うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

壱―時、探す男の話―




最近、姿を見ない。
土方が最初に異変とも呼べぬ小さな違和感を感じたのは、そんなことだ。

江戸はかぶき町。
万事屋銀ちゃんの主、坂田銀時。
様々な人種ひしめく江戸の町でも、珍しい銀髪と自由奔放に跳ね回った天然パーマ。
よろずのことを引き受ける何でも屋を営む男の商売は従業員二人と一匹で営まれているが、けして順調とは言えない。
そのくせ、熱心に仕事を探したり、営業をかけるでもなく、ふらりふらりとかぶき町をそぞろ歩く様子が様になる男。

そして、土方が密やかに想いを寄せている男だった。

土方が坂田銀時という人間のことが好きなのだと自覚してから、それほど時が経っているわけではない。
出逢いは最悪だった。
初めて認識したのはテロリストの張り込み中。
実際に顔を互いに突き合わせたのも、坂田が明らかに手製だと知れる爆弾をもって潜んでいる時だ。
次は恩人でもあり、親友でもあり、上司でもあり、大将でもある近藤という大切な存在を貶めた相手として目の前に現れた。

一般人、素人とは、分類することの出来ない剣の腕前。
見え隠れする指名手配犯桂小太郎との繋がり。
普段、のらりくらりと死んだ魚のような目で覇気のない無害そうな顔をしているが、あまりに胡散臭く、怪しすぎる男。

しかし、知るにつれて、理解もした。

「そういう男」なのだ。

攘夷戦争。
坂田が白夜叉と呼ばれ、参加していた戦い。
最も近い時代の戦いであるのに、長きに渡った戦いについて語る人間も資料も、その陰惨さ、悲劇の身近さ故に、少ない。

坂田銀時という男は過去に囚われている風にあって、雁字搦めではない。

新しい大切なものを持っている。
大事なものを躰の芯に据えている。
揺るがない、不器用な中心。

単純にその強さへの憧れでもない。
示した武士道に同じ道を見たわけでもない。
もっと原始的な、根源的な衝動。

自分は惚れているのだ。
坂田という男を知る度に、一つ一つが積み重なって折り重なって、土方は土方の感情を理解した。

理解はしても、それをどうこうする心づもりは土方にはない。
叶う叶わないという可否の問題ではなく、考えることが出来なかった。
彼を慕う人間と親しくしている姿を見れば、羨ましいと思うのに、その位置に己に置き換えて考えることも、穏やかに男と交わす会話の内容も想像できなかった。
土方が飼い殺している想い、女々しいと判じる忌々しい感情は確かに土方の胸にあるにも関わらず、近づくなど到底、夢にも思わない。

どちらにせよ、悶々と色恋沙汰に思い悩んで、私事に時間を取られて良い立場に土方はない。

惚れた人間には幸せになってほしかった。
視界に時折その生き様を見せてくれたら幸せだった。

幸いなことに坂田は土方の視界によく飛び込んで来た。
人の通りがよく見える団子屋の長椅子であったり、パチンコ屋の前で新台開店を待つ列であったり、けして見栄えはよいとは言えずとも、味は確かな小さな呑み屋であったり。
かぶき町を巡察すれば、どこかしらで男の姿を見かけることの方が多かった。
更に、土方とは非番の日も健康ランドや映画館、更には歯医者といった場所でまでピンポイントで遭遇していた。


けれども、ある時期から見かける回数が減った気がし始めた。
減っただけだ。
坂田銀時が江戸を出たわけではない。
万事屋の看板は変わらずかかっているし、眼鏡の従業員とチャイナ娘を引き連れて歩いている姿も見かけはする。
一人で時間を潰すような場所に現れなくなった。

荒事にすぐ首も足もつっこむ男が大怪我をしていなければ、良い。
男のいうところの「武士道」を貫いて生きているなら良い。
見かけずとも、どこかで。

そう、思っていた。
男が本当に姿をくらます寸前、あの晩までは。





桜の木は疾うに花を散らし、青々とした姿に変わっていた。
昼、梅雨の晴れ間を利用して賑わっていた公園も夜になれば静かだ。

その晩、そんな公園に土方が足を踏みいれたことは偶然でしかない。
非番の前日、マヨネーズをかけても嫌な顔をしない道理のわかった親父の店で酒を楽しみ、屯所に戻る途中だった。
夜風は湿気を多少帯びてはいたが、ほどよい冷気を纏い、少しばかり遠回りをしたくなった。

散歩道に沿って置かれているベンチに人影がある。
背もたれに両腕をのせてだらしなく寄りかかり、腰を縁ぎりぎりまで下げて座っていた。
まだ、宵の口ではあるが、酔っ払いが休んでいてもおかしくはない。
土方が足を止めてしまったのは、職業柄というよりも、顔見知りであったからだ。

「万事屋?」

坂田は空を見上げていた。
青白い街燈が道とベンチの周辺を照らしている。

土方は眉を潜めた。
手入れをしても間に合わないのであろう。
芝生の間から元気に伸びた雑草は力強く花をも押しやり、夏の日差しにも耐えうるように緑を濃くしている。そんなことすら照明は照らし出しているというのに、同じように照らされている筈の坂田の周りだけ濁り、暗く見えたのだ。

ゆるりと坂田の顔が土方の方を向いた。
元々赤みがかかっていた瞳が鈍く光っているように見えたのは一瞬だ。
沈黙が在った。
坂田は土方をまるで知らぬ者を見るかのような目をしていて、戸惑う

「万事屋なのか?」

土方はもう一度、疑問符をつけて声にした。

紅い瞳が銀色のまつ毛で一度隠される。
次に見えた時にはいつも通りの死んだ魚のような目に戻っていた。

「土方くん?」

どったの?伸ばしていた足を曲げて、ベンチに座り直しながら、男は溜息交じりに声を発した。
とても疲れている。
それを隠そうともしない坂田の隣に腰かけた。

「へ?副長さん、俺になんか…用?」
「別に…」

坂田はさりげなく腰を土方とは反対方向にずらして距離を取った。
わざわざ距離を取るほどの近距離に座ったわけでもない。
好かれていないのは知っている。
喧嘩を売るつもりなら、大げさに主張するであろう坂田が、避けたこと自体を土方に悟られぬように気遣った上での動きをしたことに懸念をもった。

「あ、酒飲んでんだ。土方くん、結構、酔っ払い?」
「てめェ…」
「ん?」

表情から坂田の真意は見えない。
意地っ張りで、素直でないことも承知であるから、搦め手で話を進める。

「…最近、見かけねぇな」
「はい?」
「仕事が忙しい、わけはねぇか…ガキ共はガキ共で見かけるしな」
「まぁ、ちょっと…な?あ!何か俺疑われてんの?
 いやいやいや!別におめェらにしょっ引かれるようなことなんざしてねぇから!」
「………なら、なんだ?」

煙草が欲しいと脳が訴えているが、どうにも口に運ぶ気にはなれずに、じりじりと指の先で短くなっていく。

「なに…って…」
土方とて確信があったわけではない。
けれども、坂田が何か隠していることは知れた。
男が大切にしている子どもたちにも言えない何かを抱えている。

「土方」
「あぁ」

捨てるしかないような長さにまでになった煙草を地面へと落とした。

「もし、もしもな、万が一、億が一、兆が一、無限大数が…」
「簡潔に言え」
「あー、俺が消えたら、おめェは探してくれる?」

散歩道の上で燻っている煙から坂田へと視線を動かした。
ふざけている風ではない。

「消える、予定があるのか?」
「だから、もしもの!仮定の話な!」

坂田自身、ひどく戸惑いながらの問いであり、万が一といいながら、半ば確定している話だと感じた。
だが、あえて、その部分に対してぼやかした答え方をする。

「そうだな…場合によっちゃ探すかもしれねぇな。俺は警察だから」
「そうかそうか警察だったね。オタク…って!「かも」かよ!ちゃんと税金分働け!」
「で?探して欲しいのか?」
「マジになるなよ。冗談に決まって、……じゃ、流してはくんないのね?」
「やれねぇよ」

白夜叉という二つ名を攘夷戦争時にとどろかせた男が活動を再開する。
そうであれば、土方は男を追う立場になる。
坂田の背景からすれば有り得なくもないが、大事なモノを護る為に木刀を振るい続ける男に似つかわしくないし、わざわざ土方に話すはずもないだろう。
ならば、何なのか。

「やっぱ、恥ずかしいから探して欲しくはない気もするし…
 でも、打たれ弱い男心としては…」
「…恥ずかしいのも打たれ弱いのも、てめェの勝手だ。さっさと言いやがれ」

男心ときたかと内心舌打ちしたくなる。
話を逸らされるならまだしも、好きなオンナでも出来たと近藤のような恋愛相談だったり、駆け落ちの前振りだったら、どうしてくれようと柄にもなく、緊張して言葉を待った。

「夢を見るんだよ」
「は?」

ゆめ、ユメ、夢。
単語が頭の中で順に変換され、違っていないよなと瞬きを3回繰り返した。

「ほらほらほら!だから言いたくなかったんだっつうの!」
「いや、だって、夢?」
「うるせぇよ!これでも、結構深刻なのよ?
 連日、悪夢にうなされて、昼寝もろくにできやしねぇし!」
「昼寝するな!いい年の野郎が!」
「人生、快眠は必要よ?」
「ちげぇだろうが!で?」

一気に力が抜けはするが、お互いに対する意地の張り方は尋常でないものであると自覚がある。
わざわざ、馬鹿にされそうな話を自ら口にするはずもない。
相当に弱っているのか。
それとも、それだけの具体的な危機感を坂田が感じ取っているのか。

「で?って」
「その悪夢だよ!どうせ大したことねぇ内容だろうから、聞いて笑ってやらぁ」
「大したことない、ねぇ…」

坂田は空を仰ぎ見た。
坂田が何を見ているものを見ようと土方も空を見上げるが、これと言って何もないように思われる。

「だぁれもいなくなる話だ」
「あ?」
「最愛の人々が消えていく様子をなす術なく見つめ続け、江戸の町に、
 いやこの星で息をする最後の一人になる悪夢」

攘夷戦争後期の伝説、白夜叉。
敗走を何度も余儀なくされた戦地の夢にうなされていると、土方は単純に捉えることは出来ない。

「しかも、その隠れたラスボスが俺っていうエンディングだ」
「……この星で最後の一人…」

真意の読みにくい男ではあるが、嘘は感じられなかった。

「そんなの…」

土方はもう一度、顔を天に向けた。
煌々としたターミナルの明かりに妨害されて、星は視難い。
それでも、等級の高い星は新緑の果てに見えた。

「現実には起こりそうにねぇな」
「土方?」
「大体、誰がてめぇより先にくたばってやるかよ」

坂田の顔が天から地上の土方へと戻って来た。
数度、口をぱくぱくと開けたり閉じたりを繰り返してから、今度は下を向いてしまう。
頭頂部に捩れに捩れた天パの旋毛が見えた。

「……ばーか…」
「馬鹿とはなんだ!馬鹿とは」
「俺より弱ぇくせに」
「弱くねぇ!」

並んで座ったベンチでそれほど大きな声を出さず聞こえるのだが、思わず唾を飛ばす勢いで反論する。
同じような温度で土方をからかう言葉は返らなかった。

「そうだな…土方は強い」
「っ」
「強いな?」
「…おぅ…」

坂田が立ちあがった。
先ほど見上げた空に坂田が加わる。

「約束してくれるか?いや、しろ」
「何、を?」

土方を見下ろす格好で、光を背にした坂田の表情は見えない。
けれど、泣きそうな顔をしている気がした。
そんな顔を見たことも想像したこともないというのに。

坂田の右手がゆっくりと懐から引き抜かれ、人差し指が土方の唇の上に触れる。
何も問うなと。
さらに、のろのろと指は移動した。
顎先から喉を、喉仏を通って、鎖骨の間を。
そして、心臓の上まで。

「おめぇは俺より先にくたばるな」

指さされた心臓が痛かった。
心拍数に変動はないが、鋭い刃が打ち込まれたかのように、痛かった。

「なぁんて、な」

じゃあなと、白い流水紋の裾が翻り、男は公園の出口へと駆けだしていった。

「…万事屋…」

追わなくては。
そう思うのに、身体は思うように動かない。
着流しの合わせから、自分の胸部を見れば、圧迫された跡がうっすらと残っている。

大きな喪失感が痣になった場所からじわりじわりと土方を侵していく。

追ってはいけない。
そうも思うのに、足は動こうと震える。

「くそ…」

坂田は坂田の道を行った。
何があったにせよ、男が道を選んで踏みだした。
理解は出来る。
けれど、と、土方は指の跡に自らの爪を突き立てたのだ。





『時成る―壱―』 了





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