うれゐや

/ / / / / /

【献上品・企画参加】 | ナノ

弐―時、待つ男の話―




銀時が皆の前から姿を消したのは、梅雨が完全に明け、強い日差しがアスファルトを焦がし始める時分になった。

己の身体に世界を滅ぼしかねない呪詛が宿っている。
この10年、攘夷戦争で討ち果たした筈の亡霊に取りつかれていたなど、想像すらしたことがなかった。

銀時は足掻いた。
古い知人を探し、資料を漁り、解決策を求めたが、一向に見いだせない活路。

『愛する者も、憎む者…全て喰らいつくし
 この星でただ一人、哭き続けるがいい…』

あの時の言葉がこれから起こるであろう悲劇を指しているならば、神楽も新八もお登勢も、
それどころではない沢山の人々を滅してしまう。
自分の業を自分が背負うことは構わない。
だが、自分の業を周りに背負わせることは出来ないと思う。

ならば、いっそ。
己の内からウィルスが飛び出す前にと握った刀は銀時の腹を傷つけることが出来なかった。
既に銀時の身体に隅々まで根を張り、拘束してしまったナノマシンに絶望した。

残された時間すら見えず、行き詰った銀時は思い当たった。

神楽をバイクで轢いてしまった時、
酒で、ギャンブルで大損をした時、
取り返しのつかない失敗してしまった時、いつも自分は何を考えるか。

『タイムマシンがあったなら』

源外ならば作れる可能性がある。
多少的外れなものを作ることも勿論ないとは言わないが、からくり技師としての腕は確かだ。

けれど、今から依頼して、直ぐに出来るものではないだろう。
銀時に時間はない。
今は自分を傷つける行為以外のことには身体を動かせているが、いつまでも続けられる保証はどこにもない。

自分の始末は自分でする。

「…俺を殺れんのは、俺しかいねぇ」

事は早い方が良い。
銀時は源外にタイムマシンの作成を依頼した後、無駄かもしれないが、直ぐにでも江戸を、皆の元を離れるつもりでいた。

あの晩までは。
工房からの帰り、公園で思わぬ男と話をするまでは。



「万事屋?」

疲れ切っていた銀時の認識は、わずかに遅れた。

男は銀時のことを屋号で呼ぶ。
一度ぐらいは名前で呼ばれてみたかった。
詮無きことを考えてから、ゆっくりと瞬きをする。
改めて相手の姿を捕えなおすと、世界の色が急速に日常へと引き戻された気がした。

特別武装警察真選組副長、土方十四郎。
攘夷戦争後、幕府が登用した対テロリスト組織。
武家出身者ばかりで編成された見廻組とは全く色の異なる荒くれ者集団の幹部だ。
どちらかといえば、優男の類に分類されかねない土方ではあるが、鬼の副長の二つ名に相応しく、組織の内側からも外側からも恐れられている。
元攘夷志士等というものをやっていた銀時としては、関わりになりたくない人間。

だが、銀時は土方に好意を持っていた。

好意。
男惚れをする、認めている、そういう意味ではなく、頭の中で痴態を思い描き、夜のおかずにしてしまうような生々しい感情を伴うものだ。
銀時に男色の趣味はない。
女相手にしか食指はこれまで動かなかった。
かぶき町という土地柄、美しく着飾り、女かと見まごう男達をそれなりに見たことはある。
綺麗だな、程度の感想以上は何ももたなかった。

まして、土方に女性的な一面を見たことはない。
日々鍛錬しているのであろう身体にはバランスのよい筋肉が張り巡らされていたし、にこやかに笑う顔よりも、眉間に皺を寄せ、瞳孔を開いた目で睨んでいることの方が多い男だ。

出逢いも最悪だった。
桂のせいで、テロリストと間違えられて、いきなり切りかかられた。
次は恩人でもあり、男の親友でもあり、上司でもあり、大将でもある近藤という大切な存在を貶めた相手だと屋根の上で勝負を挑まれた。

最初が悪かったこともあり、銀時と土方は顔を合わせれば、喧嘩ばかりしている仲だ。

しかし、知るにつれて、理解もした。

「そういう男」なのだ。

武士以上に武士足らんと、己を律し、鍛えてきた剣の腕。
荒くれ者を力で権力で、押さえつけているように見えて、フォローの鬼でもある損な性格。
真選組の頭脳などと呼ばれているくせに、銀時がからかえば面白いほど反応し、同じレベルで張り合ってくる。
感情的かと思えば、冷徹。
合理主義かと思えば、衝動的。

