うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




プチン。

ブラウン管テレビから液晶の時代に。
アナログ4:3の放送からデジタルに。
けれども、電源を落とす時には、やはりそんな音がする気がする。

「銀さん!この後、お通ちゃんが出る音楽番組始まるんです!消さないで下さいよ!」
「ウルセェよ!お前、ここ何処だと思ってんの?神聖な職場だよ?
 気安く用もない番組見てていい時間だとでも?
 そういう趣味の番組は家に帰ってみてくださいー」
「アンタ、さっきまでバラエティーみてたよな?従業員働かせたいなら!
 仕事取ってきてこい!」
「バラエティーはバラエティーでも次のニュー万事屋に進化するための情報集めに
 社長は日夜余念がないだけなんだよ!観たくもない番組でも渋々だなぁ…」

渋々だ。
なんと言われようと渋々だ。
面白くない。
まったくもって面白くない番組ばかりなのだ。

「………結野アナ出ていない時間にドキュメント的な要素のある番組とか、
 確かに銀さんにしては珍しいセレクトでしたし、楽しそうには見えなかったですけどね!
 明らかに今取っ手付けた言い訳でしょ?!」
「んなことねぇよ」
「結野アナは出てなかったアルけど、マヨチンコは映ってたネ」
「土方さん?」
「あー?出てたか?んな奴」

めっさ出てたネと最後の一枚を食べきってしまったらしい、酢昆布の箱を覗き込みながら神楽が答えた。

テレビで、ニュースで、ドキュメンタリーでひっぱりだこな土方十四郎。
それが最近、銀時の機嫌を悪くしている元凶だ。

隠し撮りブロマイドまで高値で売り買いされているのをみて苛立ちを隠せない。
(ブロマイドの収益は沖田が総取りらしい。腹黒い笑みを先日垣間見た)
なにより、事の発端ともいえるSNSの拡散が騒ぎに拍車をかけていた。
今や、土方の居所は容易に人々の目撃情報である程度絞ることが出来る。
好意的な呟きが大半ではあるが、考えようによっては、ファンのみならず、攘夷浪士にも真選組の頭脳の居場所が明らかになるとも言えるのだ。
危険でないはずがない。
いや、土方十四郎という男は自身の身にかかる危険を厭うことはないだろう。
戦略的に不利ではないか。
などと。
理由をこじつけてはみるものの、ただ単に、土方がモテることが気にくわないのだ。
モテる要素は土方には元からあった。
秀でた容姿もさることながら、幕臣の端くれ。
鬼の副長として組織を引っ張っていこうとする姿はぴんと張りつめ、厳めしい顔であることが多いが、それだけに時折垣間見せる笑みは引き立つ。
女子どもに滅法弱いし、手を上げることはないと思う。

本人は自分のことをただの田舎侍、バラガキの集団とひとくくりにはしていたが、けしてそんなことはないのだ。

遅ればせながら、皆が『土方十四郎』という人間に気が付いてしまった。
それだけだ。

「くそ…」

好かれてはないと思う。
目が合えば、眉間を寄せるほどには嫌われている。
出逢いからして、斬り合いという物騒なものだった。

真選組の、近藤の為に心血を注ぐまっすぐな男を好ましいと思い始めて、それが恋情の類だと気が付いた時は落ちこみもした。
どうにもならない気持ちを、焼ける胸を押さえつけてきた。
土方が誰のものにもならないこと、誰の手も取らないことが救いだった。

巡察の途中、顔を合わせれば、軽口をたたき、そのまま大人気なく怒鳴り合う容赦ない間柄で十分だった。

土方のことをひとつ、ひとつ、会話の度に、接触する度に知っていけることが楽しみだった。
ささやかな銀時だけの楽しみのつもりが、今はそうではない。
あらゆる媒体で『土方十四郎』の情報が溢れ、姿が晒され、訳知り顔にコメントする人間が横行する。
惚れた男を褒められれば、何処か誇らしく、嬉しい。
同時に嫉妬もする。

そして、今の状況ではと、髪を掻きむしる。
雲の上の人間になったわけではないのに、遠い。
もどかしく、ひどく恋しい。

久々に路地裏で見つけた土方の疲れ切った様子を気の毒にも思い、それでいて、やはり、持て囃されていることを快く受け入れているわけではない男に安堵した。
ひどく矮小で、利己的な感情だ。

友だちでもなければ、恋仲でもない。
腐れ縁でしかない自分には何も口を挟めない。何も止められない。

世論の動きをじっと待つしかないのかと、ジャンプを顔に乗せ、ソファに寝そべったのだった。





朝、起きると雪が積もっていた。

天気予報目当てにニュースを眺めながら、冷たい足先をすり合わせる。
冬将軍はまだまだ健在で、春に居場所を譲る気はないらしい。
結野アナの占いも今日は自分に関係ありそうなことは言っていなかった。

確認が済んだなら、そろそろ銀時も出かける準備をしなければならない。
出来れば出かけたくないが、今日は依頼が一件入っている。
子どもが凧揚げをしている最中に失くしたというお守り探しだ。
本人にとってはとても大事なものだと聞けば、一度引き受けた仕事、寒くても何でも、小銭稼ぎだろうと出かけなくてはならない。

「………」

天気予報から画面が一度スタジオに戻り、本日行われる大きな行事がピックアップされた。
警察庁創立記念イベント。

「握手会って言ってた奴かコレ…」

先日、ようやく言葉を交わすことのできた土方が零していた警察庁のイベントだと気が付く。
幕府の中枢からも来賓が来るとなれば、通常の警護の任も行いながら、市民への頒布にも携わることになる。
アナウンサーは、これまでになく穏やかな口調で真選組の参加を紹介していた。

「銀ちゃーん!新八も来たアルヨー!」

さっさと支度を済ませて、お登勢の店の前で雪と戯れていた神楽と定春が玄関先から呼ぶ声がした。

「うーい!」

テレビの電源を落とし、ふいに思い出す。
そういえば、このイベントが終わったら一息つけるはずだと言っていた。
邪魔が入り、問うことが出来なかったが何か今日あるというのか。
会場は捜索予定の河川敷からさほど遠くはない。帰りにでも、様子を窺ってみるかとらしくもなく気合を入れてみる。

「銀さーん!まさか二度寝してんじゃないでしょうね?」
「寝てねぇよ!」

袢纏を脱いで、腰に洞爺湖を差す。それから、ジャンパーを着こんで更にマフラーで首元を覆った。手袋も忘れてはならない。

「今行く!」

のそのそと仕事へ向ったのだ。





道路に残った雪と違い、草の上に積もった雪はなかなか溶けにくい。
車やバイク、大勢の人に無視慣らされていない川沿いにそって白一色に染める風景に、子どもたちがはしゃいだのは最初の数十分だけのことだった。
陽が高くなるにつれて、ゆるやかに上昇する気温は中途半端に雪を氷に変え、踏みしめた部分を圧縮して硬くする。

依頼で探すのは、小さなお守り袋。

一昨日の昼、依頼人はこの場所にいたらしい。

友だち数名と少し浮いた凧の糸を徐々に伸ばしながら、走り続けていた。
一度気流に乗れば、自然と昇っていく凧。
あとはくいくいと時折、風をよみながら調整しながら、さらに糸を伸ばしてやりさえすればいい。
けれど、その日、なかなか依頼人である少年の凧は天空高く上がってくれなかった。
やっきになって揚げようと何度も何度も走り回っているうちに、陽が暮れた。遅くなったことを母に叱られ、風呂に行かされる段になって首から下げていたはずのお守り袋がないことに気が付いたという。
失くさないように赤い紐を通して首から下げていた。
体が弱かった少年の為に百日詣までしてくれた祖母が作ってくれたものらしい。
次の日、しもやけだらけの手になりながら、遅くまで河原を探しているところを散歩中の神楽が声を掛けて、依頼と相成ったのだ。

じゃりじゃりと氷になった雪を払いながら、少年も一緒になって探す。
地面に近い膝が悲鳴を上げ始め、銀時は一度立ち上がって、身体を伸ばした。

「坊主、凧あげていた日、どの方角に風吹いてたんだ?」
「え…と…?」
「どっちからどっちに走って揚げようとしてた?」
「あっちからあっち」
少年は川上から川下へと指で示した。

「つうことは、風は風上はあっち…」

銀時は少年のなぞった軌跡を追うかのように川上から川下に少し歩き、そして振り返って凧が上がりかけたであろう方角を見上げた。
ガタゴトと消防車が見上げた先に在った橋の上を走り抜けていく。
火事か?と目を細めるうちに、また2台3台と続けざまに同じ方向へ渡って行った。
自然と、走って行った先を視線で追う。

「銀さん、なんでしょうか…」
「わからねぇが、火事、じゃねぇな」

一般火災ではない。
硝子の割れる音や火の手は見当たらない。消防車は駆けていったが、地の火消が動き出す気配もない。

「ま、消防車はいいや。しかし、こんだけ、探してねぇってことは誰かが拾っちまったのか…
 それとも、場所がちっと違うのか…」
「そうですね。紙じゃないから河まで風で飛ばされるってことはないでしょうけど…もう少し範囲広げますか?」
「あぁ、こうやって、凧を見上げながら、後ろ向きで移動したとして…」

しばし、見ていたが、野次馬が動く様子もないことから、銀時はずっと見上げていた首を揉んでから、気を取り直して作業に意識を戻した。



捜索範囲を広げ始めてから30分程して、作業は再び、皆の手が止まり始めた。

「銀ちゃん…お腹すいたネ」

言われて、天を仰げば、確かに太陽は天頂近い。

「昼メシ休憩にすっか」

一度万事屋に戻り餅の残りで何か作るかと考え、いや、あれは既に神楽の腹の中だったかと口を尖らせる。冷蔵庫の中にはいつものことながら大したものは入っていない。
釜にわずかに残った米を雑炊もどきにして嵩増しして、蒲鉾やネギやらで誤魔化そう。
決めると、立ち上がって伸びをする。

伸びをしながら、自分たちが捜索した場所をもう一度見渡した。

「そういや、坊主、おめェ、この河原に降りてくるとき、どの辺りから降りてきた?」
「え?え…と…どこであげようかと思っていたら友達に橋の下から呼ばれて…橋のすぐ横から」
「じゃあ、その辺りを辿りながら、一旦引き上げようぜ」
「そうですね!あ…」
同意した新八の声が停まった。
つられてみれば、橋の上をパトカーに先導されてスモークを張った黒塗りの車、またパトカーという順で渡って行った。
続いて、ぞろぞろと比較的若い年齢層の女たちの集団が行列をなして通って行った。
人垣に注意しながら、先ほど駆け抜けていった消防車も減速して戻っていった。

「なんかイベントありましたっけ?」
「あー…うん…」

人の流れている方向からも十中八九、土方の握手会、いや、警察庁創立記念イベント。
失せ物探しが終わったら覗きに行こうかと思っていたが、どうやらあちらの方が先に終わったようだ。
ならば、今通ったパトカーのどれかに土方も乗っていたのだろうか。
行きすぎていった行列を見送りながら、無意識のうちに溜息が出た。

「銀さん?誰か知り合いでもいました?」
「いや、いやいやいやいや!別に…誰も何もねぇ…あ?坊主?」

先ほどまで銀時たちの横を歩いていたはずの少年がいつのまにか橋のたもとにいた。
何をするのかと思えば、人が通るために張られた橋板ではなく欄干に掴まりながら外側を渡り始めた。
下から見ている銀時たちから見れば子どもには十二分に危なっかしい行為であった。

「おい!何やってんだ?」

こわごわとではあるが、少年は橋の真ん中あたりまでたどり着くと漸く動きを止めた。

「お守り!」

目を凝らせば、橋板と橋桁の間に辛うじて赤いものが引っ掛かっている。
いくら地面を探しても無いはずだ。
少年のお守りは、友達に声を掛けられ手を振った場所で橋の何処かに引っ掛かり、川にも、叢にも辛うじて落ちないままそこに引っ掛かって残っていたのだ。

少年は左手で欄干を掴み、懸命に右手を伸ばす。

「一旦上がれ!待ってろ俺が行くから!」

今日は風が強い。
橋は、心なしか時折揺れている。
銀時は土手を駆け上がる為に走り出した。

橋がざわついた。
一瞬、少年が落ちたのかと思いひやりとする。
けれど、水音も悲鳴も聞こえなかった。
原因は別にあった。
黒い隊服が数名、徒歩で渡ってきたのだ。

「土方…?」

土方と禿頭に髭の幹部服、それに平隊士が数名従う。
相変わらず、熱い視線が土方一人に注がれていた。
それはそうだろう。
穿った見方かもしれないが、警察庁の記念行事にこれほど若い世代が聴講しに出向いたとは思えない。一重に今旬の人物土方を一目、記念誌という名前の握手権を獲得するために集まったとしか。
その本人が、ずいぶん人が引いたとはいえ、普通に歩いてきたのだ。

橋に向かって走りよっていた銀時と土方の目が合った。
土方は銀時に目を眇め、銀時の動きを推し量って熱い視線を向けてくる女たちの背後、橋の欄干にぶら下がっている少年を見つけた。

「そこの!」

土方も少年に寄る。
しかし、自分に声を掛けてくれたのだと色めきたった女たちが我先にと土方に向かって一歩前にでた。

「邪魔だ!どけ!」
鬼の副長の一喝に女たちは怯んだ。
最前列にいた人間は怯んで一歩下がる。
下がった先にも押し寄せていた人垣はまだあった。
順に押され、皆が一歩ずつ欄干側に押しやられる。

橋が揺れた。
実際にはそれほど揺れたわけではない。
それでも、際どい場所に指を掛け、必死でお守りを取ろうと手を伸ばしていた少年が落ちるには十分な揺れだった。

「っ!」

予想を違えず、落ちた。
それほど高い位置ではないが、小さな身体は水しぶきを上げて川に落ちる。

人垣を押しのけて、少年に向かおうとしていた銀時よりも、土方の方が速かった。

「どけ!人の命がかかってんだ!」

女子どもの対して、暴力を振るうことのないと思われた土方ではあるが、乱暴に押しのけて手すりまでたどり着く。
地面に尻もちをついた女の悲鳴と、副長!と叫ぶ部下。
そして、野次馬のブーイング。
それらに耳を傾けることなく、土方は躊躇なく冬の川に飛び込んだ。





「大丈夫か?!」

たもとから再び河川敷に降り、ずぶ濡れになった二人に手を伸ばす。
呑気にも土方に助けられた少年はしっかりとお守りを銀時に振ってみせた。
別段、どこか落ちた拍子にぶつけたり、水を飲んだ様子は見受けられないことに安堵する。

「無茶しやがって」
「てめェの知り合いかよ。しっかり見張っとけ!クソ天パ!」
差し伸べた手に少年を押しつけてから、土方も地上に上がってくる。
ずっしりと重たくなった靴と上着を脱ぎ捨てながら、さっそく悪態をつかれた。
今回ばかりは監督不行き届きだと言われても、反論しようがない。
落した時の状況を確認しやすいかと、参加を認めたのは最終的に銀時だ。


ばたんばたんと救急車が到着し、白衣を着た人間が駆け寄ってくる。
同行していた禿頭が連絡したのだろう。

「新八!神楽!念のために、こいつは病院に行かせろ。で、母親にも連絡」
「わかりました!」
「了解アル」

土方は救急車に乗らない。
最初から銀時は決めつけて、自分の来ていたジャンパーを羽織らせた。

「いらねぇ」
「んなにガタガタ震えてたら、説得力ねぇよ。今回ばっかりは助かった」
「…万事屋?」

真っ青な顔が銀時に向けられる。
唇まで変色した顔にすら、色気を受け取ってしまい、奥歯を噛みしめた。
強引に下を向かせて着流しの袖で強引に濡れそぼる髪を拭き始める。
そうでもして、顔を見ないようにしていないと、心臓が早鐘を打つようにしていることがばれてしまうかと思ったのだ。
近づいた頭から都会の川特有の腐敗臭がしたが、気にはならなかった。

「もういい!…どういう風の吹き回しだよ…」
「可愛くねぇな!俺んとこの依頼主助けてもらったんだし、それくらいは銀さんだってな…」
「可愛くてたまるか」
「天下のアイドル、真選組の副長さま。ほらほら、下僕がお迎えにきたぞ」
「俺は…」

少しだけ顔色が良くなったように見えた土方の唇が何か言いたげに動いたが、サイレンの音に停まってしまった。
真選組のパトカーが到着したのだ。
大判のタオルをもった山崎が駆けつけてくる。
一度、コンっと拳が銀時の胸を打った。
それから、ゆっくりと、土方は銀時から離れていく。


カシャリ。
どこかで携帯のカメラが鳴った。





『火の無い所に、とは申しますけれど−参−』 了





 
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