うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

壱−2月8日−




結局、あれから見かけるたびに催促され続けた土方は酒の席での冗談ではなかったと、諦めて重たい腰を上げた。
探索の基本は情報収集。
以前、伝説の攘夷志士『白夜叉』と坂田銀時が同一人物であることを確認させるため、また現行つながりや活動の兆しがないか山崎に張り込ませたことはあった。
今回はあの時と勝手が違う。

明らかに仕事ではなくプライベートだ。
しかも、土方にとってあまり知りたくない類の事項であり、気分は重たい。

土方は、銀時を認めている。

剣の腕も。
武士道も。
男としても。

けれども、出会い方がよくなかったのか、もしくは元来のお互いの性格が邪魔をするのか、
取り締まる側、取り締まわれる側という誤解を解消し、それなりの腐れ縁を結ぶような間柄になっても、土方と銀時は何かにつけて衝突する関係だ。

魅かれてやまない。

魅かれる、その意味が、侍としての尊敬だとか、矜持に惚れたという意味だけを含んだものでないことに土方はずいぶん前から気が付いていた。

その上で、この感情を、愛だ、恋だと一括りにしたくはなかった。

単に意地になって、敵う敵わないを問題したわけでもなく、叶う叶わないを考えたわけでもない。

坂田銀時という存在に対する、憧れ、畏怖、同調、どの言葉も当て嵌まり、どの言葉も適切ではない。

『いとおしい』という言葉が一番土方の感情を表している、そんな気もしてはいる。

護ると決めた大将のような大切さはなくとも、孤高と立ち続ける後ろ姿を眺めていたくはなる。
資料から察する男の過去をどう捉えていいのか、どう感じていいのか、当事者ではない土方にとっては分るものでも推し量れるものでもないと思うが、感性に触れるものはある。

愛しくて、厭しい。

己の弱さを見せつけられるような強さをつらく、うとましく想い、
自分には選べない範囲まで手を伸ばし、傷つく様をいじらしく、愛おしくも思う。

幸せになれ。

そうは願うだけだというのに、男が伴侶と幸せになろうと動くことを諸手を挙げては喜べない狭量な己が土方の中に在る。


いつか、誰かの口から、風の噂で聞くことになる話ではなく、まさに自分の手でそれを暴かねばならないのだ。


溜息しか、この一週間でなかった。

神楽や新八といった、現在恐らく最も近しい者が思いもつかない相手であるというならば、もはや本人を探るしかない。

土方は自室の柱にかかっている時計を見上げた。

夕餉時を疾うに過ぎている。

昼に神楽から渡された情報では、パチンコで小銭を稼いだらしく菓子を抱えて帰ってきたというから、今晩辺り呑みに出ているかもしれない。

どの店に立ち寄るかなど、男の気まぐれだ。
かぶき町のどの店か、土方に分ろうはずもない。

だが、出掛けた。
一応の努力はしたのだと言い訳の為に。
この煩雑な町で見つける方が難しいのだから、出会うことなど、まして聞き出すことなど不可能だと。



それでも、遭遇してしまうのが、土方と銀時であることを思い知るのは屯所をでて30分後のことである。

適当なところで暖簾をくぐった焼き鳥屋のカウンターで見覚えのある銀髪を見つけた時は身を強張らせるどころか、一気に脱力してしまい、入り口で座り込んでしまった。

「お客さん?」

案内に出てきた店員の声がしゃがみ込んだ土方の頭上から降ってくる。
迷惑そうな声色はきっと既に一軒目でかなり出来上がっていると思われているに違いないと簡単に想像がついた。
このしゃがんだままの状態でじわりじわりと後退して店を出よう。
そうしようと草履のつま先を後ろに動かした。
敷居を踏む感触を足の下に感じつつ、あと30センチ下がれたならば、縋るように持ったままのこの木の引き戸を閉める。

けれど、急に木の感触が引きはがされ、それから、上に引き上げられた。

「なぁにしてんの?土方くん」
「よ…ろず…や?」

銀時の目と目が普段よりも寄っていた。
土方の行動を訝しんでいるという風でもない。

「てめェがいるんなら、店を変えようかと思っただけだ」
「へぇ…」
「なんだよ…てめェだって俺の面見ながら、呑みたくねぇだろうが」
「いや、そんなことはねぇよ」
「は?あぁ、本体よりも財布に御用ってか?奢らねぇからな」
「別にぃ。今日は銀さん、ツいてたからねー。支払に困っちゃいねぇっつうの」

ならツケもまとめて払ってくんなと調理場から親父の声がかかり、銀髪は肩をすくめた。

「なんなら、土方くんに奢ってあげてもいいけどぉ?」
「結構だ!俺は帰るとこだって…」
「まぁまぁ、そう言わずに…」
銀時は自分が掛けていた席の隣に声を掛けて、カウンターの椅子を一つずつずれてもらう。あっという間に、銀時の出来てしまった隣の席にぐいぐいと肩を押されて押し込まれてしまった。

「てめ…どういう風の吹き回しだ?」
「下心はありませんよー。金も持ってる、まだ酔っていない。
 ただ、ちっとおめェと話してみてぇなぁって思っただけ」
「大将!明日は嵐が来るって天気予報言ってなかったか?」
「言ってはなかったけど、用心するにこしたことはなさそうだねぇ」
「オイ!コラっ!どういう扱いだコンチクショ―」

豪快な笑い声と共におしぼりと突出しがカウンターから伸びてくる。
諦めて、土方はそれを受け取って、ビールを注文した。

「なんだよ?」

おしぼりで手を拭き、割りばしを割ったところで、じっと土方を見つめる視線に我慢できなくなって顔を銀時に向けた。

「いやぁ?べーつーにー」
機嫌がいいのか、にやにやと笑いながら、土方と距離を少し詰めてくる。

「なんかムカつく…いや、てめェにムカつくのはいつものことだから仕方ねぇんだけれども
 いつも以上にムカつく」

思わず、上体をのけぞらせながら、悪態をつく。
そうしないと、心臓の音を聞かれそうな気がした。

「そうなのー?」
「その語尾、無駄に伸ばすのやめろ!
 なんだってんだ言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」
「えー?聞いちゃう?」
「てめっ!酔ってんのか?酔ってんだろ?もういい、聞きたくねぇ。
 てめぇは黙ってろ。んで、こっち向くな!」
「なに?照れちゃう?銀さん、いい男すぎて照れちゃうから見つめるなって?」
「アホか!俺の方がずっといい男だからって僻んでんじゃねぇよ!」
「だーれーがー僻んでるって?僻んでいませんー。
 こんなマヨの味覚障害馬鹿より俺の方がいい男だもーん」
「ハイハイハイ…わかった。わかったから、そのマヨ寄越せ」

気のきく大将がビールと共に運んできたマヨネーズのチューブを土方よりも早いタイミングで手を伸ばした銀時が抱え込んでしまった。
それに手を出せば、なぜかポンッとマヨネーズを持っていない方の銀時の手が載せられる。

「は?」
「やだ!くぁわぁいーいー。って言われない?」
「言われねぇよ!なんなんだ!一体」
「いやぁ…土方くん。折り入って話がだな」
「今度は急に改まってなんだよ…」

落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせ、土方はマヨネーズをひったくり、ビールで喉を潤しながら、銀時の言葉を待った。

「モウスグバレンタインデスネ」
「ソウデスネ」

まさか、その話題を銀時の方からふってくるとは思っていなかった。というよりも、いつも通りの掛け合いをしているうちに正直なところ、本来の目的を忘れかけていた土方は急に背が冷える。

「土方くんは、やっぱり、たっっっっっっっっっっくさん、貰うんでしょうね?」
「貰ってねぇ。
 つうか貰えねぇ。誰からかわかんねぇもん食って、大事になっちゃ困るからな」
「へ?そうなの?去年、段ボール抱えたジミー見たけど?」
「申し訳ねぇけど、全部焼却処分」
逆に土方の冷静な部分を呼び戻す結果を招いたのではあるが、
先日も同じような話をしたばかりであるだけに、げんなりとしてくる。

「勿体ねぇぇぇぇぇぇ!世の中どんだけもらえない男で溢れてると思ってんの!
 ぎぶみーちょこれーとぉぉ!!!」
「ごっつい攘夷浪士が劇薬入りのチョコを可愛くラッピングしている図、想像してみろっ!」
「怖っ!素直にかわいい女の子、想像できない土方くん、悲しいねー」

実際に毒薬や爆弾をチョコに忍ばせて送り付けてこられたことがある。
飛脚の線から取り押さえた浪士は華奢という言葉の対極にいるような厳ついオトコだった。
証言によれば、その浪士が自ら仕込んだと聞いた時には引いた。

「なに今度は急に憐れまれた感じになってんの?俺っ…」
「あ、でも、ゴリラ、雌ゴリラのダークマター食ってぶっ倒れていなかったっけ?」
「言うな…てめェも貰ったんじゃねぇのか?」
「言うな…数のカウントには入れるが、糖分のカウントにはできねぇ。
 じゃあ、特定の誰かとか?」
「別に」
「あの上司の娘だっけ?マヨラ13さん」
「んなもん受け取った日には、親父に射殺されてら」
「違いねぇ」
くつくつと今度は土方も笑った。
話の流れを土方の方へ引き寄せるべく、会話を続ける。

「てめェこそ、貰うんだろ?」
「新八と連名で顔なじみからいくつかな」
「意外だな。そこは盛ってくるかと思ってたが…」
「まぁ、見栄張ってもねぇ。銀さんも成長したのよ」
「なんだ?本命からの1個があれば十分だとかのろける気か?」

今晩の銀時は熱燗を飲んでいた。
猪口に注いでやりながら、なんとか会話を聞きたくて、聞きたくない方向へ誘導する。

「あー…」
「なんなんだ?」
今日、一体何回なんなんだと問えばいいのだろう。
あ、の形で口を開いたまま、手に持った猪口を口に運ぶでもない。
もう一度、呼びかけようかと思ったところで、男は猪口を一度置き、机に額を落とした。

「バレちまってる感じ?コレ」
「あ?バレて…って本命待ちってことか?」
「あ、バレてるってわけじゃねぇの?あれ?ババァ、適当なこと…」
「ババァ?」
下を向いているために聞き取りにくいが、間違ってはいないだろう。
ババァと銀時が呼ぶのはお登勢ぐらいしか知らないが、ここでお登勢が出てくる意味が解らない。

「まぁまぁまぁ、その、本命さんからはさ、どう袖降ってもチョコなんてもん、転がって来そうにねぇ奴でよ」
「へぇ」

土方は灰皿を引き寄せて、煙草に火を点けた。

「今年は銀さんが特製作ってみようかと思ったり思わなかったり?」
「そりゃ…喜ぶんじゃねぇ…か?」
「喜んでくれるかねぇ?そういえば、おめェ、男からって抵抗ねぇんだな?」
「隊士にも受け取らねぇようきつく言ってるからな。
 彼女持ちは男から贈ってる奴もいるには」
「あぁ…そっちな」
「あ?どっちだよ?」
「そっちはそっち。こっちはこっち」
「あ?」
「わかんないなら、もういい」

焼き鳥の串を串立てに差して、空になった皿をカウンターへ返す。
返して、皮を今度は塩でと注文した。

「はっきり言いやがれ。さっきからてめェは自分ばっかり何か納得しやがって!
 気に食わねぇ」
「そ?土方くんが銀さんに聞きたいことあるのに、はっきり言わないからじゃね?」
「聞きたいこと…?」
「そう、聞きたいこと」

本来の目的を遂げるには絶好のチャンスだった。
いきなり、というタイミングではない。路上で出会った時の様に、怒鳴りあってもいない。

「…てめ…は……に……ョ…ート…く……んだ?」
「へ?」
「…め…は……れに……チョ…レー……る…んだ?」
「はい?」

さりげなく聞いたつもりだった。
つもりはあくまで「つもり」で声が掠れて途切れ途切れになってしまった。
だが、三度目を繰り返す気力は土方には残っておらず、諦めを落とす。

「もういい…」
「ちょっとちょっと!俺も確かにさっき『もういい』って言ったけどね?
 言ったけど、今のはちゃんと聞き取れって言う方が無理でしょうが!
 ボリュームをもうちょっとぐいっと上げて、ワンモア?」
「大将!おかわり!」
「俺も!で?!」
「その話は終わり!俺は飲む!」

その後気が付けば、実のある話をしないまま、二人してカウンターに突っ伏していたのだった。




『いとほし−壱−』 了





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