うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

1『entrance』(原作設定)




「「げ」」

それは夕暮れ時、江戸はかぶき町にある映画館の前での出来事である。
ほぼ同時に声をあげたのは、この辺りで知らぬ者はもぐりだとさえ言われる何でも屋の坂田銀時と悪名高い真選組の副長・土方十四郎だった。

「おいおいおい…まぁた、おめェかよ」
「そりゃこっちのセリフだっつうの」

そして、二人が犬猿の仲であることを知らぬものも、このかぶき町にはほぼいない。
こんな場所で抜刀してまでの喧嘩はないだろうが、巻き込まれてはたまらないとばかりに、人々は映画館の入り口で鼻先を突き合わせるようににらみ合う二人の左右に割れて、そそくさと館内へと入っていった。

「で?」
「あ?」

先に顔を半歩退けたのは坂田の方だった。
反射的に土方も前かがみ気味になっていた上体を起こして、噛みしめて折れてしまった煙草を携帯灰皿に押し込む。

「おめェは何、観に来たんだよ?」
「なんで、てめェにんなこと教えなきゃなんねぇんだ?」

新しい煙草に火をつけた土方は舌打ちと共に坂田の質問に質問で返した。
坂田と土方は行く先々で兎に角、よく遭遇する。
出逢って最初の頃は、意地を張って、お互いをいかに撒くか、被らないかを考え続けていたが、どうやっても、回避出来ないらしいと最近ではお互いに諦めぎみになってしまう程度には頻繁に、だ。

「バッカ!如何に被らねぇかって話だ。
 出来るなら、おめェのエグエグした泣き声聞かずに気分良く映画鑑賞したいに決まってんだろうが」
「誰がエグエグ泣くか!」

出逢ってしまうことは仕方がない。
仕方がないから、定食屋であっても、健康ランドであっても、公園であっても、一つだけの開けた椅子、背中合わせの席、ほんの少しだけ離れた場所を探す。
そうやって過ごしてはきたが、改めて声をかけてまで坂田が確認してきたのは久々だった。

「泣いてたじゃん。ペドロん時も!何とかっつうヤクザ映画ん時も!」
「可哀そうな天然パーには理解出来ねぇだろうが、そんだけ素晴らしい映画
 だったんだよ!でも、エグエグなんざ泣いてねぇ!」
「パーの部分を伸ばすな!ちゃんとパーマ言えぇぇぇ!」
「ハイハイ、パー(マ)」
「カッコ要らねぇだろう!」

力を入れすぎて折れてしまった煙草を伸ばして、涼しい顔を取り戻した土方から今度は同じ問いかけをした。

「で?」
「あ?」
「俺ぁ、さっさと中に入って、席取りてぇんだよ。
 てめェこそ、何、見にきたんだ?」
「あー…これ?」

坂田が懐から映画館のロゴの入った封筒から前売りチケットのタイトルが見える部分まで引き出して、ちらりと見せた。

「………」
「…マジでか…」

土方の沈黙から、目的の映画が今回も同じものであったことを察し、坂田は天を仰ぐ。

「てめェ、他の見ろ」
「はぁぁぁぁ?何で、俺が変えなきゃなんねぇわけ?俺は前売り持ってんだから、
 今からチケット買うおめェが違うの見ろよ」

おもむろにかけられた言葉に坂田の顔は天からぎっと正面に立つ男の方へと戻る。

「そういう訳にもいかねぇんだよ!次の非番にゃぁ、上映期間終わっちまってる!
 今日がラストチャンスだっつうの」
「俺だってなぁ!このチケットくれた奴が、今日の次の回、予約しちまってんだよ!
 明日にはもう使えないんですー!」
「じゃあ、俺がそれ買い取ってやる。
 貰い物ならてめェの損にゃならねぇだろうが!」
「いやいやいやいや!何言ってんのこの子!
 何でも金で解決できるとでも思ってんの?大きな間違いだよ?」
「金の亡者なてめェが言うセリフかよ!」
「それとこれとは…」

ぱっと夜の営業に合わせて、頭上の照明が映画館の前と看板を照らした。
いつの間にやら夕暮れ時特有の茜色と藤色のグラデーションから濃鼠へと空は変化していたのだ。

「あー…うん…」

二人を避けるように入館していた人の波もまばらになり始めてきている。
上映時間は確実に近づいていた。

「時間も勿体ねぇし、こうしねぇ?」
「んだよ?」
「俺、チケット2枚持ってんだよ。今から二人でカウンター行って、
 並んだ席を離れた場所に出来ねぇか聞いてみる。
 変更可能なら、一枚分俺におめェが支払う」
「…まぁ、妥当っちゃ妥当…なのか?でも、変更できなかったらどうするんだ?」
「その時は俺は諦める」
「それでいいのかよ?」

退いたと見せかけているだけで何か裏があるのではと、土方の顔は疑いを隠しはしなかった。

「そりゃ、めちゃくちゃ、ものごっさ、めっさ見たかったけどよ?
 たかだか2時間ちょっとの時間でも俺の隣に座ってるのが嫌な人間と並べるほど俺は神経太くねぇんだよ」
「………そりゃ、てめェの方だろうが…」
「俺としてはおめェがちょっとだけ感情移入を控えめにしてくれりゃ
 別にいいんだけどね?
 でも、おめェは今日しかねぇっていうし?俺の事、嫌いだろうし?」
「俺はそこまででは…」

これまで行動が重なってしまった場合の妥協は、『多少』の譲歩はあくまで自分が折れてやったというスタンスをどちらもが保ったままで成立させるような言い訳の上に成り立っていたというのに、今日の坂田はどうにも違う。
その違和感ゆえに土方は対応に迷った。
本来、土方は坂田を認めていないわけでも、嫌っているわけでもない。
単に、条件反射で出逢えば意地の張り合いをしなければならないような気になっているだけだ。

「なら、どうするよ?」
「………てめェがいいんなら、妥協して、隣に座ってやらぁ」

差し出されたチケットの内、一枚だけを土方は抜き取った。

「二言はねぇな?」
「万が一、席が変更できなけりゃ、だがな」

よし、とそれぞれ一枚ずつチケットを手にして、ようやく、二人は観音開きになっている映画館の扉を押し開いたのだ。





その二時間後、隣の席で存外和やかに映画を最後まで見ることが出来た二人は居酒屋へと移動することとなる。

しかし、実は座席変更できなくとも、空席自体はあったのだから自分で別の席を購入しさえすればよかったのではないかと土方が気が付くのは、次の非番の約束を坂田とした後のことであった。




『entrance』 了



坂田さんの方が、一枚上手w







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