弐−2月13日午前−結局、『焼き鳥屋で誰かに贈る気はあるものの相手までは聞き取れなかった』では納得してもらえず、ギリギリまで探るように頼ま(脅さ)れた土方は前日から、銀時の行動を尾行する事態に陥っていた。 銀時が新八と神楽に13日は出掛ける旨を伝えたからだ。 朝から万事屋の玄関が見える路地に立ち、様子を窺う。 建物と建物の隙間は風が吹き抜け、冷気も足元から上がってくる。 足袋を履いているとはいえ、しもやけの出来そうな足の指をギュッと丸めた。 そうこうしていると一階のスナックからカラクリ家政婦が掃除道具をもって出てきた。 彼女は一度左右を見回してから、真っ直ぐに土方に近づいてくる。 「土方様、お登勢様から伝言です。先ほどオーブンを借りに銀時様が来られました。 間も無くチョコレートケーキのスポンジが焼き上がると思われます」 「本番前に仕上げるつもりか。わかった。 なら、奴が動くとしたらそれが出来上がってからだな」 「出来上がって、直ぐに出掛けられるのか、明日にされるのか、銀時様のことですので、 どんなアドリブがくるか予想がつきません。 念のために、このまま様子を見られた方が良いかと」 そう言われてしまえば何とも言えない。 銀時の実力も、底知れなさも知っているだけに、だ。 「土方様」 「あ?まだ何か?」 「銀時様と土方様のご様子を先日より何と表現して良いのか、 検索しているのですがヒットする言葉が浮かびません」 「腐れ縁、犬猿の仲、じゃ、抽象的すぎるか?」 「お登勢様はおっしゃいました。『青臭い』と。 解釈の方法を教えていただけなかったのですが、土方様にはお分かりになりますか?」 「青臭い…か」 かぶき町の顔役でもあるお登勢には土方の隠しているものなど筒抜けだったのだろう。 その上で、この役割を土方に回してきた。 ならば、その真意はこれを機会に諦めろと。 そう解釈をし、土方は手のひらで両目を覆う。 「土方様?」 「いや、礼を…お登勢さんに礼を言っておいてくれ」 いつまでも、動けない。 否、動かなかったこと。 『いとおしい』という感覚をまだまだ手放せはしない。 それでも、手放す努力をしろと。 土方は一度だけ目頭をぎゅっと押さえる。 それから、顔を上げた。 銀時の相手を見定めて、最後にすると決めて。 銀時たち、万事屋一行が外に出てきたのは11時を回る頃だった。 銀時、新八、神楽、それに定春は一緒に二階から降りてくると、それぞれ手を振って別々の道を歩き出す。 お通親衛隊の法被をきているところから新八は親衛隊の集まりに、神楽は定春と遊びに、と気をきかせたのだろう。 土方は銀時の後を十分に距離をとって、歩き始めた。 銀時は生活圏にあるスーパーへと足を踏み入れた。 平日、午前中のスーパーはやや閑散としている。 行き慣れた銀時なら兎も角も、普段立ち寄ることのない土方が入店すれば目立つ。 仕方なしに、ここでも店の出入り口が確認できる路地で待つことにする。 すると、派手な格好をした二人組がスーパーに入っていく姿が見えた。 慌てて、路地を出て、その首根っこを掴んで止めようとするが、片方の人間がすぐさま抜刀して土方へと斬りかかってくる。 「無礼者っ!」 「無礼者じゃねぇ!なにやってんだ!」 「あら、なんのことでしょう?」 二人組は志村妙と柳生九兵衛だった。 志村は奇妙な帽子とサングラスをかけ、九兵衛はゴスロリを着ている。 死んだ魚のような目をしてはいるが、あれで気配に聡い男が相手。 奇妙な二人組が人の少ないスーパーに入って行けば、銀時に気が付かれることは必至だ。 「ちょっとこっちにこい!」 視線で店を確認だけするが、幸いなことにまだ出てくる様子はなかった。 そういえば、柳生の若様は男に触れられることが苦手だったかと、今度は不用意に掴もうとはせず、元潜んでいた路地を指さす。 「よく私達だとわかりましたね」 「如何にも変装してますってワザとらしい恰好!すぐにバレるわ!」 「流石、鬼の副長…侮れないな」 「褒められてる気がしねぇ…それよりも、なんだ?自分達で尋ねる気になったのか?」 「別に。私たちは貴方がちゃんと逃げずにいるか確認に来ただけです。 大体!本当は銀さんが誰にあげようと関係ないんですよ? でも、アレです!新ちゃんに悪い影響が出るような爛れた相手なら、 一言ガツンと言わなきゃって思ってるだけなんです」 弟を想う気持ちを疑うわけではない。 彼女もミツバと同様、嫋やかでありながら、強く弟を幼い頃から、護ってきた。 同時に、銀時も家族同然と認めていることも承知だ。 「…そうは言うが、野郎だ。 他でもねぇ、あのうすら糖尿天パが自分の好物差し出してまで、 って思ってる相手だぞ?俺も一度引き受けたからには、 きちんと報告するつもりではいるが、どんな結果が出ても素知らぬふりをしてやるのも 一つの親切だと俺は思う」 今更、見届ける役を代われとは言わない。 誰が選ばれても彼女にも認めてほしいと。 「土方、わかっているんだ。 ただ、大切なヒトのことなら、心配する権利もまたあるのだと理解してほしい」 「柳生の…」 それまで、黙っていた九兵衛が発した言葉に土方はハッとする。 無意識に厳しい物言いになってしまったのは土方の失敗だ。 整理しようとするあまり、余裕がなくなっているのかと、土方は前髪を掻き混ぜる。 「お妙さん…その、悪かった」 「いいんです。 それだけ、真面目に土方さんも銀さんを心配してくれているって判りましたから。 今日のところは私たちは引き上げますね」 「俺はアイツの心配なんざ…」 「報告楽しみにしています」 にっこりと、近藤がいうところの菩薩の笑みを浮かべて志村妙は九兵衛の手を引いて路地から出て行った。 静かになった路地と丁度、妙たちと入れ違いでスーパーから出てきた銀時に安堵しつつ、手元に視線を落とす。 妙が変装に使っていたという帽子は土方の手のなかだ。 ここに置いていくのもどうにも憚られ、かといって、被る気も到底せず、迷いに迷った挙句、手に持ったまま再び銀時の後を付け始めたのだった。 スーパーの袋を持ったまま、銀時は町の中心部より少し離れた場所へと足取り軽く歩いていく。 人通りが少なくなっていく分、尾行はどんどん難しくなっていくのものだ。 もしかすると、つけられていることに気が付かれているのだろうかと心配になり始めた頃、男は一軒のビニールハウスへと入って行った。 外気よりも温度設定が高いらしいビニールはやや白っぽく、ここでも中までは見通すことが出来ない。 ただ、年配の女性の声がいくつか、笑い声となって漏れてくる。 その声の中に目当ての女性がいるとは考えづらい。 なにより、まだ肝心のチョコケーキを男は持ってきていない。 「平均年齢62.5歳よ」 急に降ってきた声に土方は身をすくませた。 見上げれば、薄紫色の長い髪をしたくの一が真上の枝に立っていた。 「銀さんはこれまでの傾向からババ専の可能性は低いからあの中に相手はいないわ」 「………そうか」 続けられた言葉で、どうやら猿飛がすでに中を偵察してきたのだと知る。 さすが忍びというべきかのか、恐るべしストーカーというべきなのか。 「アンタ、それだけ野郎について回っているのに、相手心当たりねぇのか?」 「相手?相手ですって?いいじゃない!見たことも聞いたこともない! 知っているようで知りたくない存在の塊! 正妻のポジションをじわじわと追い詰められる感! それさえも、私たちの愛の前では可燃材料にしかならないの。 上等じゃない!どんどん連れてきなさいよ!」 木の上でくねくねと一人盛り上がり始めた女から、再び注意をビニールハウスへとむける。 「中は何育ててるんだ?」 「苺よ。前にこのハウスの収穫を万事屋で手伝った縁で、時折出荷出来ない苺を 分けてもらっていたから今日もそうでしょうね」 「もうアンタが調べた方がいい気がしてきた…」 「私じゃ、他の人間は納得しないってことでしょ?美しいって罪よね」 猿飛の説明に納得したわけではないが、彼女の報告には偏りがある。 彼女が知らないなら、本気で銀時が隠しているのか、あるいは予想もつかないような人物であるのか。 盲点といえば、盲点。 ファンだと言って憚らないお天気アナウンサーの可能性はないのかと思い当たった。 それならば、焼き鳥屋で言っていたように彼女から一ファンである銀時にチョコを贈られることはなさそうに見える。 「それはないわ」 「は?」 「結野アナは取材旅行で江戸を離れている」 「エスパーかよっ!」 「シッ!声が高いわ。銀さんに気が付かれちゃう」 「アンタがっ」 反論しかけたが、がやがやとハウスの中の声も高くなった。 どうやら、もう出てくるらしい。 慌てて、土方は木の陰に身を潜め、音と気配だけで銀時の動きを探る。 「ほんっっっっっっとに、この時期の苺、スーパーに出てるの大して甘くないくせに 高いの高くないのって!」 「そりゃ、それだけ手間かけて、春のもんを冬に出そうってんだから仕方ないよ」 「おばちゃんとこ知ってて助かったわ。感謝感謝」 「そう思うんなら、また手伝いに来て頂戴。今度は神楽ちゃんたちも一緒にね」 「りょーかい。んじゃ、またな」 気配が遠のいていき、ばさばさとビニールと古びた金属が擦れる音がした。 銀時は元来た道を帰り、農家の女性は作業に戻ったのだろう。 「ほら、あとは頼んだわよ」 「アンタは?」 「私、これでも忙しいの。くノ一カフェの方もバレンタインフェアだから休めないのよ。 じゃ!しっかりやりなさい」 一方的に言い置き、しゅっと葉擦れの音と共に、頭上の気配も消える。 土方は気を取り直して、銀色の頭を追いかけ始めた。 スーパーのビニール袋と小さめの紙袋を手に銀時が次に向かったのは意外にもファミレスであった。 ここならば土方も立ち入ることが出来る。 朝からずっと外を歩き回っていた身体は冷えていた。 銀時が席に案内されるタイミングを見計らって土方も店に入る。 昼時のファミレスはお得なランチタイムで賑わっていた。 「何名でお越しでいらっしゃいますか?」 「ひと…」 「二人じゃ。喫煙席で頼む」 振り返れば、吉原百華の統領が立っていた。 こう立て続けに現れたなら、土方ももうそれほど驚きはしない。 皆が皆、銀時の動向が気になって気になって仕方ないのだ。 土方は月詠の動向を拒むでもなく、何も言わず4人掛けのソファ席に通された。 銀色、しかも、四方好き勝手に飛び跳ねた天然パーマはとても目立つ。 通された席は幸いなことに、その後ろ姿を確認できる場所であった。 店員に土方は一番早いと思われる本日のランチを、月詠は紅茶だけを頼んでから二人は話を始める。 「で、どうじゃ?」 「今だ、進展なしだ。特に誰かと今日、明日約束を取り付けている風でもねぇ。 まぁ、盗聴してるわけじゃねぇから、どっかで相手の娘さんと電話のやり取りをしてりゃ わからねぇが、チャイナの話じゃそんな様子はないというし」 「ふむ…やはりか。実は日輪がどうしてもといって聞かぬのでな。 わっちはどうでもいいのだが、その、男同士と見込んで晴太に探りを入れさせたのだが、 同じじゃ。相手は黒髪、きつい目つきの美人ということしか聞き出せなんだ」 「黒髪、きつい目つき…」 思い起こそうとするが、そういった人物を銀時の周りで見た覚えがあまりない。 志村妙は茶色かかった色であるし、本性は兎も角も目つきは穏やかだ。 柳生九兵衛は黒髪ではあるし、目つきも鋭くなることはあるが、違う気がする。 猿飛あやめの髪は薄紫。 目の前にいる月詠は金髪に近い色。 身近な人間を思い浮かべるが、これと言って思い当たらなかった。 江戸に根を張る銀時だ。 その、どの「縁」かで知り合った「誰か」 「まぁ…野郎は手ぶらだったからな。一度万事屋にもどって、 ケーキを取ってから出かけるんだろう。遅かれ早かれわかるってもんだ」 店員がランチと紅茶を並べ、注文がそろったかどうかの確認だけして愛想もなく立ち去っていく。 グラタンのセットだというのに、ぐつぐつと表面がしていない。 道理で早いはずだと苦笑いした。 「ぬしは…」 「なんだ?」 月詠が煙管の灰を灰皿に落とした。 「ぬしは断ることも出来た気がわっちにはしておる。なぜ、引き受けた?」 同じ灰皿に土方も短くなった紙煙草を押し込む。 それから、向かい合う形で、女は火皿に新しい葉を落とし、遠火で、男はソフトパッケージから1本引き抜くとライターで直に火をそれぞれ点けた。 違った種類の、だか、煙草と分類する上では同じ煙が細く上がった。 「さぁ…俺にもわからなかった」 「わからず、引き受けたのか?」 「俺は…」 土方は少しだけ迷いはしたが、問題はないかと言葉を続ける。 「器用とはとても言えねえ人間が、同時に二つも三つも大切なモンを抱えられる筈もねぇ。 俺は一人、大将を選んだ。 二つも抱えられるほどの度量はないんだ。 けど、クソ天パは不器用なくせに、手を伸ばせるだけ、伸ばしちまう。 「一人」じゃねぇ。特別もそんなに知り合って日のない奴だろうと自分の武士道に 従って、な。そんな大馬鹿野郎が選んだ奴を見てみたかったんだろう」 「確かに大馬鹿野郎じゃ」 同意と月詠は笑う。 どこか共犯めいた、その笑みに土方も口端を軽く上げて笑えた。 「大馬鹿野郎に惚れられたお人も気の毒といえば、気の毒だ」 「気の毒じゃが惚れられた人間には受け入れてもらうしか皆は幸せになれんと わっちは思っている」 「そうだな…」 「そうじゃ。さて、そろそろ行く」 月詠は再び灰を灰皿に落とし、煙管を仕舞い込んでから、紅茶を飲み干す。 それから、ゆっくりと立ち上がって真っ直ぐに土方を見た。 「後は頼む」 「あぁ」 返事をしたものの、どこか相手を確認するという当初の目的以上の含みがあるような気がして土方は窺うように目を眇める。 けれど、女のヒールは迷うこと無い音を立てて、出口へと向かって行ってしまったのだ。 『いとほし−弐−』 了 (185/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |