参―時、護る男の話―坂田が姿を晦まして、長くて短い五年が過ぎた。 過ごした。 皆が変わってしまった。 万事屋の子どもたちは子どもたちとは呼べない年頃になり、それぞれの万事屋を打ち立てて、街の不法者を取り締まる。 大家であり、親代わりでもあった寺田綾乃が区切りだと形ばかりの葬式を出した。 星の人口は三分の一以下になったというのに、参列者は沢山いた。 坂田を慕っていたもの、坂田に助けられたもの。 星に残っていた頑固者の中にはそういった人間は少なくなかった。 万事屋の子どもたちもお登勢がどう説得したのか、その時ばかりは一つ席を空けてではあるが、座っていた。 土方は式には出ていない。 不思議なもので、街はすっかり荒廃し、団子屋もパチンコ屋も健康ランドも、あれだけ存在を主張し、キラキラとそびえたっていたターミナルですら倒れ、男と過ごした町の片鱗を見つけることの方が難しくなってからは、皆が墓に代わりを求めるらしい。 土方も何度か参った。 ここに、坂田の骨はない。 ないのだと、己に言い聞かせるような作業の為。 必ず新しいものが手向けられている花や線香を見ても、湧いてこない実感をわざわざ確認する土方自身を笑う為でもあった。 近藤奪還前日。 ふと思い立って、土方は坂田の墓へと足を運んだ。 坂田が姿を消して5度目の夏がすぐそこまで来ている。 日差しで焼けた石の階段を登りきり、視界に拡がった墓の群れに目を細めた。 目当ての墓の前に先客がいた。 「土方さま」 「アンタ、確か…」 お登勢のところにいるからくり家政婦だった。 彼女もまた姿と大きく変えていた。 人と同じように作られていた2本の脚はキャタピラに変わり果てていた。 進化なのか後退なのか。 機械にも詳しくない土方には判断できない。 随分と下になってしまったからくりの視線を受けながら、何を話していいのやら困る。 多少の居心地の悪さを感じながらも、土方はたまに並んで坂田の墓石を正面にして立った。 「土方さまは銀時さまと仲がよろしかったかと存じますが…」 「良くねぇよ」 腕にかけていたコートのポケットから煙草を出す。 墓前であろうと、気にしてやる謂れはないと割り切って、ライターを灯す。 遮るもののない土地に強い一陣の風が吹いた。 「……ですか?」 「なに?」 風で吹き消えそうになる火を守ろうとして、たまが発した言葉を聞き逃した。 かさかさと新緑が無理やり枝からはぎとられ、石の上を転がっていく。 「もしも、」 瞬きもせず、繰り返す女を見下ろす。 深い緑色の髪も風で一瞬、乱れ、すぐに元の場所に戻った。 彼女が「土方」に問うたこと。 ―もしも、もう一度、全てをやり直せるとしたら― 風は止み、土方は言葉を失った。 問いの意味が解らなかったのではない。 その問いだけで、すっと光が入ったかのように、全てが見えた。 息をするよりも簡単に見えた。 これまで探しても探しても見えなかった姿が見えた。 「あの馬鹿…」 えぇ、そうですねと、平坦な同意の声がおちる。 抑揚はないが、けして冷たいわけではない声が、馬鹿と呼んだこと以上、つまりは土方の予測を肯定しているように思えてならない。 「 」 蝉の声だけが元気に響く墓地の一角で、小さな声で、だが、きっぱりとからくり家政婦に返事を返した。 たまは静かにうなずいたように見えた。 「では、私はこれで」 それから、ごとごととキャタピラを鳴らしながら、家政婦は墓の前から立ち去っていった。 土方が俯くと、この数年上げるようになった前髪が落ちてくる。 「…ばか…っやろ…」 同時に乾燥し、照り返しで白く眩しい石の舗装にぽたりと水滴が落ちる。 落ちた水滴は音もなく、蒸発し、夏の空へと昇って行ったのだった。 予感にも予告にも似たからくり家政婦との会話。 さらには、近藤を奪還する場に現れた「珍」の存在。 坂田銀時と同じ着物を着た奇妙な男。 この星の人間なのか、天人なのか。 卑猥な物体にしか見えない頭部のフォルム。 口調も声も異なるというのに、会話のテンポ、流れが坂田に似ているのは、義兄弟の契りを結ぶほどの親密な間柄であったという証拠なのか。 近づいた瞬間、土方の感性が拾った坂田の気配のようなものはなんだったのか。 桂との会話を聞きながら、まさか坂田本人ではないかと疑いもした。 が、ただ姿が変わっていただけであれば、子どもたちがあれほど心配していることを知りつつ、名乗り出ないということはないだろう。 もしくは、それだけ明かせない「何か」を抱えているということだ。 珍と坂田をイコールで結ぶには足りないものがあると勘が告げる。 ならば、魘魅を探すしかない。 近藤が戻り、万事屋も再結成され、皆が走り出した。 土方もまた走る。 一斉に事が動き出したならば、どのタイミングかで必ず坂田は姿を見せる。 それは土方の前でも、万事屋の子どもたちの前でも、親代わりの女将の前でもないかもしれない。 一連の事態は坂田銀時という人間がどこまでかかわっているのか、全容は見えてはいない。 親切なコンビニの店長が届けてくれた手帳。 肝心なことを書いているのか、ないのか、わからない走り書きで知れることなど限られている。 「それでも、だ」 捕まえる、と土方は拳を握る。 姿をくらます寸前に土方と交わした約束とも言えない言葉のやりとり。 本当のことを告げるつもりはなかったとしても、嘘をついている風でもなかった。 語った通りに捕えるなら、男はこの星最後の一人になるまで残っている。 世界を滅ぼす大魔王として。 土方は心臓の上に爪を立てた。 今、探しているのは誰だ? 今、捕えようとしているのは一体? 引っ掛かっている。 探しているのは白詛の後ろに見え隠れする魘魅。 諸悪の根源とばかりに、ラスボスとばかりに。 そうだ、ラスボスだと、土方は刀の柄を握りしめる。 大魔王を倒すのは時空を超えてきた勇者の役目。 大魔王が坂田ならば、勇者は誰に担わせる? 『おい!やっこさんが見つかった。今、珍の字たちが向かっている!ターミナル跡地だ!』 からくり堂の主に持たされたトランシーバーから新しい情報が入った。 振り返り、仰ぎ見る。 かつて、大量の船が星々を行き来するために、作られたターミナル。 天人文化の象徴的な建造物。 今は見る影もなく、崩れ落ち、陰ばかりを落とす廃墟。 追い詰められた大魔王の最期の舞台にふさわしいとでもいうのか。 全部背負って、一人で勝手に終わらせて、人知れず本当に消え去るなど男の最期にふさわしくない。 土方は仲間の声を振り切り、ひた走った。 ターミナルへ。 魘魅の元へと。 『時成る―参―』 了 (191/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |