うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

『天邪鬼の密(みそ)か心 後篇 』




銀時はそっと夜中の万事屋へ忍び込む。
そして、一揃えの鎮痛剤を置いた。

昼、真選組の屯所へ昼食を食べに来た時に
本当は気が付いていたのだ。
土方に違和感に。

身近な者でも気が付いていないであろうほど小さなモノ。

新八の『よく見ている』という指摘は的を得ているわけだが、それを素直に皆の前で認めたくはない。
お陰で土方本人にも、何でも攻撃、反撃、悪態を反射的にしてしまう自覚もあるのだが。

惚れているからこそ、
心の底では大腕を振って傍に立つことを望んでいるからこそ、

銀時が気がついたモノ。
それなりの深さを負っているであろう腕の傷。

(性分だからなぁ…お互いに)

銀時が素直になれないのも、
土方が素直に痛みを表に出せないのも。


きっと、今日も彼は自分の矜持を護るために身体を張ってきたのだろう。
大した収入を、見返りをうけとれるという保証もなく。
ただ、護るために。

土方が寝室にしている和室を覗いて、寝顔を見ていきたい気もするが、
不法侵入と騒がれても面倒だと諦めた。

土方と銀時の間柄は曖昧だ。
友人ではない。
敵でもない。
偶然、食事処や、飲み屋で二人で出くわせば静かに隣に座ることぐらいはできる。
お互いに酔えば、お互いの体温を感じる程度に接することもある。

でも、いつも二の足を踏む。
男同士であること。
相手も自分も護りたいもの、護りたい場所があるということ。
そして、お互いどこで何に巻き込まれてもおかしくないということ。

玄関先に薬を置いて帰るだけでは物足りなく、
かといって、玄関先から堂々と訪れることも憚られ、
こうして、そっと小さな主張だけしてみるだけ。


足を再び玄関に戻した時だ。


急にピリリと空気が震える。
気配を完全に消したつもりであったのに、
主は起き上がってきてしまったようだった。
手には木刀が握られている。

その様はまるで手負いの獣ようだと思う。

「…坂田?」

銀時だと確認すると闘気がすっと引いていった。


「…腕…」
「あぁ、…昨日、人探ししてて、ちょっと巻き込まれただけだ」
「そ?」
不用意に近づいてくる土方の左腕を握る。

「っ!」
「さすが…声出さねぇのな」
「この…ドS野郎が!」
ギリリと音をたてそうなほど、強い視線が銀時を捕らえる。
その光りが銀時の中の感情を混ぜ返すことを彼は知らない。

「誰がそうさせてんだか…」
「テメ!」
「その様子じゃ、平気そうだな」
手を放し、代りに身体を引き寄せる。
好きだとか、惚れているだとか、言葉にしたこともない。
戯れにこうやって引き寄せることが精いっぱい。

それでも、跳ね除けられることはない。
天邪鬼同士だからこそ。

「おい!」
「俺より弱いんだから…無茶すんなよな…」
「このっ」
寝間着代わりの作務衣からはシャンプーの匂いがした。

「あんま心配させんなら、引っ捕らえて監禁すっぞ?」
「心配なんかしてねぇくせによくいうぜ」
長めの前髪をかき上げながら、鼻で笑われた。

「本気でんなこと言ってんの?」
「テメー…俺のこと嫌ってんだろうが…」
「ハイハイ、そうでしょうよ。好きなわけねぇよ」
天然で通じていないのか、それともワザとはぐらかされているのか。
それさえ確認できないもどかしさに、苛立ちを押さえられずに身体を離した。

本当は名残惜しく思っているくせに。

ガシャンと、やって来た時とは真逆の激しい音を立てて、万事屋の玄関戸を開く。
これ以上、要らぬことを言う前に退散してしまおうと思った。




「旦那ぁ、土方さぁん」

突然声がかかり、二人は同時に身を強張らせた。
白い犬のぬいぐるみを着た沖田が、さも迷惑そうな顔で目を擦りながら立っていたのだ。

「痴話喧嘩なら余所でやってくだせぇ」
「誰と誰が痴話喧嘩してるっつーんだ!」
「土方さんアンタと旦那でさぁ」
ワザとらしく、指差し確認をされて、返答に困る。

「総一郎くん…」
「総悟ですって。
 今回は確かに白い犬設定ですが、ここは一館でもなけりゃ、管理人さんもいないんで。それより土方さん」
白い腕を組み、感情の読みにくい平坦な声で話し続けた。

「何とも思ってないヤツんちに夜中に薬届けるほど、旦那はお人好しじゃねぇですよ?
 それに旦那も、爛れた発言お得意なくせに意外にヘタレですねぇ。
 このお人には変化球は通じませんぜ?
 鈍すぎのトウヘンボクですからねぃ」

「誰がヘタレだコノヤ…ぶは!!」
反論は途中で妨害された。
大きな肉球の付いた足で前振りなく外に蹴り出されたのだ。

「「何しやがる?!」」
「だから、痴話喧嘩は余所でやって下せぇ!
 アンタらいい歳した大人なんですから!
 どっかで他んとこで爛れたことやってくりゃいいんでさ!
 一度ヤッちまえば色々すっきりしまさぁ!」
言いたいことだけ言うと、沖田は玄関戸を締めてしまう。

「な?!」
あ〜ほも気持ち悪ぃ…という声とおぼろろとやけにリアルな吐きマネの音が室内から聞こえる。

「総悟!」
一瞬だけ扉が開くと、怒鳴る土方にポイッと草履が放り投げられた。

「違っぶっ」
次に開かれた時にはいつもの着流しが土方の顔面にかかる。

「ペットに追い出されてやんの…」
「あ゛?」
とりあえずと着流しを羽織る土方に声かければ、ジトリと睨まれた。

「まぁ、あれだ。呑みにぐらいなら付き合ってやってもいいぜ?」
「なにその上から目線?!…っくしゅん!」
「ほら、寒ぃから行くぜ」
一段先を降り、振り返らずに誘う。


「…奢り、なんだろうな?」
「ハイハイ、仕方ねぇなぁ」
カンカンと階段を降りる音が二つに増えた。

まだまだ、これから夜は長いのだ。
突っ張ってばかりいる時間にほんの少しの甘さを乗せても罰は当たるまい。

(あ、こいつ怪我人だった…酒は拙いか?)

本来万事屋に忍んだ理由を思い出すが、どうせ今さら土方が引く筈もない。


(性分…ねぇ…)
銀時が素直に心配を口に出せないのも、
土方が素直に銀時の言葉を信じないのも。

そして、お互いの思惑通りにお互いが動けないのも。

「ま、仕方ねぇか…」
天邪鬼が簡単に治るはずもないのだから。

かぶき町に革靴とブーツの音が重なり、
消えていったのだ。





『天邪鬼の密(みそ)か心』 了


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