『花氷 弐』特別武装警察真選組の副長を勤める土方が帰営すると賑やかな音と声が響いていた。 そういえば、今日は局長・近藤が親睦会をするのだと朝から張り切っていたのを思い出す。 大広間の障子を開いた途端、その近藤が土方に走り寄り、泣きついてきた。 「トシィ聞いてくれ!!」 「って!アンタもう脱いでんのかよ?!」 酔うと、ところ構わず全裸になる近藤は、まだ宴会も宵の口な時間であるのに既にすべてを脱ぎ去っていた。 指摘すれば、それに動じることもなく腰に手をあてて、豪快に笑われる。 「おぅ!今日はみんなで野球拳やってたからな!」 「ったく!そんな醜態繰り広げるから妙齢の女に粗野粗暴だって嫌われるんだよ。お妙さんにもな」 そろそろ一組織の長であることを自覚してもらいたいと思いため息をつく。 「トシは平気じゃないか!!」 「あったり前だっつーの!何年一緒にいると思ってんだ!アンタらの全裸の一つや二つ、恥じらいようがねぇよ!」 近藤の指摘にまた頭痛がする。 武州の田舎で仲間で過ごしていた時代ではすでにないのだ。 いくら、土方があの頃と変わらず、女の身でありながら、その裸体に動じることがないとしても。 そうなのである。 副長・土方十四郎。 男名を通常名乗り、一癖も二癖もある真選組の荒くれ達を、組織を統括し、 剣技でも劣ることはないが、本名を十四という。 戸籍上、れっきとした女性なのだ。 「へぇ、土方くんは野郎の象徴みても平気なんだ」 「惚れた男の裸以外、ただの棒っき…れ…」 ひょこりと近藤の後ろからの質問に怒鳴りながら、今の声は?と固まる。 こちらはトランクス一枚になった銀髪天然パーマの男だった。 死んだ魚のような瞳のまま、それでも口元にはにやにやとした笑みを浮かべていた。 「なななんで、テメーがここにいる?」 本来いるはずのない男だ。 真選組の隊士ではない。 かぶき町で何でも屋を営む『万事屋銀ちゃん』の主・坂田銀時。 普段はやる気のないのらりくらりとした男だが、 一度剣を握れば、木刀であろうと真剣に劣ることなく戦場を駆ける。 土方自身も、勘違いからの産物であったが、その剣を一度だけ交えたことがあった。 そして、気持ちが良いくらい負けてしまった。 「そりゃ、オメーんとこのゴリラが是非にって」 「こ、近藤さんはゴリラじゃねぇし。お妙さん呼ぶ口実なんだからテメーも遠慮しろ」 「まぁまぁ、トシ。新八くんは将来の義弟になる男だ。その雇い主も…」 近藤が今ご執心の志村妙の弟が万事屋で働いている縁もあり、何かと腐れ縁が続いている。 「近藤さん!悪いけど!俺先に風呂行って休むから!」 「あれ?飲まないのか?」 「悪ぃ!まだ仕事残ってるから!」 動揺を隠すために一刻も早くこの場を立ち去らなければ。 それだけを思い、ぴしゃりと大広間の障子を叩き付けるように閉めた。 (どうしよう!どうしよう) 土方は自室に俯きがちに、しかし大股で歩く。 (なんで!なんで!) 屯所の宴会に万事屋がいるのだと。 いや、理由は先ほど聞いた。 (俺の馬鹿馬鹿!) よりによって、とんでもないことを口走ったところを見られたのだ。 土方はひそかに万事屋に心を寄せていた。 男所帯の武装警察の副長等という職を全うしようとするあまり、男以上に侍たらんと生きてきた。 土方十四郎として。 そんな自分が普通の、同年代の女性のような恋など出来るはずもないと思っている。 毎日の鍛練で節くれだった指。 怒鳴る機会が多かった為か潰れぎみの低い声。 負けないよう、下位にみられないように努めてキツくなった目付き。 すっかり板についたチンピラのようなガラの悪いしゃべり方。 今だって小さい捕り物をしてきて、砂ぼこりと硝煙の匂いで満たされている。 そんな可愛さの破片も持ち合わせていない女だ。 銀時という男は普段は死んだ魚のような目をしたマダオだが、肝心な時には煌めいて人を魅了する。 一本通った筋は、自分だけでなく他のもっと相応しい女性をも惹き付けるだろう。 叶うとは思っていない。 でもせめて、これ以上幻滅させることはだけはしたくなかった。 「おいってば!」 土方は思考に沈んでいて、声に気がついていなかった。 「土方って!」 「万事屋?」 自室に入り、後ろ手で戸を閉めようとしたが、それを阻まれる。 そこで、漸く銀時の存在を認識した。 「さっきから散々呼んですけど?」 「な、ななななんの用だ?」 「ま、せめて中に入らせろや」 土方ごと押し込む様に部屋へと入りこんできた。 「確認したいことがあんだけど…」 「な、なんだよ?」 銀時も近藤達と野球拳をしていたのか、トランクス一枚だ。 初冬に庭に面した廊下をこんな格好ので追ってきたのかと、心配になるも、目のやり場に困り果ててしまう。 「さっきさ…惚れた相手以外はとかなんとか言ってたけど、土方君でも好きなヤツとかいるわけ?」 「……いねーよ!これでいいだろ!出てけ」 調子を取り戻そうと、部屋の電気の紐を引っ張ろうとして、その手を後ろから止められる。 「なぁ」 伸ばした土方の腕と重ねるように伸ばされた腕と背にあたる銀時の体温にかたまった。 「あ?」 「なんで顔赤いわけ?」 「あ、赤くなんか…」 まだ電気を点けていないために、部屋は暗い。 赤くなっている自覚はあるが、見えるはずがないと高をくくりかけて言葉を失う。 唯一の灯りである月明かりが、部屋の姿見に反射して、同時に二人の姿も映しこんでいたからだ。 鏡越しに銀時と目があった。 「さっきの台詞からするとさ…銀さん、期待しちまうんだけど?」 「なななんのこ…」 鏡越しの視線にいつものような緩さはなかった。 逆に底にこんな光も持っていたのかと、驚かされる仄暗い輝きがあった。 「土方くん…俺のこと、好きでしょ?」 「んなわけ…」 最悪な状況だ。 攘夷浪士に追い詰められた場面より厳しい。 「ぶっちゃけちまうと、俺、土方の事、抱いてみてぇと思う程度に女だって認めてるけど」 口から生まれてきたと言われるだけあって、弁がたつ男の言葉は、「ちょっとパチンコ行ってくるわ」というくらい、あまりに自然で、さらりと爆弾発言を落下させてきた。 「…戯言いってんじゃねぇよ。酔っ払い」 「飲んじゃいるけど、酔ってはないし。 そりゃ今まであんだけ喧嘩みてぇのしてきた相手から言われてもだろうし、 信じられないかもしれねぇけど…」 銀色のまつ毛が臥せられ、額が土方の肩にのせられる。 くぐもった声が小さく零れ、銀時の腕が土方に回された。 「信じられっかよ…だって…」 「ん?」 「俺みたいなの…好きになるわけ…」 「へぇ…土方。オメー自分のことどう思ってんの?」 銀時の腕が今度は土方の身体を自分の方に向けた。 「……」 「言ってみろよ」 「身体もでかいし…」 「いいじゃん。モデルみたいで」 覗き込んでいた顔がなんだそんなこととばかりに変わった。 人のコンプレックスをなんだと思っているのかと少々腹が立ってくる。 「手だってゴツいし…」 「俺より小さいし、頑張ってる人の手だよね」 手を拾いあげられ、節を指で撫でられる。 「眼だって瞳孔開いてる上に目付き悪いし」 「その眼で睨まれたら、ぞくぞくしてます」 額にかかった前髪をかきあげられ、見つめられ、やはり可愛げなく睨んでしまった。 「口も声も悪いし」 「ケースバイケースで使いこなせてるから問題ないでしょ。声もハスキーで可愛い」 かわいくねぇとドスを聞かせてみても、やはりひらりと笑われるだけだった。 「…普通の女みてぇに相手を優先とか、大切になんかできない」 これが、決定打だと思う。 普通のオンナならば惚れた男の色に染まるだとか、 多少のことは二人の逢瀬に時間を調整できるとか、 努力するのだろうが、土方の職業上、そして性質上、それは無理だと思う。 もし、近藤に、組に何かあれば、土方の総ての行動はそれにあわせて翻弄される。 「俺だって護りたいもんになんかあったら、 走っていっちまうだろうと思うし、土方が真選組一番なのは知ってる。 いいじゃん。重いの銀さん苦手なんだよね」 「……」 人が絞り出すように吐き出した言葉はあまりに軽く流された気がする。 土方は、この男ほど、お気楽に考えられない。 「おしまい?じゃあ、逆に好きなとこ教えるけど、嫌なら…言えよ?」 銀時の手が土方の両頬を包んだ。 そして、 額に、両瞼に、頬に鼻先に銀時の唇を寄せられ、目を見開く。 「ここも、ここも…」 耳朶を甘く食まれ、背筋に何かが走る。 器用な手がスカーフを引き抜き、床に落ちていくのが、視界の隅に見えた。 唇は首筋をゆっくりと下り、左の鎖骨を中央から片側になぞっていく。 「ち、ちょっと待て!」 あまりの想定外の成り行きに熱に浮かされていた土方が制止の声をあげたのは、ベストのファースナーが下ろされ、シャツのボタンに手がかけられた頃だった。 「ん?嫌?」 「い、嫌とかそういう問題じゃなくて!…き、汚いし!汗とか色々!」 「柔らかいし、いい匂いがするから大丈夫」 腰から脇腹を下から上へ撫で上げられて、くすぐったさとは異なる、何かが土方の中を走った。 「…んぁ…」 「ほら、声もやっぱエロ可愛い」 「ど、どこが…だ…クソっ」 身を捩るけれども、銀時の反対の腕ががっしりと押さえて逃げ出すことが出来ない。 「ほら、銀さんの銀さん、どうなってるか、分かる?」 「!」 一度屈めていた身体をおこし、耳元に囁かれた言葉の意味を、腹部にあたった硬くて熱をもったもので理解する。 元々、トランクス一枚の出で立ちだから、隠しようもなかったのではあるが。 「銀さんのも…ただの棒っきれ?」 「クソ天パ…」 真っ赤な顔をして睨んでも、きっと情けないだけだ。 「なぁ」 どんっと自分とちがう筋肉質な胸を拳で叩いた。 「させてよ」 「…断ると言ったら?」 「まぁ、無理強いはしないし、他で息子どうにかするだけだけかな」 あっさりと体温が離れていく。 だから、思わず、ぶつかるように顔を寄せてしまった。 初めて仕掛けたキスはカツンと歯が当たって、痛みに眉を顰める結果。 「すまね…んっ」 しかし、それをフォローするかのように、銀時の方から深く重ねられた。 「なぁ…土方の、全部、俺に頂戴」 蕩けるような痺れに、抗えるはずもなく、頷き、すがるしかなくなっていた。 露呈してしまった想いと明かされた劣情。 「土方…ごめんな」 そっと、思いのほか優しく抱き込まれながら、耳に届いた謝罪。 (銀時は『好き』だとかそんなんじゃないんだろうけど…) きっと、それに対しての謝罪なのだろう。 土方には、諦めていた想い人に触れて貰える可能性、 それだけを求めて銀時に身を委ねたのだ。 『花氷 弐』 了 (19/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |