参「終わった…のか…」 ジャンプの角で昏倒させられた男の耳には確かにハート型の痣があった。 ほうっと、しゃがみ込んだまま項垂れる土方の背に強張った声が返ってきた。 「まだ、みたいだぜ?」 見上げれば、一度腰に戻された筈の木刀が、再びその右手にある。 ジャリと砂利が音を立てた。 人垣は減ってはいる。 けれども、土方と銀時に向けて感情の波をぶつけてくる人間はゼロにはなっていなかった。 「二次感染…?」 頭に浮かんだ言葉が口から零れた。 自ら服用した人間から、そうでない人間に宿主を変えていたのか。 それとも、単に他にも服用者がいるということなのか。 宿主の意識を奪ったぐらいでは効果がなくなっているのか。 専門家でもない土方に分るはずも無い。 「土方!」 声に反応して、土方に対して振り上げられた刀を受ける。 「ぼやっとするな!」 「余計なお世話だ!」 情報が足りない。 先ほど殆どの攘夷浪士や荒くれ者を地面に叩き伏せたから数は減っている。 しかし、次から次に湧き出てくる人の群れにぞっとした。 「万事屋!」 視線で一筋の方角を示し、それに銀時が軽く頷いたことを確認してから走り出した。 走りながら、携帯をリダイヤルする。 『副長!今お電話しようと…』 呼び出し音の鳴る間もなく山崎の声が耳に飛び込んでくる。 まさに今掛けるつもりで携帯を開いたところだったのだろう。 改装中の無人の店内へと土方は飛び込んだ。 袋の鼠にもなりかねない恐れもある。長居は出来ないが、ほんの一時、銀時がしばし、引き受けてくれる間に、新しい情報を聞き、整理出来れば良い。 いざとなれば裏口もある。 だが、土方の思惑は盛大な破壊音と共に裏切られた。 なぜだか、店内に銀時まで入ってきたのだ。 物音は銀時自ら、入り口付近に積んであった資材を倒した音だった。 『副長!何の音です!?』 「電話?またジミー?」 「よ、万事屋?!なんでついてくんだ!テメーはっ!」 目配せの意味が通じていなかったことに頭を抱える。 「いや、ほら…危ないだろ?一人になったら」 「何がだ!今の状況の方がよっぽど…」 「何が、って…あー、まぁいいや、ほれ、バリケードになってっから 時間、稼げるから大丈夫だろ」 確かに砂埃が晴れてくると正面玄関は資材がバリケード代わりになっていた。 直ぐには入ってくることができはしない。しかし、逆を言えば、自分たちも出ることが叶わないのだ。 慌てて、厨房を抜け、退路確保の為に裏口へ向かう。 時は既に遅かった。 摺りガラスの向こうに見えた人影に慌てて施錠した。 『副長…』 「わかったのか?」 『持ち込んだカプセルは12。 坂城の仲間が使ったのは2つだと言っているんですが…検閲に回されたカプセルは 8なんです』 「数が合わねぇじゃねぇか!」 『いくら拷問しても二人分しか使っていないの一点張りです。 でも、確かに、坂城の一派で捕縛出来ていないのも、あと二人なんです。 さっき、原田隊長が一人確保したらしいので、あと一人…』 「たぶん、そいつもさっき気を失しなわせた」 「土方くん、土方くん」 トントンと肩を叩かれ、振り返る。 「なんだ!」 銀時の指が土方の耳に触れた。 くすぐったいようで、ぞくりと、背筋から臍の奥に痺れるような感覚が走り、思わず銀時の手を強く払いのける。 「ちっと大人しくしてくれれば、痛くしねぇから」 「あ゛ぁ?」 「あ、なんか、土方くんのバックバージン貰うみてぇな会話文みてぇだな、コレ。 燃える…じゃねぇ!え、と、処女だよね? いやいや、違ぇ!確かに俺らは掴み合い、どつきあい上等だけれども、アレだ。 ありゃ、オメーが突っかかってくるから、その…つい加速するだけであって、だな?」 「?」 口の達者な男だと思っていた銀時の話している意味が解らない。 「いやいやいや!そうじゃなくて!その… 本当はオメーを本気で傷つける、つうか、手をあげたり、殴るってのは 不本意も不本意なんだけどよ。 この場合、仕方ねぇよな?ちょっとだけ、先っぽだけ、じゃなくて!意識をだな…」 「だから、何、言って…?」 何かおかしい。 まるで銀時の話では、土方を殴る必要があるように聞こえる。 携帯電話の向こう側で荒く息を吐いている部下に再度問いかけた。 「山崎…カプセルの回収をしたのは4番隊だったよな?」 『回収は4番隊ですが、検閲へ回したのは沖田隊長…』 銀時にぎゅっと掴まれた手首が熱い。 痛いのではない。 火がついたように熱い。 とんとんと銀時が土方の左耳を指で叩いて、示す。 「ま、さか…」 己の気持ちを銀時に悟られないように、口を滑らせないように。 それは成功していると思っていた。 が、土方自身が宿主であれば、成功ではない。当たり前のことだ。 そして、これだけ間近で行動をともにしている銀時の方が影響を受けていてもおかしくはない。 けれど、目の前の男に変わりはないように思われる。 土方に関して隠していたり、抑えている感情は特段ないということ。 良いことの筈だ。 筈、であるのに頭の芯が痺れる。 耳鳴りもする。 「土方…」 電子音のような高い高い音は何故かもの悲しげな獣の鳴き声にも聞こえた。 「土方…優しくすっから」 「…ガラじゃねぇだろ。さっさと殴れよ」 抗わなかった。 ようやく理解した。 殴りたくないと。 痛くしないと言った。 嫌な男だ。 問答無用で殴り倒してくれたなら、嫌いになれたかもしれないのに。 銀時から溢れてくるものが、腐れ縁の普段の様子以上の、嫌悪であったらよかったのに。 惚れた男は優しすぎる。 土方が自ら目蓋を降ろす動作とトンっと首の後ろに衝撃はほぼ同時に起こったのだ。 『あふれたものは―参―』 了 (197/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |