壱確かに土方十四郎は江戸の一角を歩いていた。 十二月に入れば、街はクリスマス一色、その後は大晦日に向けて走り出す。 ネオンに彩られた繁華街が輝き始めるには少々早い夕暮れ時だというのに、このシーズンは早い時間から、いつも以上に飾り立てた電飾のスイッチが入っていた。 浮かれつつも忙しない季節。 師走とはよく言ったもので、土方も例外ではなく、次々に舞い込む書類と問題に手を取られ続けていた。 けれども、明日は非番。 屯所に戻って、大きな報告がなければ久々に飲みに出るつもりだった。 途中で沖田には撒かれたが、どうせ先に戻っているのだと探す労力を惜しんで、屯所へと歩んでいたのだ。 ちりん… 何処かで鈴がなった。 ちりんりん… 近いと土方は無意識に探す。 季節がら風鈴ではない。 街頭に流れる音楽に混ざった音でもない。 鈴だ。 後で思い返せば、土方と同じように仕事から岐路につく人々、これから夜の町に繰り出す人々、混ぜ返したように入り乱れる繁華街でこうもはっきりと聞こえるということ自体、異質だった。 りん。 土方は振り返る。 「え?」 鈴を手に女が立っていた。 かつて、武州で土方を見送った女が、 沖田ミツバの姿をした女が鈴を手に立っていたのだ。 視界は暗転した。 りん…ち、りりん… 鈴は鳴り続ける。 何か攘夷浪士にでも薬を嗅がされたのか、沖田のいたずらにひっかかったのか。 あぁ、今日は行けると思ったのに。 銀髪がいる筈の、あの居酒屋に。 非番の日を初めて聞かれた。 奢れよ、トッシーの時の貸しがあるだろ?と言い訳のように付け足して言われたのに。 あぁ、互いに腹の探り合いから、いよいよ一歩踏み出すことになるのか、と。 暖簾をくぐり、偶然ではなく必然として隣に座るのかと。 前回は急な討ち入りで叶わず、今日は二度目の約束であったのに。 あぁ、今日も行けそうにない。 ちりん…りりん… 視界は真っ暗。 目を開けているのに先は全く見えない。 神経を全周囲に張り巡らせた。 足は地面についている。 土方は息を吐き、刀に手をかけると慣れた感触が手に伝わってくる。 りん! すぐ耳元で鈴が一際高く鳴り響く。 途端に、再び視界に光が戻った。 『そして、−壱−』 了 (172/212) 前へ* 【献上品・企画参加】目次 #次へ栞を挟む |