うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

2『concession stand』(逆転設定)




「キャラメルポップコーンLとチュリトス、あ、チョコの方な。
 あとカフェラテのアイス。シロップ増量でお願い」
「申し訳ございません。シロップの増量は承っておりません」

目の前に立つ客の要望を土方十四郎は間髪入れずに断る。
かぶき町で何でも屋を営んでいる土方十四郎は映画館からの依頼で売店の売り子の手伝いに来ていた。
朝から今日は穏やかだった。
沖田にはグッズを売る売店をまかせていたが、特に大きな問題を起こさなかったし、目だったさぼりもしなかった。
地味すぎる山崎はどこで何をしているのか気が付かなかったが、いつの間にか備品が補充されていたり、レジ待ちの列が短くなっていたから仕事をしていることはしているらしい。
珍しく順調に時間はすぎて、逆に不安にすらなり始めた矢先のことだ。
あと2時間でおしまいという時間になって、厄介な男が客として現れた。
予定調和。
そんな言葉が浮かんだ土方は冷静さを強く意識して注文を取っている。

「え?そうなの?サービスしてよ。けち」
「ケチと言われましても、決まりですので」

問題の人物は土方もよく知る人間だった。
自由奔放に跳ねまくった銀色の天然パーマの男。
泣く子も黙るチンピラ警察・真選組の白夜叉こと副長坂田銀時。
帯刀を許された幕臣。
バランスの良い体躯。
意外に整った顔立ち。
緩い口調で、死んだ魚のような目をしているくせに、いざという時には己の信じる剣を振える男だ。
だが、土方との相性は良いとは言えない。

「いいじゃん、土方くんと俺の仲じゃねぇの」

怒っちゃいけねぇ怒鳴っちゃいけねぇ。
これは客、お客様は神様、札束、メシの種。
怒っちゃいけねぇ怒鳴っちゃいけねぇ。
心の中で呪文のように唱えていた手綱は妙に間延びした声にあっけなく放されてしまった。

「どんな仲だ!ゴラぁぁぁぁぁぁ!」

万事屋と真選組とはよく揉めるが、認めていないわけではない。
認めてはいるけれど、何かと坂田が土方を揶揄ってくるから、いつも喧嘩になってしまう。

「え?言っちゃう?こんな場所で言っちゃう?」

特に最近は下ネタ関係であったり、土方に気があるようなセリフで絡んでくるから対応に困るのだ。

「うぜぇぇぇ!」

叫んでしまってから、はっと土方は周囲を見回した。
慌てて、咳払いをして口調を元に戻す。

「お連れ様のご注文はよろしかったでしょうか?」
「ぱち恵の分?」

坂田は一人ではなかった。
先ほどから男の連れは困ったように眉を寄せ、坂田の後ろで待っているのだ。

真選組の副長の浮名はそれなりに流れてくるけれど、連れて歩いているところを見かけたのは初めてだった。

女は髪を左右のおさげに編み、眼鏡をかけている。
大人しそうな、比較的どこにでもいそうな容姿だが、反対にその「普通さ」こそが芝居でも遊びでもないように思われた。

「あー、いらねぇ」
「…いいのかよ…」

坂田の甘党ぶりは有名だから、ついつい注文の全てを坂田が独りで食べるのだろうと思い込んでいたが、実は恋人とはシェアするのかもしれない。

「1350円になります」
「ん?」

納得がいくようでいかない。土方は消化不良のような感覚を仕事に集中することで誤魔化す。

「お会計」
「あぁ、うん、そうね」
「650円のお返しです」

本来なら、手渡しするところだが、坂田相手にそういう気にもなれず、トレーの上にレシートと一緒に釣銭を置いた。

「少々お待ちください」

消毒用のスプレーを手に吹きかけ、ポップコーンの一番大きなカップを手に取る。
キャラメル特有の香りがケースを開けた途端、溢れてきた。
香ばしいのに、甘ったるい。
対極に在りそうなのに、同じ場所に存在する。

「っ」

特別好きでも嫌いでもない匂いのはずなのだが、今の土方の胃はあまり受け付けたくない類のものと判断したのか、きゅうと引き吊れるような痛みがした。

「どうかした?」
「いや、別に…」

一瞬止まった手を急いで動かし、規定量を詰め、細長いドーナッツとカフェラテを用意して、トレーに載せた。

「お待たせいたしました」
「いえいえー」

坂田はトレーをやや端に寄せるとカウンターに上半身をのせて、土方の方へと顔を寄せてきた。

「ときに、土方くん」
「まだ、何か?」

しかし、退くのも癪で、そのまま避けずに坂田の声を待った。

「俺が入るシアター、ちょっと騒がしくしちゃうかも?」
「……映画館ではお静かに願います」
「まぁ、そうしたいのは山々なんだけどね」

ちらりと坂田の視線が、中年二人組の男たちを追った。
町人の格好をしてはいるが、周囲を絶え間なく警戒する様子は明らかに怪しい。
非番中に指名手配犯を見つけた為に急きょ仕事モードに切り替えたのかと推察した。

「てめェもぐうたらしてるようで、仕事熱心だよなぁ…」
「惚れなおした?」
「惚れてねぇ!」
「はいはい、わかってますって。で、本題」

彼女を連れて、映画館に来ている現場を見られているというのに、まだ、ネタ引っ張るつもりか。
さっさと仕事でも、デートでもどこにでも行っちまえ。
本当は惚れてなどいないくせに。
口には出せない言葉が胃から喉までせり上がってくる。

「俺、これ終わったら、そのまま非番だから、一緒に映画でもどう?」
「は?いや、てめェ…彼女、どうすんだ…?」
「彼女?」

入場待機列に先に並びに行ってしまったおさげの女と坂田を見比べる土方に坂田は眉を顰めた。

「ぱち恵?」
「大体、これから暴れようって時に、一緒に入場するの拙いだろうが!」
「…土方くん?もしかしてもしかしたりする?」

土方の頬を坂田の手の平が左右から挟んだ。
ぎゅっと押され、さぞや変な顔になっているに違いない。
土方は強引に爪をたてて、引きはがしにかかる。

「で…め…」
「なんだ…いい加減、脈なしかなと心折れそうになってたんだけど…
 そっかそっか…」

馬鹿力の坂田の手が少しだけ緩んだ。

「ぱち恵のぱちは数字の「八」です」
「ん?」
「俺の周りで八のつく、メガネといえば…」
「メガネ?」
「そう、メガネ」

頭の中で、ぽんっと見慣れた眼鏡が浮かび、やや遅れてどこにでもいそうな普通の青年の顔が浮かんでくる。
その顔は列に並んで、坂田を手招きしている女のものと完全に重なった。

「いやぁ…今日は記念日だわ!土方くんがヤキモチやいてくれたんだもん」
「良いトシのオッサンが、「もん」っていうな!「もん」って!」
「そこ、ツッコむとこ違いますぅぅ」

場内アナウンスが再度入場の案内を行った。
ポップコーンをはじめとする甘い食料をのせたトレーを土方に押し付けると、坂田はくるりと踵を返した。

「ちょ!」
「これ預かっててな。あとあと!何観たいか考えといて。
 あ、もちろん、ホテル直行コースでも銀さんのギンギンさんはおっけーです」
「話を聞けぇぇぇぇぇ!」
「行ってきまーす」

スキップと見まごうように弾むツーステップでおさげの女改め女装した真選組の志村新八の元に辿りついた坂田はさっそく小言を言われているようであった。
どうやら、今日は最初から非番ではなく、副長自ら指名手配犯の追跡調査をしていたらしい。

「あ…?」

土方は半ば無意識に売上をレジに入れる。
がしゃんと大きな音をたてて閉まった機械が土方を一気に脱力状態から引き上げた。

「ヤキモチなんか焼いてねぇぇぇぇぇぇぇ!」

ロビー一帯に響く声はすでにシアターに入った坂田の耳には届いていなかった。



顔を真っ赤にして叫ぶ土方の隣のレジで、認識されていなかったけれどもずっと仕事をしていた山崎退は深く重たいため息をつく。

「……こっちが恥ずかしくなるんですが…」

呟きはカウンターの下でホットドックを盗み食いしていた沖田と神楽しか知らない。




『concession stand』了



(209/212)
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