うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

『やわらかい檻−前篇−』




「ため息つくと、幸せって逃げていくなんて言うみてぇだけどさ」

顔を合わせたなら、必ずといっていいほど、角を突き合わせる男とそんな話をしてしまった。

「ため息だって、そんなに悪いことばっかじゃねぇよ」

必要あるから人は溜息をつく。


たぶん、それが二人のはじまり。





深夜といって差し支えない時間帯に万事屋の黒電話が鳴った。

「はいはーい」

コールは二回。
三回目を鳴らす前に、受話器が持ち上がる。
眼鏡の従業員が万事屋にいる時間帯であっても珍しい回数だ。
まして、今万事屋には目の前でけたたましくベルが鳴ろうと、のっそりとした動きで、面倒だと思っていることを隠そうともしない男、社長である坂田銀時しかいないのに、である。

「……」

受話器の向こう側から、声はなかった。
それでも、相手が誰かということは銀時には判っていた。
約束があったわけではない。
あったのは予感だけだが、何の問題もない。

「出てこれんの?」
「……あぁ…」

聞こえたのは、ため息と短い応えだけ。


「了解」

何処に、も、何時、も問わぬまま、受話器を置く。
それから、あらかじめ用意していた上着を羽織って、凍えるような屋外に出た。
カンカンカンと階段をブーツで鳴らして降り、何度も大破したことがあるスクーターのエンジンを回す。

アクセルを回せば、まだ暖まっていないエンジンはいつもよりも鈍い音を立てた。
銀時は、停止したまま、スロットルを数回軽く回してエンジンをふかすと夜の町を走り始めたのだ。





「おまたせ」

銀時がたどり着いたのは、万事屋からさほど離れていてはいない真選組の屯所であった。
24時間体制で誰かが起きて活動している特別警察も、夜は門番を立てていない。
代わりに立っていたのは組織のbQ・土方十四郎だ。

「遅ぇ」

羽織に両手を仕舞い込み、マフラーに口元を埋め気味に男は返した。

「へいへい。
 そんなら、もう、ちっと早くお休みのご予定を教えて下さると有難いんですけどね」
「急に決まった」
「はいはい。そうでしょうよ」

答えつつ、銀時が予備のヘルメットを手渡すと、大人しく受け取り、その黒く真っ直ぐな髪が並ぶ頭に土方は載せる。
そして、それ以上何をいうでもなく、スクーターの後ろに跨った。

「こら、銀さんの腰に手ぇ回して」
「………別に大丈夫だ」
「だめだ。この間、銀さんの背中、気持ちよくって後ろで居眠りしてただろうが。
 途中で落ちちまうんじゃねぇかとハラハラしたんだからな」
「っ!」
「大人しく掴まっとけ」

恐る恐る伸びてきた手が銀時の腰辺りの着流しを掴んだ。
普段、胸ぐらを掴んだり、髪や腕を引っ張る時には容赦ない力を出すというのに、こんな時だけ何度やらせても、物慣れない。

土方に気が付かれないように、銀時は笑うと再び、スロットルを回して、来た道を戻り始めた。



坂田銀時と土方十四郎は出会えば、必ず喧嘩をし、意地を張り合い、なにかと対立する間柄だった。
やむを得ずとはいえ、共闘したことも、助けたことも、逆にフォローを陰で入れられたこともある。
関わりが深くなればなるほど、互いのことを認める要素を見つけることが出来ると言うのに、どうにも一度拗れた関係は解消されることなく、飯屋で、映画館で、健康ランドで、歯医者で、路地裏で、偶然鉢合っては大人気なくぶつかりあい続けていた。

その二人が、今では「恋人同士」と呼ばれる仲になっている。
劇的な告白があったわけでも、命のやり取りをし合って、盛り上がったわけでも、ない。
零れそうで零れなかったコップの水が小さな衝撃で一筋、ある晩溢れた、それだけだ。

お決まりの如く、たまたま居合わせた居酒屋。
カウンター席で、たまたま見てしまった素で零す溜息。
零してしまった溜息を直ぐに後悔して、舌打ちする男の横顔。

土方は周りに厳しい。
息を張りつめて、威圧して、法度で縛り、部下から疎まれてでも、組織を護る。
その分、自分にも厳しい。
意図をもって見せる溜息以外の溜息すら他人に見せたくはないほどに。

『土方十四郎はどこで泣くのだろう』

物理的な涙のことだけではない。
そうではない涙。

弱音。
弱気。
迷い。

何者にも見せたくない土方。

「ため息つくと、幸せって逃げていくなんて言うみてぇだけどさ。
 ため息だって、そんなに悪いことばっかじゃねぇよ」

その時も、余計なことだとはわかっていた。
顔を合わせたなら、必ずといっていいほど、角を突き合わせる男に言われたくはなかっただろう。
怒鳴り返されると思っていたのだ。

「相手の不安を煽るとか不快を感じさせるとか、んな他人の心配ばっかしてねぇで、
 おめェはちっと吐き出す先を覚えた方がいいよ」

一言も返さない土方に苛立った。
同時に、弱っている土方を自分以外の誰にも見せたくないと気が付いた。

そのことに気が付いてしまったら、もう駄目だった。
銀時には抑えが利かなくなった。
口走っていた。

「俺が、おめェの嫌ぇな銀さんが全部その毒素、引き受けてやる」

溜息をつくと幸せが逃げるなどという迷信じみたことを信じてはいない。
溜息の理由、大元を銀時がどうにかしてやれはしない。

毒素を吐き出しているんだというならば。
吸い取って別の溜息に変えてやる。

他に見せるな。

土方は拒否しなかった。
酔っ払いの戯言だとも、何を馬鹿なことをと流すでもなかった。
ただ、嫌ってねぇとだけ答えた。

だから、万事屋さんだからなと言い訳がましい、契約じみた言葉を飲み込んで、土方の手を握った。




そうやって、約束をして、呑みに行くようになり、身体の関係を結ぶようになって、もう数年になる。

愛の言葉など言ったことも、言われたこともない。

スキダ。
アイシテル。
ホレテイル。

そんな言葉では割り切れないほどには。
今では銀時の中で土方は特別な存在に収まってしまった。

師のような存在ではない。
桂や高杉といった幼馴染、昔馴染みといった同じものを一度は見つめた存在ではない。
神楽や新八、定春といった護るべき存在ではない。
お登勢のような存在でもない。

土方という男がきっと、まだ護りたいものを持っていて、それらを護るべきは銀時ではないと知っているから。

似ているようで、似ていない。






思い出しているうちに、万事屋にたどり着いた。
銀時はエンジンをきったスクーターを階段下に寄せてから二人で二階に上がった。


神楽は恒道館へ行かせているから、万事屋には誰もおらず、暗い。
それでも、ただいまと口にして、三和土でブーツを脱ぎ捨てる。
後ろで、玄関の鍵がカシャリと閉まる音がした。
これは、以前、土方が泊まった朝、無遠慮に立ち寄った長谷川が扉を引き開けた反省からの習慣だ。
二人の仲を隠しているわけではない。
知っている者は知っているし、知らない者は知らない。
さりとて、事後の気だるさを惜しげもなく醸し出す土方を見せたいはずもない。
玄関先で銀時が対応し、追い返しはしたが、必ずどちらかが鍵をかけるようになった。


土方は銀時が出掛ける前に火を入れておいた炬燵に真っ直ぐに向かい、腰を降ろした。

「茶」
「はいはい」

どこの亭主関白だとツッコミはひとまず置いて、用意していた保温ポットから急須に湯を注ぎ、目の前に置いた。

土方は疲れていた。
こうして、二人で会うのも一月ぶりだ。
電話をしてきたからには、明日は非番なのだろう。
もう何回流れただろうと数えることを忘れるほど久しぶりのものだ。

温めの湯で入れた緑茶は甘い。
とろりとした舌触りを楽しんでいるらしい土方の隣に無理やり入り込んだ。

「せまい」
「いいじゃん、暖かいし」

軽く睨んでくる目元はすでに赤かった。
疲れと睡魔と瞼が闘っていることが伝わってきた。
疲れきっている。
でも、真選組の副長として、生きている。走っている。
鉄の掟を掲げて。

「なんだ?」

甘えさせろと、少しばかり細くなった腰を引き寄せ、土方を胸に掻き抱いた。
黒く真っ直ぐな髪。
サラサラとした指ざわりであるのに、一本一本は太く硬い。
その髪に鼻先を押し付け、地肌から香ってくる恋人の匂いを肺に吸い込んだ。

甘えさせろと言ったけれど、銀時が甘えたいわけではない。
甘えさせたい。

この男が、誰かに甘えるなんて、誰が思うだろう。
誰が信じるだろう。

土方本人も甘えたいなんて思ってはいない。
銀時も甘えたい土方十四郎などみたくはない。

矛盾。

天の邪鬼が二匹。
折ってはならないものが二振り。

大切だ。

どちらも。どれも。

話せないことも、話していないことも沢山ある。

「…甘えるな」

そう言いながらも、銀時の胸のうちから土方は身体を起こす様子はなかった。

甘やかされたくはない男を甘やかす。

甘い甘い蜜でなくていい。
刺激的な香辛料でなくていい。
塩飴ぐらいでいい。
疲れている土方を見るたびに銀時は考える。

顔をずらして耳朶と耳朶の裏側に唇を寄せた。
微かに反応はあったが、どうやら程よく炬燵で暖まった身体は安寧な世界に意識を飛ばそうとしていた。

「土方…」
「ねむてぇ…」
「知ってる」

誰も、24時間、365日、鬼にもなれない。
でも、励ましはしない。
慰めもしない。

現在進行形で身を銀時に委ねているようで、全てを預けきっていない男の頸動脈を舌で感じつつ帯を解く。

「オイ…きいてんのか?」
「聞いてる」

けど、聞けない。
土方の上体を押し倒し、支えを失った着流しを左右に割り開く。
普段、洋装できっちりと隠された肌は病的な白さではないが、十二分に白かった。
ほどよくついた筋肉を下から上へと手のひらでゆっくりと撫でる。
新しい傷はないかの確認も兼ねて。
胸の突起を特に刺激することもせず、鎖骨にそって着流しを肩が露わになるまで滑らせた。

「ん…」

一度唇を合わせて、離す。
髪に、生え際に、眉間に、眉尻に、瞼に、鼻梁に、頬骨に、顎先に、耳朶に、喉首に、襟足に。
胸先に、丹田に、臍に、脇に、脾腹に、二の腕に、手首に、手の甲に。
背に、腰に、太ももに、ふくらはぎに、膝頭に、足首に、踝に、足の裏に、手のひらと指を。
触れる。
唇と舌を、手のひらを指を、足りないとばかりに、銀時の全身を使って、触れる。
触れないところなど無いように万遍なく辿っていく作業は、性的な愛撫というよりもマッサージに近いようにも思える。

「寒いか?」

土方の足の指の間に銀時は指を挟んで、ぎゅぎゅっと握りながら、冷たい爪の先を食む。
決定的な刺激を与えられずとも、ゆるゆると土方の体温は末端以外は暖まり始めていることを承知で問うた。

「風呂…」

うっすらと土方の目が持ち上がり、銀時をみた。

傷を舐め、愛撫を施し、とろとろと眠りたくなるような、でもしっかりと官能を呼び覚ます手管。

「今更でしょ?」

こたつ布団の上から身体を引っ張り起こして、寝室スペースにしてある和室へと移動した。
敷いたままの状態であった布団に横たえ、手早く土方から全ての衣服を取り去り、己のものも投げ捨てる。
それから、すでに支えのいらない状態になっていた銀時自身で土方の中心に触れた。
それぞれの先から溢れた蜜が混ざり合う。

すぐに弾けるほどではない緩やかな刺激に土方は身震いした。

四つんばいにさせ、今度は会陰に下肢を密着し、腰を揺らめかせる。
これからの行為を予告させる動きにほうっとため息が聞こえた。

あらかじめ用意しておいたローションを指に絡めて慎ましやかに待つ場所を暴き始める。
ゆるりゆるりと。
痛みなど与えないように。

時折、びくりびくりと身体が跳ねた。
白い背を通る幾本もの筋が蠢く様が妖艶で、銀時の指を咥えて痙攣する蕾に押し入りたい衝動を軽口で誤魔化したい想いも飲み込んで、作業を淡々と続ける。

「も……」

三本の指を飲み込んだ辺りで、後ろから見える耳朶を真っ赤にして土方が何事か呟いた。
正直なところ、もう少し馴染ませた方がいい気もするし、もう少し、銀時を求める様に収縮を繰り返す内部を指の腹で味わいたい。
が、疲れ切った土方の身体への負担を考えると長引かせることが決して良いことではないことも理解していた。

「こっち」

仰向けにさせて、腰の下に枕を挟み込んだ。

一度、抱き込んで体温を馴染ませてから、侵入する。
縁を銀時の熱が押し広げた。中へ中へ引き込まれていくような土方の内側に息を飲み、じわりと滲む汗を拭うことなく、そのまま、奥まで進んだ。
大きく左右に開かせた身体をさらに圧迫するように、上からのしかかる形で土方の顔の横に両手をついた。

「ひじ、かた」

唇をすり合わせると、土方は疲れたような、ほっとしたような顔をした。

疲弊仕切った肉体に甘い刺激を送り込み、摩耗した神経を仕事から引き剥がす。

自分にしか出来ないこと。
自分以外にはさせたくないこと。

腕で檻を作って、腰を動かせば、土方は啼いた。
高く鳴き、掠れた音で哭いた。


いつでも逃げられるよとはジェスチャーだけ。
いつまでも身体の芯を捕えられ、逃がしたくない檻。

脆く、柔らかな檻。

擦り擂られ、同じ温度で交り合う。
この同じ体温でいられる檻の中でだけ。

甘やかすのは銀時で、甘やかされるのは土方なのか。
それとも、実は言葉通り、甘えているのは銀時の方なのか。

交り合えば交り合う程、徐々にわからなくなっていく。
けれど、それでいいと思う。
自分だけが見る土方十四郎。
自分だけに見せるひみつ。

深く深く。
足を絡め、指を組み、内臓に入り込んで。

リズムを合わせ徐々に徐々に速度を上げて、混ざり合って、二人は精をほぼ同時に吐き出したのだ。




『やわらかい檻−前篇−』 了





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