弐「は?」 局長室に呼ばれた土方は近藤の言葉を聞き返した。 「真選組イメージアップマスコット」 「近藤さん?悪い。もう一回言ってくれるか?誰が?何に?」 「うん、だから、トシが真選組イメージアップマスコットに」 三度繰り返してもらっても、どうやら土方の耳には同じものにしか聞こえない。 となれば、聞き間違いではなく、正真正銘本気で目の前のゴリラ、もといゴリラに限りなく近い親友はにこにことしながら、聞いた通りの言葉を発しているのだ。 土方は、天井を一度仰ぎみてから、ため息とともに声を吐き出した。 「アンタ、寺門通の一日署長ん時に懲りたんじゃなかったのか?」 「まぁ、まこっちゃんはいただけなかったが、基本は間違っていなかったと思うんだよね」 「しかしだな、近藤さん、だからって…」 「土方さんの取り柄なんて顔しかないんですぜ?今使わねぇでいつ使うんでさぁ」 「顔だけ言うな!」 沖田がニヤニヤと笑いながら口を挟んだ。 この場には各隊隊長と監察筆頭である山崎が同席していた。 こういうことは、最初に自分にまず話を通してから、招集してもらいたいと頭を抱える。 「でも、副長の顔が無駄にモテるのも本当のことですしねぇ。睨みさえしなきゃ」 「原田!てめェ!」 「それにトッシーのフリしてオタク達のカリスマになった実績もあるじゃないですか…」 「そうそう、ザキのいう通りでさ」 配られた資料を眺めながら、永倉や杉原も静かにうなずく。 ぱらぱらとめくられる資料は山崎が近藤に依頼されて作ったものらしい。 最近の真選組に対するウェブアンケートや、支持率をどこから抽出してきたのかグラフやコメント抜粋の形で整理している。 小学生の作文かと思われるような文章で土方に出す報告書とは全く異とする見事なプレゼン資料に山崎を睨み付けた。 もっと根本的な部分で言えば、山崎は土方直轄の部下である。 近藤に口止めされていたからもしれないが、土方に一言あってしかるべき。 後でどうしてくれようと、山崎にとってありがたくはないことを考えたことが伝わったのかひっと小さな悲鳴を上げて小さくなった。 「私も助けてもらったことがある。無愛想だけど、優しそう」 「もっと怖い人かと思ってた」 「肩で風切って歩いてるって感じ!カッコいい」 「目の保養」 「ファミレスで見かけたけど、全然気取った感じじゃない。好印象」 資料は真選組に対して、好意的なものが大半だった。 元々、真選組は古くからある町方とは業務を違えている。 警察ではあるが、一般市民とは本来かかわりが薄く、とにかく荒事が多い。 テロを起こそうとする攘夷浪士が相手。 捕り物の最中には、民家を巻き込むことも勿論ある。 ずいぶんと生活に馴染んできた天人たちであるが、中には特級階級だと無理難題を江戸の民に強いる種族もまだまだいる。それらを取り締まることもなく、警護さえする。 市井からはチンピラ警官、武家の出のものからは成り上がり、攘夷浪士からは幕府の狗。 真選組は今まで呼ばれてきた だが、数週間前から風向きは変わりつつある。 なぜか遠巻きにされてきた真選組の、いや、正確には土方の支持率がうなぎのぼりなのだ。 各マスコミ関係者から何かと取材依頼やニュースのコメントを求められる。 真選組の業務に係わることであれば、まだ良い。 まったく関係のない今時のトレンドについてや、ファッション誌からの要請までくる。 「そりゃ、真選組を良く思う人間が増えた方が、多少仕事もやりやすくはなるかもしれねぇ。 けどな、この資料にあるような人気っていうのは、一過性のものでしかねぇよ。 俺みてぇなバラガキを下手に自分達の方から表に売り出しても、襤褸が出るだけだ。 かえって事態を悪化させるだけでしかねぇ。 第一、トッシーの時みてぇになりふり構っていられねぇ情況でもねぇ。 無理だし無駄だ。俺はモテねぇし」 一気に捲し立てると、ほんのわずかな時間だけ、場が水を打ったように静まった。 「すまん、トシ。これ、決定事項」 「近藤さん?」 「俺が今期の予算が通すまででいいから何とかしろって、とっつぁんが」 「オイオイオイオイ!」 確かに、そろそろ来年度の予算確保の為に裏付け資料を作らねばならないとは思ってはいた。 松平の後ろ盾があるとはいえ、松平の権力も絶対ではない。 頭の中で、新しい隊士の募集、頻繁に新品配給が必要な隊服、危険手当に、やむを得ず除籍となった隊士への恩給…が足早にかけていく。 金のことを出されたならば、真選組の台所事情を知りすぎるほど知っている土方はぐぅと唸り声を上げるしかなくなった。 「明日は広報用のポスター撮影、明後日からCMのリハ。 来週からテレビ出演が3局、24時間ドキュメントが1本入りま…がっ」 「ヤ〜マ〜ザ〜キ〜」 さらりとマネージャー気取りで明日からのスケジュールを述べた山崎をたまらず殴り飛ばした。 「諦めなせぇ」 「ごめんね」 「無理だぁぁぁぁ!」 真選組屯所に土方の叫び声が響き渡った。 「ひーじーかーたーくーん?」 「ひ?!」 何時の間にか背後に立っていた気配に身をすくませた。 土方はかぶき町の薄暗い路地裏にいた。 別段、攘夷浪士を張り込んでいたわけではない。 それでも気配を消し、注意に注意を重ねて入り込んだつもりでいた。 だから、まさか、誰かに声を掛けられるとは露ほども思っておらず、驚いたのだ。 「何、校舎裏で隠れて吸ってる高校生みてぇなことしてんの?これ、3Zじゃないよ」 「よ、万事屋…か」 恐る恐る振り返れば、見知った男が立っていた。 今、土方が恐れる危険を即座に引き起こすような人間ではないと息を吐く。 坂田銀時。 死んだ魚のような目をした、やる気は年中ログアウトさせた万事屋稼業の男。 元白夜叉である彼がその気になれば、土方に気取られることなく近づいてくることが出来ても不思議ではない。 「なにそのビビりよう?幽霊でも見たような顔やめてくんない?」 「びびびびっびびびってねぇ!驚いただけだ!」 「十分ビビッてんじゃねぇの。それよりも声でけぇよ」 「!」 慌てて表通りに視線を向けるが、幸いなことに土方の存在を注視するものはなかった。 「で、なにしてんの?真選組の副長さんがこんな路地裏でコソコソと」 「あ〜、ちょっと…。煙草だ。煙草」 煙草に火をつけ、一気に肺に煙を吸い込む。 満たされる吸い慣れた銘柄の匂いと苦い味が舌裏から入り込み、細胞にしみ込んでいく。 大げさだとは自分でも思うが、そんな風に感じた。 「え?マジで?」 「あぁ…」 さも久々に、しみじみと吸う様子を見たからだろう。 銀時も驚きはしたものの、別の理由があるとは疑わなかったらしい。実際、他の理由もない。 ただ、土方は己のニコチン切れを補う為に、人目を忍んでこの路地裏に入ったのだ。 イメージアップキャンペーンなるものを実施してから早一か月。 『真選組』が粗暴であることは否定のしようがないと土方は正直なところ思っている。 自分自身が悪ガキを絵にかいたような人間であるし、近藤を慕って集まった人間は名門道場を出ている者もいるにはいるが、廃刀令を布かれて、ごろつき同然になっていた者の方が断然多い。なんと呼ばれようと、気にもしていなかったし、気にするような上品な人間も隊内にはいなかったから問題はなかった。 真選組という集団の本質。 多少、急速に広まった好意的な見方、イメージ程度で、そう易々と世間の認識を大きく塗り替えられることは出来ないと踏んでいた。 ただ、周囲の組織と一般市民との衝突を緩和することも大切といえば大切だ。 聞き込みの度に眉を潜められるだけなら兎も角も、それによっていたずらに情報を隠されることがなければ無い方が良いに決まっている。 だから、無理だ無駄だとは言いつつも、予算の為、短期間でもと言われたならば、多少の広報活動とやらに従わなくもない。 どうせ、土方がマスコミ対策に表に出ていたのだ。 その程度だった。 うまく行かないとしても、それで気がすむのなら。 ほんの僅かでもいい印象を周囲にもたらせるなら。 予想外であったのは、マスメディアの力というべきか、悪乗りしている沖田の手腕と松平の後押し、というべきか。 気がつけば、『真選組』の、『土方十四郎』は一つのブランド、一種のアイドルのような扱いに変わってしまっていたのである。 今では馴染みの定食屋に行っても、サインを求められ、食事中だというのに携帯のシャッターがきられる。 怒鳴りつけたい気持ちをぐっと抑え、形ばかりの笑顔を顔面に張り付けて丁重にお断りするしかできない。 通常の見まわりもそうだ。 部下にコーヒーを奢ってやれば騒がれ、攘夷浪士を追う為に走り出せば黄色い悲鳴が聞こえる。 土方の居場所など、誰にでも筒抜けで、騒がしかった。 とうとう、パトカーでの見まわりだけにせざるを得ない有様だ。 市中を徒歩で、それ以前に一人で出歩くことの減った土方が、目の前の男の顔を見るのは久しぶりのことだった。 「あんだけ、所構わず副流煙撒き散らしていたおめェが、煙草一本吸えねぇぐれぇ 忙しいわけ?」 「うっせ。忙しいっつうか…禁煙」 「はぁ?禁煙?おめェが?」 「させられてるっつうか、監視されてるっつうか」 忙しいの種類が違う。 気の遣う部分が違う。 「あ?」 「イメージがどうのってよ」 副長としての仕事量は変わらない。けれど、初見の人間といる時間が増えた。 銀髪の男は察したらしく、あぁと吐息のような音をたてて返事をした。 「煙草は健康を本人、もしくはその周りの人の健康を著しく損ねる可能性がうんぬん。 マヨネーズも適度な量を護れないなら禁止。 なら、屯所にいる時ぐれぇ構わねぇだろうに、 どこでファインダー狙われているかわからねぇから全面的にダメだとよ」 土方にとって、マヨネーズの摂取は嗜好の意味もあるが、激務で奪われる消費カロリーの効率の良い摂取方法、煙草は精神安定剤代わりだ。 そのどちらもがこの一か月全面的に禁止されたのだからたまらない。 せめて、人目のないところと思っても、分刻みで入れられたスケジュールと付きまとうヒト、ヒト、ヒト。 至る所で握手を求められ、ぶしつけな視線は離れることはなかった。 今日漸く、隙を見てこの路地裏にやってきたのだった。 「そりゃ…お気の毒…」 「俺たちはどんなに飾ったって、ただの田舎侍でバラガキの集団でしかねぇってのに…」 「でも、今更降りられねぇ?」 「あぁ…」 「まぁ、なぁ…すっげぇ人気者だもんねぇ。今の土方副長さんは」 「やめろ、その言い方」 「アイドル顔負けだろ?婦人雑誌の表紙に、特集、テレビのCMに、ドキュメンタリー、コメンテーター?他にもやってんの?」 よく知っていると土方は皮肉な現象を笑う。 自分に興味をもっていない筈の銀時でさえ、知る土方のスケジュール。 好かれてはないと思う。 目が合えば、眉間を寄せるほどには嫌われている。 巡察の途中、顔を合わせれば、軽口をたたき、そのまま大人気なく怒鳴り合う容赦ない間柄だ。 それでも、街中で交わす言葉の応酬が土方には楽しみだった。 無視されるほどには嫌われていないということだからだ。 真選組の鬼の副長であろうと、言葉にも拳にも遠慮がない。 それだけの剣の腕も持つ。 見た目の緩さからは想像も出来ないような芯をもった男。 ただでさえ機会の少ない楽しみはこの騒動から、さらに遠ざかった。 容赦ない筈の会話は、遠巻きに土方の姿を見るだけとなり、近寄ってくることはない。 土方もまた、周囲の目がある為に、悪態をつくふりをして絡むこともできなかった。 もどかしく、ひどく恋しい。 「あとは…売り子?」 「は?売り子?」 間を空けて答えた返事に男は素っ頓狂な声を上げた。 「なんか…警察庁何周年か記念の行事で冊子を販売するんだが、それの売り子だと。 場合によっては握手もしろとさ…再来週」 「まぢでか?もうそれアイドルのCD買ってくれたら握手券入ってます的なアレじゃね? 武装警察の仕事じゃねぇだろ?」 「うっせ…それが終われば一息つける…筈だ」 俺もそう思うわとは素直でない土方には口に出来ない。 花街でもそうだ。 元から人よりは見られる顔だからか、芸子衆は最初ちやほやしてくれる。 土方スペシャルとみるまでは。 今、土方を持て囃す人間は自分のことを知らない。 「なんでこんなバカ騒ぎになってるんだか…」 自分ではない人間のイメージを押し付けられ、作り上げられても、それは幻だ。 「おめェは元からモテるからな…」 「あ?」 「まぁ、銀さんほどじゃねぇけど」 「あ!もしかしてあの人…」 声がして土方と銀時は身をすくめる。 「ほら、いけ色男」 「言われねぇでも」 女の声がした方にさりげなく銀時が回り、翻る流水紋の袖が土方の姿を誤魔化す。 その隙に土方は反対方向、路地裏の奥へ、足早で歩き出した。 「お姉さんたち、俺の立ちション見たいの?見物料とろうか?」 「っ!」 背中で悲鳴等という可愛げのあるものではない罵声を銀時に投げかける女の声が複数したのを聞きながら、土方は俯く。 助けられた。 普段の土方であれば、余計な事をしやがってと心にもない言葉を吐き捨てるだろう。 吐き捨てた後で、後悔するのが常だ。 けれども、今はそんな言葉をも吐き出せないことを苦く思う。 銀時の土方を気遣う様子と行動。 惚れた相手に素直に礼さえ言えないことよりも、どこか遠慮されたような、腫れ物に触れるかのような銀時の態度に強がりより苛立ちの方が勝った。 「くそっ」 舌打ちしても、一本分だけ摂取出来たニコチンの味を反芻しても、気分は晴れぬまま、『広告塔』の立場に戻るしか土方には出来なかったのだった。 『火の無い所に、とは申しますけれど−弐−』 了 (179/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |