるように なるとは限らないのだ。 それでも、長期戦覚悟でスタートしたつもりだったのにこんなことで頭に血を昇らせているわけにはいかない。 取りあえずの荷物を鞄に詰め込む。 今晩は、一期上の長谷川当たりの家に押しかけて、それからまた住むところを探すべきだろう。 「なんだよ!急に!はっきり言えよ」 「うん…そうだね…」 分らないだろうなと、諦めながら、土方の肩に手を置く。 「好き…なんだよ。土方が」 だから出ていく。 ちょっと、自分を整理させてよ、と。 何度か頬にはキスをしたことがある。 触れたいけれど、触れると衝動に負けそうだったから、それがギリギリのラインだったのだ。 いつだって。 今日も、軽く音も立てないキスを白い頬に贈った。 「ふ…」 土方の肩が震える。 わなわなと俯いた顔が朱に染まったのが、髪の間から見える耳で分った。 「ふ?」 「ふざけんな!」 予想外なことにどんっと突き飛ばされ、バランスを崩した銀時はローソファーに沈み込んだ。 その上に土方は跨って、勢いよく胸ぐらをつかみあげた。 「なっ?!」 「普段!あんだけ爛れた発言しまくってるつーのに、こんな半端ばっかりで! まともなキス一つ仕掛けてこねぇくせにっ! 肝心な言葉一つ言いやがらねぇくせに!わかるわけねぇ!何逃げてやがるっ!」 「はい?」 物理的に振り回され、むち打ちになりそうな首の痛みは予想外の内容でどこかに飛んでいった。 胸ぐらを握りしめて白くなりかけた土方の手に軽く触れる。 「オメー俺のこと何だと思ってんの? ネタはネタであって!即実行とかねぇよ、いくら俺でもね! 好きな子と同じ屋根の下にいても無理強いしないでじっと忍の一字の紳士だ! これでも!つうか!土方!」 ゆっくりと土方の言葉を反芻して、ごくりと口に溜まった唾液を飲み込む。 聞き間違いではないだろうかと、不安になりながら、それでも一縷の望みを求めて、ゆっくりと疑問を声に出した。 「キスして…欲しかったの?」 「!?」 図星だったのか、無意識で溢した言葉に言質を取られてと思ったのか。 ぷいっと背けられた顔はどう見ても、どこから見ても赤い。 同時に、先程とは比べ物にならないほど、土方の体温は一気に上昇していくのが指先に伝わってきた。 「そそそそそそっそんなわきゃねぇぇ…」 「そうかそうか」 ふうん、そりゃ悪かったと笑みを浮かべるその顔に土方の顔が引きつっていく。 「ちげっ!なにだらしねぇ顔してやがる?!そうじゃなくて! これはアレだ。一緒に住むにあたってのルールを決めるにあたってだな! そこんとこはっきりさせ…ってあんだよ?」 「同棲は許可してくれるんだ」 シャツにかかった手をそっと外して、指を絡める。 「同居だ!同棲じゃねぇ!ルームシェアだ!家賃、光熱費折半だからな!」 「はいはい。それくらいの甲斐性はあるつもりですよ?銀さんも」 「当たり前だ!このマダオがっ!」 お互い、掌に軽く汗を掻いていた。 二人が同じように緊張の糸をまだ貼っている証拠のように。 その事に勇気づけられて、顔を寄せる。 間近になった黒い睫毛が伏せられるから、唇を合わせた。 土方の柔らかいけれども、少しかさついた唇をふにふにと自分のもので刺激すれば、僅かに隙間を作る。 そっと、舌を差し入れても抵抗がない。 いままでの我慢は一体何だったのだと腹立たしさが増して、口内を余すところなく味わい、腰を引き寄せた。 「…ん……」 くぐもった声と共にドンっと胸を叩かれ、口許を離した。 土方は途端に水中から上がってきたかのように大きく息を吸った。 「苦しい」 「え?息止めてたの?」 「……」 また、ぷいっとそっぽを向かれて、苦笑する。 合コンにもそれなりに顔を出しているから彼女の一人や二人、高校時代にいたのかと思っていたが、そうでもないらしい。 銀時にとっては嬉しい誤算だったが、その点を揶揄ってまた臍を曲げられても困る。 「ところで土方…」 「あ?」 「そろそろ朝夕冷え込んでくる季節なんですが…」 「ん?」 話の流れが分らないのか、漸く空を睨んでいた視線が銀時の方へと帰ってくる。 「ソファ生活もいい加減寒いんで、そろそろロフトスペースで一緒に眠らせてくれるとありがたいんですが?」 一度落ち着きかけていた顔面がまた一気に朱に染まる。 「土方、風呂入ったんだよね?俺も行ってくるわ」 ちゅっとわざと音をたてて、もう一度、唇に自分のモノを押し当てると、 先に布団行っててねと耳元で告げる。 そして、我に返って殴られる前にと慌てて銀時は洗面スペースへと走った。 「ち、調子のるな!この腐れ天パぁ!!!!」 流石に学生コーポでも苦情が出るのではないかと思われるような大きな怒声が辺りに響き渡ったのだった。 『Startline―roomshare―』 了 (26/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #栞を挟む |