伍―時、送る男の話―土方は世界を破滅に導く大魔王の最期に立ち会う為に歩を進めた。 誰がてめェより先にくたばってやるかよ。 言霊を押し付けた おめェは俺より先にくたばるな。 約束を押し付けられた。 約束したからには倒された魔王が城と共に落ちる時に、横に立って、ざぁあねぇなと笑ってやる。 階段に腰かけている魘魅へ向かって、わざとブーツの音を高く響かせて近づく。 微かに視線が持ち上がり、上目づかいで土方の姿を確認したことが分り、小さく笑った。 「近づくな…」 土方とは対照的に坂田からは疲れ切った吐息のような声が零れた。 コアは完全に破壊されたからこそ、坂田は自由を取り戻せたのだろう。 それでも、最後に残った最強の生物。 なにが起こるかわからない。 最後の力を振り絞り移動する可能性を考慮して、男は過去から来た自分だけを廃墟奥深くへおびき寄せ、伝えた。 神楽たちに会わせる顔がないという情けない理由もないことはないかもしれないが。 「ナメるな」 坂田の思惑などには構うことはないと横にドカリと腰かける。 「てめェに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇよ」 「泣いてたくせに」 見られているはずは無い。 知るはずも無い。 だからこそ、同じように互いに言葉を返す。 「誰が泣くか。泣いてたのはてめェの方だろ?」 「誰が泣くか」 「そうかよ」 銀時の肩に腕を回して、引き寄せると、己の肩に力なく倒れこんできた。 口は動いても、もはや身体の機能はほぼ停止しているのだ。 「もう頃合いか?」 「あぁ…」 廃墟に差し込む夕陽が緋色に染める。 「何も心配いらねぇ。万事屋坂田銀時が時代から消えることはねぇ」 「な、に言って…」 土方に凭れて顔は見えなかったが、どんな表情をしているのか土方には判る気がした。 「てめェはてめェの尻をこれで拭えたと思っているんだろうがな。 誰も納得する奴なんざ、てめェの周りにいるわきゃねぇだろうが」 「土方?」 「発病する前のてめェに魘魅としてどうしようもなくなったてめェを殺させる。 更に過去に飛ばして感染直後のてめェを、『坂田銀時』って人間の存在を 時代から消しちまうなんざ…一人で背負える、一人消えりゃ大団円にできるなんざ 思ってんじゃねぇ」 呪符が施された衣裳で一見では分らなかったが、抱えた身体は記憶のものよりもずっと、やつれ、線を細くしている。 屋根の上で土方を打ち負かせた男の身体には程遠いことに理不尽だとわかっていても苛立った。 「少なくとも俺は許さねぇ。 魔王はもう間もなく消える。 けど、そりゃ、白夜叉なんて大層な二つ名をもった攘夷志士が討ち取られて、じゃねぇ。 てめェは尻よりも先に拭かにゃなんねぇもんが沢山あんだろ?今も、昔も」 「なに…をした……」 「俺は時間泥棒と、いや時間泥棒の基礎になってる奴とちっと話しただけさ」 太陽が地平線の彼方に沈んでいく、毎日繰り返す現象であるのに、夕焼けはどこか物悲しい。肩近くにある白い髪はその物悲しい緋色に彩られていたが何もない色よりはずっといいと、土方は掻き混ぜる。 「大馬鹿野郎のいた未来を無かったことにはするなってな。 一度は消えた記憶を万が一にも取り戻したらどうするか。 怒るか、嘆くか、受け入れるか。判断するのはてめェじゃねぇ…」 続けずとも坂田には判ったのだろう。 声は出ずとも微かに身体が強張ったことが伝わってくる。 坂田の周囲の人間がどうするか。 「てめェの悪夢はここで終ぇであって終ぇじゃねぇ。一人にもしてやらねぇ」 沈黙が落ちた。 さほど、長い時間ではなかったにせよ、緋色は次の色へと変わりつつあった。 ほうっと大きく息が胸の辺りに届き、苦々しい声が耳に届いた。 「…っとに…どうしようもねぇ馬鹿、だよ…」 「タイムマシンでやり直そう的な発想引っ張りだして、 実現しちまうような中二脳に言われたくねぇよ」 「違いねぇ」 くぐもった笑い声と共に、ずるりと銀時の身体が滑り落ちる。 それを支えるために銀時の身体を土方が抱き止めた。 「おめェも…15年前まで、銀さん、追っかけてきてくれんだろ?」 「攘夷志士、しょっ引く為に決まってんだろう? 誰がてめェのためにわざわざそんな時代までいくかよ。白夜叉殿」 「時空超えてまでお役所仕事とは…な」 「そうだ。仕事だ。 俺ぁ、変わった未来の俺にそっちは任せて、「今」のてめェを取っ捕まえる為に ここに来た」 「それ……なかなか壮絶な愛の告白だな」 「…なんだそりゃ」 本気とも冗談ともとれそうな口調にこの5年で定着してしまった痣が意味もなく痛む。 己の爪を立てる代わりに白髪を握りしめた。 「なぁ、土方…」 「あぁ…」 「もし、世界が変わって、おんなじように出会えない未来が来ても…」 「坂田銀時は坂田銀時だし、土方十四郎は土方十四郎だ。探しだしてやるよ」 「あぁ…かぶき町で待って…る」 「万事屋?」 万事屋の看板、ぶら下げて。 そう聞こえた気がした。 時空を超えて、過去の自分を呼びよせる。 そんな奇跡が起こせたのだ。 新しい日。 新しい出会い。 言えず仕舞いの言葉たち。 「おかえり…」 静まりかえり、辺りは真っ白になった。 『時成る―伍―』 了 (193/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |