うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




それからは、散々だった。

土方にジャンパーを貸してしまった為に、万事屋までの帰り道の間に身体は芯まで冷え切って風邪をひいてしまったし、万事屋に乗り込んできた依頼人の母親に子どもともども銀時達までこっぴどく叱られてしまう。


そして、もう一つ。
再びSNS上に流れた呟きが今度は銀時をも巻き込む事態となったのだ。




『@marron13真選組の副長さんっ!ホモだったでございまする・゚・(ノД`)・゚・。』

添付された写真は銀時に肩を抱かれている土方のもの。
銀時の顔は配慮されているのか、加工されているが、土方の不自然な顔の赤さが目を引く。

「やだ!幻滅!」
「真選組、ホモの巣窟って本当だったの?」
「副長さん、可愛い」

江戸では珍しい銀色の髪。
特徴的な流水紋の着流し。
それらがちらりとでもフレームに入っていれば顔が隠されていようが、分る人間には銀時のことだと直ぐにわかるものだ。

案の定、しばらくの間、銀時は行く先々で副長さんとは仲良くやってる?銀さん、そっちの趣味だったんだねぇと決定事項のように話しかけられ、否定すればしたで、照れ隠しと勘違いされ続けている。
銀時許さぬぞ!こともあろうか幕府の狗などと!お母さんは許しませんよ!と幼馴染も何処から聞きつけたのか、乗り込んでくる有様だ。



それでも人の噂も75日。
漸く噂も落ち着き、平穏な毎日が戻ってきていた。

川に落ちて以来、土方とはまともに話らしい話をしてはいない。
銀時とて、事実であれば嬉しくないわけではない。
嬉しくないわけではないし、カラクリの中の小さな写真でもわかるような土方の赤面に期待したくもなる。
人の視線が気になるというよりも、だからこそ、否定も肯定もされたくなくて、だらだらと遠巻きにしてきたのだった。


だが、元々打ち合わせをしていなくても、ばったりと鉢合わせてきた二人のこと。

梅も散り始めるある日のこと、ふらりと立ち寄った定食屋で独り、遅めの昼食を摂る土方に出くわした。

暖簾をくぐって、入ってきた新規の客がいつまでも戸をとじないことを不審に思ったのかカウンター席に座っていた土方が顔を上げる。
銀時も遅かれ早かれ、出くわすだろうとは思ってはいた。
が、さて、いざ現実となれば、どう対応していいのか分らない。
それは、土方も同じなのか、一瞬だけ眉を潜めたものの悪態をつくでもなく挨拶をするでもなく、湯呑に手を伸ばした。
口を付けた途端、熱かったのだろう。
小さく舌を出して、顔を目いっぱい顰める。
食事はまだ土方の前に出されておらず、手持ち無沙汰なのか、煙草に火を点けた。

不機嫌に見えて、不機嫌ではない口元に銀時は腹を決めて、どかりと土方の隣に腰を降ろした。
今日は満席というわけではないから、他にも席はいくつも残っている。
それでも、土方は銀時のことを咎めることはしなかった。

「人気者の副長さんが、こんなちっちゃな定食屋でくすぶってていいのかよ?」
「ウルセェ。身の程は弁えてる」

そんなことはないと心の中で秀麗な横顔を盗みみる。
別に容姿に惚れたわけではない。
惚れた欲目でそういう風に見えるわけでもない。
対外的な取り澄ました顔よりも、今のような眉間に軽く皺を寄せた、どこか拗ねたような表情の方にむしろ見蕩れる。

「どうせ例の噂、落ち着きゃ、またモテまくるんだろうよ。つうか、禁煙どうしたよ?」
「モテねぇよ。ありゃ、マスコミやSNSが作り出した幻影みてぇなもんだ。
 その証拠に人の噂も75日が過ぎたら、あんな騒動はすっかり収まってら。
 煙草も俺が我慢しなけりゃならなかったのは予算の目処がつくあの式典まで」

ふぅと旨そうに紫煙が薄い唇から細く吹かれていく。

「式典、そういや、途中で消防車行ったろ?アレ、なんだったわけ?」
「直前に一般客に紛れて不逞の輩が不審物を持ち込んだ可能性がって情報が流れてな。
 爆発物処理班と一緒に、一応な」
「もしかして、握手会は中止?」
「握手会?あぁ、冊子の販売のことか…。
 お偉方に何かあっちゃなんねぇからな…警護優先だ」
「あー、ハイハイ、聞かねぇよ。何かおめェ悪い顔してっから」

先はそれ以上促さず、通りかかった女中に日替わりを頼んだ。
その情報はいつから掴んでいたものなのか。
堅苦しい警察庁のイベントにそれほど普段であればあれほどの一般人は集まらない。
冊子も売れはしない。
土方の人気にあやかって増刷したであろう冊子を売り切る為にもギリギリのタイミングに情報を提示し、やむを得ない事情だと土方は場を離れる。
銀時が武装警察の仕事ではないと言ったことを気にしたのか、ほとほと嫌気がさして、予算さえ確保できれば、出来うる限り早く日常に戻りたかったのか。

「それより…てめェの方は大丈夫だったのか?その…」
「あぁ…例の噂?まぁ、ねぇ?賑やかっちゃ賑やかだけど、
 今のところ、俺には追っかけなんざついてねぇし?大した害はねぇなぁ」
「ならいいが…
 何にしても人に見られるってのは肩凝って仕方ねぇ。こんなことは、懲り懲りだ」

減ったとはいえ、ちらちらと土方を覗いてくる周囲の視線は健在だ。
それは男が気にしているような銀時と土方の仲を探るようなものもあるにはあるが、明らかに土方への好意を含んだものの方が多い。
拡散された情報は土方への憧れを減らしてはくれたもののゼロにはなってはいないのだ。
秋波を受け慣れた土方だからこそ、気が付かないのかとも思う。
現に今、銀時と土方の前に定食と丼を置いていった女中の頬も染まっていた。

「…おめぇはそのままでいろよ」
「あ?」
「雲の上の副長様よりはニコチンマヨネーズの方がお財布が俺に近い」
「ってめっ!おごらねぇからな!」
「ちょっと!おめぇの財布あてにして日替わりにオプション頼んだんだかんな!
 逃げるのなし!」
「はぁぁ?」
「ほれ、これやっから!」
定食に追加で付けた出汁巻を箸で一口大にしてハの字に開いた口に押し込んだ。
条件反射のように、口は閉じて素直に咀嚼する。
最近の銀時お気に入りの味だ。

「うまくね?」

甘めだが、しっかりと出汁の味が効いているから、甘党で無い土方の口にも合うと思ったのだ。
箸を引き抜いて、自分の口にも運ぶ。
絶妙な焼き加減で焼かれた卵が崩れて、じんわりと口いっぱいに旨みが広がる。

「オイ?」
それほど大きな塊を土方の口に押し込んだわけではない。
銀時の口から卵が喉へ移ってしまっても、何も言わない男を見た。

土方の顔が赤かった。
赤くなって、なぜか懸命に唇を手の甲でこすっている。

「あ?マヨねぇと食えねぇとかいうんじゃねぇよな?変な味だった?」

もう一切れ、銀時は口に運ぶ。
おかしなところはなさそうだった。

「おやおや、噂通りのほもップルになっちまいましたねぇ」
「あら、沖田くん」
「どうも、旦那。ランチデートの最中に申し訳ねぇんですが、ホモ方さんお借りしやす」
「ホモじゃっねぇつうの!」
まぁ俺はホモかもしれないけれど、土方限定だしな、これってホモっていうのか?という疑問は心の中だけにして、鰆を箸でつついた。

「だって、アンタ、いい歳こいて、あーんとか…気持ち悪ぃや。
 恥ずかしいにもほどがありまさ」
「は、あ、あー…ん?そそそそ、うご?!」
「ザキが戻りやした。至急なのに、携帯繋がらないんで俺にかけてきやがりました」
「てめっ!先にそれ言いやがれ!」
ガタンと大きな音を立てて土方は立ち上がって会計に向かう。

「慌ただしいねぇ」
「ところで、旦那。噂の真相は?」
「なぁんにも、ねぇよ?ご期待に応えられなくて申し訳ないですけどぉ」

沖田がほとんど手つかずだった土方の膳に乗っていたお新香をぱくりと口に放り込んで、茶まで啜る。

「旦那でないなら誰なんでしょう?ホモ四郎が懸想してやがるのは…」
「は?それどういう…」
「行くぞ!総悟!」
出入り口からの呼びかけにへぇいとやる気のない声を上げて、沖田は訳知り顔で一言だけ落とした。

「火の無い所に煙は立たないもんですぜ?」

真っ赤になっていた土方の画像。
出汁巻を口に入れられて呆気にとられていた幼い顔。
思い浮かべ、顔を伏せているうちに二つの黒い隊服はさっさと店を出て行ってしまった。

「ちょっと待ってちょっと待って」

落ち着け落ち着けと己に言い聞かせて、テーブルに頭を打ち付ける。
衝撃でがしゃんと定食の食器同士がぶつかって音を立てた。


「…可愛いわ…男前だわ…切れ者のくせに直情馬鹿なところもあるわ…
 モテるのは分る。うん。わかる。女好きだった俺でもドキリとするもん。
 俺はいつの間にか泥沼にはまってますよ?じゃなくて、え?土方の方?」

小声でブツブツ、頭をゴンゴンと、繰り返す銀時の丸くなった背を周囲の客は気持ち悪そうに遠巻きに見守った。

「…アイツ…マジでホモ…?」

ホモだったから、ちょっとだけ銀時を意識して赤くなっただけで、他に想い人がいるということなのか。

銀時は立ち上がった。
勢いで椅子を倒してしまう程の勢いで立ち上がった。

「女将さん!勘定!」
「土方さんが銀さんの分も支払っていっ…た…よ?あれ?銀さん」

女将の話を最後まで聞かぬまま、銀時は店を飛び出した。

「くそくそくそ…無駄に男前すぎて、わかんねぇんだよっ!期待させんな!」


しかし、まっすぐ走って行った屯所には土方は討ち入りに既に出ていて不在。
その後も声をかけようとする銀時は土方との会話を隊士一同に徹底的に邪魔され続け、幼馴染にはしつこく説教と足止めをされ、失敗を続ける事になる。

同性愛好者なのか。
想い人がいるのか。
期待していいのか悪いのか。

SNSでも、マスメディアが流す情報でも、人伝でもなく、土方十四郎本人に火元の確認がようやく取れたのは春の音が聞こえる頃のことであった。





『火の無い所に、とは申しますけれど−』 了



 
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