うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ

おまけ 『マネージャー山崎の憂鬱』




※こちらの時間軸は、本編弐の途中に当たります。
 キャンペーンで、広報に動き回る土方さんと山崎マネージャー+坂田さんの小話です。





「はーい!土方さん!こっちに目線下さい」

カメラのフラッシュが音を立てて焚かれた。

「いいですねー!でも、もう少し笑った顔お願いします!」

江戸の町で名の知れたカメラマンはやけに高いテンションでモデルに注文をする。
それを山崎退は壁に背中をあずけて撮影風景を眺めていた。

モデルの名前は土方十四郎。

「もっと自然に!」
「こう…ですか?」

土方は顔を引きつらせていた。
それはそうだろう。
彼は本職のモデルではない。
にこやかに笑って、美しさを、夢を振りまくような仕事についている人間では決してない。

むしろ、もっと物騒で血腥い仕事。
幕府特別武装警察・真選組の副長その人なのだから。

「あー、休憩しましょう」

カメラマンがファインダーから顔を上げ、周囲に目配せする。
スタッフがざっと動き、土方も撮影場所から一段降りてきた。

「や…!」
「はいよ!」

ご機嫌斜めなのは百も承知だ。
更に苛立たせるのは得策では決してない。呼ばれる前に、上司の元へ走り寄って飲み物を手渡した。

−真選組イメージアップキャンペーン−

そんなキャンペーンのイメージキャラクターというべきか、マスコットの役割を土方に割り振ったのは警察庁長官松平片栗虎と局長近藤勲だ。

来年度の予算の数字を確定させるためも、真選組という組織の好感度をあげておくことは必要不可欠だと幹部でもない山崎にもわかる。
人からどう見られるのか、どう人心を誘導するのかという面に関しての大切さもまた痛いほど承知している。
山崎本来の業務、監察もそこに長けていなければ、全う出来ないからだ。
その監察の目から見ても、土方は良くも悪くも無頓着に、そして、無意識に人の目を引きすぎる人間だった。


土方がパイプ椅子に座って、飲み物を飲んでいるうちに、写真のチェックに使うモニターやパソコンを覗き込んでいるスタッフの元に移動する。

「お疲れ様です」

腰を低めにして、へらりと笑えば、一同に苦笑いされた。

「聞かなくても…想像ついちゃったんですけど…一応、どうにかなりそうです?」
「そうだねぇ…」

カメラマンがモニターを睨んだまま、言葉を濁す。

「被写体としては申し分ないんだけどね。土方さんって。
 腰の位置が高くて手足も長い。頭が小さいうえに、あの顔だろう?」
「今回みたいな企画、広報キャンペーンのようなのを
 あの人で撮って、そのままっていうのは、やっぱり、難しいですよね…」
「典型的なアイドル使った警察の防犯ポスターのイメージがいいんでしょ?」
「えぇ、まぁ…」

今日の撮影は、テロ撲滅への協力を促す一般向けのポスター撮影だ。
隊士募集ではないから、恰好よさというよりも親しみやすさを前面に出したいというのが意向。

「なんていうのかな…『モデル』じゃないんだよなぁ。
 勿論プロじゃないから当たり前なんだけど、それにしても…
 硬質すぎるというか、枠に収まりきれないっていうか」
「なんとなく仰ってること、分る気がします」

ファインダーに収まりきれない。
我らが副長は、ただのお飾りに収まる人間ではないから。

ただ、綺麗に撮るなら出来る。
隊服を着た土方の姿はそれだけで完成されている。
足すところも、引くところも、姿的には何もない。



振り返ると、土方はヘアメイクの女性に鏡の前に誘導されて、髪を弄られていた。
動きのある絵を撮っているわけではないから、さほど崩れているようには思えない。
土方をリラックスさせようとしているのか、ただ、普段会うことのない秀麗な男に近づきたいだけなのか。
どうやら、周囲で見守る女性スタッフの視線から察するに、後者のように思われた。

高すぎず低すぎない鼻梁。
紅を差していないのに、色づいたように見える薄い唇。
ヘアメイクに返事を返すたびに震える真っ黒い睫。

「あの、」
「ん?」

柳眉の下の双眸が、山崎の視線に気が付いたのかこちらを向いた。
鋭利な上に、瞳孔が開いて物騒に見られがちだが、その下に隠されている温かさのようなものを山崎達隊士は知っている。

媚びや甘えのない人物なだけ。

山崎はひとつカメラマンに提案をした。




「ひっ」

刷り上がったポスターを抱えながら走っていた山崎は突然背後から首根っこを掴まれ、悲鳴をあげた。

「よぉ」

必死でもがきながら振り返れば、掴んでいたのは白い毛玉を頭に乗せた、もとい、重力に逆らった銀色の天然パーマ頭の男だった。
力を抜けば、同時に手も離され、宙釣りぎみだった体も地面にしっかりと足がついた。

「旦那、なんです?一体」
「あー、いや、なんか面白そうだったから?」
「なんで疑問形ぃぃ?俺、今忙しいんです!」
「そうなの?それ、なに?」

相変わらず死んだ魚のような目がちらりと抱えていたものへと動いた。
な、なんか嫌な予感しかしないんですけどぉぉ…っと、冷たい汗が背を流れた。

「えーっと…これは」
「どれどれ?」

拒絶しても無駄だと、抱えていた腕の力も抜いた。
抵抗してもくしゃくしゃになるだけで、最終的には奪い取られるなら被害は最小限がいい。

「へぇ…」
「あの…旦那?」

広げたポスターに隠れた相手の顔は山崎からは見えず、声色から反応は読み取ることが出来ない。元から何を考えているのか読ませない人間ではあったが、更に難しい。

「よくこんな顔、撮れたね」
「あ、はい。大変でしたよ。もう…あの人笑わないんですもん」

どこか冷ややかな声に更に冷や汗が溢れてきた。

ポスターの土方は微笑んでいた。
微かではあるが、カメラに向けられた目元に少しだけ細まり、口元も柔らか。
隊士でもなかなかお目にかかれる顔ではないのだが、プロのカメラマンは奇跡とも呼べるほんの一瞬を確実に拾い上げている。

「にやりとかひくりとかは顔の筋肉動くんですけど、基本不器用ですからあの人」

幾分、言い訳がましくなったかもしれないが、どうにも舌が上手く動かない。
だよねぇ。そう言って、銀髪頭はポスターの向こう側から動かずに、じっとまだ眺めつづけている。

山崎は可能性として考えていたことが間違いでないことを確信した。
目の前の男は土方のことをやはり憎からず思っている。

「…じゃあ、この顔どうやって?」
「あー…」

山崎は少しだけ考えた。
答えても別段問題はない。
問題はないし、坂田のことが嫌いなわけでもないが、素直に教えてやるのも少々癪だった。

「おだててもすかしても駄目だったんで、組の話とか…マヨネーズの話とか…
 色々織り交ぜながら話を振るようにお願いして、なんとかってところです」

本当はそれだけでは、土方の珍しい微笑みは撮影できなかった。
隊の話をすれば、厳しすぎたり、自慢げな顔になってしまったり。
マヨネーズの話をすれば、味を思い浮かべてしまったのか、かえって表情が緩みすぎた。

だから、結局その「色々」な部分の話の時にシャッターが押されたものが採用された。

「そういえば、土方さんは何色がお好きですか?黒以外で」
「…色、ですか?」
「たとえば、銀色とか?」
「そうですね…あまり強い色合いは苦手なので、ソレなら…」

何をその時思い浮かべたのか。
土方近くで多くの時間を過ごす山崎にはわかっている。
銀色とか天然パーマというキーワードを織り交ぜる様に頼んだのは他ならぬ山崎だ。
けれども、まだ教えてやる気にはならなかった。

「あ!旦那!」
「1枚くらい、もらってもいいよな。今の土方人気なら、近い将来にプレミアつきそう」
「ちょっと!困りますって!」

思い出している間に、くるくると万事屋の主人はポスターを丸め、己の肩を叩き、踵を返してしまった。そして、そのまま、ふわふわとした銀色の髪を揺らしながら、どんどん遠ざかっていく。

「あ!やば!」

時計を見て、思いのほか時間を使ってしまったことに慌てた。
今晩9時からのニュースにゲストコメンテーターで出演することになっている。
ぼやぼやしていると間に合わないことになってしまう。
山崎は小走りで走り出した。

「っとに…」

山崎は憂鬱だとおもった。

自分達が持ち上げた神輿とはいえ、人気は予想以上の速度で広まっている。
真選組の看板。

やや暴走気味の状況に、これからますます土方のスケジュールは過密になり、ストレスも増していくだろう。

土方十四郎という男について行く人間として、土方が持て囃されるのは誇らしい。
でも、土方には幸せになってほしいとも思う。

憂鬱だ。
もう一つの懸念に、もう一度思った。

小さな小さな火種は燻る程度から細く細く煙を上げ始めている。
気が付いていないのは、当人たちだけ。

その時になったら…。


「さて!俺たちの副長を自慢するために、もう一丁頑張りますか!」

何がどうなっても、ついて行く人間は変わりはしない。

山崎は崩れかけたポスターの束を抱え直し、全力で走り出したのだった。



おまけ 『マネージャー山崎の憂鬱』 了






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