銀時が遠くに置いてきた大切なものを今だ持っている。
大事なものを躰の芯に据えて走っている。
譲れないものを抱えて。

目が徐々に離せなくなった。
銀時の言動で澄ました顔が変化する様子をもっと見ていたいと思った。
惚れた女の幸せだけを願って、身を引くような優しい鬼。
その、誰にも見せない顔をみたいと贅沢なことを想った。
もっと、もっと。
思っているうちに辿り着いた結論。

自分は惚れているのだ。
土方という男を知る度に、一つ一つが積み重なって折り重なって、銀時は結論に達した。

結論が出ても、行動に移すつもりは全く銀時にはない。
そのうち、横で穏やかに酒でも飲めたら恩の字、程度だ。
普段爛れたことを軽率に口にして、突っ込まれている銀時ではあるが、土方との未来をなど夢にも思わない。

思いはしないが、銀時の様子がおかしいとお人好しにも隣に腰かけてくれれば、嬉しくもなる。
今の銀時の様子だけでなく、最近見かけないと気が付いてくれていた。
魘魅や白詛について、調べ回って動き回っていた為に馴染みの場所へ立ち寄ることが少なくなるという小さな変化に。

だから、つい尋ねてみた。

「あー、俺が消えたら、おめェは探してくれる?」

燻っている煙から目を坂田へと移してきた土方の視線に銀時は失敗したと思った。
案の定、仮定の話だと念を押しても、いつもの軽口だと受け取ってはいない。

鬼と呼ばれながら、土方は甘い。

だから、欲が出る。
もう少しだけ、もう少しだけ知っていて欲しくなった。

「夢を見るんだよ」

誰も彼もが銀時を置いて逝く話。

攘夷戦争でみた焼野原にも、蠢くものはいた。
斬ったもの、斬られたもの、その場を切りぬけても本丸までもたなかったもの。
「死」は溢れていた。
それでも、全てとは言えないが、それは各々の覚悟、各々の判断が存在した上での死だった。

「最愛の人々が消えていく様子をなす術なく見つめ続け、江戸の町に、
 いや、この星で息をする最後の一人になる悪夢」

星を崩すことを目的に人為的に作られたナノマシン。
銀時が体の内で育てて、これからばら撒く災厄は感染する相手を選ばない。
特効薬がこの先、生まれるかどうかもわからない。
『星崩し』と呼ばれた忌わしき存在。

坂田は空を仰ぎ見る。
江戸の空は明るい。
人工灯の光に満ちた町が、国が崩壊するなど、誰が望もう。

「……この星で最後の一人…」

隣で土方は呟いた。
小さいけれど、銀時の耳に通った声は漏れることなく響く。
響き続けた。

現実には起こりそうにないと。
銀時よりも先に死なないと。

気負うでもなく、強がるでもなく、当たり前のように。
自明の理であるかのように。

銀時は土方を見た。
何といっていいのかわからずに、俯いて地面を見る。

「……ばーか…」
「馬鹿とはなんだ!馬鹿とは」

やっと出てきた声に反論する声は力強い。
土方が事の深刻さを知らないことは百も承知だ。
承知であっても、本質は伝わっている、そんな風に思ってしまうのは楽観的すぎるかもしれないが、あまりに平然と返された言葉にすがりたくなる。

土方は強い。
剣の腕のことではなく、在り方が。

銀時は立ちあがり、強い男の正面に立った。

「約束してくれるか?いや、しろ」
「何、を?」

人差し指を土方の唇の上に置いて、何も問うなと。
もうこうやって、隣に座ることも、立つことも、触れることなんて無いだろう。

さらに、のろのろと指は移動した。
顎先から喉を、喉仏を通って、鎖骨の間を。
そして、心臓の上まで。

「おめぇは俺より先にくたばるな」

この心臓を止めるな。
銀時のエゴだ。
分ってはいた。
分ってはいたが、約束を押し付けることで、意地っ張りな土方は足掻くだろう。
病さえねじ伏せる、そんな気がしてならなかった。

じゃあなと、名残惜しく指を土方から離し、公園の出口へと駆けだした。

土方は追ってはこない。
問いかけもしない。

それでいい。
守りたいものを護る。
約束を守ろうとする。
約束が守られるか見届ける。

道を違えない。

今でさえ狂いそうになる自分の無力さを見据える覚悟を、勇気を惚れた男からもらった。

だから、銀時は姿を消しても、江戸に居続けていた。
魘魅の呪詛ではなく、己の意志で。





源外は江戸一のカラクリ技師だ。
疑いようのない、その腕をもってしても、時空を超える装置の完成には年月を要した。

銀時は、神楽や新八にも何も告げずに姿を消した。
子どもたちが探してくれる様子を下唇を噛みながら、見守り続けた。

一般の行方不明者の捜索願いは奉行所の管轄で受け付けてくれる。
だが、年間数えきれないほどの行方不明者を算出するかぶき町でよほど緊急性、コネクションがない限り、役人は積極的に動きはしない。
そういう事情や元攘夷志士白夜叉という過去を推し量ってなのか、二人は自分達の思いつく到る場所をも探しつくし、手を尽くした後は奉行所ではなく、「万事屋」一同と浅からぬ腐れ縁を持つ警察組織・真選組を頼った。
ただし、公には真選組も動けない。
『あくまで、元白夜叉が行方をくらまし、決起の可能性がある』
坂田銀時を知る人間の間では鼻で笑われそうな言い訳かつ内々に行う条件付きで。

