肆―時、成る男の話―長かった。 本当に5年だったのだろうかと疑うほどに、長い5年間だった。 かつて、ターミナルと呼ばれていた建物に立ち、荒廃した世界を見下ろしながら、銀時は改めて思う。 町の中心に空高く、痕跡だけは残っているものの、火が灯ることはない。 旅行や商談の為に行き交う人々の喧騒もない。 大量の荷物を運ぶベルトコンベアもなければ、江戸の町を一望できる展望スペースもない。 崩れ落ちたコンクリートと剥き出しになった鉄筋。 埃と泥と黴。 至る所に開いた穴を風が吹き抜け、その音が荒涼さに拍車をかけていた。 風以外の音が耳に届いた。 複数名の足音。 何時崩れ落ちるかしれぬこの場所に訪れる人間は皆無だ。 長かった。 待ち望んだ足音に銀時は忌わしいマントを翻して、しゃんっと錫杖を鳴らした。 己と闘う。 魘魅に乗っ取られているとはいえ、身体は動きを覚えている。 何合か打ち合っては間合いを取る。 勢いを殺し切れずに、建物にぶつかり、コンクリートが崩れる気配。 砂利を踏みしめる足音。 己の口からは零れ落ちない荒い息が珍妙な姿をした5年前の自分からは零れた。 突いては薙ぎ、薙いでは斬る。 上に下へと激しく場を移動する。 両者、アクロバティックな動きを駆使して闘う。 やがて、音が途絶えた。 相手の動きは見切っていた。 見切ってはいたが、騙し討ちの可能性を「魘魅」の思考回路は判断しきれずに、木刀が、洞爺湖が胸を貫いた。 コアは破壊された。 なんてあっけないことだ。 引き潮のごとく、支配が遠ざかっていく感覚の中で銀時は嗤う。 心臓から遠い、手足が一番最初だった。 階段に移動し、腰を降ろした魘魅がゆっくりとその顔に撒かれた包帯を解いていく。 「礼を言うぜ…」 次に声帯が聞きなれた音を取り戻す。 頭に巻いた呪符を解き終わると、色はもはや銀ではないが、相変わらず奔放に飛びはねる髪は重力に逆らった。 二人の坂田銀時がそろった。 最後の仕事だ。 「そうさ、俺は世界を滅ぼした元凶たる存在。 俺という存在を消す為に俺をこの世界に招待したのさ」 漸く告げることの出来る真実、これからのこと。 難儀な性分だと銀時を知る人間は叱ってくれるだろうか。 銀時のコアが破壊された辺りから、この空間にはもう一人いる。 過去からきた銀時は動揺のあまり、気が付いていないようであったが、銀時は気づいていた。 馴染みのある気配だ。 会いたかった気配だ。 飛び出してこないところをみると、土方は単に魘魅を追ってきたのではない。銀時の行動理由を予測した上で、この場にやってきたのだろう。 だからこその静観。 もう少しだ。 「呪われた因果から、俺たちを、世界を解放するために…」 過去へとタイムマシンで飛び、魘魅に身体を乗っ取られて直ぐの坂田銀時を殺すということ。 「お前は何をすべきか、もうわかっているはずだ…」 土方は二人の銀時を最後まで止めはしない。 似た者同士であるとは思わない。思わないが、理解は出来る。 「…俺を殺れんのは、俺しかいねぇ」 すべてを告げると、銀時は首を垂れた。 まだ、コアではない「坂田銀時」の身体は生にしがみついているが、長くはない。 5年前の銀時は、迷わず、時間泥棒と呼称される時空転送装置の元へ歩きだす。 この場ではないが、二人の銀時と土方の三人以外の気配もターミナルに感じていた。 魘魅を探していた万事屋の仲間たち。 5年前の銀時が彼女たちに会ってから、過去へと飛ぶといいと思った。 きっと、神楽たちも珍は銀時だと本能的にはきっと知っていた。 だから、あれほど拗れていたというのに、歩み寄り、万事屋を再結成することを善しとした。 5年の歳月が彼らの身体を成長させ、大人になっても。 自分の武士道を身近で感じてきた心は知っていた。 同じであり、違う。 珍は彼女らの待っていた坂田銀時でもあり、坂田銀時でないことを。 悪いな…と神楽たちに呟く。 「オメーらだけは…俺のこと、忘れないでくれよ」 彼女たちは忘れるだろう。 幸せな未来で銀時のことを。 二人のことも5年前の銀時がうまくやってくれると信じた。 彼もまた坂田銀時なのだから。 それから、それまで隠れていた気配が銀時の側へ移動してきたことに銀時は震える。 確かに会いたかった。 姿は遠目で見てはいたが、声も視線も交わしはしなかった。 こうして銀時は己の自由を取りもどしているということは、コアは完全に破壊されたはずだと思われるけれども、まだ、何が起こってもおかしくはない。 今の銀時に土方から逃れるすべはない。 近づくな…。 近づきたくて、近づきたくない男に、銀時はそう吐き出したのだ。 『時成る―肆―』 了 (192/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |