うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

『花氷 壱』




ずっと、見ていた。
美しく、凛と
彼女は、華奢な身体を鍛え、女だてらに重たい鉄の剣を振るう。

土方十四郎。

眩しくて、
手にいれたくて堪らなかった。


でも、彼女の瞳は真選組を、その大将だけを見据えていて。

自分の入り込む隙などないと諦めていた。


けれど…
偶々、『スナックすまいる』で鉢合わせた真選組局長・近藤の愚痴に少し、期待のようなものを抱くようになった。
いや、なってしまった。一縷の希望を見いだしてしまった。



「トシもなぁ…」
「土方くん?」
お妙の売上げに協力させられるだけさせられた挙げ句、殴られゴリラかどうか判別が難しいほど腫れた顔で近藤が溜め息をつく。

「トシもなぁ…お妙さんのような淑やかで菩薩のような、なんていうかな…包容力というか余裕もってほしいんだよなぁ」
「そりゃオメーみたいなストーカーゴリラ飼育してりゃ、んな余裕ねぇだろ?」
カランとグラスの氷が動く。
毎回、ボコボコにされて、それでも諦めることなく向かっていく近藤の真っ直ぐさを馬鹿だと思いつつ、ある種の憧れがないわけではない。
ただ、その度に副長を務める土方は後処理に、本来の近藤の仕事を肩代わりして走り回る羽目になっていることを考えると、この場で沈めたくもなる。

「いやいや!そこはあれだ!アイツにも恋するってのはいいもんだぞと、見本になるようにだなぁ…」
「土方くんが『恋』ねぇ…」
もしも、そんな相手が現れたら俺はどうするのだろう?
今は、男の影など見つけることはできないが、いつかは誰かの元へいくのだろうか?
土方十四郎は確かに『鬼の副長』と隊士からも外部の人間からも一目も二目も置かれる人物だ。
ただ、その凛とした美しさに、心を向けるものが絶えないことも知っている。
そのうちの誰かが、彼女の心に入り込んだら?

「野郎ばっかりの所帯で暮らしてるだろ?こっちがびっくりするくらい『恥じらい』欠如してるのはしてるんだが、なんかこの間…」
そこでなにやら思い出したのか、ヤケにニヤニヤしながら、銀時を指差す。
「トシがな…酔っぱらった隊士に『副長好きです!』とか言われたときにさぁ、隊士はみんな家族だから、んな対象に見れるかって怒鳴ったんだよ。そんときに勢いなんだろうなぁ…自分より弱いヤツに興味はない!って」
「逆を言えば、隊士じゃなくて、土方より腕がたてば、惚れる可能性があるってこと?」
惚れる基準が自分より剣技が勝っているかどうかとは何とも彼女らしいと思う。
逆を言えば、その基準を持つということは、それなりに思う相手がいるのかもしれないと、不安が銀時を煽る。
なんと、黒く人の心を蝕んでいくものなのか。

「や、全く同じ事、総悟も聞いたんだよ。そしたらさ…例え、そんなヤツいたとして自分なんかが叶うわけねぇってさ。真選組一番だからってそっちの情緒面抑えてんのかと思うと…不憫でさぁ」
「ゴリラ、オメーはアイツの父親かよ」
「だってさぁ…年頃の娘が剣だこいっぱい作って、着飾ることもしねぇで…」
「うぜぇ。本人が好きでしてんことならグダグダ外野が言ったって無駄だろうが」
そう酔っぱらって、クダを巻き始めたら近藤をいなしながら、更なる可能性に行き当たった。

「叶うわけねぇ…か」

叶うわけがないことを前提にした土方の言葉。
叶えたい相手がやはり『現在』いると読むのが、自然だ。

そんな相手がいる気配はないと思っていただけに、ジクリと臓腑が痛む。
だが、奇妙だといえば奇妙だとも思う。
ギャルゲーしか攻略を知らない近藤はともかく、沖田が揶揄って尋ねたのではないのなら、過去にそういう誰かが、想いを寄せた誰かがいたということではないのだろう。
そして、現在、隊士の中にいるというわけでもない。
近年、土方が出逢い、剣の腕を認めた男が、相手である可能性。

「なに?どうかしたか?」
呟きを聞き咎めた近藤にひらひらと手を振り、表面上は興味ななさげに聞いてみる。

「なんでもねぇよ。土方が剣で敵わなかった相手って隊士以外にどれくらいいんの?」
「うーん、トシは対外試合とかに出さないしなぁ…、あ、あれだ。あれくらいだ!銀時!」
「あれっていわれても…」
酔っぱらい特有の「アレだアレだ」を数度更に繰り返してから、ぽんっと近藤が手を打った。
「ほら、お前がお妙さんの恋人の振りした時!あの時、剣折られただろう?あれぐらいだ!」
「俺?」
確かに、銀時は屋根の上で土方の剣を叩き折った。
お妙のゴリラストーカー対策のために恋人のフリをしたが為の騒動だった。

「あ!銀時!来週末うちの屯所で内輪の宴会あるんだけどさぁ!お前、お妙さん誘って来ないか?新八君やチャイナも!みんなでさぁ〜」
「分かりやすいヤツだな、オイ。ま、ダメ元で聞いてやってもいいけどよ」
今日のここの支払い頼むわと、押し付ける。

そして、一足先に店を出た。


一筋の光明と己の薄暗くどろどろとした感情。
それが引き起こすであろう昏いものに土方を引きずり込んでいいのかどうか。

きっと、自分は彼女を傷つける。

まだ、彼の人の気持ちが自分に少しでもあると決まったわけではないのだ。

「土方次第か…」

そう独りごちたのだった。





『花氷 壱』 了

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