銀時が手を伸ばして護ってきた人間、縁を結んだ全ての人間の苛立ちが痛い。

すまないと思う。
忘れてくれと思う。
探してくれるなと思う。


銀時が消えて、すぐだ。
巷に病が横行し始めた。
爆発的に広まった白詛。
始まってしまえば、あっという間だ。

感染者は半月を待たずに確実に死に至る。
発生源も感染経路も不明なその病は全身の毛根から色素が抜け落ちてしまうことから「白詛」と恐れられた。
政府も医療分野に秀でた他の星の研究機関に幕府が依頼はしたようだが、結果が出るのはどれほど先になるか見えず、結果を待たぬまま、病から逃れるために、星を捨てていく人間が次々と現れていた。

急速な広まり方に法則性はない。
感染者に近しいものが感染すると限っていないのだ。
空気感染でも接触感染でもない。

どのように発病するのかというメカニズムすらわからないままに恐怖する心が町を浸食していく。
かぶき町のみならず、世が全体的に荒廃していく気配が漂い、揉め事は尽きない。

一、二年目もひどい有様ではあったが、それでも、まだ良い方だった。
振り返れば、そう思えるほどに一度悪い方へ転がってしまった事態は容易に好転する気配すらない。

幕府が何も対処しないことを声高に主張し、疫病を持ち込んだ天人排除に精を出す攘夷浪士も多々いた。
穏健派であった筈の桂まで過激派に変わった。

多くの罹患者を見舞い、見送り、江戸の町を走りながら、銀色の痕跡を皆が探し続けてくれた。

建設業者の法被を着て作業をしていた屋根の上を。
金もないくせに団子を頬張り、昼寝まで決め込んでいた甘味処の長椅子を。
開店休業になってジャラジャラと玉の音も小さくなったパチンコ屋を。
銀時が好みそうな飯屋の暖簾を。
客などいない映画館の呼び込みをするサングラスの隣を。
不定期発行になっても、月曜日にはコンビニの雑誌コーナーを。
美味いと評判のケーキ屋の前を。

いるはずもないと心の何処かで知っているにも関わらずだ。

やがて、街にいる人間よりも逃げ出す人間の数が上回った頃、近藤が捕まった。
共に行くと決めた大将を護れぬ組織は要らない。
政を行う力すら危ぶまれていた幕府から土方は抜け出した。

誠組。
過激攘夷党と呼ばれたが、土方たち、元真選組にそのような心づもりはなかった。
近藤を取り返す。
大将不在の新しい組織はそれだけを目標に地下に潜ることになり、山崎にも調査を打ち切らせた。
幕臣から一転、囚人奪還を目的とする犯罪者集団になることに何の感慨もなかったかといえば嘘になるだろうが、迷っている暇はなく目標に向かうだけだった。

万事屋もまた「YOROZUYA・HUMIYA」「YOROZUYA・TAKAMOKU」に別れ、事実上解散した。

もう戻れないのだと銀時は自分では傷つけることの出来ない己の身体を掻き抱く。

これ以上失いたくはないと思った。
音なく忍び寄り、命を奪っていく白詛。
季節がうつる度、周囲の顔ぶれが減っていき、共に神経もすり減っていく。

土方とあのかぶき町の道の真ん中で怒鳴り合い、胸ぐらを掴み合った記憶の波が無遠慮に押し寄せた。
ひどく懐かしくて、ひどく痛い記憶。

松陽の最期よりもつらいものはないと思っていた。
高杉の憎悪を受ける覚悟も出来ていた。
手の届かない、力の及ばないことなど沢山あった。
それでも、足掻いてきた。

誰の手も借りられない戦い。
今は待つだけの戦い。

待つ、見守る。
何と長く感じる時間だろう。

魘魅に支配され、しかし、意識だけはしっかりと保たれたまま、銀時は時を過ごした。

見せつけられる地獄絵図の中、仲違いしても、江戸の町を護るのだと居座り続け、たくましく成長した神楽と新八の姿が、客などほとんど来なくなったというのに、変わらず店を開け続けるお登勢が、そして、近藤奪還に走る土方が、救いだったのだ。





『時成る―弐―』 了




(190/212)
前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ
栞を挟む
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -