壱「副長!いえ!土方さん!好きです」 「は?」 その現象は突然始まった。 特別警察・真選組の屯所、副長室へと続く廊下での出来事だ。 「好きなんです!」 「あ!何、抜け駆けしてんだ!お前!」 「土方さん!俺の方が愛してます!」 「男同士なんて関係ありません!」 「ちょっと待て待て待て!」 突然、数名の隊士に詰め寄られ、副局長である土方十四郎は両手で距離を取り、数歩後ずさる。 「ほら、部下たちの愛はちゃんと受け止めて下せぇ!土方さんん!」 「オィィィィィ?!」 後ずさった先から殺気と共に凶刃が振り下ろされ、体勢をやや崩しながらも避けた。 切りかかってきた人間は沖田総悟だ。 沖田の行動は普段と変わりない。 だが、他の隊士は違う。 鬼と隊内からも呼ばれる土方にふざけるような輩はよほどの沖田や近藤といった古株以外にはいないはずだ。 副長ぅぅと懇願する声と土方の罵声とも悲鳴とも言えぬ声が屯所内に響き渡った。 隊士達の奇行。 その理由は数時間後に入ってきた奉行所からの応援要請と検閲所からの連絡で明らかになった。 地球外から不法に持ち込まれた新種のエイリアンが原因だ。 元々棲息する星の過酷な環境に耐えるべく、再生率が高く、粉砕されても適度の水分さえ与えたならば、活動を始めることができる。 他の生物を襲うわけでもない無害な単細胞生物の一種。 問題は、彼ら自身ではなく、彼らが生息地を他の生物の体内に定めてしまった場合だ。 別段、宿主の身体を食い破って出ていくわけでも、脳を乗っ取ってしまうわけでもない。 右手に目玉がついて、喋り始めたりも勿論しない。 向上心を糧にして、願望を具現化したりもしない。 ただ、彼らに寄生されると、宿主からある特殊な周波数が発生し始める。 その音が、地球人に影響があるという。 宿主の周囲にいる人間は隠したいと思っている感情を吐き出さずにはいられなくなるような焦りに似た気持ちに襲われる。 単純に恥ずかしいから隠したいこと。 それぐらいの秘密であればよい。 公的に知り得た守秘義務を伴う秘密。 血を見ることになるとわかっている恋情。 普段はひた隠しにしている憎悪。 例えば、そのような何らかの「必要」があって隠したい秘密も変わりなく暴いてしまいたくなるのだ。 自白ではないから、問われた問いに必ず答えてしまう、というものではない。 自分の意志で制御できないこともないが、人は心に抱えたものを何らかの形で吐き出したいと思ってしまうもの。 効果に個人差はあるものの宿主から周囲2kmの範囲に周波数の影響が現れる可能性がある。 そんな厄介なエイリアンだ。 本来、他の星から持ち込まれた生物の管理は入国管理局、もしくは検閲所の管轄だ。 けれど、今回は真選組も全く無関係とは言えない立場にあった。 回ってきた情報によれば、エイリアンは昨晩、一番隊と四番隊がターミナルで捕縛したテロリストが持ち込んでいたものらしい。 押収品は一括して、ターミナルの検疫所に提出したと報告を受けていたが、どうやら、その中にあった一見、風邪薬にみえるカプセルにエイリアンが粉末にされて入っていた。 現在、捕縛した攘夷浪士のリーダー・坂城は真選組内に設置している牢に押し込めている。 「坂城を拷問部屋に移して、持ち込んだ理由と今、宿主になっている人間を吐かせろ」 「ハイ!副長直々の命令!喜んで!」 「あー、そういうのいいから… どっかの居酒屋チェーン店みたいのは要らねぇから。さっさと行け」 面倒なものを持ち込んでくれたものだとため息をつき、指示を口にすれば、年若い隊士が数名勢いよく立ち上がって、我先にと拷問部屋に走って行った。 仕事熱心なことは良いことだが、どうにも過剰ともいえるリアクションを取られると落ち着かなくなる。 エイリアンの影響をこの場所も受けているのだろう。 「奉行所からの応援要請が来ている! エイリアンの影響で市民がトラブルをあちらこちらで起こしているらしい。 まだ、感染していねぇ奴は、見廻りに回れ。 けして一人にはなるな。身内同士で変わりないか気にして動け」 「副長はいかがされます?」 「俺も出る」 半径2キロを絞り込むにはまだ情報も人手も足りない。 市民の小競り合い以上の騒動が、特に攘夷浪士が感情のままに火器を手にすれば厄介だ。 そのことを前提とした要請ではあるが、すでに影響を受けている隊士は外勤に出すことが出来ない。 「副長!上着お持ちしました!」 「俺は靴磨かせていただきました!副長の靴…いい匂い…ぎゃ!」 立ちあがった土方の世話をしようと、小姓さながらに数名に囲まれる。 流石に靴をわざわざ持ってきて匂う隊士はエイリアンの性だとわかってはいても、思わず容赦なく蹴りつけてしまった。 「副長!お供します!」 「抜け駆けは許さん!」 「ここは強い奴優先だ!副長をお守りする役回りだからな!」 「ダァァァ!うるせぇ!今、ここで騒いでる奴ぁ!完全にアウトの組だ! 大人しく、屯所で待機だ待機!」 「「そんなぁぁ…お伴ぉ〜〜」」 既に屯所という空間でこのありさまだ。 町に出れば、さらに混沌とした騒ぎになっていることを考えると憂鬱になる。 それでも、ここに居続けて、世話を焼かれたり、なぜか愛の言葉を浴びせられ続けるよりは外の方が良い気がした。 ずんずんと廊下の板を踏み鳴らし土方は玄関へと向かったのだった。 土方は屯所から一番近い繁華街でもあるかぶき町へと向かった。 事前に奉行所やニュースで知ってはいたが、町は予想以上の混乱具合で取り止めが付かない状況に陥っていた。 口喧嘩は当たり前。 殴り合っている人間を止めに入り、止めに入った者まで一緒になって喧嘩を拡げている。 感情が高ぶっているのか、泣き崩れる人々。 かと思えば、花束を抱え愛の告白を道の真ん中で叫ぶ若者もいる。 ずっと蟠っていた心配事を曝け出したのか、おいおいと泣きながら、互いに詫びを入れあっている人々もいる。 大告白大会。 そんな言葉が土方の頭に浮かぶ。 幸いなことに、刃物を持ち出すほど物騒な諍いは今のところ、見かけない。 だが、皆、心に人に知られなくないことの一つや二つはあるものだ。 土方も武装警察という特殊な仕事を差し引いた部分、土方個人の内に勿論、秘密の想いを抱えている。 「あの…」 若い女の声がかかり、土方は振り返った。 「なんだ?喧嘩の仲裁か?」 「い、いえ!そうではなくて…あの!お慕いしております!」 「………そりゃ…どうも…?」 普段から秋波を受けることは、これまでもあった。 けれども、こうも真っ直ぐにチンピラ警官である土方に申し出てくる町娘はいなかった。 これも、エイリアンの影響かとため息をつく。 「何やってんのよ!アンタ!」 寄ってきた娘を少し気の強そうな娘がドンっと突き飛ばした。 咄嗟に土方は告白してきた娘の手をとって、地面に転がることを止める。 途端に悲鳴が上がり、何事かと土方は目を眇めて周囲を見回した。 「思い上がるんじゃないわよ!アンタなんか、副長さんが相手にするわけないじゃない!」 「なによ!羨ましいんでしょ!お生憎様!副長さんは私を選んだわ!」 「は?」 言われて、咄嗟に土方は掴んでいた娘の手を離し、少し距離を取る。 別段、そういう意味で支えたわけではけしてない。 「ほら、ごらん!副長さんには私の方がふさわしいわ!」 「何よ!ブスのくせして!」 「貧乳よりもマシですぅ!ね?副長さん?」 「アンタたち、どんぐりの背比べじゃない!私の方が…」 「いえ!私こそ!」 「待て待て待て待て待て待て!俺は誰とも…」 土方の否定の言葉も、制止の言葉もその場にいる女達の集団に届かない。 男同士の喧嘩と違って、女の戦いは地味に痛い。 殴りはしないものの、互いの髪を引っ掴み、爪を立てあい、罵声をぶつけ合う。 土方は絡み付く腕を振り払い、周囲を見回した。防火用の水が目に留まる。 「「「「きゃあぁぁぁぁ!」」」 土方は、ばしゃんと勢いよく、女たちの頭上に水を撒く。 一瞬だけ、喧騒が止み、悲鳴へと変化した。 「気持ちは嬉しいが、俺は別に誰とも付き合う気はねぇから!」 町の混乱を抑えるための応援要請であったというのに、土方が屯所以上の火種になるわけにもいかない。 もはや、誰も聞いていないかとは思われたが、それだけ言い捨て、土方はその場を離れた。 その後も数名の告白を受け続けたが、片手で制止、足を止めずに通り過ぎる。 それを繰り返しているうちに、土方の後をぞろぞろと女たちが物言いたげについて行く行列が出来始めていた。 「くそ…」 基本的に土方は女に手をあげたくない性質の持ち主だ。 口では多少酷い物言いは出来ても、実力行使は出来るだけしたくはない。 どうするべきかと、連なってくる気配に悪態を突きながら、かぶき町を歩く。 土方を先頭に続く一個連隊とも呼べそうな集団に人々は驚き、指を差す。 ある意味、曝しものだが、驚くことで、喧嘩していた人間たちの毒気が抜けていることも伝わってきた。 「真選組副長、土方十四郎とお見受けする!」 「なんだ、テメーェらは?」 毒気を抜かれない人間もいた。 突きつけられた刀に目を細めつつ、愛刀を抜いた。 廃刀令が出されている昨今の世の中で腰に刀を差すことを許されているのは幕臣、もしくは、それに準じた身分の人間だ。 それ以外、全てがテロリストを前提とした攘夷浪士ではない。 一方的に刀を奪われたことに反発して、帯刀し続ける武家の者もいるにはいる。 真剣で斬りかかってきた時点で返り討ちにしても問題はないのではあるが、如何せん、今、この場所がいただけない。 「お前たちのような破落戸が警察組織など笑わせる!」 「我らは崇高な志向をもって、今の幕府の目を醒まさせるのだ」 「テロリストは黙ってろ!ここは正当な武家の…」 「何をっ!我らこそ!」 「いいや!我らこそ!こやつを跪かせ、辱しめねば、腹の虫が治まらぬ!」 相手の剣先に殺気が迸り、ついてきていた女たちが半歩だけ下がった。 どうやら、攘夷浪士として活動する人間とそうでない今までの鬱憤を払いたい浪人が混ざっている。 テロの思想があるなら、裏を取りたいところである。 が、どちらにせよ、相手の反応を見ることに時を掛けすぎたと土方は舌打ちした。 見物人も、追っかけも、更には抜刀して参戦しようと寄ってくる人影は着実に増えていく。 土方の腕ならば、問答無用で打ち倒すことは簡単だが、周囲の人間が気にかかる。 危険だと判断する感覚が高ぶった感情で麻痺しているのか、立ち去ったり遠巻きにする危険回避する比率が少ないのだ。 「警察」としては、街中ではなく、ある程度の広場に移るべき。 兎にも角にも、膨れ上がった人垣の中心から抜け出さねばならない。 土方は突破口を作るべく、鯉口をきった。 剣を一閃。 先程、確実に名乗りを上げた浪士を吹き飛ばし、走り抜ける。 「逃げる気かっ」 「場所を変えるだけだ!どけっ!」 土方と共に人垣も動き始める。 「どけどけどけーっ!」 走り始めるやいなや、前方から、土煙をあげて、走ってくる集団が視界に入ってきた。 『あふれるものは―壱―』 了 (195/212) 栞を挟む |