うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




「よ、万事屋?!」
「ひ、土方?!」

前方から走ってくる集団のトップは、この町を根城にする万事屋・坂田銀時だった。
銀時も土方同様、たくさんの人間に追いかけられていた。

「待てぇ!この間はよくもっ」
「今日こそはツケをきっちり…」
「銀さぁん!」

土方と銀時は、正面衝突する寸前、ほぼ同時に方向転換した。

「「何ついてきてんだ?!テメーェ!!」」

図らずも並んで走り始める形となった土方と銀時の声が重なった。

「「ついてくんなっ!!」」

ただでさえ、混沌としていた追っ手が更に混乱を極める。
土方を追う町娘に、芸子衆、攘夷浪士、真選組に恨みのある者。
銀時を追う借金取りに、過去に万事屋で引き受けた時に敵に回したのであろうチンピラやヤクザ、そして、男に惚れているらしい女たち。

「次、俺は左に曲がるからな!テメーは右に行きやがれ!」
「はぁ?何、命令してくれちゃってんの?!」
「うるせぇ!警察の指示には従いやがれ!公務執行妨害でしょっぴくぞゴラァ!」
「誰がチンピラ警察のいうことなんざ、聞くかよ!
 俺は俺の行きたい方向に行くんだ、よっと!」

角に差し掛かり、銀時のブーツが力強く地面を蹴る。
着流しの流水紋が右回りに翻った。

「「なんで、テメーまで右に回んだよ?!」」
「俺が右に行け、つったら拒否したのは万事屋!テメーだろうが!
 てっきり、左に行くかと普通思うわ!」
「テメーが大人しく銀さんの希望聞くたぁ思うわけねぇだろう?だから、裏の裏をだな…」
「小賢しいマネしてんじゃねぇよ!」

ちらりと横を見れば、相手もこちらを見ていた。
急いで、前を向く。
土方は一刻も早く銀時と離れたかった。
万事屋、と土方が呼び、名前すらまともに呼ぶことのない、いや、呼ぶことの出来ない相手だ。
互いの姿が視界に入れば、眉を潜め、口をへの字に歪める。
近寄れば、悪態の一つや二つで決して収まらない。
喧嘩、騒動を繰り返し、行く先々で縁を結んで深めていった腐れ縁の相手。

「次こそ、左に曲がれよ?俺は右に行くからな!」
「裏切んなよ!」
「テメーこそな!」

裏切るも何もない。
今の江戸の騒動の中で土方がエイリアンの影響を受けた場合、最も近くにいてもらっては困る相手が銀時だ。
銀時に対して、普段押さえている感情が制御出来なくなっては大変なことになる。
坂田銀時という男に惚れているなど。
万が一にも。

「「せぇの!」」

次の曲がり角こそは、と裏の裏の裏をかいて土方は左を曲がった。

「「な?!」」

隣をまだ銀時が走っていた。
銀時と土方、良く似ていると親しいもの達は言う。
仲が悪いのは同族嫌悪だと。
良く似た者同士であるからこそ、喧嘩するのだと。

「オイオイオイ…空気読め。土方くんよぉ。
 何なの?銀さんが折角気をきかせて、左に曲がったってのに…」
「テメーが左に行けつったんだろうが!」

土方に言わせるなら、似てなどいない。
日常の中では煌めくことはないが、いざとなれば勇立ち、己の矜持に従って剣を振るう男だ。
何度かその太刀筋を間近で見てきた。
近藤とは違う意味で魅かれている。
憧れとも違う感情を長い期間、抱えてきた。
制御できずに、吐き出して、フラれてしまえと思ったことも何度となくある。

「そこは、さっき銀さんがお手本みせたんだからさぁ…裏の裏、読めよ」
「はぁぁ?何言ってんだ、この鳥の巣頭!
 裏の裏、の次は裏の裏の裏きに決まってんだろうが!」

嫌われていることは知っている。
それでも、街中で嫌味の一つも声を掛けてくる程度には知り合いの枠に入ることの出来た現状を崩す勇気を、決断を土方は持てない。

「銀さぁぁぁん!私の愛を受け取ってぇぇ」

頭上から降ってきた何かを二人は左右に割れて避けた。
ズザザァと銀時ではなく地面とランデブーを決めたくの一を黙視はするものの相手にするでもなく走り続けた。
くのーはずっと追いかけてくる者たちの波に揉まれて、直ぐに見えなくなる。

「土方…」
「あぁ」
「増えてるよな?」
「増えてるな」

トップを走る二人を純粋に追ってきている者もいれば、それを追う者もいる。

「次こそ、深読み無しだ!」
「右!」
「左!」

今度は成功した。
二人はそれぞれに並走の難しい路地へと入り込んだ。
ガンガンとビールケースやゴミバケツを蹴り散らかしながら、進む。
土方の速度も落ちたが、追っ手の数も道が狭い分減らすことが出来た気がした。

「挟み撃ちにしろっ!」
「囲いこんで、あの綺麗な面を屈辱で歪めてやれっ」

汚く、薄汚い裏通りだからか、男ばかりに絞れてきたことに土方は口端を上げた。
斬りあいであの程度の浪士に遅れをとる土方ではない。
何処で足を止め、向き合うか算段する。
追っ手の声からして、幾人かは別ルートから回り込んでくるはずだ。

いくつかの筋を辿って、目的地に向かうことにする。
数日前、近日オープンとファミレスが改装工事をしていた。確か、それなりの駐車場スペースを確保していたと記憶している。
そこであれば、日曜である今日は工事も休みであろうし、立ち回っても大丈夫なはずだ。

「「?!」」

後、一区画、という道に出た途端、見慣れた顔がまた視界に入ってきた。

「なんで、テメーが?!」
「そりゃ、こっちの台詞だ!」
「こっちにいたぞ!」
「囲い込め!」

舌打ちして、土方が加速すると、隣で銀時も同じように並ぶ。

別の道を選択してにも関わらず、繋がった道選びに同一の目的地を選択したのだと知れた。

今のところ、己の中で渦を巻いている感情を吐き出したい、というような感覚はない。
が、土方はいつも以上に余計なこと言わないように奥歯を噛み締める。

荒くなる息遣いの中、初期設定のままの着信音がポケットの中で鳴った。


『副長!ご無事ですか?!』
「な、なんか、わかったか?」

通話ボタンを押すか押さないかのタイミングで山崎の声が小さなカラクリから飛び出してきた。あまりの勢いに自然と耳を携帯から遠ざけてしまう。
それに気が付いた銀時が興味津々な顔を近づけてきた。

『実は…』
「ジミー?」
「ちょ…、やめ…触るな」

走りながらの通話、更に、自分も内容を聞き取ろうと耳を寄せてくる銀時の頭を手で押しやる。
いつもなら、近づいた距離分、高鳴ってしまう忌々しい心臓を誤魔化すだけの余裕があるが、どうなるかわからない今日は切実に近づかないでほしい。
触れないで、構わないで欲しい。

『土方、さん?アンタ!本当に大丈夫なんですか?!まさか、路地裏に連れ込まれて…』
「あ?なんだ?よく聞こえねぇ!路地裏?さっきまで…」
『え?そ、そんな…そんな…』

ただでさえ聞き取りにくいというのに、銀時の手が揺らす為に聞き取りにくい。
辛うじて聞き取れた言葉を鸚鵡返しにすると電話越しに絶望したかのような声が返ってきた。

「オイ!山崎?」
『だから、言わんこっちゃない…
 アンタみたいなフェロモン垂れ流しな人間が今の江戸を出歩くなんて…
 襲ってくださいって言ってるようなもんなんですよ!くそっ…』
「はぁ?フェロモンってなんだ?報告だけ簡潔にしゃべりやがれ!」

横から飛び出してきた腕を叩き落とし、携帯を持ち直して叫んだ。

『はい…はい…そうですよね…気丈に振る舞って…
 わかりました。俺もプロです…気持ちを切り替えて…はい…』

ようやく、山崎はなぜだか涙声で調べたことを報告し始めた。

宿主になっている人間を昏倒させることさえ、出来たならば問題の周波数も停まり、騒ぎはおさまるらしい。
意識を断った後で、駆除剤を投与することが必要だという。
宿主が死んでしまうと、生命の危機を感じて、急速に細胞分裂を行い、大増殖する。
だから、殺してはいけない。

持ち込んだ浪士は捕り物時にすでにひとつ同志が服用したと自供した。
効果は服用より五時間かけて、宿主に馴染んでから発動。
町が混乱を始めた刻を見計らって決起するつもりであったようだ。

坂城は決行に合わせて仲間に服用させた後は、仲間以外にばら撒いていないと自供した。
捕縛できていない攘夷浪士な中に体内に宿している者がまだ市中にいる。

見分け方は変化のない人間+耳にハートマークの虫刺され。

「今、騒ぎになっている地域の中心部を割り出している最中ですが、
 おおよそ、かぶき町かと」

半径2q。

更に絞り混むためには、どうするか。
マスコミを使うべきか。
上に掛け合って、空からの捜索を試みるべきか。

「土方さぁん!」

迷っているうちに一度は減った女たちの声が再び加わった。

『副長?』
「そういや、服用した浪士の数と実際の薬の数!ちゃんと裏付けとったのか?!」
『報告書には…」
「テメーの目で見てこい!」

土方と銀時の足が目的地に差し掛かった。
ポケットに携帯を入れて、関係者以外立ち入り禁止のバリケードを蹴り倒す。

そして、その流れのまま、愛刀を抜き放った。

空気が動く。
主に三つ。
敵意。
恐怖。
混乱。

「万事屋」
「ん?」
「聞いてたよな?殺すなよ」
「オメーェこそ、な」

危機終わる前に渦巻いた感情の群れの中から、殺気だけを拾い上げ、軸足を踏み切る。

ふぅと力を抜いて目指す相手の懐に一太刀いれた。
刃を返しているとはいえ、日本刀は鉄を鍛えて作られている。
土方が本気で打ち込めば、重傷になりかねない。
それは、視界の端で木刀を振るう男も同様なはずだが、普段ののらりくらりとした動きからは想像できないスピードで人の間をぬって、確実に一撃で仕留めていく。
武骨なれど、美しくもある太刀筋に憧れる。
無駄があるようで、無駄などない。
目的を失わない刀の動き。
坂田銀時という男。

「土方!覚悟ォ!」
「きゃぁぁ…」

土方に振り上げられた凶刃に見ていた女たちの悲鳴があがった。
声に惑わされることも動揺することもなく、土方は刃をその下をくぐり抜け、浪士の脇に刀を打ち付ける。
倒れた先にいた芸子衆の集団が裾を翻し、ざっと後退った。

「おのれっ!」
「土方はん!」
「もっと下がっていろ!」

蹴りを入れつつ、自分は駐車場の中心へと気持ち分移動し始める。
恐怖を感じているはずであるのに、一種のトランス状態に陥っているのか、一向と減っていかない一般人の存在は神経をささくれさせるに十分だ。

「おーおー、副長さんは男女問わず、モテますこと」
「嬉しくねぇ。テメーこそ、モテてんじゃねぇか。天パのくせに」
「天パは余計ぃ!てか!土方!」
「なんだ?!」

これまで、この異質な状況の中でも、銀時は平時通りで、エイリアンの影響などないように思われていた。
自分が墓まで持っていくつもりの想いをこんなことで晒すことも業腹だが、逆に銀時が予想以上に土方のことを嫌悪していることを明かされることも厳しい。

「さっき、ジミーも心配してたけどよっ!」
「あ゛ぁ?」
「路地裏がどうの!」
「今、それ聞かねぇとなんねぇことかよっ?」
「大事大事!」
「別に走り抜けただけで、何もなかったんだが、テメーまで聞いてくるたぁ
 なんかあんのか?」

何を見落としているというのか。

「スカーフ」
「スカーフ?」
「乱れてる」

言われてみれば、ベストに差し込んでいる端が表に出てきている。
揉みくしゃにされた時にでも崩れ、緩んだのだろう。
大したことではない。

「襲われた?」
「現行、襲われている、の間違いだろう?」
「違うって!路地裏で別れて直ぐに犯すとか声聞こえたんだけど、
 土方くんの処女は守ったんだよな?って質問!」
「は?」

耳を疑った。
目の前の浪人の肩に打ち込み、後ろから来たヤクザ者の腹に柄で一撃を入れる。

「まぁ、時間的には先っぽ入る暇もなかったかとは思うけどよ!」
「よ、万事屋?」
「万が一にも、あーんなことや、こーんなことされてた日にゃ」
「はぁぁぁあ?」
「銀さん、そいつぶっ殺しちまうかも…?」

どぅっと、また新たな浪人が地面に伏した。
聞き間違いではない。元より、下ネタ発言の多い男ではあるが、この場にあまりに似つかわしくない会話をいつまでも長引かせる必要は今ない。

「犯されてねぇ、よな?」
「バカも休み休み言え!」

うすら寒くなる笑みを浮かべた銀時に言葉を失う。
どこか、土方の疚しい気持ちを見透かされているような気持ちになって、声が震えそうになった。
自分では、影響を受けていないと思ってはいたが、実は気がつかぬ間に銀時への恋心を晒してしまっていたのだろうか。

「そ?それならいいけど」

木刀がまた一人、土方の足もまた一人沈めた。

武器を手に持ち、殺気立った人間の数はずいぶんと減ったように思われる。
ぐるりと周囲を見回した。
あれ?と乱戦の中、銀時の声が聴こえた気がした。

次の瞬間だ。
周囲で野次を飛ばす集団の方角に四角い塊が飛んで行った。

「な?!」

カラフルな印刷が施された週刊雑誌。
屯所内では閲覧不可とされている銀時の愛読書。

その角が、銀時の懐から取りだされ、一人の男の頭へ見事ヒットしたのだ。

途端に変化が起こった。

スローモーションで倒れていく男の動きに連動して、人の動きが変わった。
男を中心とした時に周りにいた人間が、まるで憑き物が落ちたかのようにキョロキョロと周囲を落ち着きなく見回したり、手に持っていた棒を取り落したり、己の発言に我に返り、言い訳を始める。

「アイツが宿主だったのか?!」

目の前に立ちはだかった男を殴り倒して、痣を確認しに行くために土方は走り出した。




『あふれるものは―弐―』 了




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