うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

10月10日16時46分




打ち込める仕事があることが有り難い。

そんな風に坂田が考えることは、滅多にない。
大抵のことをこなす自信はあるが、努力や実行をしなくていいならば、しない方が楽に決まっている。
けれど、何もせず、いつものように団子屋で一服しながら休憩していても、ファミレスでチョコレートパフェを無理やりメガ盛りにしてもらうことに成功し頬張っていても、ネガティブなことばかり考えてしまうのだから、仕方がない。

仕上げてしまった書類の山に後悔はないが、結局のところ、別の任務が入って10日の非番そのものが流れてしまった。

江戸とこれから大規模な貿易を開始しようとする他の星からの視察団がやってくることに急遽決まったのだ。
前日は祭りの警護に加え、10日の為の資料集め、全隊士のシフトの組み替えで潰され、当日も将軍が出席する夕食会だけは、必ず近藤・坂田両幹部がそろって指揮を執るようにと松平からの指示も出ている。
抜ける訳にはいかない。
いや、坂田としては口先三寸で抜け出せないこともない気がするのだが、サボったことが土方に知れてしまった時の方がよほど怖い。

「惚れた方の負けたぁ…よく言ったもんだ」
「あぁ、トシ?」

会場になっているホテルの正面エントランスに共に並んでいた局長・近藤勲が坂田の独り言を拾い上げた。

「ゴリラにぁわかんねぇ悩みだよなぁ」
「ゴリラじゃないってば!」
「まぁ…おめェもよく続くよな。雌ゴリラのストーカー」
「お妙さんもゴリラじゃありません!あの人は菩薩!」
「ハイハイ、ストーカー業はほどほどにな。仕事してちょーだいよ」
「してるってば!時々、銀時はトシより厳しいよね」
「土方がてめェを甘やかしすぎてただけだっつうの。仕事しろ仕事」

近藤は人柄的には問題がない。
人を治める器がある。
その点に疑いを持ったことはないが、如何せん人が良すぎる点と、こと恋愛に関しての行動が突飛すぎることが難点だ。
土方は真選組を、というよりも、近藤を推して生きている傾向がある。
恋愛感情はどちらにもないと知りつつも、土方の全幅の信頼を受け、甘やかされていることを思うとどうしても厳しい言い方になってしまう。

「休みの件は、悪かったってば…何、機嫌悪いの、やっぱそこなの?」
「別に。俺のモットーは。人には厳しく、自分には甘く。だからね」
「天邪鬼だなぁ」
「…なら、俺、もう帰っていい?警護つっても、別に予告が出ているわけじゃねぇし。
 表に真選組のトップを飾っときたいってだけだろ?どうせ」
「それは言っちゃ駄目」
「言いたくもならぁ」

部下たちはホテルに万遍なく配置している。
ロビーに一番隊。
西エントランスに五番隊の半分。
通用口に六番隊。
会食会場のホールがある12階に十番隊。

いくら今回の視察団が幕府にとって大事だといっても、この規模の人員を並べ立てる必要があったのか疑問である。
江戸の安全性をビジュアルで見せたかったのか。
新しい貿易に幕府が乗り気であることを強調したかったのか。

『旦那ぁ、いつからそんなに仕事熱心になったんですかぃ?』
「あれ?沖田くん?」

無線に一番隊の沖田総悟が割り込んできた。
インカムが耳から若干ずれてはいたが、音量に問題がなかったので、そのまま会話を続ける。

『アンタら、色ボケコンビは暇そうですねぇ?』
「違っ!だーかーら!俺とゴリラを一緒にすんじゃねぇよ!大体、俺ぁ、人間だしぃ?
 土方はエロテロリストで最終兵器的なアレだけど一応人間枠内だし!
 何より、ゴリラと違ってストーカーじゃないからね?相思相愛ですから!」
『ストーカーの常套句でさぁ』
「銀時…お前…」
「ちょ!なんで俺がゴリラに憐れまれるような顔で見られなきゃなんねぇの?
 え?ちょっと!嘘?嘘だよね?沖田くん?何か聞いてんの土方に?!」
『………』
「無言はやめろって!」

沖田も坂田と同じドS属性であるから、打たれ弱いことなどわかっているであろうに、容赦がない。
いや、だからこそのドSなのか、と舌打ちをすると、天気の話でもするかのように、沖田は話題を変えてきた。

『さっき、西エントランスでトラブルだって、走っていく職員見かけたんですが…』
「オイオイオイオイ!真っ先に報告するべきところだよね?」
『ソイツァ、スミマセーン』

棒読みで返してくる辺り、反省はしていないことは明らかだが、叱ったところで反省するような性質ではない。
それよりも、五番隊が報告をあげていない事項を、敢えて、沖田が連絡を入れてきたことの方が気になった。

『俺は早く帰って、録り貯めてるドラマの再放送、見てぇんです』
「俺だって、さっさと帰りてぇよ」
『今日のてんびん座の運勢は最悪なんですってね?旦那』

はっきりとは言わないが、どうやら沖田の勘にひっかかるものがあるらしい。
坂田はインカムがきちんと耳にあたるように付け直す。

「近藤」
「あぁ」
「沖田くん、そこは神山に任せて、西エントランスね。俺も行く」
『了解でさぁ』

嫌な予感というものは大抵の場合あたるもの。
沖田と一致しているなら尚のことだ。
携帯で時間を確認すれば、16時50分。
ターミナルからの出航時間と惑星間の時差の都合で、夕食会は早めではあるが17時開始、19時終了の予定だ。
到着がやや遅れているのは、交通渋滞の為だろう。
ここまでの警護は見廻隊が仕切っている。
何か国語だかを操れる片眼鏡のエリートさまが、自分なら案内役も兼任出来ると、携帯を弄りながら言っていた。
この建物に入ってから出るまでが真選組の管轄。
松平に言われているのは、この会場での夕食会のみ。
出てからの護衛は再び見廻組が執り行うことになっている。
なんとか、時間通りに進めば、後片付けぐらいは抜け出せないこともない。
通常の仕事は片付いているのだ。
明日11日丸一日は無理でも午前中はごり押しで非番をもぎ取り済み。
うまくいって京都へ今日中に到着すれば、土方の顔が見ることが出来る。
ささやかだけれど、一度失敗した坂田には難易度の高い望み。

臆病だ。
自覚はある。

束縛と独占欲は必ずしも同義ではない。
傷の深さと見た目はイコールではない。

言葉にすることで伝えられることも勿論ある。
口に出したからこそ、半年前、土方は踏みとどまってくれた。
しかし、全てを伝えることは困難だ。

秋の行楽を楽しむ人間が多いらしく、空路は満席。
時間のかかる新幹線なら、8時台に乗らなければ、10日の日付の内に土方に会えない。

「面倒臭ぇのは勘弁」

カーペット敷きの廊下を走りながら、咥えていた飴を噛み砕き、棒を投げ捨てたのだ。





「旦那」
「沖田くん、どうなってんの?」

向かった西エントランスには全く緊張感が漂ってはいなかった。
逆に、急にやってきた一番隊の隊長、そして、追ってやってきた坂田に戸惑いを見せるばかりであった。

「なんでも、食事会場の大きな花をバイトに倒されたらしくって、急遽新しい花を届けさせたらしいんでさ」
「チェックは?」

西エントランスはホテルの裏手に存在する。客も使いはするが、他に比べると小さな出入り口だ。
業者を通してもおかしくはないが、沖田同様、坂田も確かに引っ掛かる部分がある。

「あの、業者を一度は止めたんですが、ホール責任者がやってきて間違いなく自分が注文したものだと請け負いまして」
「受けたのお前?」

沖田との間に口を挟んできたのは、比較的最近入ってきた隊士の一人だった。
名前こそ覚えていないが、熱心に竹刀を振るって稽古している姿には記憶がある。
嘘をつけるような器用さは持ちそうにない実直な剣筋だった。

「はい…視察団が遅れているとはいえ、もう時間がないからと。
 自分も見ましたが、花瓶の中は空っぽで…あと金属探知機にも爆発物らしいものは
 何も出ませんでしたので、報告をしませんでした…」
「調べるのは調べたんだな?」
「は、はい」
失態を心配し、やや青くなっている顔色を見て、考える。
叱責することは簡単だが、まだ、何も起きていない。
起こさなければいい。

「次からは、不確かなことでも何でも必ず報告しろ。
 俺ぁ、土方と違って、小っせえことじゃ怒らねぇんだからよ」
「は、はい」

釘をさしておくだけに坂田は留め、頭を切り替えた。
坂田も食事会場になるホールの確認は行った時に、立派な花があちらこちらに飾られているのを目にしていた。
特に、中央に一際大きなアレンジメントと呼ぶのか、生け花というのか、とにかく、鬱蒼と表現したくなるほどのボリュームで飾られていた記憶があった。

「花瓶…」

子どもぐらいなら潜り込めそうなサイズの大きな花瓶。
あれが倒れたのなら。

引っ掛かりを感じて、坂田はホールへと歩き出す。
沖田も坂田に続いた。

「なんか違和感あるな」
「ですねぇ」

物を確認したのであれば、花瓶の中に攘夷浪士なり、爆弾なり異質なものが入っていることはないだろう。
直前の会食会場でのトラブル。
突発事項に職員が慌ててふためいて、動くこともわからなくはない。

報告がなかった理由も一応今聞いた。
給仕も調理人も職員全員身元は調査している。
万が一、手引きがあったとしても、花では人を殺せない。

廊下の先に会場の責任者とそれに並んで台車を転がして歩いてくる女が見えた。

「坂田副長、何かありましたか?」
「トラブルがあったそうで?」

テラテラとポマードでオールバックに髪を撫でつけたやや太めの中年男がハンカチで忙しなく顔の汗を拭きながら坂田に声を掛けてきた。

「えぇ!でも、なんとか間に合いました!」
「そちらは?」
「駄目になってしまったアレンジメントの代わりを届けてくださった花屋さんです」
「どうも…」
責任者の隣の女が申し訳程度に坂田に頭を下げ、マスクでくぐもった声で答えた。
淡いクリーム色のエプロンには花屋の名前なのか『etou』と印字がある。また、台車には使わなかった枝や花、そして割れた花瓶が乗せられていた。

「本当に助かりました!最初に依頼したハナフジさんでは、同じものを今日中に
 届けることは難しいだなんて断られてしまいましてね!」
「そんなに大変なんですかぃ?」
「えぇ、花も勿論ですが、肝心の花瓶が割れてしまいましたから。
 追加の花も、花瓶も、アレンジする人間も全部揃えることができたのは、こちらの
 エトウさんの所だけでして!」
本当に助かりましたと、責任者はワイシャツの内側までハンカチを押し込んで汗を拭き始める。

「で、もう解決したんですか?」
「えぇ、えぇ!今から、出口にお送りするところです」
「佐藤さん、」
「はい?私、後藤ですが」

責任者は汗を拭く手を止めて、後藤ですと二度、訂正を返した。
坂田は、男の名前を覚えることが苦手だ。
正確には覚える気がないと言った方が正しい。
が、今は仕事仕事と辛うじて、耳に残った名前を口にする。

「後藤さん、会場の件で一応こちらでももう一度確認したいことがあるので、
 俺と一緒に戻ってもらえます?エトウさんは沖田くんが送りますので」
「え?」
「沖田くん」
「お送りします」

沖田には坂田の意図が歪みなく伝わったらしい。
一瞬だけ、性質の悪い笑みを浮かべてから、何もなかったかのように一転、天使の笑顔を作りだし、女を誘導する。

沖田とは別れ、坂田は会場へと今度は後藤と共に歩き出した。





『愛と添う―10月10日16時46分―』 了 






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