うれゐや

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【献上品・企画参加】 | ナノ




「ここな」

銀時が土方を連れてきたのは、土方もよく知るかぶき町、スナックお登勢の二階だった。
記憶のまま。
しかし、周囲で営業している店は圧倒的に少ない。
どの建物も煤け、寂れ、看板を眩しく瞬かせてはいなかった。

導かれるままに、階段を登り、万事屋へと向かうと、部屋の中から軽やかな足音が玄関へと近づいてくるのが伝わってくる。
そして、立てつけの悪い玄関戸の鍵が内側から開けられた。

「銀ちゃん!おかえり!」
「おう。ただいま」
「あれ?お客さんアルか?」
土方は目を見開いた。
現れると想像していたのは、160pに満たない十代の少女だった。
目の前にいるのは、チャイナ服を着てはいるし、特有の『アル』がつく語尾で話すが、すらりとした年頃の娘だ。

「そ、お客さん。えーと。多串くんでいいの?」
「誰が多串だ!腐れ天パ!」
「マヨラ?」

先ほど土方が何度も瞬きして娘を見たように、今度は娘がぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「……迷子さんだそうだ」
「迷子のマヨラの隠し子アルか?」
「それはないんじゃね?流石に…ねぇだろ?ねぇよな?え?まさか俺の子?
 いやいや、ないない!年恰好から言っても…」

奇妙なことを言われたことはわかったが、茶色い睫が青い目を隠しては見せを今だ、繰り返し続けることに気を取られて、土方は口を開けなかった。


「何やってんですか?玄関先で」
「新八」
「え?土方さん?」

中々入ってこない銀時たちを不審に思ったらしいメガネの青年も玄関へ出ていた。
こちらも変わりはない。
背が伸びたようにはあるが、特徴は眼鏡、それ以上でもそれ以下でもなく眼鏡だった。

「まぁ、上がれや」

ここの上り框を踏んだことは初めてではない、筈だ。
ギシリと床板の感触が靴下を伝わり、土方は見知らぬ「坂田」のテリトリーへ本格的に足を踏み入れたのだ。



応接室に招き入れられ、茶が出される。
どうにも落ち着かない土方に、眼鏡の青年はやはり志村新八、チャイナ服の娘は神楽と名乗った。

万事屋、銀時、眼鏡、チャイナ、スナックお登勢。
土方が白昼夢を見ているのだとしても、これだけ並んだ要素。
迷った挙句、正直に土方は、名をそのまま明かすことにした。
その方が状況を正確に把握できるであろうし、無用の混乱を避けられると感じたからだ。

自分は自分の町を歩いていたはずなのだが、ふと気が付いたらこの場所にいた。
自分の町とこの場所はとてもよく似ているが、これほど荒れ果ててはおらず、人の行き来も盛んだったと。
チンピラの言っていた真選組という言葉に聞き覚えはあるが北辰戦争という戦争は知らない。土方の知る戦争は攘夷戦争が最後。茂々という将軍が納める国に住んでいた。

「ふぅん…」

土方のざっくりとし過ぎるほどざっくりとした話を黙って聞いていた銀時は志村が運んできた湯呑の中を見つめたまま、感情の籠らない声色で、かなり簡略化した近年の話を始めた。

攘夷戦争から十余年。
天人の往来が当たり前となり、文化も技術も浸透した江戸の町のこと。
一橋派との台頭。
高杉・夜兎によって開かれた戦いの口火。
真選組の敗走。
将軍茂々の失脚。
政権の交代。

年号を照らし合わせるに、土方の記憶にある年から5年の時が経っていると説明された。

「アンタらが俺に似てるって言ってた土方十四郎は?」
「土方さんは3年前に、その…」
「あの馬鹿、殺されたって死なねぇよ」
「銀ちゃん。その話は後ネ。
 マヨラは3年前、攘夷浪士たちにゴリラと間違えられて捕まって以来、生死不明アル」
今度は神楽が話を引き継いだ。
銀時はまた湯呑に視線を戻したまま、動かなくなってしまった。

今いる時代からみて3年前、攘夷浪士に土方が捕えられるという事件が発生した。
犯行声明が発表され、松平公の引退と真選組の解体が要求されるがそれを拒否。
期限までに要求がのまれなければ、土方の首がさらされると宣言された。

だが、なされることなく、忽然として事態は収束する。
交渉の余地はないと、突入した警察組織。
けれど、隠れ家に踏み込んだ時には、攘夷浪士は既に地面に切り伏せられていたのだ。
残っていたのは浪士達の亡骸と村麻紗のみ。
土方の遺体は見つからないまま。
勿論、その後も副長捜索は真選組を始め、警察組織全体によって続けられた。
しかし、真選組の監察陣が力を尽くしても生きている証拠も、死んでいる根拠も見つけることが出来なかった。

土方に真選組を抜けて姿をくらます理由はないが、遺体も見つからない。

行方不明。
雲隠れ。
神隠し。
忽然と姿を消した真選組の副長の一件を人々はミステリーだと囃し立て、様々な憶測が暫くの間飛び交ってはいた。

それが、長くは続かなかったのは混沌の時代を迎えたからである。

一橋派、高杉と高杉と組んだ夜兎による物理攻撃。
崩れた幕府、乱れる治安と無限大の拡がり悪循環して広がっていく黒い不安の渦。

江戸を追われ、北に逃れた茂々・松平、そして真選組。
共に江戸をでたのち沖田は負傷、近藤は名ばかりの新政権に囚われた。
しかし、捕えた新政権も機能を十分に発揮しているとは言えない。
常に、春雨、天導衆、幕臣の一部の思惑が絡み合い、混乱し続けている。
現在、江戸の治安はすたれにすたれ、ほぼ地区ごとに独自の自治を執り行っている状態だ。

「これがこの3年、マヨラがいなくなってから一気に起こったことネ」
「宇宙に出て行った人間も大勢いますけど、残っている人も少なくはありません。
 僕たちのいるかぶき町は、元々四天王が抑えるところを抑えている土地柄でしたから、
 まだマシな方です。他の地区はもっと無法地帯と化してますよ」
「そんなこんな、だ」

真選組副長・土方十四郎死亡説が流れて3年前。

これが夢ではなく、この場所が、この時間軸が土方のいた世界の未来の姿だと仮定すれば、万事屋の面々の変化にも納得が出来る。

「近藤さんは捕えられてその後どうなった?」
「まだ生きてはいる。明日までの命だがな」
「明日…」
「明日、板橋刑場で首をはねられる予定だ。
土方にそっくりなおめェが、『今』この時期に現れたっつうのも何かあるのか…」
土方の疑問を代弁するように銀時が呟く。

「何はともあれ、神楽」
「なにアルか?」
「そろそろ下のババァんとこに戻れや。もういい時間だ」

確かに時計は午後11時を回っている。
年頃の娘が出歩くには少々遅い時間ではあるが、この場所が自宅であるはずの娘にそれは適用されないだろうにと土方は口には出さぬまま、様子を見守る。

「……銀ちゃん」
「神楽ちゃん、行こう」
「新八…」
「じゃあ僕もそろそろ…姉が心配ですし。銀さん、あとよろしくお願いしますね」
「わかってっよ」

まだ神楽は何か言いたいことがあるのか、口を開いては閉じ、そして、最終的には閉ざした。

「ここ、一人で住んでんのか?」

沈黙に耐えられなくなったのは、フォローを入れずにはいられない性分の土方だった。

「前はこいつもここにいたんだけどよ。
年頃になったからってババァがな。まだまだ乳臭ぇガキだとは思うんだけどよ俺は。
だから、おめェは気にしねぇで泊まってけ」
「あ、あぁ…」
「風呂沸いてるから入ってこいよ。タオルの場所とか変わってねぇから、わか…」
「タオル?」

よっこらせと掛け声をかけて立ち上がった男をソファから見上げる形で確認してしまった。
銀時がまるで土方がタオルの在り処を知っているかのように言ったからだ。
行けばわかる、という風な話し方ではけしてなく、何度もこの家に泊まりに来たことがあるかのような当たり前の口調で。

「あ、そっか…悪ぃ。えーと…出しておくわ」

天然パーマをがしがしとひとしきり掻き毟った後、銀時は立ちあがり、応接室を出て行く。

「あの…?」
「あぁ」
土方に何か言いたげにもぞもぞしていた新八が口を開いたのは銀時を完全に見送って、風呂の引き戸が開けられる音がしてからだ。

「すみません。僕らも正直なところ、混乱してるんです。
 実は銀さんも僕らも少なからず、内戦に関わってきた人間で。
 真選組とはずっと腐れ縁で、将軍とも妹君とも面識あって、まぁ、色々と…」
「………」
想像に難くない。
過激派として名高い高杉と桂と同門であったことは調べがついている。
伝説の攘夷浪士白夜叉として、銀時が戻ることはないとしても、断ち切れない縁も確執も山ほどあっただろう。
そして、銀時と深い絆を得た新八と神楽も無関係で通り過ぎることはない。

「銀ちゃんは、ずっと『土方』を待ってるネ」
「待ってる?」
探している、のではなく、待っている。
その言葉を土方は咀嚼した。

「待ってろ、土方に言われたって、前に酔っぱらいが言ってたネ。
 だから、お前が銀ちゃんの待ってた『土方』ならさっさとあのヘタレマダオを
 どうにかするヨロシ」
「神楽ちゃん!あの、でも、本当に、僕らもいろんな不思議な体験してきましたから、
 あなたが過去から来た土方さんって言われても、何らかの事情で記憶失ったまま
 3年前から姿消していた土方さん本人って言われても信じますから」
「おまえら…」
「だから、銀さんのことよろしくお願いします」
少年は道場の再興を目指していたはずだ。
少女は心配性のエイリアンハンターの父が何度も呼び戻そうとしたに違いない。
それでもなお、彼らは銀時の側にいた。
家族として。
『待っている』といった銀時を案じ、信じて。
信じている。
だから、今この場に土方がいる不思議を否定しない。

「おーい、風呂、もし熱かったら調整…っておめェらまだいたの?」
「もう帰ります」
「おやすみネー」
そそくさと最低限のことは言い終えたと新八と神楽は慌ただしく出て行ってしまった。

「風呂、借りるぞ」
「あぁ、ごゆっくり?」

土方も、銀時をその場に残して風呂場へと移動した。





熱い湯に身を沈めると、身体が疲労を訴えかけ、重たくなっていく。
それでいて、思考の方は反対にクリアになっていった。
浴槽のふちを指でなぞりながら、現状を整理した。

土方の知る坂田銀時という男は、護る対象がいる場所、そこを根城とする。
ここには神楽がいて、新八がいて、お登勢がいる。
だから、銀時はかぶき町に残り、変わらず、万事屋と続けている、そのこと事態をおかしいとは思わなかった。
逆を言えば、護る対象がいなければふらりとある日、万事屋の扉を閉め、風の様に立ち去っていってもおかしくないとイメージが男にはあった。

ところが、神楽の話では5年後の銀時にはまだ護るべき対象がいること以上に『ここで待つ』理由があるらしい。
待っている『何か』もしくは『誰か』。
2年後に姿を消した『土方』が残した言葉。

死んだ魚のような目は変わらない。
侍道も変わらない。

いや、と湯で顔を乱暴に洗う。
2年後の土方と銀時の間柄には何か決定的な何か変化が、あったはずだ。

変化が。

ぶくりと頭の先まで湯船に沈んだ。
カルキの入った湯の中で目を開けるのは少々痛い。
それでも目を開いて、水の中から水面を見上げる。
揺れる水面は人工光を乱反射させるだけで、何も答えてくれるはずが無い。
尋ねる相手は一人しかいない。
一気に肺の空気を吐き出してから、勢いよく土方は湯を出たのだった。




「おい…」

脱衣所に置かれていた浴衣とタオルを使い、戻ると、銀時は社長椅子に座って窓の方を見ていた。
しんしんとした冷たい夜の空気が忍び込み、風呂上がりの土方には心地よいが、ずっと座っていたらしい男が心配になる。
己の思考に浸かっているのか、応えはない。

「おい」
「あ?あぁ…」

二度目の呼びかけでようやく顔が土方に向いた。
銀時の目に浮かぶ歓喜が次の瞬間絶望と諦めに差し替わる。
まただと土方は眉を占めた。

「何を、待っている?」
「へ?待つ?」
「何かを…」
「待つ…待つ、あぁ…」
土方の問いを数度反芻したのち、神楽あたりに聞いたのかと力なく銀時は笑った。

奇妙な笑い方だ。
へらり、でもない。
にやり、でもない。
ふわり、でもない。
遠いと思った。

「たぶん、おめェを」

銀時はゆっくりと椅子から立ち上がって、土方に近づいてきた。

「おめェ、土方を待っていろと言われてたんだろうな。知ったのは今日だけど…」

荒れた男の手が土方の額にかかり、濡れた髪をかきあげる。
条件反射でびくりとなってはしまったが、それでも土方は抵抗も拒絶もせず、動かなかった。

髪が持ち上がり、普段晒すことのない額が露わにされる。

「こんな風に、さ。前髪を上げはじめたんだよ。突然さ…」
「お前の知る土方が、か?」
「そう。似合わねぇって言ってやった。
 本当は色気駄々漏らしてたからだけど、独占欲丸出しにするみてぇで嫌だったから、
 そう言った。けど、鼻で笑うだけで、おめェはやめなかった」

「そうか…」
ぎゅっと正面から抱き竦められたが、抗う発想は土方にはなかった。

銀時は『独占欲』と言った。
そこから土方が思いいたる関係は一つ、あるにはあった。

土方とて望んでいた。
こんな騒動に巻き込まれなければ、居酒屋で初めて待ち合わせらしいことをして、
次の約束も取り付ける。
少しずつ、少しずつ、駆け引きとも呼べないやり取りを繰り返していけたら。
銀時もおそらく、そのつもりで誘ったはずだ。

互いが互いに魅かれていた。
互いで互いを想っていることを心の何処かで知っていた。
同性である以上に、互いの子どものような意地が邪魔をしていただけで。

あの晩以降、未来は土方の望む方向に進んでいたということ。
その後、二人の間に腐れ縁とは別の名前が付いたということ。
だから、土方は抱きしめる腕から逃れることもしなかった。
それが、土方の知らない未来の銀時であっても。

「そうか…」
「あの時、全部決めてたんだろうよ。副長さんは」

銀時は『副長さん』と言った。
真選組の副長として、未来の自分が何かを決断したのであれば、確かに銀時には助勢を頼まなかっただろう。
二人の仲がどれだけ親密なものになっても、恋い焦がれても、譲れないものは譲れない。

そっと、抱きしめる腕を撫でて確認する。

「『俺』は死んでいるんだな?」

ぎゅっと苦しいほど体が締め上げられた。
答えだ。

銀時は未来の自分が行方不明ではなく、死んでいることを知っているのだ。
知っていて、死んでいないと嘯いている。

「何があった?」
「頼まれた…んだよ。死を隠せと。依頼だと」
「頼まれた?」
「今際に呼びつけやがった…」
「あぁ…」
自分は最期の最後で銀時に頼んだのか。
よほど切羽詰っていたのか。それとも、銀時を巻き込む必要を『副長』として判断したのか。

世が乱れる予感を2年後の土方は掴んでいたのかもしれない。
攘夷浪士に局長である近藤が捕えられるという最悪の場面は避けたものの、鬼の副長が討ち取られるという社会的影響を咄嗟に考えたのか。
他の意味合いもあったのか。

どちらにしても、『土方』は銀時を呼び、今際に立ち会わせた。

「酷いんだぜ、副長さん。出世払いだ、支払を待ってろって言いやがった」
「そうか…」
「最期の最後に俺を呼んでくれたって喜んだのによ。
 アイツは最期まで副長さんで、俺に遺体、隠せ。
 真選組の奴らには頼めない。
 唯一頼めそうなのは沖田だけど、意外に打たれ弱いからって。
 俺が「処理」して、その後も、そしらぬ振りしてろってよ。
 こっちだってドSなんですぅ。打たれ弱いっつうの。これだからドMは…。
 隠すんなら、生死不明にするならば、己がこの身体をもって逃げてやろうかとまで思った」

ぼそぼそと言葉が零されるたびに、目の前の銀髪が揺れる。
誰がドMだとツッコミを飲み込んで、黙って土方は聞いた。

「でも、残れと言われた。この後何が起こるかわからねぇから、『てめェ』の国、護れって」
「万事屋…」

土方は考える。
待ってろと言ったのであれば、十中八九、今ここに呼び寄せたのは2年後の土方自身だ。
何故、全体の青地図を見知っている時期の土方ではなく、銀時と付き合い始める前の自分をこの時間にやってこさせたのか。

『明日、板橋刑場で近藤が首をはねられる』ことを阻止すること。
それだけが、現段階で土方がしなければならないことだとは分かっている。
他ならぬ自分の考えることだ。

銀時の腕を一度だけ力を込めて握った。
それから、ゆっくりと土方は銀時から身を離し、銀時の瞼を撫でる。

「悪夢は終わる。終わらせるさ」

泣いてはいるけれど、涙を流さない男は、やはり土方の知る銀時で、
そして、知らない銀時でもあった。



『そして、−参−』 了


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