うれゐや

/ / / / / /

【献上品・企画参加】 | ナノ




思い起こせば、心当たりが無いこともない。

今回、騒ぎを起こした攘夷浪士の一派をターミナルで 捕縛した直後だ。
買いにいかせた煙草と紙コップのコーヒーを持ってきた山崎の後ろに沖田がいた。
先陣きって踏み込んだ沖田があの時点でカプセルを抜き取って仕込んでいたなら、

「アンタがどれくらい嫌われ者なのか、調べてみたいもんですねぃ」

ニヤニヤと意味ありげに沖田が告げた意味が違ってくる。

あの時は、休暇中の隊士の呼び出しを命じたものの、あっさりと片付いた今回の一件に対する嫌みだと思って聞き流していた。

エイリアンの正体を捕り物の最中に聞き出したが報告していなかったと考えれば可能性は大だ。
土方を感染させて、今回の混乱を高みの見物、いや利用したに違いない。

元々、攘夷浪士たちはターミナルに爆弾をしかける時間稼ぎに使おうと手に入れたらしい。
今回のように一般市民に行く手を阻まれては、いくらチンピラ警察24時と呼ばれる真選組であっても二の足を踏む。
沖田は、それをある意味逆手にとって、主犯のグループ以外の攘夷浪士たちをあぶり出した。

つつがなく、一番隊が捕縛の先陣をきったことが何よりの証だ。
腹のたつことに土方は釣り針の先につけられた餌にされたのだ。
餌の回収に関してまで沖田の配慮がなされていたとは思えない。運がよかった、のだろう。
一緒に逃げ回っていた銀時のやる気のなさ、土方に対して思うところの少なかったお陰だともいえる。
銀時に手刀を入れられた後、かぶき町はあっという間にいつも通りの喧騒を取り戻したと聞いた。(拗れたままのモノもゼロではないであろうが)

「くそっ」

意識を失った土方はパトカーで指定の医療機関に運ばれ、速やかに駆除剤を投与された。

沖田の暴挙には慣れているつもりではあったが、どうにも今回は後味が悪すぎた。
土方が闇雲に動き回ってことを大きくしたことではない。
それに関しては、直接の責任を問われることはなかったが、自主的な形で屯所に謹慎する形で体裁は整えていた。

「副長」
「なんだ!」

デフォルトでいつも山と積まれる書類も謹慎している間に随分と低くなったし、さすがに今回は近藤に強く注意されて沖田も殊勝ふりをしている。
それでも、土方の機嫌は向上しない。
副長室の前から、かけられた鉄之助の声に苛立ちを隠さぬまま、乱暴に筆を文机に置いた。

「ご機嫌斜めだな」
「万事屋!」

要件を言わぬ間に、障子が細く開かれ、垣間見えた男の姿に眉間の皺をより深くする。

「…何しにきやがった…?」
「見舞い、的な?」
「見舞いなんざいらねぇ」

後味の悪さの一因・坂田銀時だった。
オロオロとしている鉄之助にもういいよと勝手に声をかけると、銀時はやはり問いかけすらしないまま土方の部屋へと入りこみ、腰を降ろした。

「あれから、ワクチンすぐに打ったんだってな」
「知ってんなら、さっさと帰れ」

自分が宿主であったのだから、エイリアンの影響で己の気持ちをあふれさせるようなことはしていない。
多少、動揺もしていたから、もしかすると、とも思わぬこともなかったが、この一週間何度振り返っても制御できていたという結論にいたっている。

だからこそ、銀時の訪問の意味が解らなかった。

「つれねぇなぁ。愛の逃避行した仲じゃねぇの」
「あ、あぃああ?だ、誰と誰がだ!」
「俺と土方くん」
「アホくせぇ」

土方を「止めて」くれたことに関しての金一封については組から用意して、近藤から授与してもらっている。
思っていたよりは少なかったとクレームをつけるには開いた1週間は長すぎた。

「土方」

後は、土方をからかいに来た可能性。
しかし、わざわざ屯所にやって来ずとも巡察に出た時にすれば良い。

「ひじかたくーん」

敢て、返事をせず姿勢を文机に戻し、書き上がった書類を処理済みのトレーへと放りこんだ。

「なぁなぁ?」

じりりと座ったまま畳みを移動する気配がしたが無視をした。

「おーい、なに拗ねてんの?」
「拗ねてねぇ!」

どんどん近づいて、片手をのばせば届いてしまう距離まで来たところで堪らず土方は再び筆を置いた。
ぴっと墨が硯周りに飛び、己でしたこととはいえ舌打ちせずにはいられない。
抗議の意味を込めて振り返れば、してやったりと言わんばかりの顔をした銀時が予想よりも近い所にいて、思わず身を引いてしまった。

「なぁに?そんなに野郎にまで、もてもてだったのがショックなわけ?」
「なんで…」
「沖田君情報」

嫌われ者だと思っていた自分を予想よりも遥かに好意的に見てくれている人間がいてくれたことは有難いことだ。
けれども、『好意』の方向が後味の悪さのもう一つの要因だった。

隊士の中にも、憎しみを持って追いかけてきた攘夷浪士の中にも、土方は組み敷くべき対象として見ている者は少なくなかったなど、誰が想像できよう。
沖田にも散々、掘られてくりゃよかったのになどとセクハラまがいの言葉を降りかけられた。

土方が銀時という同性に魅かれていることは事実ではあるから、気持ち自体を否定するような野暮はしはしないものの、心中は複雑なのだ。

銀時すら、逃避行の最中に土方の貞操を気遣うような話題を組み込んできていた。
直接的な想いを悟られてはいないものの、そういう空気を土方が醸し出していたとも推し量れる。

「土方はさ、男からそんな風に見られるのって気持ち悪い?」
「……テメーはどうなんだよ?」

土方は少し迷って、質問で返した。
質問を質問で返すべきではないだろうが、銀時の思惑が分らない以上、自分のこととして強く否定しておくべきか、一般論として返すべきか判断が付きかねる。

「別にいいんじゃねの?んなもん、理屈じゃねぇだろ?
 答えるも答えないも本人たち同士の問題だし」
「…簡単に言ってくれる…」

じわりと土方の中で何かが溶けた。
口に含んだもののうまく飲み込めなかった錠剤がじわりじわりと苦味を舌の上に広がるかのような感覚が胃を、喉を、舌を焼く。

「男女同士だって、ごめんなさいもありゃ、さようならもある。
 プラトニックもありゃ、あはんうふんし放題なセフレも何でもありだ。かわんねぇよ」
「もしも…」
「ん?」

言うな!言ってはいけない!
分かっているのに、沸き上がってくる感情に脳がついていかない。
でも、音を言葉にして外に出せば、苦味が逃れていくぞ。
頭は警告を鳴らしているのに、身体の方はそんな風に訴えていた。

「もしも…テメーが嫌っている人間が、野郎が…テメーに惚れてるって知っても、
 同じことが言えんのか?」

抑えて、抑えきれなくて、溢れてきた問いはかろうじて明確に自分のことではないと後で取り繕うことが出来るか微妙なラインのものになった。

「言えるな。例えば、だ」

返事までに一拍の間があった。

「例えば、俺に嫌われてるって思ってるオメーが俺に惚れてるって言ってくれても、
 ちゃんと答えるぜ」
「っ!」

貯めた間は想像以上の攻撃力を持って土方から言葉を奪った。
普段なら抑えることが出来る感情が、土方という入れ物いっぱいいっぱいまで膨れ上がっているように感じた。
まるで、コップに注がれた水が表面両力でぎりぎりを保っているかの如く。
あと1滴もあれば溢れてしまう。

「土方?」
「……」

坂田銀時に惚れている。
土方の気持ちなど疾うに知っているのだと遠まわしに伝える男にそう告白すれば、綺麗さっぱりフッてやるとでも言いたいのか。
それとも、単純に銀時が嫌っている人間=土方、の図式を引き合いに出しただけなのか。

「あれ、まただんまり?」

メダパニを真面に喰らった状態の土方にとって、後者である方が望ましい。
再び、文机に向き直って、頭に入ってくるはずも無い文字を眺め、平静を、最後の一滴を保とうと努力した。

「別に…テメーのことなんざ…」

そうであってほしい。
駆け引きも何もない。
平常の態度を取りたいと。
いつも、銀時に吐き出す暴言を吐けばいいだけなのだと。
わかっているのに、声が震える。

「うん、言ってみ?」

震える身体に重しがかかった。
何が起こっているかわからずに、瞬きを繰り返す。
奔放に跳ねた銀髪が視界のすぐ横にあり、ほうっと土方の背にかかった息で己の肩に銀時の額が乗せられていることを認識した。

「何、やって…」

慌てて、身をずらそうとすると、ぐりぐりと痛みすら感じる圧を肩にかけられた。
何がわかっているのか。
何をわかっていないのか。

「嫌なら本気で抵抗していいぜ」
「いや…」

嫌にきまってんだろうが!
そう答える場面だ。
あり得ない。
あり得ないことに、土方の口からは別の言葉が滑り落ちた。

「嫌、じゃねぇ」

自分の言葉に驚いた。
先ほどから血の上っていた顔だけではなく、全身が脈打つように動悸し始める。
ゆっくりと銀髪が動いた。
ふわふわとした印象を受ける銀髪が土方の頬を霞めて、くすぐったい。
こわごわと銀時を見た。

視線の先に、死んだ魚のような目はなかった。
真っ直ぐに土方を見る銀時にふざけた様子はない。

心臓は勢いよく血液を体内に巡らせ、顔から蒸気が上がりそうなほど熱い。
鳩尾の奥が締め付けられるように軋む。
息ではない何かを吐き出したくて、出来ずに口をはくはくと動かした。

「言えよ」
「俺は…」

ゆるりと土方は手を持ち上げる。
指先でその目の下をなぞり、ふわふわとした髪の方へと滑らせた。
もういいかと思った。
吐き出してしまおう。
押し殺して、いつか消し去るつもりであった言葉を紡ごうとして、天然パーマの隙間にみつけた。
耳たぶに、ハート型の小さな痣。

土方は自分の手で口を塞ぐ。
臓腑の内から上がってくる衝動に任せて、吐き出したい言葉は銀時がその身にエイリアンを宿しているからだ。
何故だかわからないが、銀時が今度は宿主になっている。

「テメー…っ…」

指の隙間から問うことも怖く、また、口を直ぐに覆う。
その様子から銀時も目論見がばれたと気が付いたのだろう。
悪戯のばれた子どものような苦笑いを浮かべていた。

「この間、俺ばっかり言わされたからよ。お返ししてやろうと思ったんだが…
 想像以上の意地っ張りぶりだな。オイ」
「………」

言わされた?と首を傾げる。
別段、あの時、銀時は不利になるようなことを言った記憶はない。
平静であったように思われる。
少し、セクハラまがいであったり、土方が男に好かれるから心配のような発言を聞いただけだ。

「え?わかってねぇ?もしかして?あれ?沖田くん、話違うじゃねぇの」

わかるかボケ!ぐらいは言えそうだが、そのまま余計なことを口走っても困る。
土方は頑なに手で口を塞いで、銀時を睨み続けた。

「ま、いっか」

よくねぇ!だから、何なんだ!
沖田が検閲所に出す前に抜き取ったカプセル二つのうち、一つを土方に、一つはテストの為に自分が飲んだと言っていたが、沖田は服用せず、騒動の後、銀時に横流ししたのだ。

怒りなのか。
羞恥なのか。
戸惑いなのか。

様々な感情が土方の腹の中で渦巻いて、苦さを増していく。
吐き出したい。

「わかってる?言えねぇってことは、隠し事があるって白状してるようなもんなんだぜ?」

どっか行けと両手は口を塞ぐことに使っているから、足で銀時を蹴って主張する。

「あー、なら、もういいわ。黙ったままで構わねぇよ」

心底呆れた声に、普段は感じないような冷気を感じて、下唇をきつく噛む。
きっと血が出た。
上がってくる苦みを混ざって、さらに苦しい。

覆った手の上に息が触れる。
続いて、湿気と硬いものが接触した。
何であるのか、考えるまでもない。
銀時の唇と歯だ。
次に第二関節に軽い痛みが走った。
目の間に拡がる赤みを帯びた目が細く笑っている。

「くっそ!ふざけんな!騙されねぇぞ!」

我慢ならず、手で銀時の顔面を押し返した。
銀時の頬と頬を鷲掴み、力を入れる。
釣り上げ気味に押せば、銀時の顔が歪んだ。

「あぁ!よっく分かってら!
 先週の騒ぎの時!全っ然!テメーは平然としてたじゃねぇか!
 そんだけ、普段から思ってるままに俺のことが気に食わねぇから発言に
 差がなかっただけだろ?
 確かにひ、人のて、て、貞操がどうのは気にしてやがったようにはあるが、
 アレはテメーのいつもの下ネタに過ぎねぇだろ?
 今更、言わされたのどうのって!わざとらしいことこの上ねぇ!
 総悟あたりとグルになって、茶化しにきたのか?その辺に総悟隠れてんじゃねぇのか?
 信じられっかよ!」
 俺は期待なんざしねぇ!」

自然と開いてしまった口はもう止まらない。
一気に捲し立てて、肩で息をする。

「ぎだい、ねぇ?」

指の間で銀時の潰れた声が洩れた。
ぎだい、ぎたい…
己の言葉を振り返り、土方は血の気が引いた。
騙されないという1点に絞って吐き出したつもりで余計なひと言を最後に加えてしまったのだ。
『ぎだい』ではなく、『期待』。

再び、口を手で覆ったが時既に遅かった。

「あんだけ、分りやすく態度に出しちまったからバレてんだと思ってのこれまでの会話はまるっと無駄ですか!完全にお互い空回りですか!コノヤロー」
 あのね。あれ、自白剤じゃないから。本音を押さえようと思えば思えるんですけど?」
「………」

それは分る。
さっきも堰を切ったように土方も喚いてしまったが、己の言っていることの全部が全部本音なわけでもない。

「つまりは、だ」

先ほど、乾いていると感じた唇を銀時はちろりと舐めて、湿らせた音が耳殻を撫でた。

「ずっと、必死こいて隠していましたけれど…」

ショートした。
完全に許容範囲を超えてしまった。
オーバーフローだ。
今日は宿主になったわけではないのに、また耳鳴りのような、心臓の脈動のような音が響いている。

急に浮上してきた期待と、興奮の熱は感染の副作用か、ただ単に極度の緊張がもたらしたものか。
土方の意識を真っ白にした。

「ありゃ…最後まで聞かねぇの?」

意識の遠くで聞こえた気がした。


目が覚めた時にまだ銀時が側にいたなら。
駆除剤を飲ませて、それから、冷静になって、もう一度考えてみよう。
いや、目には目を、拷問用の自白剤…の方が…

職権乱用ともいえる企みを額の奥辺りで考えながら、ガンガンとあふれでてくる心臓の音に耳を傾けることを、ゆっくりと放棄したのだ。




『あふれるものは』 了





(198/212)
前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ
栞を挟む
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -